魔王様、翻弄される
×日◇日
「陛下、アザテノ砂漠が沈没しました」
「またか、今年は多いな」
ふぅ、と息を吐く。今年で12回目だ。また前回と同じように仕事を振り分けていく。どうせ今回も二日経てば干上がって元の砂漠に戻るのであろう。
「津波を防ぐ防波堤を作りましょうか?」
「あまり手を入れると先住民のリザードマンが怒るぞ。放っておけ」
「では、天界と人間界からの侵略の話なのですが」
「なんだ、また同盟を組みおって勇者などとくだらぬ者を召喚しよったか?」
「そのような動きがあったことは報告に上がっております。ですが、召喚してみたらネズミが出てきたらしく、失敗したようです」
「ふん、勇者などという者がいない限り、人間界は取るに足らぬ存在。あと5年は野放しにしておいても問題はないだろう」
「では、人間界側の兵士を少し移動させましょうか」
「へーか」
きぃ、と扉が開く音がした。
「む……?」
「あ、タマ様」
振り返ってみれば、タマが扉を少しだけ開けて顔を半分だけ覗かせていた。一人で来たのか、ロベカルの姿はない。
「どうしたタマ、我輩が恋しくなったか?」
ちょいちょいと手招きをしつつ、膝をポンポンと叩く。丁度いい、休憩がてら、タマと遊ぶことにしよう。
だが、タマは扉から体を半分出したまま動かない。こちらを見つつ、口を開けたり閉じたりを繰り返している。
「…………タマ?」
「…………へーか、タマ、すき?」
途切れ途切れの言葉を聞いて、我輩とルーベルトは数度瞬きをした。自身のことと、好き嫌いも言えるようになったか。
そして今の言葉は、『へーかはタマのことがすきか?』という意味なのだろう。我輩は不敵に笑った。
「フッ、何を分かりきったことを。我輩はタマの事が好きだぞ?」
じぃっと見つめるタマにしっかり聞こえるように宣言すれば、ぱぁっとタマが笑顔になった。
花が咲くようなとはこのことを言うのだろう。くりくりの瞳を輝かせ、頬を染めて笑顔になるタマを見ると、自然とこちらも笑顔になる。今までで一番の笑顔だ。
「タマ、へーか、すきっ!」
きゃー、と嬉しそうにそう言ったタマが、パタパタと足音を鳴らして去っていく。我輩は隣に立つルーベルトを見上げた。
「いやそんなどや顔でこっち見られましても」
心底煩わしそうにルーベルトが呟いた。
「フッ、やはりタマは我輩の事を好いておったか」
「あーはいそうですね」
「ルーベルト、悔しいからとそう自棄になるな。タマが我輩の事を一番好いておるのは目に見えておっただろう?」
「いやタマ様は陛下が一番とは言っていませんでしたが」
負け犬の遠吠えを右から左に受け流しつつ、我輩は仕事を再開する。現在進行形で無敵モードの我輩に、勝てる者はいないのだ。
それから一時間後、またタマが我輩の部屋に訪れた。
こんこん、とノックをされ、タマが扉から体を半分だけ出す。先程のようにオドオドとはしておらず、瞳をキラキラ輝かせて我輩を見つめてきた。俗に言う、期待の眼差しだ。
「へーか、タマ、すき?」
先程と同様の質問。何度も確認したいほど、我輩の事が好きなのかタマ。ならば何度も確認させてやろう!
「我輩はタマのことが好きだぞ」
「タマも、へーか、すき!」
嬉しそうに再確認するタマににやけていると、蚊帳の外となっているルーベルトが『陛下、気持ち悪いです』と悔しそうに呟いた。
聞こえんのうっ!そのような負け犬の遠吠え、聞こえんのうっ!
「タマ、へーかきらーいっ!」
「え」
きゃーっと嬉しそうに笑うタマが、爆弾を落として部屋を後にした。
「…………」
「いやそのような世界の終わりみたいな顔されましても」
「貴様こそ嬉しそうににやつくなルーベルトッ!」
ニヤニヤとにやつくルーベルトが心底憎らしい。
「ほらほら陛下、手が止まっておりますよ。さっさと仕事してください」
「ぐっ……!!」
タマに真意を聞こうと立ち上がる我輩を、ルーベルトは無理矢理また椅子に座らせた。
フッ、このような事で動じる我輩ではない。落ち着け我輩。さっきのはあれだ、きっとタマが恥ずかしがってきらいとか言っただけであって、決して我輩の事が嫌いなわけではない。そう、あれはただの……!
「陛下、資料が燃えております」
「…………」
いつの間にか、我輩が持っていた資料が塵と化していた。
「ぐあぁっ!やはりタマに真意を聞いてくるっ!」
「さっき言っておられたではないですか、嫌いと」
「黙れルーベルト!貴様こそタマの眼中にも入っていない事を分かっておるのか!?」
「なっ……!そのようなことは!」
「フッ、好きでも嫌いでもない貴様に笑われるなど、魔王たる我輩にあってはならぬ!更に言えばタマに嫌われるなど、あってはならぬのだ!!」
ルーベルトの静止を振り切り、我輩はタマがいるであろう図書館へと移動する。ロベカルと机に向かって勉強するタマは、我輩に気がつくと嬉しそうに我輩の名を呼んだ。
「へーか!」
「タマ、タマは我輩の事が好きだな!?」
「??」
「好きではないのかっ!?」
「へ、陛下落ち着いて下されっ!」
あまりの錯乱ぶりに、ロベカルが我輩の肩を掴む。その手を振り払う前に、タマが我輩に抱き付いた。
「タマ、へーか、だいすきっ!」
「っ……!!タマッ……!!」
ルーベルトが迎えにくるまで、タマを抱き締めてイチャついていたのは言うまでもない。
遅れて図書館に着いたルーベルトは、タマを膝に乗せて抱き締める我輩を見てため息を吐いた。
「陛下、早く仕事に戻りますよ」
「タマも連れていく」
「そうすると仕事が進まないでしょう。さぁお早く」
「そう嫉妬せずとも良いではないかルーベルト」
「別に嫉妬などしておりませんが」
仏頂面でそのようなことを言われても、全く納得出来ぬ。やはりタマは我輩の事が一番なのだな……。とほっこりしていると、
「ルーベルト、だいすきー!」
「なっ、タマ、浮気は許さんぞ!」
またタマが爆弾発言をして、ルーベルトと口論になった。
「ルーベルト、ふと思ったのだが」
「はい、なんでしょうか」
結局タマを自室に連れ帰った我輩は、ふとこんな事を思った。
「タマに嫌いって言ったらどうなるだろうか」
「…………別にどうもならないのでは?」
ベットの上でスウスウと眠るタマを見ていたら、そんなイタズラ心が芽生えてきた。タマが我輩に冗談でも嫌いと言われた時、一体タマはどんな行動を取るだろうか。
想像してニヤつく我輩は、ソロソロと寝ているタマに近寄った。ルーベルトも無理に止めない所を見るに、タマが一体どんな反応を示すか些か興味があるのだろう。
「タマ、タマ」
「んー、へーか……?」
寝ぼけ眼で我輩を見つめてくるタマに、嫌いなどと心にもない事を言うのは辛い。身が引き裂かれるかのような罪悪感がある。
だがしかし、タマがどのような反応を示すかという好奇心の方が勝った。
「我輩はタマが嫌いだ」
きょとん、とした顔で、タマが我輩を見つめる。
「へーか、タマ、すき、ない?」
「ああ、タマが嫌いだ」
「…………」
何を言われたか分からないという感じのタマは、次の瞬間、その大きな目に涙を溜め始めた。
「な、タマッ!?」
「へ、へーか、タマきらい?すき、ない?」
泣くのを必死に堪えながら、我輩にすがり付くタマ。わんわんと泣き出さない所が健気である。
「うそ!うそだぞタマ!我輩はタマが好きだぞっ!」
「***?へーか、タマ、すき?」
「大好きにきまっておろう!我輩はタマが大好きだ!」
「へーか!タマもすき!」
「タマッ!」
ギュウッと抱き締めてやれば、タマも我輩の背中に手を伸ばそうと必死になる。タマかわいいぞタマ!
「……とりあえず、陛下が苛つくということが分かりました」
ルーベルトの面白くなさそうな声を、我輩はまたスルーした。




