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魔王様、へーかと呼ばれる

△月□日




タマが喋った。




「るーべると!」

と、憎き宰相に向かって言った。満面の笑みだった。




「る、ルーベルト!貴様殺してやるっ!」

「そ、そんな酷い!」

バキリと羽ペンをへし折った我輩は、早急にルーベルトを殺しにかかる。奴の胸ぐらを掴む為にルーベルトに近寄ると、タマがルーベルトを庇うかのように我輩の前に立ちふさがった。




「なっ、タマ!」

「めー!るーべると、め!」

「し、しかしタマ、何故こいつばかり贔屓するのだっ!?」

「るーべると、めー!」

「タマはこの血ぃ吸い虫の方がいいと言うのか!?」

「……よく会話出来ますね陛下」

めーめーめーめー言うタマは、ふとルーベルトの方を向いた。




「るーべると!」

「は、はい。なんでしょうかタマ様」

「るーべると!」

「は、え、うわっ!?」

『*********!』

「く、くすぐったいですタマ様!」

どうやらタマはルーベルトのペンダントに興味津々らしい。しゃがんだルーベルトに抱き付くようにして、ペンダントを覗き込む。我輩を除け者にしよって……!




「ロベカル!なぜタマに我輩の事を教えない!?」

タマの専属教師となったロベカルに問い詰めると、ロベカルは申し訳なさそうに肩をすぼめた。

タマの教育は我輩の側で行われていたのだが、その姿を見つめていたらルーベルトが仕事にならないと引き離したのだ。なんたる屈辱。ルーベルトコロス。




「も、もちろん教えました。ですが、どうやら陛下のお名前はタマ様には発音しずらいのかと……」

「ぐっ……!」

確かに我輩の名前は長い。ヴォルキース・ウェルツェル・テオレヴィエスというなんとも長いったらしい名前だ。確かに我輩の名前よりも、ルーベルトの方が言いやすいだろう。ルーベルトコロス。




「フッ、だがタマの気を引くことなど、この魔王である我輩には造作もない!」

そう、この程度で諦める我輩ではないのだ。今もまさにルーベルトコロスのペンダントに興味津々のタマ。我輩はルーベルトコロスに近より、



「ふん」

「いだぁっ!?」

そのペンダントを引きちぎった。




「な、なにを!?」

「ほらタマ、ペンダントだぞ」

『*****!』

嬉々としてタマの興味が我輩に移った。フッ、と勝ち誇ってルーベルトコロスを見ると、奴は若干悔しそうな顔をしながらタマを見つめていた。




『*******!』

「ほらタマ、貴様にくれてやる」

「それ私のなんですけど!?」

「うるさい黙れ。ルーベルト・コロス・ロリコン」

「ミドルネームを変えないでください!」

タマを膝の上に乗せて、我輩はやっと一息つけた。タマはペンダントをじっと見続けている。なるほど、タマは光り物が好きなのだろう。

だが、主である我輩の名を言えないのは死活問題だ。試しに、タマに我輩の名前を聞いてみた。



「タマ、我輩の名はなんだ?」

「るーべると!」

「ルーベルト・ナブリ・ゴロス」

「だからなんでそうなるんですか!」

頭の上で我輩の事など放って、タマはいつまでもルーベルトのペンダントを覗いていた。






「タマ、もう寝るぞ」

ソファでごろごろしていたタマを拾い上げる。もうタマは半分眠っているが、脆弱な人間は寝る時に暖めねば死ぬらしい。全く、なんて弱い連中なのだ。我輩はタマを抱き締めて横になり、問答無用で毛布を肩までかけてやる。

我輩の腕の中にいたタマは、寝ぼけ眼で我輩を見つめ……、唐突に、泣き出した。





「た、タマ!?」

『*******……』

ズグズグと小さく嗚咽を出しながら静かに泣くタマを見ようと、魔王である我輩は慌てない。解毒魔法やら回復魔法やらを見境なく使い続けてやる。




「た、タマ、どうした……?」

『*******……』

タマがぎゅうぎゅうと我輩にすり寄ってきた。甘えているようなその仕草、テラカワユスの一言に尽きる。

どうやらタマはどこか痛いわけではないらしい。タマの背中をトントンと軽く叩いてやったり、さすってやったりしているうちに、タマの目がウトウトしだした。




『***、****……』

「タマ、寝ろ。寝て忘れてしまえ」

我輩の顔を見つめてくるタマ。その目尻に溜まっている涙をぬぐってやる。




「……へーか……、******……』

「っ!!」

すうすうと眠ったタマを抱きしめながら、我輩は歓喜にうち震えた。






△月●日

私の名は、ルーベルト・ガイア・フェンドルグ。魔王様の宰相をしている。




魔王様は、一言でいうと凄い御方だ。



黒蒼の魔王と呼ばれる所以でもあるその髪は漆黒で、切れ目の鋭い瞳は鮮血のように赤い。角は夜の帳のような濃い藍色で、その美貌は正に魔界一、いや世界一と言っても過言ではない。

もちろん、力も強い。魔法も強力で、魔王様に勝てるものなどどこを探してもいないだろう。

正に王と呼ばれるに相応しい魔王様は、最近ペットを飼い始めた。名前はタマ。人間のメスだ。



セミロングの黒髪、ぴょこんと右側の髪の毛を一房だけ縛った髪型。大きな黒い瞳はクリッとしていて可愛らしい。確かに、舌ったらずに『るーべると!』と私を見上げて名前を呼んでくれた時にはぐらっと来た。

そんなタマ様に、最近魔王様は御執心である。

タマ様が私に興味を示すだけで、ギリギリと歯ぎしりしているほどだ。



そんなタマ様に御執心の魔王様は今日、菩薩のような爽やかな笑みをしていた。




魔王なのに菩薩顔とはこれ如何に。相対する微笑みを浮かべる魔王様は、はっきり言って、怖い。膝の上にタマを乗せて朝食を食べ終えた魔王様は、




「ルーベルト、昨日はペンダントを引きちぎって悪かったな」

と微笑みながら謝罪した。私は思わず後ずさった。

怖い。怖すぎる。前にタマ様の名前を猫なで声で呼んでいた時も怖かったが、今回も今回で怖すぎる。




「へ、陛下、どうしたのですか?」

「何がだ?我輩は何も変わらぬぞ?」

などと、うそぶく魔王様。まぁ、原因は今も魔王様の膝の上でモグモグと朝食を食べているタマ様にあるのだろう。

タマ様は利口にも、食べ物を手掴みで食べることはしない。しっかりとフォークとスプーンを一生懸命使って食事をする。なかなか躾が行き届いたペットだ。




「へーか!」

とタマ様が魔王様を見上げながら言った。なるほど、私やロベカルが魔王様の事を陛下と呼ぶのを見て真似をしているのだろう。確かに、魔王様の小難しい名前を呼ぶことよりも発音は簡単だ。

魔王様は菩薩顔を蕩けさせて、膝の上に座るタマの頭を撫でる。




「タマ、どうした?もう要らないのか?」

『******』

タマは手を合わせて何かを言うと、魔王様の膝の上でふぅ、と満足そうに息を吐いた。どうやらおなかいっぱいになったらしい。




「タマ、タマタマ、我輩の名を呼べ!」

『******?*****へーか!』

「フッフッフ」

まだ子供も、あまつさえ伴侶すら決めていない魔王様が好好爺のようになっている。あの神さえも恐れる魔王の姿など、今はどこにもない。




「……魔王様、今日のご予定なのですが、」

「ああ、分かっておる。タマ、ロベカルの所に行くぞ」

魔王様はタマ様を抱き抱えて部屋を後にする。私は魔王様の腑抜け具合に溜め息をつきそうになった。

ふと、タマ様が魔王様の肩付近からひょっこりと顔を出した。魔王様に揺られながら、じぃっと魔王様の後を歩く私を見つめる。




「……」

「……」

な、なんだ。何故私を見つめてくるのだ?



居心地が悪いと言うか、背中がむず痒いというか。よく分からない現象に身を固めていると、にこ、とタマ様が私に笑いかけた。その愛らしいこと。正に筆舌に尽くしがたい。




「るーべるとー」

と私に手を伸ばすタマ様。

思わずその手を取ろうと腕を伸ばす。ニコニコ顔のタマ様の、小さな小さな手のひらを握りしめる、寸前。




「させるか!」

と、魔王様が廊下をダッシュした。




もちろん、魔王様に抱っこされているタマ様も連れ去られていってしまう。

『あー』というタマ様の声と共に、あっという間に小さくなった。




「…………チッ」

魔王様に仕えて、早124年。

私は初めて、魔王様に舌打ちをした。







勿論、それで終わる私ではない。

なんだか無性にイラついたので、こっそりとタマ様がいる図書館へと足を運んでみた。図書館は元からあまり人(魔物というべきか)が来る場所ではなく、今も閑散としている。

図書館は、巨大な木を中心として立てられている。その木を囲むかのように本棚が並んでおり、その高さは木の枝の付け根付近にまで達する。



「ロベカル、タマ様~」

と、どこにいるか分からない二人の名を呼ぶ。

すると、タマ様の声が聞こえた。その声を頼りに歩くと、机に向かって勉強中のタマ様とロベカルがいた。




「ルーベルト様、珍しいですな。どうかいたしましたか?」

「……いや、タマ様の様子を見てこいと、陛下に言われたもので」

正直に、タマ様の様子を見に来たと言うのはなんだか恥ずかしく感じてしまった。すると、ロベカルは自分のアゴヒゲを触りながら首を傾げた。




「はて?陛下はいつも、一時間おきにタマ様の様子を見に来られるのだが……」

「…………道理で最近、仕事が遅いわけだ」

とは言っても仕事は時間内に完璧に終わらせてしまうのだから、強くは非難出来ない。その溺愛っぷりには呆れを通り越して感心してしまう。




「るーべると!」

「はい。何でしょうかタマ様」

タマ様の横に座ると、にこーっとタマ様が笑った。

最初に出会った頃こそ、タマ様はいつも不安そうに眉を下げて、グズグズ泣き出していたのだが、最近は落ち着いたのか笑顔が多い。

その笑顔に癒されるのは、何も飼い主である魔王様だけではない。




「タマ様は賢く、我々の言葉を覚えるだけでなく、字まで書こうとしておられるのです」

「もう?」

タマ様の手元を見る。何回も練習したのだろう。ぐしゃぐしゃと黒いペンで書かれた中に、『ルーベルト』という文字があった。




「るーべると!」

と言いながら、タマ様が文字を指差す。



「ああ、そうです。私の名です。陛下よりも楽でしょう?タマ様は字を書く事も上手ですね」

褒めてやって、ついでに頭を撫でてみる。初めて触ったのだが、その髪の柔らかさやサラサラ具合に驚いた。随分と触り心地がいい。これは、魔王様が頻繁にタマ様の頭を撫でているのも納得できる。




「へーか!」

とタマ様が紙を指差す。そこには、確かに『へーか』と書かれていた。




「……ロベカル」

「はい?」

「タマ様は、私の名前と陛下、どっちを先に書かれたのですか?」

「……ええと、陛下の方でございますが……」

「…………」

なんとなく、本当に何となくだが、気に入らない。




「るーれると?」

きょとんと私を見上げるタマ様。少しだけ名前が違っているが、可愛いから許せる。ああ、癒される。




「タマ様、今度私も焼き菓子を持ってきますね」

魔王様に対抗心を燃やしつつ、私はタマ様の頭を撫でた。



その後、遊びに来た魔王様とひと悶着あったのだが、それは後の話だ。





△月◇日



タマのドレスが用意出来たと、スフィカから連絡が来た。



「遅くなって申し訳ありません、陛下」

「よい、品を出せ」

うずうずしながら、スフィカが用意したドレスを待ちわびる。




「たくさん欲しいということなので、陛下のご希望通り、取りあえず30着用意しました」

「ほぉ」

侍女たちが色とりどりのドレスを部屋に並べる。フリルがふんだんに使われたものから、機能性を重視したものまで様々だ。我輩の膝の上に乗るタマも、驚いたように目を見開く。



「ふむ。よき働きをしたスフィカ。今後も頼りにしておるぞ」

「勿体なきお言葉です」

「さぁタマ。お主に好きなものを選ばせてやろう」

我輩の膝から下ろしてやると、タマは我輩やスフィカの様子を見つつ、ソロソロとドレスに近寄った。そして時間が経ってこの場の雰囲気に慣れてくると、嬉しそうにドレスを見て回る。

フッ、ドレスごときではしゃぎおって。



「どうやらお気に召したようですね。私が作った服など、怖がって近寄らないかと思いました」

「ふむ、そう言えば、今日はお主を見てもギャン泣きせぬな」

様子を伺っている、とでも言えば良いか。困惑した表情でスフィカを見上げるような仕草をたまにする。




「へーか!」

「なんだタマ。気に入ったものでもあったか?」

散々ドレスを見て回ったタマが、我輩の足にしがみつく。すると、トイレなのかもじもじし始めた。




「なんだ、トイレか?」

「…………」

抱き上げてやると、何も言わず我輩の首にしがみつく。そして、スフィカに目を向けた。




「ごめ、ん。ありやと!」

「っ……。どういたしまして、タマ様」

ごめんとは、恐らくスフィカのことを怖がってしまった事。ありがとうとは、今回のドレスの事だろう。

スフィカがタマの謝罪と感謝の言葉に、にっこりと笑った。タマも言葉が通じて嬉しかったのか、それともスフィカが笑ってくれたことが嬉しかったのか、にこーっと笑った。




「もしかして、気にしてくれてたのですかね?」

「タマは賢いからな」

偉いぞ、とタマの頭を撫でてやると、タマは嬉しそうに目を細めた。






着替えて来たタマが着ていたのは、ピンク色をベースとしたフリルいっぱいの可愛らしいドレスだった。




『*****?』

その場でくるりと回ってみせるタマに、思わずにやける。なるほど、貴族の中にペットを着飾って自慢する輩の気持ちが今なら分かる。たかがペットに何をやっているのだろうかと呆れていたが、タマを着飾る事も楽しいかもしれぬ。



『*******!』

何事かを言ったタマが、パタパタを走りよった。その手にはヘッドドレスが握られている。ほほう、我輩に付けて欲しいということか。



「フッ、そのような事、魔王である我輩にとっては朝飯前。どれ、貸してみろタマ」

『********!』

タマからヘッドドレスを受け取った我輩は、タマの頭にヘッドドレスを乗せた。タマは右側の髪を一房縛っているので、少し取り付けづらいなと思案していたら、タマが首を横に振った。




「なんだ、どうしたタマ」

『*******!』

我輩の手からヘッドドレスを奪ったタマは、我輩の背中によじ登る。

おお、なんだなんだ!?と驚いていると……、頭に何かを乗せられた。





『******!』

どうだ、とでもいうような、タマの嬉しそうな声。我輩はタマを落とさないよう背中に手を回しつつ、鏡の前に立った。




「お、おお……」

我輩の頭に、ヘッドドレスが……。




凶悪そうな我輩の顔の上に鎮座する、メルヘン極まりないヘッドドレス。黒髪と青の角に対比するような暴力的なピンクのその存在感は圧倒的だ。似合わん。

だがしかし、嬉しそうなタマの手前、外す訳にもいかぬ。とりあえず、我輩はヘッドドレスを頭に乗せたまま仕事を再会した。ルーベルトが大爆笑したので、とりあえず殴っておいた。





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