表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

1万年後のキス

作者: 伯爵@百合布教委員会

 遠く1万年後、人類のいなくなった世界で。

 それでも変わらず、地球は回り続ける。崩れたビルに、墜ちた軌道エレベーター。

 その瓦礫に花は咲き、森は再び、世界を埋め尽くす。黄昏の、さらに先の時代。


 そんな時代に、人類の置き土産のように動き続けるモノ達がいた。


 緑に埋もれた廃墟の先、穏やかな花園……まるでヒトの手が入ったような小さな庭で。

 じょうろで草木に水をやるのは、エプロンドレス姿の、金髪の少女。


「この春も、また綺麗な花が、咲きました」


 どこかたどたどしい、抑揚に欠けた喋り方。美しいが、どこか人形のような。

 いや、事実彼女は「人形」なのだ。ヒトが造りしモノ。ヒトに奉仕するよう産まれた、機械人形オートマタ


 水遣りを終えた彼女の周りを、丸っこい形状をした造園用小型ロボット達が、忙しなく働き回る。


「ふふ、では雑草の、駆除をお願い、しますね」


 そう、彼女達は。

 人類に、置いていかれたモノ達。ヒトの去ったこの地球で、幾百、幾千の季節が過ぎても。

 帰らぬ主の為、この庭を護り続けている。


 そこへ。


「お姉さま、地下シェルターで、奇妙なものを、見つけました」


 庭の手入れをしていた金髪の機械少女より幾分小柄な、もう一体の機械人形オートマタ

 銀髪の長い髪にエプロンドレス、こちらも可憐な少女の姿である。


 彼女が差し出すのは、古びた紙を綴じた、旧世紀の遺物……本。


「おや、奇妙、とは?」


 小首を傾げる金髪の機械乙女。人類が消えた世界でも、本そのものはあちこちの廃墟に残っているし、極めて珍しいわけではない。


「とても、不思議な行為が、書かれている、のです」


 姉として造られた少女へ、銀髪の機械侍女はその本を手渡す。


「あらあら、これは……」


 そこに書かれていたのは。女性同士のキス。

 少女同士の恋愛を描いた、1万年前の人類が残した小説である。


「不思議ですね。私の記憶データでは、キスとは異性間で行う行為との、認識でしたが」


 限りなくヒトに近付けて造られた彼女達には、人類と同じ、ある欲求が備わっている。

 それは、知識欲。データの更新、収集を是とする彼女は、興味を引かれた。


「では、試して、みましょうか」


「ええ、そうしましょう、お姉さま」


 人類に忘れられた花園で、歩み寄り、その本のように指を組み合う二人の機械乙女。

 彼女達を邪魔しないようにか、足元の小型ロボット達が植木の隅へ隠れる。


「……んっ」


 唇が、触れ合う。ヒトと同じ柔らかさ、同じ熱を備えたそれは。優しく、甘く。

 何度も何度も、重ねられる。


「ふ、んんっ、ちゅぅ、くちゅぅっ……」


 彼女達の擬似的な呼吸機能が、システムエラーを起こしそうなほど。長く、強く、口づけは続く。

 知性を司るデータ領域に、妖しく魅惑的なノイズが走る。


「ぬぷ、ちゅるぅ、ちゅぷ、ちゅぷん……」


 どれくらい、キスを交わしていただろう。時の果ての庭園で、二人抱き合いながら。

 機械少女の姉妹は、好奇心のままに何時間も、何時間でも唇を吸い合っていた。


 やがて、1万年前と変わらぬ夕日が。庭を、森を、そこに埋もれた廃墟を染め上げる頃。

 ようやく唇を離し、姉は妹に尋ねる。


「どうですか、何か、感じましたか」


「……よく、分かりません」


 彼女達を造った人々は。そして本を遺した人々は。

 人類はなぜ、こんな行為を行っていたのか。機械の少女達は、完全に理解するには至らなかった。


 それでも。機械仕掛けの顔に、感情の籠ったような素直な表情で。

 銀髪の妹は微笑んだ。


「……でも、暖かいです」


 これは素敵な行為。二人は、そう認識するのだった。


「では、もっとしてみましょうか」


 金髪の姉もにこっと微笑み、妹の頬を手で挟み込む。そしてまた、重なる唇。

 今度はもっと長く、深く。陽が沈み、月が空を回り……夜がまた明けるまで、ずっと。


「ちゅ、ちゅく、ぷるちゅ、ちゅぅん……」


 瓦礫と森の大地を、優しく照らす朝日。切ないほど暖かな光に包まれながら、キスは続くのだった。


 遠く1万年後、人類のいなくなった世界で。

 人類の残したモノは、その存在意義を失ってなお。美しい輝きを、放ち続ける。



 おまけ


「お姉さま、この本では、次は着衣を脱いで、ベッドで抱き合うようです」


「あらあら、では、やってみましょうか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 同性愛物って苦手でしたが、この作品はあんまり抵抗なく読めました。 文章の並びが、小気味よくリズミカルでよかったです。 [気になる点] 個人的な印象ですが、結構爽やかできれいな世界観の印象を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ