10.
あの時の素直な私は何処に行った? そう自分でも思うくらいに、泣き終わった私はいつものように素直じゃない性格に戻ってしまった。
もう少し抱きしめて欲しかったのに、汗臭いなんて言っちゃって。
そう言ってから後悔。口は災いの元という諺を身を持って味わった感じ。
「先輩」
あれからすぐバスが来て、少し荒い運転に耐えてる時、後輩くんは話しかけてきた。……ついに文句を言われるのか、そう覚悟したが……。
「僕は、人よりも言えないことが多い人間です。それは、誰かに言いたくても、言ってはいけないと強制されているとも言えます。
だから、誰かに悩みを打ち明けることも出来ないから、尚更、苦しいことを苦しいと言えない苦しさを身を持って知りました。だからこそ、その苦しみをあなたに味わって欲しくないと思っていますし、あなたには笑っていて欲しいんです。
苦しい時は我慢しないでください。
悲しい時は泣いてください。
どんなに悲しくても、苦しくても笑顔の作り方を忘れたりしないでください」
君は何かを悟ったかのようにそう言って、それ以上何も話さなかった。
私もそれ以上、何も聞けなくて、次の日に「聞いとけば良かった」と後悔することになるなんて思いもしなかった。
こんなにも当たり前だと思っていた日常が、あっさりなくなってしまうなんつな思ってもいなかったから。
彼はバイトを辞めた。
いや、最初からそういう話だったんだと次の日に聞かされたのだ。
……何故? 何故、消えてしまうくらいなら、私の前にもう一度姿を現したりなんかしたの? 行方をくらませるくらいなら、最初から再開をしなければ良かったのに!
……そしたら、こんなにも想いが募らずに済んだのに! 一時的な感情だと諦めることが出来たのに、どうして?
悲しい、苦しい、憎い、……それでも後輩くんが好きなの。
素直になっておけば良かった、私はいつも後悔をする。その癖を直せない自分が嫌いで、嫌いでしょうがない。
私はこの恋を、一生忘れることは出来ないだろう。……きっと、これが私にとっての最期の恋になると何となくそう思った。
私はあれから、歌手として歌を続けている。芸能人として歌を歌い、学生時代にアルバイトとして歌を歌っていたあの場所でも今でも歌っている。
そこの店で今もなお、学生時代のアルバイト代で歌い続けていることは報道陣、雑誌記者でさえも気づいていない。
まあ、店に通いつめていることだけは気づいているだろうが。
何故、その店に通いつめているのか、その理由は察してないはずだ。
「未練がましいのはわかってる。
それでも、私は……」
この場所で歌を歌うときは、あなたのために歌い続ける。また、あなたと会う時のための目印に。
これで1章は終わりです。
次回から2章です。よろしくお願います。