タマ、魔王に拾われる
私の名前は橋本殊音。小学校一年生です。
ママとのお買い物の帰り道、勝手に一人で走って先に行っていたら、いつの間にか変なところに迷い混んでしまっていた。
見たこともない大きなお城に、見たこともない変な格好をした人たち。お化けや妖怪みたいな人もいて、私は恐くて建物の隙間に隠れていた。
ママ、早く迎えきてと心の中で願っていたら、頭にツノを生やした人に見つかった。毎週日曜日に見てる『ハートクラッシャーズプリキュオ!』の悪役みたいな人だった。
その人は私を見るなりマントを広げて、大きな声で叫んだ。なんて言っているかよく分からなかったけど、もう食べられちゃうんだと思った私は泣き叫んだ。
ああ、きっとママを置いて先に行っちゃった罰が下ったんだ。
そのツノを生やした人に抱き抱えられ、私は大きなお部屋に連れてかれた。ここできっと食べられるんだ。自分の根城に食べ物を持ち帰ってから食べるなんて、ネコさんみたい。
ベッドの上に下ろされたので、慌てて離れて毛布の中に潜り込んだ。まだ死にたくなんかなかった。ママと一緒に帰って、パパと色んなお話して、弟の暁人と一緒にテレビをみて、みんなと一緒に眠りたい。
そうやってずうっと泣いていたら、なんだか疲れてきた。そして、なんでツノの人は私を食べようとしないのか不思議に思った。
泣きつかれた私は、オズオズと毛布の中から顔を出す。そこには仁王立ちしているツノの人が、まだ私の方を見つめている。おっかない顔だけど、どこか困惑した様子だった。
「……私のこと、食べないの?」
毛布の中からそっと顔だけだして呼んでみても、ツノの人は鼻を押さえるだけだった。
『********?』
「なんて、言ったの?」
『********?』
「……もしかして、恐い人じゃないのかな」
『……*******』
ふぅ、と溜め息をついたツノの人は、部屋から出ようとした。
また、一人ぼっちになりたくない。例え知らない怖い人でも、側にいて欲しい。
まだその人が信用できないことよりも、また一人になる方が怖かったから、私はツノの人にしがみついた。
『*******?』
「……一人にしないで」
言葉が通じたのか、ツノの人は私を抱いてベッドに座った。暖かくって、落ち着く。もしかしたら、この人は迷子センターとかの人かもしれない。だから私を拾ってくれたんだ。
人と触りあっている温もりが嬉しくて、安心できる。思わず私はその人に頬擦りした。
どうやらこのツノの人は、みんなから『へーか』と呼ばれているらしい。
迷子になって結構経ったけど、まだママは迎えにきてくれない。泣きたくなるけど、ツノの人がいつも一緒にいてくれるから、大丈夫。
ツノの人とご飯を食べ終わると、真っ白な髪をした男の人が来る。女の人みたいに髪が長くて、オールバックにしてるから、私は『ニューハーフさん』って勝手に名前をつけている。
ツノの人と同じような赤い瞳に、尖った耳、まっすぐ上に伸びたツノ。喋ると八重歯がちらりと見える。
その人は、ツノの人に話しかける時、必ず最初に『へーか』って言う。
なんでそう言っているか分かるのかというと、だってそこだけ日本語に聞こえるからだ。へーかって、日本語で聞こえる。たしか、空耳?ってやつだと思う。
仙人みたいな人が、言葉を教えてくれた。試しにニューハーフさん、ルーベルトを呼んでみたら、私を見て驚いていた。
それよりも、私は前から気になっている事がある。それは、ルーベルトがつけているペンダントだ。
ママがいつもつけているのに似てる。じぃっと見てたら、へーかが私にくれた。
ママ、なんで迎えに来てくれないんだろう。
その夜、いつものように、へーかとベットに横になる。それと同時になんだか悲しくなった。
ママに会いたい。パパに、暁人に会いたい。でも、もう会えない気がしてきた。だって、こんなに待っていても、迎えに来てくれないんだもん。きっと私のこと、いらなくなったんだ。
私、これからどうなっちゃうんだろう。もう一人ぼっちで生きていくしかないのかな。
そんな暗いことばかり考えて泣いていたら、へーかは私の背中を撫でたりトントンと軽く叩いてくれた。
へーかはいつまで私をここに置いてくれるかな?
へーかは優しいから、ずっと私と一緒にいてくれるかな?
「……へーか……、……お願い、捨てないで……」
いつもいい子にしてるから。
いうことちゃんと聞くから。
わがままなんて言わないから。
へーかの言うこと何でも聞くから。
だから、殊音を捨てないで。もう、一人にしないで。
そう願いながら、私は眠った。