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……あ、引っ掻き傷が残ってる……。




平手打ちをした時に偶然、爪先が当たってしまったんだろう、引っかいたような傷が出来ていて。

彼は何もしてないのにと思うと、ふつふつと罪悪感が湧いてきて。




……申し訳ない……。




店長は、そんな私に苦笑いをしながら、代わりに彼の頬に手当てしてくれて。




……本当は私が手当てしてあげないといけないのに、また恥ずかしがって平手打ちしちゃうといけないからって店長に断られてしまったし……。




私はこうやって遠目から、手当てする様子を眺めることしか出来ないのだ。

そのことが悔しくて、顔を歪めながら無我夢中で掃除をしていれば、店長が私の肩に手を置いた。


「時間だよ、そろそろ帰らないと次のバイトに間に合わないんじゃない?」


他の店のバイトに間に合うように時間を教えてくれるなんて、店長は初めて会った時から、初対面で呆れるくらいお人好しな人だった。


「僕は君の弾くピアノも、君が歌う歌も好きだから、応援したいの。こっちのバイトは短い時間で良いから、君はもう一つの方のバイトを優先して?」


と、初対面で言われたんだよね。

私は自分の演奏を聴いてくれていたお客さんを全員覚えているはずなのに、その中に店長らしき人を見たことがない。


誰かが許可なしに動画を上げる、それは絶対にあり得ないことだから、インターネットで私の歌を、ピアノを聴いた可能性は絶対にない。

私は動画を上げたことはないから。

それに、動画を上げないで欲しいとファンになってくれたお客さんには頼んであるし、本当、店長は掴めそうで掴めない人だわ。


かと言って、人からの恩を無下にすることは出来ないから、こう言う気遣いは有難く甘えているのだけど……、今回ばかりは、ね……?



……ほら、怪我させちゃってるし……。



……怪我させたのに、さきに帰るのはほら、流石に気が引けますよね……。

……なんて、思ったり?



そんな私の内心を読んだかのように店長は、にっこりと笑って、


「男の子は、女の子から平手打ちの一つや二つ受けたところで平気だよ。大した怪我じゃないし……、それに、幸人くんは理由がなく平手打ちされたならともかく、そうじゃなきゃ怒ったりはしない子だから大丈夫だよ。

彼がね、怒るときはね、自分のために怒るんじゃなくて、自分の大切な人が傷つけられた時なんだよ」


と、教えられた後、後輩くんには聞こえないような小さな声で、


「篠里ちゃんのこと、幸人くんは男の人が苦手な女の人ってそう思っているみたいだよ? ……今朝のこともあるしね、だから全然嫌ってないし、怒ってもないから、安心してバイトに行っておいで?」


店長が言った、優しい言葉に背中を押されたような気がして、




「行ってきます」




いつものように、店長の優しさに甘えることが出来た。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



篠里は歌いながら不思議に思っていた。

……会話は聞こえないが、このバーに新たなお客様が増えていたことを。


……新しい客を、自分でいうのはあれだが、いきなり一番客入りがある今日に受け入れるなんて珍しい。

……あの人達は何者なんだろう?


常連を大切にするオーナーが、優先するなんて……なんて考えながらも、篠里は意識を直ぐに歌に戻す。


その瞬間をまるでわかっていたかのように、男たちは会話を始めた。



「珍しいな、普段ならバーなんて行きたがらないのに。急にどうしたよ?」


サングラスを掛けた男が、オールバックの男に不思議そうにそう聞く。

オールバックの男は視線を歌を歌う篠里に向けたまま、質問にこう答えた。


「別に気が向いただけだ」


そんな言葉に、何かを察したかのように、サングラスを掛けた男はニヤリと笑って……、


「理由はまだ話したくはないと……、へぇ? まあ、良いけどさ。

珍しいな、お前が人に関心を持つなんて。そんなこと珍しいし、お前の興味が消えるまで付き合ってやるけど、一人で抱え込むのだけはやめろよ。何のために俺がお前の側についていると思ってるんだ?

……お前の我儘に付き合う、それが俺の役目でもある。お前の我儘はあの人らに比べたら可愛いもんだし、いくらでも付き合ってやる。昔馴染みのよしみに多少の面倒事に巻き込まれる覚悟だってあるから、一人で抱え込むなよ」



ああ……と、そう気の抜けたような返事をオールバックをした男はする。


そして、


「すまんな」


オールバックをした男は、神妙な顔をして謝ったもんだから、サングラス越しからわかるくらい困ったような表情をした後、


「別に構わんよ〜。だが、本業の時は彼女の前で声を出すなよ」


そう言った男は篠里の方を指す。


「どうしてだ?」


「どんなに演技で自分の本質を隠していても、彼女はお前の本質を暴く。彼女の耳はあまりに良すぎる……いや、見抜くのが得意と言った方が正しいな。とりあえず、気をつけておけ。少なくても役目が終わるまではバレないように」


「……嫌われていても、か?」


オールバックをした男は、自信なさげにそう聞いた。

すると、そう言った男に対して呆れたのか、サングラスをした男はため息をついて、


「……相変わらず自分のことになると鈍感なんだな、もう少し自信を持て」



そう言った後、オールバックをした男がその言葉の意味を何度問いただそうとも、男は黙って篠里の歌を静かに聴いているだけだった。


「自信を持てと言われてもな……、俺はあの人に好かれるようなことをしてない。

あんな……、今の穏やかな歌声みたいな声を、いつか聞きたいと望むことすら、俺とっては、きっと高望みの分類に入ってしまうのに、それを望み続けてしまう。

俺は兄さんみたいに器用じゃないから、この望みは高望みのままになるんだろうな」


オールバックの男は、さっきまであれほど自信を持てと言われた意味を問い出そうとしていたのに、ふとした瞬間、何かを思い出したかのように視線を歌を歌い続けている篠里に視線を戻し、そして独り言を呟くように小さな声で、何故か寂しそうにそう言った。


さすがにそのつぶやきを聞いて、問出され続けている時はあれほど聞き流すことが出来ていた、サングラスをかけた男もその言葉は聞き流せなかったのか、視線を隣にいる男に移し、真剣そのものの声で、


「お前は確かに人より不器用だ、人間関係となるとさらに不器用になる。だがな、お前が器用だと言っている男もまた不器用な男だよ。この世に完璧に器用にこなす人なんていないんだ。大きなことを成し遂げた人は、最初は一人だったかもしれないが、一生懸命誰かに訴えかけて、たくさんの協力を得られたからだ。何でも一人で出来る人なんて、いないんだぞ。

お前は、彼女から穏やかな声を向けられることを高望みだと言ったな?

高望みか、そうじゃないかを考えるよりも先に自分の気持ちを行動に示せよ。高望みか、そうじゃないかを先に考えるんじゃねぇ、それを言うのは野次だけで結構だ。

自分はあなたのことを嫌ってないよと、行動で見せないと伝わらないぞ? 伝える努力をしないと、誰にも好きになってもらえないよ。……それは当たり前のことだろ?」


そう言われてもなお、オールバックの男は隣にいる男に視線を移さず、……そうだなと同意した。

そんな男の様子に、隣でその様子を眺めて呆れたような視線を向けた後、サングラスの男はとても小さな声で、


「そう、お前の恋に盲目になりやすいところは、器用な人だと評価したお前の兄にそっくりだよ」


何故か、悲しそうな声でそう呟いた。



















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