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タマ、泣く

新年の夜会から3日後。

私は、はぁ、とため息を溢して、愚痴を吐いた。



「二日酔いってあんなに辛いものなんだね。初めて知った……」

「まぁ、まだタマ様はお酒に慣れていないこともあるのでしょう。飲み過ぎないよう、お気をつけ下さい」

「はぁい」

確かに、もうあんなに酷い頭痛は経験したくない。今度からは、みんなにペースを合わせて飲まないように気をつけなくちゃ。

朗らかに笑うロベカルに返事をしつつ、私は手に持った書物を本棚に入れていく。

次の本はどこにあったっけと考えて、近くの本棚の一番上を仰ぎ見る。




「でも、自分があんなにお酒が弱いとは思わなかった」

「人間と魔族は違うものです。魔族は人間のような少ない量で酔うことはあまりありませんよ」

「そうなんだぁ。魔族って凄いんだねぇ、……よっと!」

備え付けの梯子をよじ登って、本を棚に戻す。裾が長い今日のドレスでも、慣れてしまえば踏んづけてつまづくことはない。スフィカが作ってくれた若草色のドレスは、青系統のドレスの次に気に入っている。

私は梯子の上から、仕事をしているロベカルを見た。

ロベカルは書類の整理をしているらしく、メモを書いたり、羊皮紙を捲ったりと忙しそうだ。




「でも、いっぱい飲んだら酔っちゃうんでしょ?」

「まぁ、個々の差はありますがね。そこは人間と同じですよ」

「じゃあ、陛下はお酒に強いのかな。酔ってるところ見たことないもん」

夜会の時に、陛下が酔っているところを一度も見たことがない。いつもみんなが酔っぱらって机に突っ伏していても、陛下は常時しれっとしたままだ。

私は梯子を降りて、次に片付ける本を手に取った。ふむふむ、『獣人と尻尾についての108の考察』ね。これは左の棚だ。





最近の私は勉強を教えてもらっているだけでなく、ロベカルや玉藻、他の魔族のみんなの仕事を手伝わせてもらわせている。

図書館の手伝いをし始めてから、小さい頃には全く人気の無かった図書館内も、最近はちらほらとみんなが訪れてくれるようになった。料理やベッドメイキングなどはやっぱりプロのみんなには及ばないけど、少しでもこの魔王城のみんなの役に立てればいいなと始めたお手伝い。大変だけど、これが結構楽しいのだ。




「確かに陛下はお酒にお強いですが、酔わないわけではありませんよ」

「え、そうなの!?」

「はい。陛下がまだお若い頃にはお酒に酔った姿を何度か見かけております」

ち、ちょっと聞いてみたいかもっ!

思わず瞳を輝かせると、ロベカルは無言のままペンを置いた。それは、ロベカルが話を聞かせてくれるという合図だ。

私は嬉々としてロベカルの向かい側に座った。陛下の話なら是非聞きたい!




「陛下が魔王として就任した時の話です。魔王に即位した陛下を祝福するために、魔界中から様々な魔族が集まり、盛大な宴が1ヵ月続きました」

「一ヶ月も?」

そんなに飲み食いして、大丈夫なのかな。あまりにスケールの大きすぎる話で、上手く想像出来ない。



「数千年に一度の大イベントでしたからねぇ。様々な種類の酒も集まって、酒に強い陛下でもやはり酔ってしまわれて」

「うんうん」

「千鳥足のまま寝室に帰ろうとした時に、噴水に落ちてしまわれたことがありました」

「えぇ!? 陛下が?」

驚きすぎて、ここが図書館だということも忘れて大声を出してしまう。だって、私の中の陛下のイメージといえば、『なんでもそつなくこなす凄い人』ってイメージだ。それなのに、噴水に落ちるだなんて。陛下、ちょっと可愛い。

だけど、そんな話を聞いたとしても、陛下への気持ちは無くなるどころかますます強くなってしまうんだから、恋って不思議だ。




「あの頃の陛下は、今よりももっと感情を表に出さない人でして。美しいかんばせはずっと無表情のまま動かなかったものですから、皆陛下が酔っていることなど分からなかったのです。だから、陛下が噴水に落ちた時は、すわ敵の奇襲かと慌ただしくなったものです」

「ふふ、その時は、ロベカルもびっくりした?」

「もちろん!他にも……、ああ、いや、止めておきましょう。勝手に話してしまうと、陛下に怒られてしまう」

「えぇ、残念。でも話してくれてありがとう!」

ちょっと惜しい気がするけど、私のせいでロベカルが陛下に怒られるのは嫌だ。私は手に持っていた本を、また棚に返す作業を開始しようとした。だが、見計らったかのようなタイミングで、鐘の音が響いた。




「わ、もうお昼の時間?」

「作業は止めて、昼食と致しましょうか、タマ様」

「うん! じゃあまた午後に来るね!」

机の上に本を置いた私は、お昼を食べる為に陛下の自室に戻る。




(今日のご飯には、陛下の大好きなチーズケーキが出るんだよなぁ)

陛下は甘いものが好きだ。

食事のあとのデザートを食べるときは、いつも上機嫌で、そんな陛下を見ると思わずこっちも嬉しくなる。

うきうき気分で廊下を歩き、扉を開ける。



「陛下ー、お仕事終わった?」

そうして、私の目に入ってきたのは。





「ん?なによ、この小娘。私のヴォルキースの部屋に、なんで入ってくるのかしら?」

「…………」

ベッドに座る陛下に、しなだれかかる美女。

私は、これ以上ないほどに顔を青ざめさせた。



「な……、え…………」

「あら? よく見たら人間じゃない。食用なの?」

陛下と美女を見つめ、まるで鯉のようにぱくぱく口を動かすことしか出来ない私。陛下にしなだれかかる美女は、そんな私を見てクスクス笑った。

波打つ赤髪は宝石のように綺麗で、大きなアーモンド型の瞳も赤々と燃えているかのような印象を受ける。

肩から胸元まで剥き出しのマーメイドドレスはなんの飾りもないシンプルなものだが、派手な赤色一色。

そしてその裾からチラリと見えているのは、真っ赤な蛇の尻尾だった。

そんな赤一色の美女は、私には到底マネできないような妖艶な笑みを浮かべた。




「私は今、愛しのヴォルキースと大事な話をしているの。小娘は出てってくれないかしら」

ダイジナハナシ……。

大事な話って、何?

それって、ベッドの上で、密着しないといけないものなの?

しかも、『愛しの』って、どういう関係なの!?



「し、しつれい、しました……」

驚いて目を見開いている陛下に聞きたい気持ちを我慢して、部屋を出る。

もし、本当に仕事の話だったら邪魔しちゃいけない。

でも、もし違うってなったら……、どうしよう。

扉を完全に閉めてから、さっきの人が陛下の恋人なんじゃないかという可能性に気が付いて慌てふためいた。



「どうしよう、陛下に、恋人? ど、どうしよ……」

「あれ、タマ様、どうかしましたか?」

食事を持ってきてくれたアルテアが、廊下でオロオロしている私に声をかけ、首を傾げる。

私はアルテアを見たとたん……、思わずボロボロと涙を溢して泣き出してしまった。




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