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「随分と運命的な再会をしたんだね、まるで小説のようだ。知らない高校生に恋をして、バイト先で再会だなんてね、滅多に経験しないことだね」
一対一の指導の残り十分間が、最近は新さんとのお茶会となりつつある。
その時間では、私の最近あったことを話すことが定番となっている。
今回話したのが、一目惚れした後輩くんとの出会いと再会の話だった。
新さんは恋愛小説が好きみたいで、恋話をする時はいつも以上に笑顔だったりする。
元々、話を聞くのが好きな新さんだけど一番好きなのは恋バナで。
二十歳も離れている、歳から言えばおじさんなのにこの人もまた店長のように可愛らしい部分を持っていると思う。
恋バナをしたのは、今日後輩くんに大学まで送り届けられる姿を見かけられてしまったからで、付き合えてからこの話をしようと思ってたのに早速発見されてしまうだなんて予想外だった。
……どんだけ恋バナが好きなんだと呆れるくらい食いついてきたから、こうなったら話すまでしつこいし、話すことにしたのだけど……、女子高生みたいな反応をするんだもの、この人と女子力勝負しても敵わないなと思う。
……料理も、掃除も、裁縫もやり方を教わったのは母親じゃなくて新さんだったから料理の味の癖も、掃除する順番も、裁縫の縫い方の癖も全て新さんそっくりになってしまった。
最近ますます新に似てきているなと、久しぶりに会うことが出来た父さんからそう言われたこともある。
父さんこそ、ちゃんと食事しなきゃ倒れちゃうよと痩せたことを指摘すれば、まるっきり同じことを新に言われたよと嬉しそうに言われたよ。
当たり前だよね、母親から教わるはずだったことを新さんに教えてもらったんだから、他人でも似てきちゃうんじゃないかなってそう思う。
お茶の淹れ方だってそう、父さんがお茶好きになったのも新さんのお茶の淹れ方が上手だったから。お茶の淹れ方でさえも、新さんに教えてもらって、これが家で飲むお茶の味だと舌が覚えてしまっているから、このお茶を飲んだたびに懐かしい気持ちになる。
同じお茶を、同じ淹れ方で淹れているはずなのに、たまに新さんの淹れたお茶が無性に飲みたくなってしまうの。
「後輩くんはね、優しくて良い人なの。声でも隠しきれないくらい、優しい人なんだ……。まだ出会ってから二日だけどね、出来るだけ長く側にいたいなってそう思ってる私がいるの。
私って、ちょろいのかな。一回助けられたからって、声が優しくて好きだからって一目惚れしちゃうのは私が惚れやすいからなのかな?」
新さんのお茶を飲むとね、相談したいこと、悩んでいることをね、素直に話せるんだ。……何でだろうね、新さんのことを頼りたくなるの……。
だってね、新さんは、
「違うよ。篠ちゃんはちょろくないよ、むしろちゃんと警戒心を持ってる方だと思うよ。確かにね、理人の血筋を持ってると知らない人にはちょろいと思われるかもしれないけど、理人を知ってる人から見れば良くぞここまで警戒心を抱けてるって関心されると思うよ。そうじゃないと困るけどね」
手厳しいことを言われるけど、愛情がこもった返事をくれるから、甘やかすばかりだけではなく、ちゃんと相談に乗ってくれるってわかっているからついつい相談してしまう。
それにね、
……温かくて、心地が良いの。
だから、悩みごとあるたびに頼りすぎるのはダメだとわかっているのに、気がついたら新さんの声を聞きにこの部屋に向かっていたことが何度もあった。父さんは新さんがいなければ生きていけないけど、私も大概だ。私も、父さんほどではないけれど、新さんの存在に依存してしまってる。
新さんは優しいから、私達が欲しい言葉を躊躇いもなくくれるの。
今だってね、
「血は繋がってないけどね、家族って奥が深いもんだよね、僕は篠ちゃんのことを自分の娘のように大好きだ、大切にしてる。ううん、大好きどころじゃなかった、愛してる」
不安をかき消すような、力強い言葉を欲しい時にくれるんだ。
……人に関心がない父さんが依存する訳がよくわかる。こんなにも、新さんの側は心地良いんだもの……。
父さんが死ぬ時は、この人が父さんを置いて星へ還る時なんだと思う。
そして、父さんが星へと還ってしまえば、新さんもまた死んでしまうだろう。
きっと残りの人生を、生きながら死んだように生きるんだろうと思う。
父さんは新さんがいれば、新さんは父さんがいれば、天国へ行こうと生きていると同然のように幸せだと感じる人達なんだよ。
……そんな人達に、愛してると言われるんだから、私は幸せ者ね……。
父さんも、新さんもモテるが、互いのことしか興味を持てず、どんなに可愛く、綺麗な女性から好意を寄せられようと感情を乱すことはなかったのに、愛しさを感じることはなかったのに……、私はその二人から愛情を注がれて育てられたのだから。
そんな二人のことを……、
「私も大切に思っています。
ここまで大切に育ててくれたのに、嫌いなわけがないじゃないですか。幸せだと思ってないわけがないじゃないですか。私も新さんのことも、父さんのことも大好きですよ」
大切に思ってること、伝えたい。
本当は、人前だけでも先生だなんて呼びたくない。……まるで他人みたいで嫌。
人前の前でも、新さんって呼びたいけれど、人前だけは先生と呼ぶように頼んできたのはきっと、私を守るためなんだよね。知ってるよ。
私のためを思っての制限だから、我儘が言えなくて困ってる。
※※※※※※※※※※※※※※
「また、個人レッスン行ってたの?
あんたは本当に音楽が好きね、音楽バカよ。……あんたほど、音楽バカになるくらい音楽を愛していたら……」
詩憐ちゃんは悲しそうな顔をした。
私はこれについて、詩憐ちゃんに指摘する勇気はまだ出来てない。
いや、まだ言ってはいけないような気がするの。……まだ、詩憐ちゃんの傷は癒えてないからまだ言っちゃダメだ。
言いたかったはずの言葉を無理やり飲み込んで、私は……、
「そう、いつも通り最後にはお茶会して終わった。私にとって、音楽バカって言う言葉は最上級の褒め言葉だよ」
そう言うことしか出来なくて。
ああ、いつかまた詩憐ちゃんが奏でるあの音色を聴きたいと願うばかりな私は、何て役に立てない奴だとそう思う。
誰か、誰か……。
苦しむ詩憐ちゃんを助けてあげて、もう落ちるところまで落ちちゃった詩憐ちゃんの背中を押してあげて……。
私は詩憐ちゃんの苦しむ姿を、一番苦しそうな時に見ちゃっているから、どうしても幼い時の私に重ねてしまい、突き放すようなことを言うことが出来ない。核心に迫る一言が、そのたった一言が言えずにいる。
私にはわかるよ。
音楽が好きな人にとって、楽器が弾けなくなるのはとても辛いことなんだってこと。
私は音楽バカだけど、それでも人間だから、壁にぶつかったことはある。思うように弾けなくなって、それプラス精神的な辛さもあって、人前でピアノを弾こうとすると指が思うように動かなくなった経験もした。
音楽が好きなのに、音楽が怖いと感じるその辛い気持ちを味わったことは一度はある。
それは詩憐ちゃんが乗り越えるしかないんだってことはわかってる、わかってるけど……、誰か詩憐ちゃんの背中を押してあげて欲しいと願ってしまう。
「詩憐ちゃん、私待ってるから。
ずっと、待ってるから。だから、詩憐ちゃんは自分のペースで戻ってきてね。
私ね、父さんや先生、後輩くんの声が一番好きだけど、詩憐ちゃんが奏でる音色も好き。背中を押してくれるような力強い音で、すごく勇気づけられる、そんな音だから」
遠回しな言い方しか出来ない臆病者な自分が、自分でも嫌になってくる。
……詩憐ちゃんだって、音楽バカだよね。
そう言えたらどんなに楽なんだろう……。