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魔王様、新年を迎える

☆月□日




「…………んむ?」



懐が寒い。

ベッドの中で身動ぎをする。なんだかいつもよりも外気が寒く感じるのは気のせいか。寝ぼけ眼で自分の懐を確認するも、いつもはいるはずのタマの姿がない。




「タマ……?」

「へーか!」

「むっ」

ぼす、と我輩の上に何かがのし掛かった。言うまでもない、タマである。我輩は身体を仰向けにして、タマの小さな身体を抱き締めた。




「タマ、今日は早起きだな?」

「へーか!おはよー!」

「ああ、おはよう」

挨拶ついでに頭を撫でてやると、タマは嬉しそうに擦りよった。今日も今日とて可愛らしい。




「へーか、***!」

「む?」

我輩の上から床に降りたタマは、瞳をキラキラさせて我輩の服の裾を引っ張った。

我輩は服の裾を引かれるまま、ベッドから降りた。タマはそのままグイグイ引っ張りながら、窓辺へ向かう。窓から外を見てみると、そこにはいつもとは違う景色が広がっていた。




「ふむ、通りで寒いわけだ」

空には太陽は昇っておらず、代わりに一際大きい満月が空の中央に鎮座していた。その周りからいくつもの星が流星となって空から降り注ぎ、途中で消えていく。そして、雲一つないというのに綿雪がゆっくりと空から舞い降りていた。




「今日から新年であったか」

魔界では、1年に一度このような日が訪れる。今日一日はずっと満月が空を支配し、星が降り注ぎ、雪が世界を白に彩って行く。新しい1年の始まりの日である。




「****……」

ほう、とタマが外の景色を見つめたまま息を吐いた。その頬は興奮からか赤く染まっているが、吐く息は真っ白だ。慌てて我輩はその肩に毛布をかけてやる。今のタマは薄着である。風邪でも引かれたらたまったものではない。




「陛下、おはようございます。そしてお誕生日おめでとうございます」

「ルーベルト、貴様もな」

ノックと共に部屋に入ったルーベルトが一礼をした。

魔界の生き物は総じて長命である。長く生きていると、何月何日に産まれたかなど忘れてしまう。そのため、魔界では新年初日である今日を誕生日と決めている輩が多い。




「るーべると!*****!」

タマが外を指差しながら、ルーベルトに話しかけた。余程外の景色が気に入ったようである。




「タマ、外で遊んでくるか?」

「陛下、今日は新年初日ですよ?今日は城を開場して盛大な夜会が……」

「まだ夜会の準備など出来ておらんだろう?我輩は少しタマと遊んでくるぞ」

タマを抱き上げると、ルーベルトは溜め息を吐きつつ諦めた。奴も夜会の準備が出来ていないため、そちらに回るのだろう。つまり、我輩は今タマを独占出来るということだ。




「その前に着替えねばな」

流石に毛布にくるまったまま、タマと遊びにいく気にはなれなかった。





着替えも終わった我輩とタマは、夜会の準備にも邪魔にならないよう庭のすみへと移動した。既に雪は数センチ降り積もり、辺りを銀世界に変えはじめている。

タマを地面に降ろしてやると、タマは一気に駆け出した。




「へーか!へーか*****!」

タマが空に手を伸ばしながらはしゃぎ回る。その姿は子犬のようである。マフラーやら手袋やらを装備してモフモフモードでいるから尚更子犬を彷彿とさせた。




「タマ、これは雪だぞ、雪」

「ゆき?」

「雪」

「ゆき!」

地面にしゃがみ込みフワフワな雪を指差して教えてやると、タマはすぐに反応した。我輩の身体にぴったりと寄り添い、単語を繰り返す。




「……そういえば、タマの誕生日を決めておらんかったな」

まぁ、拾ったのだから誕生日を決めていないのは仕方がないことであろう。ならば、魔界の習慣に従い、我輩と同じく今日を誕生日にするまで。




「そうなると……、タマは7歳になるのか?」

以前ロベカルが推定していた年齢に1追加する。そう考えると、タマが我輩の元に来て結構な時間が経っていた。




「へーか、*****」

我輩が感慨に耽っていると、タマが我輩の服の裾を引っ張った。何事かと視線を下げると、我輩たちの足元になにやら雪の塊が作られていた。丸めた雪のかたまりを二つ縦に積み重ね、両脇に小枝を差したそれを、我輩はしげしげと見つめた。



「ふむ、不思議な形をしておるな」

なにかしらの呪具か?と観察していると、タマがせっせともう一体を作り始めた。手袋をとって作業に勤しんでいるため、タマの手は真っ赤になってしまっている。しかし、チマチマと作業をする姿はなかなかどうして可愛らしい。




「ふむ……」

我輩も手に雪を乗せ丸めてみる。綿雪なので、案外簡単に固まってゆく。そのままタマが作った呪具を真似て作ってみた。腕を模しているのであろう木の枝は省略し、タマが作った呪具の隣に並べてみる。




「へーか、じょーず!」

タマが我輩の呪具を見て嬉しそうに言った。その手には作りかけの呪具が握られていた。魔王である我輩にとって、このような事は朝飯前である。




「フッ、タマよもっと褒めるがいい!」

タマに褒められた我輩は、その後15個もの呪具を作り上げた。壁際に並べられた呪具は、一つだけなら可愛げがあるが、何個も並ぶと少し薄気味悪いものを感じる。

壁に並べるということは、魔除けか何かなのだろう。タマは壁に並んだ呪具を嬉しそうに見つめていた。




「くっしゅ!」

「タマ、寒いのか?」

小さくくしゃみをしたタマに慌てて駆け寄る。我輩を見上げたタマのタマの顔は元気そうだが、小さな鼻の先や頬が赤くなっていた。




「気温が低いせいか。ならば……」

我輩は魔法を使って、周囲の温度を上げた。タマに直接熱風が当たらないように空気の流れを調節しつつ、一気に温度を上げていく。

すぐに暖かくなったため、我輩はホッと息を吐いた。人間は熱や寒さに弱い。魔王たる我輩が管理してやらねばな。




しかし、一気に温度を上げたせいか、壁際に置いた呪具が一斉に溶け始めてしまった。




「……」

「……」

慌てて魔法を止めたものの、溶けかけた呪具が直ることはなかった。











我輩はタマを肩車しつつ、肩を落とした。

足は夜会の会場へと向かっているが、その足取りは重い。無論、原因はタマの呪具が溶けてしまったせいである。我輩が作ったものならまだしも、タマが作った呪具まで溶かしてしまうとは、不覚である。魔王としてあるまじき失態である。自分を殴りたい。




「へーか、******?」

しょげた我輩の頭を、タマがわしゃわしゃとなで回す。その心配そうな声色に、我輩はじぃんと感動に打たれた。




「タマ……、とっておきの呪具を燃やされたというのに、我輩を気づかってくれているのか?」

「へーか、すきー」

「タマ!我輩も…………、っは!」

視線の先に見えた者に反応して、我輩は慌ててタマを抱き抱えローブの中にしまった。ローブの間から顔だけを出したタマは、我輩と向き合う形のまま我輩を見上げる。




「へーか、******?」

「タマ、黙っておれ」

しっ、と口元に人差し指を添えると、タマは慌てて両手で口を塞いだ。そのままするするとローブの中に頭まで入り込む。その姿に口角が上がりそうになるのを、我輩は懸命に堪えた。




「あ、いた!」

久方ぶりの憎らしい声に、我輩はゆっくりと顔を上げた。正面から我輩に走りよるのは、淫魔とドラゴンを足して2で割ったような姿をしている憎きガルドラである。




「お久しぶりです!まお……、お義父さん!」

「貴様、その言い直しはマイナスにしか働かんぞ」

嬉しそうに顔を綻ばせ、ヒュンヒュンと尻尾を激しく左右に振るガルドラ。そこだけ見ると、少し幼さの残った端整な顔立ちと合間って、大変爽やかな好青年に見えるのだが、生憎欲情にギラつく瞳のせいで台無しである。




「それで、あの、タマ様はどちらに?」

「我輩の大事なタマを貴様に会わせると?笑止。身を弁えよ小僧」

「す、すみません。……すんすん……、結構、タマ様の強い匂いを感じるんですけど……」

「燃やすぞ貴様」

久方ぶりの殺気を滲ませつつ、我輩はガルドラから離れて会場を目指す。なに、ガルドラは腐っても炎帝ドラーフェの息子。関係を築きたい輩が我輩のタマを守ってくれるはずだ。文字通り肉壁と化して。




「へーか、」

「タマ、まだしーだぞ。しー」

小さく聞こえたタマの言葉に、我輩も小声で返す。返事はなく、代わりに我輩に抱きつく力が増した。天国である。




会場の準備はあらかた整っていた。さらに言えば、客の酒の回り具合も進んでいた。どうやらもう始まっていたらしい。

ルーベルトが会場に現れた我輩にいち早く気がついた。




「陛下遅いですよ。タマ様は?」

「我輩の懐の中ぞ」

「はい?」

「詳しいことは後だ。我輩の席はどこだ?」

「ぁ、あちらです」

誘導された席に座る。右隣にタマの席とおぼしき子供用の椅子もあった。




「ぁ、魔王様だ」

「おー魔王様だー」

「本当だ、こんなに早くくるなんて珍しい」

などと、我輩の登場に口々に皆が声を出す。毎回遅れるのは、皆酒盛りをし始めてしまって、部屋で待っている我輩を皆が呼びに行くのを忘れるのがいけないと思うのだが、ここは聞き流しておいて酒を煽った。




「ぉ、陛下。誕生日おめでとうございます」

「ふむ、貴様もな、ノロ」

酒を片手に我輩の左に座ったのは、魔王軍総隊長である、鬼神ノロである。ノロは我輩の隣に座ると、さっさと盃に新たな酒を注ぐ。




「いやぁ、俺今年で丁度800歳なんです。歳取ったなぁ」

「そう言えば、貴様は我輩よりも歳上だったな。童顔ゆえ、我輩と同世代に見える」

「ハッハ、まぁ俺もまだ若僧ですけど……。……ところで、その、陛下のペットは、今日来てるんですか?」

我輩の顔が一瞬で能面と化した。




「触らせんぞ」

「ぇ、い、いいじゃないですかちょっとくらい」

「タマが貴様になついたらどうする。というか、何故貴様がタマを気にする」

「い、いや、その……」

ノロは鋭い目を逸らしながら、しどろもどろに返答する。自然と、タマを抱き締める我輩の腕に力が入る。




「よいかノロ。貴様が鬼神であり、この魔王軍の総隊長を務めているということは、つまりそれだけ貴様を信用しているということだ。くれぐれも、どこかのトカゲのようにタマを気に入るなどということは、」

「ぷはっ!」

ぽん、とタマが我輩のローブから顔を出した。




「た、タマ!」

「へーか、*****~」

「っ……!」

もぞとぞと不満げに動くタマを見て、ハッと我に返る。目の前には、ソワソワとタマの頭を撫でたそうにするノロがいる。




「の、ノロ!その手を退けろ!」

「い、いいじゃないですか撫でるくらい」

「その手つきはなんだ手つきは!」

「あ!タマ様!」

「くぅっ!?ガルドラ貴様もか!」

「へーか、*****~」

「陛下、タマ様が嫌がっているのなら、私がタマ様を先に寝室へお連れしましょうか?」

「おい、酒持ってこい酒~!」

「タマは我輩のものぞ!独占して何が悪い!」




なんとか夜会の間、タマを死守した我輩は、さっさと自室に戻り、タマと寄り添って眠りについた。

因みに、呪具は言わずもがな雪だるまなので、なんの効力もありません。

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