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魔王様、魔法を教える

へーか要素少なめ。

□月×日


雪が溶け、窓から見下ろす景色がいつもの光景に戻ってから、随分と経つ。




最近、タマがよく喋るようになった。




朝、我輩の腕の中で目が覚めれば、『へーか、おはよー』と寝ぼけ眼でふにゃりと笑う。ご飯を食べる前に手のひらを合わせ、食べ終えれば、『ご飯、美味しい』と満足そうに微笑む。

夜、遅い時間まで我輩が仕事をしていれば、うとうとしながら『へーか、寝るの、待つ』と頑なに先に寝るのを拒み、やっと仕事が終わり一緒にベットに横になれば、『へーか、おやすみ』と言ってすやすやと眠りにつく。

流暢できちんとした文章とまではいかないが、簡単な言葉ならだいたい頭に入っているのではないだろうか。

そんなタマに新しい言葉を教えるのが、最近の我輩の趣味である。




「タマ、これは?」

「る……、くっしょん!」

「ふむふむ、これは?」

「かみ~!」

昼御飯を食べた後、休憩しながらタマに答えさせるのが日課になっている。膝の上に乗せて指させば、タマはすぐに答えてくれる。

ルーベルトは書類の整理をしながら、タマを見つめて微笑んだ。




「だいぶ喋れるようになりましたね」

「……ふむ」

我輩を見上げて、『次は次は?』とでもいうように、自慢気に瞳を輝かせるタマ。向き合うようにタマを動かした。



「タマ、『タマはへーかが一番大好き』と言ってみよ」

「…………」

ルーベルトの視線が冷たい。



「……陛下、呆れを通り越して憐れみを感じます」

「ルーベルト、我輩はタマの言葉を聞きたいだけであって、別に洗脳などしておらぬ」

「別に洗脳など私は一言も言っておりませんが」

ルーベルトの言葉を無視して、膝の上のタマに話しかける。




「タマ、『タマはへーかが一番大好き』」

「タマは、へーかが?ちーばんだいすき!」

「一番だタマ。『タマはへーかが一番好き』」

「タマは、へーかが、いちばんだいすきー!」

「ルーベルト聞いたかっ!?タマは我輩が世界で一番好きだとっ!タマが!」

「陛下、やってて虚しくなりませんか?」

ルーベルトの言葉は受け流しつつ、タマを撫でて褒めてやる。次は何を覚えさせてやろうか。




「そういえば陛下。ロベカルが、タマ様に魔法を教えてみてはどうかと提案しておりました」

「……そういえば、タマが魔法を使っている姿を見たことがないな」

魔物たちは生まれた時から魔法を扱える。それこそ、呼吸をすることと同じように普通のことだ。人間はどうなのかは知らぬが。




「まほー、なに?」

こてんと首を傾げてみせるタマに悶えつつ、我輩は試しにと手のひらを上に向けた。

途端に、手のひらの上に氷の花が開き、つるが花を囲って飾り付けをする。『わぁ……』と感動に声を漏らすタマ。興味津々の視線が心地よい。




「タマ、これが魔法だ」

「まほー?まほー、すごい!」

「タマ様、タマ様」

ルーベルトの声に釣られて見てみれば、子馬のペガサスの氷像があった。ペガサスの美しい装飾も合わさって、本物との区別がつかない。タマは瞳を輝かせ、我輩の膝の上から降りるとペガサスの氷像にしがみついた。




「タマ様、これが魔法です」

「まほーすごーい!」

「……くぅっ!」

我輩は魔力量は絶大だが、複雑な魔法は不得手とする。ルーベルトは、我輩よりも魔力量は少ないが、複雑で繊細な魔法を得意としている。

ただの氷の魔法でも、片や単調な氷の花。片や複雑で丁寧なペガサスの氷像。今回ばかりは負けを認める他はない。




「へーか!みて!」

ルーベルトにペガサスの上に乗せてもらい。タマは大変ご機嫌な様子である。ルーベルト・タタキ・ツブス。




「フッ、別によい。タマは我輩が世界で一番好きなのだからな。それより魔法を教えるのだろう?」

「まぁ、そうですけど。よろしいですか?」

「許可しよう。我輩は丁寧な魔法は出来ぬからな。不本意だが、大変に不本意だが任せる」

嬉しそうにペガサスを撫でるタマは、どのような魔法を得意とするのか。きっと可愛くて美しい魔法に違いない。











⊿月◆日



私ことルーベルトは、意気揚々と魔王城の廊下を歩いていた。



最近の私は機嫌がいい。何故なら、最近はタマ様が陛下よりも私に駆け寄ることが多くなったからだ。

陛下よりも繊細な魔法を得意としていて良かった。ロベカルから魔法を習っているタマ様は、私の魔法をお手本としているらしく、よく私に魔法を見せてほしいとせがんでくる。ユニコーンやドラゴンを作って見せると、タマ様は毎回飽きずに瞳を輝かせじぃっと見つめるのだ。




「まぁ、代わりに陛下の調子は悪そうだが」

陛下のペットとはいえ、自分になついてくれるのは嬉しい。今日はどんな氷像を作って見せてみようかと思案していると、ふと遠くにタマ様の姿を見つけた。

走っていたため、廊下を横切るタマ様はすぐに見えなくなった。




「散歩か……?」

不思議に思っていると、ワタワタと慌てながらロベカルが現れた。腰が曲がっているロベカルは、私の姿を見つけると慌てて近寄った。




「る、ルーベルト様、タマ様を追ってくださいませんか」

「タマ様を……?」

散歩じゃないのかと訝しげな顔をすると、ロベカルはすまなそうに肩を竦めた。



「じ、実は、タマ様が魔法を全く使えないため、魔力量を調べたのです」

「……、それで、結果は?」

「……」

少しの沈黙のあと、ロベカルはぽつりと呟いた。





「……ゼロです。全く魔力量がありません。つまり、魔法が全く使えません。その事を告げたら、図書館を飛び出してしまいまして…………」

「……」

私はロベカルの言葉を最後まで聞かずに、すぐにタマ様の後を追った。









庭の隅っこに、タマ様はいた。

建物の影に隠れるかのように、体育座りをして縮こまっている。こうして見ると、改めてタマ様がどれだけ小さいかが実感できる。肩を震えさせてうずくまるタマ様に、私はそっと近寄り、しゃがんでその肩に触れた。

びくりと肩を震えさせたタマ様は、ゆっくりと視線を上げる。いつもは楽しそうに輝く瞳は、今では涙に濡れていた。




「タマ様、ロベカルが心配してましたよ」

「っ……、るーべると……」

「はい。どうしました、タマ様」

悲しそうに、苦しそうにタマ様は眉をひそめた。口は嗚咽を出すまいとへの字に曲がり、涙が頬を伝った跡があった。

最初の頃は、よく見ていた表情なのに、今ではそんな顔をさせてしまっているのがこんなにも心苦しい。




「……たま、まほー、だめ。ろべかる、いった」

「魔法が使えなかったから、泣いているのですか?」

私の質問に、タマ様はふるふると首を横に振って、視線を落とした。




「まほー、つかえない。へーか、たま、きらうかも」

「そんなこと、」

「だって、たまいい子じゃない、へーかきらいなるっ!へーかにきらわれたら、きらわれたらっ!!」

そこで言葉を切ったタマ様は、ポロポロと大粒の涙を流して、こう言った。





「……たま、おいだされて、またひとりぼっち、なる」

か細い声は、可哀想な程に震えていた。






「たまのまま、どこにいるの……?あいたいよ。へーか、きらわれたら、たま、どうする、いい?」

「…………」

「ひとりぼっち、こわいよ、るーべると」

「…………タマ様」

小さな体躯を抱き締める。

私の服を握ってしがみつくタマ様は、耐えきれなくなったのか小さな嗚咽をもらした。




「陛下は、タマ様のことを嫌いになんかなりませんよ」

「……そんな、へーかしか、分からない」

「分かりますよ。見ていて分かります。陛下がどれだけタマ様を溺愛しているか?」

「で……、あい?」

「タマ様を愛しているか、ですよ」

タマ様が、私の顔を見上げる。片手で濡れた頬を拭ってあげながら、ゆっくりとタマ様に言い聞かせてあげる。

安心できるように。不安にならないように。




「例えタマ様が魔法を使えなくても、陛下は絶対にタマ様を嫌いになんかなりません。絶対に」

「…………ぜ、たい?」

「そう、絶対に。今から聞きにいきますか?怖いのなら、私も一緒に行きますよ。私を信じて下さい、タマ様」

「…………」

短い沈黙の後、タマ様はグシグシと頬や目元を擦って涙を拭った。




「たま、へーか、きく」

「一緒に行きますか?」

その言葉に、タマ様は首を横に振って断った。私の腕の中から出ると、ぎこちないながらも、最近では見慣れた笑顔を見せてくれた。




「たま、へーか、りょーおもいの、こいびとなの!だいじょうぶ!」

「……」

一体その言葉は誰が教えたんだろうと考える。いや、止めておこう。陛下だったらと考えたくはない。きっと自分で調べて見つけた言葉なのだろう。

庭を走っていくタマ様を見送りつつ、私は立ち上がる。




あの小さな背中に、一体どれだけの不安がのし掛かっているのかは、想像に尽くしがたい。




「るーべるとー!」

「……?」

「たま、なくの、へーか、ないしょねー!」

「…………」

くるりとこちらを向いたタマ様が、大声でそう言った。そんなに大きな声で言ってしまえば、内緒にしたい相手にも聞こえてしまうのではないだろうか。



「分かっていますよー!タマ様ー!」

思わずくすりと笑いつつ、こちらも大声で返事をすると、すぐにタマ様は駆け出した。




きっと、タマ様はその背中に多くの絶望や不幸、不安を抱えていても、陛下の横でいつも笑っていたいのだろう。陛下のことが大好きだから。

健気なペットの後ろ姿を、私は見えなくなるまで見つめていた。




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