魔王様、萌える
それは、いつものようにタマとじゃれあっている時であった。
「……タマもこれつける!」
「む?」
タマが『これ』と言っているのは、我輩の角であった。タマは我輩の角に興味津々の様子で、我輩の角を掴んできた。
「へーかとおそろいがいいー」
などと言いつつ、我輩の角を触りまくるタマ。我輩は角わ弄ばれつつ、顎に手を当てて思案した。
我輩を始め、魔王城で働く者も訪れる者も皆等しく魔族である。人間のような姿をしている者は少なく、皆何かしら角だったり尻尾だったり耳だったりといったものがついている。
試しに、我輩はタマを鏡の前に立たせた。我輩の爪先から頭を全て見ることができる大きな鏡である。
「タマ、鏡を見ておれ」
「はーいっ!」
じぃっと鏡を見つめるタマの頭に、我輩は幻影を使って猫耳を作り出した。ついでに尻尾も。黒い髪に映えるよう、真っ白の猫耳と尻尾を作り出してみると、タマは身体を硬直させてなんとも分かりやすいリアクションを見せた。
それはまるで、猫が目の前に猫じゃらしが出てきて揺らされている時のようなリアクションである。
瞳を爛々と輝かせたタマは、猫耳を触りながら我輩を見上げた。
「へーか!」
「猫耳だ!」
「ねこみみ!」
「そうだ!」
「にゃー!」
「それだ!」
にゃーにゃー言いつつ我輩の足に抱きつくタマ。尻尾はピンと上を向き、猫耳はピコピコと小刻みに動く。
いつものタマでさえ可愛いというのに、猫耳を装備したタマの愛らしさときたら、素晴らしいの一言しか出てこない。
「タマ!可愛いぞタマ!」
「うにゃー!」
むくむくと心の底から沸き上がる形容しがたいこの気持ちを持て余しつつ、沸き上がった衝動のままタマを抱き上げる。あまり力を入れすぎないように気を付けつつ抱き締めてやれば、タマも嬉しそうに頬擦りする。
ああ、今日はもうタマと一緒にイチャイチャゴロゴロして一日を過ごしたい……。
「陛下、失礼致します」
「させるか!」
空気を読まぬルーベルトが部屋に入って来る前に、ドアを氷漬けにして開けられなくしてやる。
「へ、陛下!?どういたしました!?」
「ルーベルト、入って来るでない!!」
「何が起こっているのですか、敵襲ですか!?」
検討違いの事を抜かすルーベルトが必死にドアをガチャガチャする。我輩の魔法がルーベルトに破れる事など万に一つも有り得ないというのに、馬鹿なやつである。
とほくそ笑んでいたら、すぐ横の壁がルーベルトにより打ち砕かれた。
「陛下、ご無事ですか!!」
「なぜ貴様はそんなにも空気が読めないっ!」
土煙の中慌てて駆け付けるその忠義は認めるが、何故こうも我輩の邪魔を……!と歯軋りしていたら、いつの間にか我輩の腕の中にいたタマがルーベルトに駆け寄っていた。
「ルーベルト!にゃー!」
「ふ、ふぅおっ!?」
駆け寄ったタマを視覚にて確認した途端、ルーベルトが奇声を上げて口元を覆った。必死に口元を隠しているが、にやけているのが丸わかりである。
「へ、陛下、これは!」
「猫耳である!」
「ねこみみー!」
「いや、それは分かりますけど」
「タマ、みんなにもみせてくる!」
「「っ!?」」
ぴゅーっとルーベルトが空けた穴から出て、走っていってしまうタマ。慌てて我輩とルーベルトが廊下を見回してみるも、そこには既にタマの姿はない。
「ど、どっちだ!?タマのあのような姿、他の者に見せられるか!!」
「し、しかしどちらの方向に走ったのか……」
「ええい!取りあえず探すぞルーベルト!」
「はっ!」
二手に分かれてタマを探す。タマの可愛さあまり、誰かに誘拐されるやもしれぬ。下手をしたら、暴動が起きかねん……!
「……!…………!!」
「…………!」
「むっ!」
兵士たちの声が聞こえてくる。いつもよりも騒がしく聞こえてくる声にピンときた我輩はすかさず訓練場へとダッシュする。
そこで見たものは、
「ぐぅおおああ可愛い!タマ可愛い!」
「はうわああああ!!」
「なに、なにこの沸き上がる衝動は!!」
「猫耳なんか獣人で見慣れてるはずなのにぃいい!!」
「もふもふなでなでしたいぃいい!!」
タマが突っ立っている周りで、兵士たちが地面に転がり身悶えるという、よく分からない現状であった。
いつもと様子が違う兵士たちに、どうして良いか分からずオロオロするタマ。そんな阿鼻叫喚の中、ハァハァと死にそうな呼吸を繰り返すノロが、ゆっくりとタマへと手を伸ばしてゆき……。
「止めんかっ!!」
「うぐっ!」
すかさず羽交い締めにしてその動きを封じる。地面を這いずるノロの後ろに周り込み、首に腕を回して引っ張り、思いっきり海老ぞりにしてやる。
「な、にする、です、か!!」
「にゃんこバージョンタマをまふまふ出来るのは我輩のみであるっ!!」
「すこし、だけ!」
「ゆる、せるか!」
「ま、ける、かぁぁぁぁー!!」
「さ、せる、かぁぁぁぁー!!」
首を絞められつつもなんとか手を伸ばすノロを阻止するため、ギリギリと力を込める。
タマはというと、我輩を始め周りの異常な雰囲気に、すっかり畏縮してしまって耳と尻尾が垂れ下がってしまっている。
「はっ!そうだっ!!」
指を一度だけ鳴らす。すると一瞬にして幻術が解け、いつも通りのタマに元通りとなった。
「ちょ、陛下空気読んでくださいよ!!」
「ぶーぶー!」
「もーいっかいっ!もーいっかい!」
「黙れ!貴様らに見せる訳がなかろう!!タマにゃんこは我輩が私室で愛でるのだ!!」
「ロリコンー!」
数々のブーイングを乗り越え、すっかり元気が無くなったタマを連れて私室に帰る。こうして、我輩の手により『タマ猫耳騒動』の終止符が打たれたのであった。
こっそり我輩の私室にて、タマに猫耳をつけて誰にも邪魔されずにゆっくりイチャイチャしているのは秘密である。