魔王様、出発する
「ぅ、ふぇ、タマ様が、タマ様が急に、消えてしまわれて……!!わた、し、手、伸ばした、のに、ぐす、届かなっ……、うわぁああん!!」
「…………」
ふっさふさの犬耳と尻尾を垂らして泣きじゃくるカシミアの声を聞きながら、我輩はその場を離れる。
頭の中はただ真っ白になってしまい、何も考えることが出来ない状態であった。
よろよろとふらつきながら現れた我輩に、決闘場に集まっていた従業員たちがたじろぐ。不愉快なざわめきが、その場を支配した。
「……タマ、だったのか?」
ノロの、恐る恐るといった質問に、我輩はギリッ、と音がなるまで力強く歯軋りする。それだけでノロは察したらしく、口を閉ざした。
そして、ふと、我輩はその後ろにいる、今もなお氷柱に拘束されている少年を目にしてしまった。
無表情だが、どこか勝ち誇ったようなその顔を見た瞬間、怒りと共に、魔力が暴走する。
「っ、やべっ!!」
ぎらりと我輩の瞳が剣呑な光を湛えたのを見て、慌ててノロやルーベルトが少年の前に躍り出る。少年の命を守ろうと、盾になる算段であったのだろう。
だが、その全てが、部屋を覆うかのように現れた氷に飲み込まれた。
本来壊れることのない、堅牢な決闘場すらも破壊して、鈍い色をした氷が全てを押し流し、全てを凍らせる。
慌てて魔力を押さえたが、氷はまるで津波のようにノロやルーベルト、少年へと襲いかかった。それはまさに、氷山が雪崩れ込んだかのような有り様である。
「っくそ!落ち着いてくださいよ!!」
「陛下、この者を殺しても、タマ様の行方がますます分からなくなるだけですよ」
その氷の一角が砕け散り、中から這い出たノロ、ルーベルトは、怒り狂う我輩を沈めにかかった。ノロの腕の中には、魔力に当てられぐったりとした先の少年が抱えられている。
そのぐったりとした少年に近づき、頬を叩いて、無理矢理覚醒を促してやる。
「おい、貴様、起きろ!!」
「ぐっ……」
うっすらと目を開けた少年の胸ぐらを掴み上げる。身長差があるため、少年の体は吊り上げられたように宙に浮かぶ。若干息がしずらそうではあるが、そのことすら気にも止めず、我輩は少年に詰問した。
「貴様、先の魔法で消えた、我輩のタマをどこにやった」
「……さぁ、知らない」
我輩の迫力に気圧され、そっぽを向きつつも反抗する少年。普段ならば、『そのいきや良し』などと軽口を叩けるが、あいにくとそのような余裕は一ミリもない。
少年の回りを囲うようにして現れた氷壁から、無数の棘が伸び、鋭利な尖端が少年の皮膚に触れた。
少年が息を呑む様子が、ありありと伝わってきた。
「言え」
「……さっ、さっきの魔法は、無くし物をするだけだ。魔界の、どこか別の場所に、ランダムにあんたの大切なものが移動する。一種の転送魔法だよ」
「タマの居場所は、貴様には分からないのか?」
「……言ったろ、ランダムだって。俺にはそのタマとかいうやつの居場所は知らない……」
「くそっ!!」
少年の胸ぐらをつかんでいた手を離す。氷の棘が、降りる瞬間引っ掛かったのだろう。少年のくぐもったうめき声が足元から聞こえてきたが、今はそんなことに気を割いている時間はない。
タマは力の無い人間だ。
そんなタマが、魔界の中に一人放り出されて生きていられる訳がない。さらにいえば、人間を食す魔族も、魔界にはいる。そんな中に、タマが一人で……!!
「カロン、メロア!!」
我輩が鋭く叫ぶと、目の前に二つの竜巻が巻き上がった。すぐに竜巻はかき消え、黒い羽と水晶の欠片を宙に散らす二人の親衛隊隊員がその場に膝まずく。
「守護のメロア、ここに」
「破壊のカロン、ここに」
「タマに加護をかけろ」
「「ハッ」」
すぐにその二人は風となり消えてしまったが、親衛隊となる二人だ。信用は出来る。これで、タマに危害を加えようとする者からタマを守ることが出来るであろう。
次に行うこと。それは、『タマの居場所を探ること』である。
「ルルカ、いるか」
「はい……、ここに」
三つ目である侍女のルルカが一歩前に出る。きっちりと髪を二つに縛っている彼女は、いつもはあまり表情が変わらないのだが、今はまるで何かを耐えているかのような厳しい表情をしていた。
「タマの居場所を確認出来るか」
「お任せください……、陛下」
ルルカがかけていた眼鏡を取る。風もないのにふわりとルルカの前髪が揺れ、額にあるもう1つの目が現れる。
「私に出来ることと言ったら……、この遠目や、未来視くらいしかありませんから」
常時は黒目であるルルカの瞳が、虹色に輝く。宝石とも見紛うその瞳はキラキラと煌めきながらも、ルルカの表情は固い。
「……なんだ、あれ」
「遠目だよ。透視とも言われるけどな。目視出来ない、それこそ魔界の端から端までを“見る”ことが出来る。そうやって、今タマを探してるんだ」
うずくまりながらも質問をする少年を拘束しつつ、ノロが答える。その間も、ルルカはタマを探すために魔界中を“見続ける”。
「……随分と遠いです。これは……、森?ここ、もしかして……、ッタ!!」
「どうした?」
「……阻害されました。ですが……、おおよその見当はつきました」
バチッ、とルルカの近くに火花が散る。苦い顔をしてはいるが、収入はあったようだ。
眼鏡をかけ直したルルカは、“見えた”場所を告げる。
「タマ様が転送された場所は……、ここから東に向かった先にある、暗緑の森です」
「……厄介な」
「あの場所は魔力を無効化する鉱石が多くあるせいで 、あの地に踏み入れた者は魔法はほとんど使えなくなりますよ」
ルーベルトの発言通り、暗緑の森は、魔界であるというのに魔力が乏しい場所である。さらに、その鉱石が出す電磁場により、方角を知る為のコンパスなどといったものは狂ってしまい使えない。
今、ルルカの魔法が阻害されたのも、その魔法を無効化させる鉱石の影響だろう。
だが、これでおおよその見当がついた。
「よし、我輩は暗緑の森へと行く。留守は頼んだぞ、ルーベルト」
「……陛下」
「なんだ、不服か?それとも、いつものように、我輩を止めるか?」
止めるものならばな、と付け足しつつ、我輩は軽く拳を握る。一度だけため息をついたルーベルトは、それでも我輩の横に並んだ。
「何かあったら危険です。小隊を1つ連れていきましょう。ノロもお連れください。あなたが暴走した時、なんとかしてくれるはずです。それと、ミミックの少年も。何か使えるかもしれません。留守はお任せください」
「……ああ、頼んだぞ、ルーベルト」
「おい、さっきの陛下を相手になんかしたくねぇんだけど」
心底嫌そうな顔をしつつも、ノロは少年を肩に担いでついてきた。その他の従業員も、慌ただしく動きだし始める。
今にもドラゴンに飛び乗り、暗緑の森へと向かいたい衝動を抑えつつ、我輩は決闘場を後にした。
「待っていろ、タマ」
必ずや、迎えに行く。
へーかがちょっと魔王っぽい。いや、魔王なんですけどもね。




