タマ、新年を迎える
さて、新章突入です。
何人かの人の感想で、『これって恋愛小説だったのか……』と驚かれている意見がありました。作者も、『これって恋愛小説だったわ……』と驚いております。どうしてこうなった。
なお、『まだまだ幼女のタマが見たーい!』という方がいらっしゃると思うので、番外編として、幼女期のタマたちの話を乗せようと思っています。時間軸としては、タマが異世界だと知った後になると思います。
大人になったタマも好きになってもらえるよう、頑張っていきたいと思うので、よろしくお願いしますm(__)m
「ん……」
身動ぎすると共に、ゆっくりと意識が浮上した。私はうっすらと目を開ける。
一番最初に見えるのは、私の大好きな人の寝顔。穏やかなその寝顔を見るたびに、私は自然と笑顔になってしまう。
その人を起こさないようにそっとベッドから降りて、カーテンを開ける。そこには、新年には必ず見る美しい景色が広がっていた。
降り続ける綿雪と流星。優しい光で照らしてくれる満月。思わず、ほぅ、と感嘆の息を吐く。微かに白い吐息は、空気に溶けて消えていった。
「……ん、……タマ?」
ごそごそとベッドの方から物音が聞こえた。寝起きだからか、少し声が掠れてる。
振り向くと、寝ぼけ眼でこっちを見つめる大好きな陛下と目があった。
「おはよう、陛下。お誕生おめでとう」
そう、今日は新年。
陛下やルーベルトを始めとするたくさんの人の誕生日。そして、私の17歳の誕生日だ。
私がこの世界に迷い込んだのは、11年前。
右も左も分からなくて、言葉すら分からない私を拾ってくれたのが、私のご主人様であり魔王陛下、ヴォルキース・ウェルツェル・テオレヴィエス様。
陛下の庇護下でなに不自由なく育ててもらった私も、今日で17歳。人間界では17歳になると大人の仲間入りが出来るらしく、私も晴れて成人になった。
「……タマ」
陛下がぼぉっとしたまま、ちょいちょいと手招きする。迷わず近寄ると腰に手を回され、あっという間にベッドに戻されてしまった。腰まで伸びた私の黒髪がシーツの上に散らばる。
うとうとしながら私を抱き締める陛下は二度寝するらしく、すでに目を閉じてしまっている。
「もぉ、陛下危ないよ」
「……まだ朝早いだろう……。もう少しここにいろ……」
「でも、今日は新年だよ?夜会の準備しないと……」
「タマを抱いていないと寒い……」
どうやら起きる気も私を離す気もないようだ。早くもすぅすぅと寝息を立てる陛下。私だって陛下と一緒にベッドで幸せを噛みしめながらぬくぬくと眠りたいけれど、玉藻と夜会に出す料理を作ると約束しちゃったし……。
「陛下、離してよ~……!」
「あと三時間……」
人間の私が陛下の力に敵うわけがなく、陛下の腕の中で暴れてもびくともしない。遅刻してしまうと戸惑っていると、ノックも無しに突然扉が開いた。
「ふむ、やはりこうなっておったか」
「い、いけません玉藻前様、陛下の私室に許可もなく入るなど……」
「なぜわらわがあの畜生の言うことを守らねばならぬ?」
「し、しかし……」
部屋の前で待機してくれていた侍女のカシミアを袖にして、玉藻はベッドに近寄った。
「た、玉藻、ごめんなさい」
「何を謝るのじゃタマ。悪いのはこの男じゃぞ」
玉藻は笑いながら陛下の頭をべしりと叩いた。『むぐっ』と陛下が小さく唸る。
「陛下に乱暴しちゃだめだよ、玉藻」
「そんなことよりも手伝ってくれるのじゃろう?早く支度をせいタマ」
玉藻は、私の腰や背中に回っている陛下の腕を、べりっという効果音がつきそうなほど強引に引き剥がした。
その腕がまた腰に回らないうちに素早くベッドから降りる。
「……玉藻前、貴様なにをする」
「それはこっちのセリフじゃ。タマはわらわと共に今宵の夜会に出す料理を作るのだから、邪魔するでない」
じとっとした目で陛下は玉藻を睨むが、玉藻はそれをもろともせず逆に見下ろした。こういう時、本当に玉藻は強いなぁって心から思う。
「さぁタマ支度をするのじゃ。さっさとせねば間に合わなくなってしまう」
「うん!今日は足引っ張らないよう頑張るねっ!」
「……タマ、玉藻前の手伝いなどせず我輩と、」
「陛下はゆっくりしてて!頑張って美味しい料理作ってくるね」
「……」
ふて腐れる陛下を残して三人で外に出る。大分時間が押してしまった。琥珀にも怒られてしまうかも。
慌てて歩きながら髪を一まとめにしていると、
「あぁ、タマ様。私が縛ります!」
獣人であるカシミアが、茶色の犬耳をぴょこぴょこさせて抗議した。あっという間に私の手から髪ゴムを奪い去り、歩きながらだというのに綺麗にお団子を作ってくれる。
「カシミア、ありがう!」
「どういたしましてタマ様。お洋服等は既にアルテアとルルカがご用意しております」
「え、ほんと?遅くなっちゃって怒ってないかな……」
「何を言うタマ。原因は全て陛下にあるのじゃから気にせんでもよい」
「う、そうかも、しれないけど……」
曖昧な返事をしつつ、足を速める。
なんで強く言えないのかというと、私だって心の中では陛下と一緒にいたいと考えてしまっていたからだ。
なんとなく罪悪感に苛まれながら、私は玉藻の後に続いた。
「してタマ、お主も成人したのじゃろ?いつ陛下と結婚式を挙げるのじゃ?」
「わ、わぁ~~!?」
慌てて玉藻の口を塞ぐ。私よりも背の高い玉藻は難なく私の手を遮って距離を取る。不機嫌そうに9つの尻尾が左右に少しだけ揺れた。
「なんじゃ、まだだったのか?」
「そ、その……!だって……!」
「だって?」
「……私、陛下のペットなんだし。結婚なんて……。ましてや、告白だってしてないのに」
「なん、じゃと……!?」
真っ赤になった私を玉藻が仰け反りながらおののく。廊下を忙しそうに走り回る人たちにも聞かれているのかと思うと、ますます顔が熱くなっていくのが分かった。
そう、私と陛下の関係はペットとご主人様の関係のまま、11年続いている。陛下のことが好きな私としては少し悲しいのだけれど、ペットという立場が思いの外、居心地の良いものだから、気持ちを伝えられずに今に至る、ということなのだ。
(……それに、もしニホンに帰れる方法が見つかったら、離れ離れ、だし)
チクリと胸元が痛む。もちろん、ニホンには帰りたい。例え、私の名前や家族の名前程度しか覚えていないとしても、忘れたことなど一度もない。記憶はボヤけて曖昧でも、無くなることなど決してない。
その反面、ここにいたいとも思う気持ちもある。陛下と離れ離れになりたくない。だけど、『帰りたい』と願ったのは私の方で。その願いに付き合う義理はないというのに、陛下は帰る方法をずっと探してくれている。
「……でも、今年は、陛下に言おうと思う」
もう、私も成人になった。自分の歩むべき道を決めた方がいいと、最近思っていたのだ。ニホンに戻れるにしても、戻れないにしても。
その第一歩として、自分の気持ちを伝えたい。陛下の事が好きだって。誰よりも何よりも、陛下の事が好きだって。
恐る恐る告げた言葉に反応したのは玉藻ではなく、カシミアだった。
「と、ということは、つ、ついに念願の第一子のお産まれの可能性もありですか!?」
きゃー!と嬉しそうに頬を染めるカシミアに、私はただ顔を真っ赤に染めてあわあわと口を動かすことしかできなかった。




