タマ、ケーキをつくる
へーかにケーキをあげた日、私はへーかへのプレゼントは何がいいか考えあぐねていた。
この前は庭園にいた小人みたいな人たちに譲ってもらった、綺麗な青いバラをあげた。
その前は妖精さんみたいな人たちにもらった七色に輝く宝石みたいな石をプレゼントした。
「きょーは、どうしよっかな?」
悩みつつ、廊下を当てもなく歩いていく。もちろん、前みたいに迷子にならないように気をつけながら。
しばらくぶらぶらしていると、ふわりと甘いお菓子の匂いが鼻孔をくすぐった。
「……いい匂いがする……」
そういえば、へーかはご飯の後のデザートをいつも美味しそうに食べてたなぁと思い出して、私は今日のプレゼントは甘いお菓子にしたいと考えた。
思わず甘い匂いのする方へ走り出してしまう。丁度廊下の角を曲がった瞬間、もふりと黄色い何かに突っ込んでしまった。
「ふわっ!?」
「んむ?なんじゃお主?」
女の人の声が聞こえたと同時に、なにかがお腹に巻き付いて私を持ち上げた。びっくりして、慌てて手足をバタバタさせる。黄色いモフモフした何かが蠢いて、視界が開けた。
そこには、金色の長髪をたなびかせた綺麗な女の人がいた。
頭の上にはぴょっこり尖った金色のお耳があって、緑色のつり目が興味深そうに私を見つめる。
「おお、お主は確か……、タマ、だったかの?」
「……タマのこと、しってるの?」
思わず質問すると、『もちろんじゃ』と女の人は妖艶に笑った。と同時に、身体に巻き付いていたモフモフが私を地面に降ろしてくれる。よく見てみると、黄色のモフモフはどうやらお姉さんの尻尾のようだった。
九つの尻尾がお姉さんの後ろで並んでピンと伸びていて、まるで前見てみた『おしゃかさま』みたいで綺麗。
「陛下の寵愛を受ける人間の子供、タマ。この城にいて知らぬ者などいない。タマとは、そちのことじゃろ?」
「うん!タマは、タマ!」
「ふむふむ、よき返事じゃ」
うんうんと頷いたお姉さんは、ふとジッと私を見つめてきた。
上から下まで見つめられて、思わず首を傾げてしまう。
「……どうしたの?」
「ん?いや、陛下の寵愛を受ける人間はどんなやつかと思っていたが……。くりくりの目、柔かく小さな身体、幼い髪型。ふ、ふふ、可愛らしい童子じゃが、随分と幼い少女を寵愛しておるのう?」
「ちょ……、あい?」
「流石はわらわを振った男、やはり変態ムッツリロリコン野郎であったか。フッ、あんな変態、わらわの方からお断りじゃっ!」
「へん……?」
「姉ちゃん、陛下のペットが困ってる」
おねえさんの言葉が分からず困っていると、ぽんと頭の上に手が乗せられた。へーかみたいな、大きな男の人の手。
誰だ!?と慌てて視線を周囲に巡らせると、私の横にいつの間にか仮面を被った人が立っていた。
狐のお面を顔に斜めに掛けていて、右目は仮面の下に隠れている。左目は鋭く、緑色で、ふわっふわの金髪は柔らかそう。お姉さんと同じような金色の耳が頭の上にぴょっこり生えている。
もしかしてと思ってお尻の方を見てみたら、金色の尻尾が5つだけ、下を向いてゆらゆらと揺れていた。
「なんじゃ琥珀、お主料理の下準備できたのか?」
「とっくに出来てる。それより、あんまり変な言葉使ってタマ様に覚えさせたら陛下に叱られるよ」
「知らぬ。わらわを振ったあの変態陛下など」
「へんたい、ってなに?」
「ほら、すぐ覚えちゃった」
思わず思ったことを口にしたら、狐みたいな男の人がはぁっとため息を吐いた。なんだろ、いけない言葉だったのかな?
「……むっ、そうじゃ!タマ、『へんたい』とは、陛下のような者をさすのじゃ」
「へーか、みたいなひと……」
つまり、『へんたい』って、へーかみたいな優しくて格好いい人を言う言葉なのかな?日本語でいう、イケメンと同じ意味なのかー。
「よいか?陛下は変態なのじゃぞ」
「わかった!」
「……あーあ、俺知らないから」
ため息を吐いた仮面の人が身動きをする。すると、ふわっとさっきの甘い匂いがした。
「あまいにおいする!」
「ん?ああ、お菓子作ってたからな」
「おかし!?タマ、へーかにあまいおかし、あげたいの!」
「む!プレゼントかタマよ。よき心得じゃ。琥珀、タマと一緒に陛下にあげるケーキを作るのじゃ。とびっきりのじゃぞ」
「えぇー?まだ仕事が……」
「よい、わらわが許す。お主が居ずとも、厨房の仕事に支障は出ぬわい」
なんの話をしてるんだろう?
よく分からずにいる私の手を、お姉さんが取る。『さぁ、陛下のために菓子を作るぞ!』とお姉さんが嬉しそうに言ったので、思わず『おおー!』っと言ってしまった。
お姉さんと仮面の人に着いていった先は、大きな大きなキッチンだった。
「おぉ……」
ごちゃごちゃと色んな人が、忙しそうに動き回っている。思わず足が止まる私を、お姉さんが引っ張っていく。キッチンの隅っこに引っ張って、机の上にごちゃごちゃと色んな料理道具や食材を乗っけていく。
その間に、仮面の人は私の為に椅子を用意してくれた。靴を脱いで、椅子の上に立てば丁度よく作業が出来そうだ。
「ふむ、とりあえずケーキかの。サン・セバスチャンのチョコレートケーキとか良さそうじゃ。グラサージュとかでコーティングしての!」
「そんなめんどくさいもの、作りたくない……」
げんなりとした仮面の人がそんなこと言いつつ私の横に立って、ボールを取り出した。
「いっしょに、つくってくれるの?」
「……まぁ、姉ちゃんの命令だし。一緒にケーキ作ってあげる」
「ほんと!?ありがとう!」
お礼を言うと、『ふん』とでもいうようにそっぽを向かれた。が、5つの尻尾がふわふわと揺れた。まるで、わんわんが嬉しそうに尻尾を振っているみたい。思わず笑顔が溢れてしまう。
「こら琥珀!調理場では尻尾はテーブルの下まで下げろゆうたじゃろうが!」
ぺしんと、えと、琥珀?の頭がお姉さんに叩かれた。途端に尻尾が下を向きつつぶわりと逆立って、もっとモフモフになった。ふわっふわだ!
「ってぇな!なにすんだよ!」
「衛生面には気ぃつけゆうたじゃろ!毛ぇ一本でも入ったら許さんからな!ほれ、バンダナ被れ!」
ボフッと金髪の髪に白と青のシマシマバンダナを被らせる。金色のお耳も下になってしまって、狐のお面が邪魔そうだ。
「ほれ、お主もじゃタマ。あと手を洗うのじゃぞ?」
「うん!あらう!」
私も赤と白のシマシマバンダナを頭に被る。上手く縛れないので、お姉さんが縛ってくれた。
そして琥珀と手を洗い、マスクみたいな布で口元を覆って、やっとこケーキ作りがスタートした。
料理を作っている間、私は琥珀に色んなことを質問した。
「こはくは、さっきのひとの、おとーとなの?」
「そ、さっきの怖い女の人が俺の姉ちゃんの玉藻前だ。ここの城の料理長を勤めていて、俺もここで働いてる」
「たまも、まえ?」
「そう、玉藻前」
「タマとなまえ、にてるね!」
「まぁ、あっちの方が強烈だけどな」
ケーキの材料を混ぜ混ぜしながら、琥珀は重いため息を吐いた。
私はチョコレートが入ったケーキの材料を混ぜ混ぜする。これか中々体力のいる仕事だ。でも、へーかの為なら頑張るっ!
「タマにも、おとーといるよー!かわいーの!」
「へぇ、タマ様にも弟いるんだ。じゃあ、タマ様がお姉さんなんだな」
「そー!いまは、はなれてて、さみしーけど、へーかがそばにいてくれるから、タマはなかないの!」
「……そんなに陛下の事が好きなのか」
生地を型に流し込みながら、琥珀が喋る。私が混ぜていた生地も、琥珀に手伝ってもらいながら別の型に流し込んだ。
「俺の姉ちゃんも、陛下のことが好きだったなー」
「そーなの?」
「ああ、好きだって言ったんだけど、ダメだった。それから、逆に嫌いになったらしい」
「なんで?」
おっきな釜戸に生地をいれる。すぐに釜戸の中は真っ赤になった。
琥珀はうーんと背伸びをした。
「さぁ?女の気持ち、ましてやあの姉ちゃんの気持ちなんか、俺には分からない。それより焼けるまで休憩しよ休憩。菓子食おう」
「おかし、いいの?」
「作った本人がいいっていってんだからいい」
キッチンを出る琥珀についていって、休憩室みたいな所に入る。マスクとバンダナを外していたら、琥珀が美味しそうなクッキーと紅茶を持ってきてくれた。
「わぁぁ~!」
「美味しそう?」
「おいしそー!」
「そりゃよかった」
ふふんと嬉しそうに笑う琥珀と一緒にソファーに座ってお喋りする。最近は結構喋れるようになったし、お話も分かるようになったからすっごく楽しかった。
それから少し経ってオーブンを開けると、二つのケーキは綺麗に膨らんでいて、思わず手を叩いて喜んでしまうほどだった。こんなに綺麗に出来たの、初めてみる!
「きれー!」
「だろ?ちょっと冷ましといて飾りつけする」
「おおー!こはく、すごいね!」
「まぁ、長い間ここで働いてるからな」
「お?上手く出来ているようじゃな」
何時の間に現れたのか、ひょっこりと玉藻前がケーキを覗き込む。今は玉藻前もバンダナをしているので、金色のお耳は見えないや。
「そーいえば、なんでこはくは、それ、してるの?」
『おめん』という言葉がでてこなくて、琥珀のお面を指差した。
「タマよ、これはただ憧れの人の真似をしているだけじゃぞ?」
「ね、姉ちゃん!」
「あこ、がり?」
琥珀が慌てて玉藻前の口を塞ごうとするが、玉藻前はそれを難なく押さえ付けてしまう。お姉ちゃんの方が強いみたいだ。
「陛下の親衛隊が二人いての。カロンとメロアと言うのじゃが、その二人が仮面を被っていてのう。その真似じゃ」
「ああ!なんで言うのさバカ姉貴!」
「ふふーん、聞こえんのう!」
しんえーたい、ってのが何なのかは分からないけど、取り合えず凄い人だとは分かった。その人たちが好きなのかぁ。
「だああ!そんなことよりケーキだろ」
「あ、そーだった!」
今はへーかの為のケーキを作っているんだった!
私は気合いを入れ直し、ケーキ作りに励んだ。
「ほれ、これに入れていけばよかろう。転ぶでないぞタマ」
「うん、ありがとうたまも、まえ!」
「ふふ、玉藻でよいぞ、タマ。またくるがよい」
「うん!たまも、こはく、ありがとー!ばいばーい!」
ケーキを箱に詰めてもらい、私はまた図書館に戻るため、もと来た道を歩き出した。振り返って手を振ると、玉藻や琥珀だけじゃなく、キッチンにいた人たちも手を振ってくれる。また来ようっ!
「……へーか、よろこんでくれるかなぁ」
へーかが喜んでいる姿を想像して、思わず笑顔になってしまう。早くへーかに会って渡したいなぁ……!
「……あ!はしるのだめだった」
スキップを踏みそうになるのを懸命に堪えて、私は慎重に歩きながら図書館を目指した。




