魔王様、人間を飼う
ゆ、誘惑に負けて書いちゃった…………
○月■日
我輩は魔王である。名前もある。というか今は我輩の事はどうでもいい。
我輩は人間を拾った。名前はタマだ。我輩が付けた。
我輩が朝の習慣で城内の庭を散歩していた所、タマが物陰に隠れるようにして縮こまり、ガタガタ震えていた。人間が懲りずにまた攻めて来たのかと思った我輩は、タマに向かって盛大な自己紹介をした。
するとタマは、襲いかかってくる所かその場で泣き叫びおった。俗に言うギャン泣きである。
我輩に恐れ入ったのだろうと盛大にあたふたしていたのだが、その姿を兵士たちに見せる訳にはいかないので、我輩はタマを自室に連れ帰った。
我輩の部屋に着いても、タマはまだ泣きわめき、一向に泣き止む様子が見えなかった。人間の言葉は分かるはずなのだが、タマは言葉を習っていないのか喋ることが出来ないようだ。
そっと我輩のベッドに下ろしてやると、すぐさま毛布にくるまり隅っこに逃げてしまう始末。この盛大な怯えられよう、流石、魔王という肩書きも伊達ではあるまい。少し泣きたくなった。
二時間くらいすると、ギャン泣きが少し弱まった。
いや、正確には二時間と11分53秒である。その間ずっとタマの側にいた我輩は、魔王らしく堂々と仁王立ちしながらタマに猫なで声で話しかけていた。赤ちゃん言葉も使った。途中入ってきた侍女が青ざめて部屋を出ていった。後で口止めする算段である。
『……******?』
と聞いたことのない言葉で、タマは我輩に話しかけた。
毛布から顔だけを出してこちらを見上げるその様は、人間と言えども得てして愛らしい。無論その程度で挫折する我輩ではない。鼻血が出ないように、鼻を押さえ身もだえしないようにしつつ、優しくタマに話しかけた。
「我輩の言葉はわかるか?」
『*******?』
「出身は?」
『……******』
「……ダメか」
こうなったら、生き字引である図書室の司書、ロベカルを頼りにしようかと部屋を出ようとしたら、タマが慌てて近寄り、我輩のローブを付かんできた。
「お、おぬし、どうした?」
『……*******』
不安そうに瞳を潤ませるタマ。だが残念だったな、我輩は魔王。そう簡単に色仕掛けには引っ掛からぬ。
我輩はタマを抱き上げてベッドに移動し、頭を撫でつつ、侍女を呼びつけた。
残念ながら、図書館の司書にも、タマの言葉はわからなかった。
もはや、言葉によるコミュニケーションを取るのは難しいだろう。だがタマは我輩をご主人様と認めたのか、我輩の後をついて回るようになった。フッ、人間の小娘を手懐けるなど、我輩にとっては造作もないこと。
今日も今日とて、タマは我輩に抱き上げられて移動する。
「タマ、貴様の名前はタマだ。分かったな?」
『*******?』
「タマ、タマタマ、タ~マちゃ~ん。我輩の~可愛いかっわいいタ~マちゃ~んっ!!」
「へ、陛下、兵士たちが怯えます。早急にお止め下さい」
引きつった顔で我輩とタマの間に入るのは、宰相であるルーベルトだ。吸血鬼の王であるこのムカつくルーベルトは、我輩とタマの愛おしい時間の邪魔をする。
「なんだルーベルト。我輩は今タマの要望に答え遊んでやっているのだ。邪魔をするな」
「は、はぁ……。そのタマという人間を、飼うおつもりなのですか?」
「そうだ。タマは我輩の事を溺愛しておるからな。な~タマ~!」
「……。溺愛しておられるのは陛下では…………」
「それと、タマの事はタマ様と呼べルーベルト。タマをタマと呼んでよいのは我輩だけだ」
「か、かしこまりました」
ルーベルトは頭を下げて部屋から出ていった。フッ、勝った。
『*******?』
「ん?どうしたタマ、腹が空いたか?」
『*******』
ンーと両腕を伸ばして我輩から体を遠ざけるタマ。そのまま我輩の膝の上から降りたタマは、なんとルーベルトが出ていった扉に手をかけておった。
「タマ!?もしやルーベルトに鞍替えする気か!?」
『*******!』
「それだけは許さんぞタマ!今日の夕食にタマの好きな食べ物を食べさせてやるから我輩の膝に帰ってくるがいい!」
『*******』
「タマ!タマこら扉を開けるな!ああどこへいくタマ!走るな転ぶぞ!ああっ、タマ~~~~!!」
見た目に似合わぬ速さでタマはちょこまかと廊下を走っていく。タマ、我輩の膝に帰ってこいっ!
散々探し回った末、タマはトイレに行っていた。
タマがメスだということが発覚した。
○月○日
「タマはメスだった」
「はぁ、そうですか」
「通りでタマの股間にイチモツが無いわけだ」
「陛下、なにやってんですか?」
すうすうとタマが昼寝をしている中、ルーベルトにタマの事を話しておったら、ルーベルトは顎に手を添えて悩み始めた。
「タマ様がメスなら、いずれ月経とやらが来るのではないですか?」
「月経……?」
「前に聞いたことがあるのですが、人間のメスは、子孫を産める年頃になると月に一度股から血を流すそうで……」
「なっ……!た、タマが!?」
慌ててタマの寝顔を拝見する。スヤスヤと我輩のベッドで丸くなるタマはあどけなく可愛らしい。だが、タマが、人間と交配して、子供を作るのか……?
「ゆ、許さん。タマが結婚して我輩から離れるなど、我輩は断じて許さん!ロベカルを呼べ!タマがあと何日すれば発情期になるのか調べるのだ!」
「は、ハッ!」
「陛下、タマ様は生まれてまだ5~6歳位の幼子です。子供はまだ当分は産めませんな」
ロベカルの言葉を聞いて、我輩はホッと一息ついた。
腰が曲がっているロベカルは、図書館の司書をやっている我輩の僕である。木の魔物であるロベカルは先日、齢5000歳を突破したらしい。
我輩の膝の上で大人しくしているタマは、我輩を見上げたりロベカルを見たりルーベルトを見たりと忙しい。ちょっと落ち着かせる為に、我輩はタマの体を優しく抱き締めた。あとルーベルトは見るな。
「そうか、タマはまだ我輩を捨てないか」
「捨てるもなにも、陛下が飼っておられるのでは……?」
「黙れルーベルト。この不埒ものが」
「な、何故そのような事を言われなければならないのでしょうか!?」
「貴様が来るといつもタマは貴様の方ばかり見る。この泥棒猫」
「奪ったつもりは毛頭ありませんがっ!?」
ギャーギャーとうるさいルーベルトだ。これで吸血鬼の王だというのだから片腹痛い。
「陛下、タマ様はまだ幼いので、言葉を教えればすぐに覚えるのではないですか?」
「本当か!?ロベカル!」
「はい。大変でしょうが、出来ないことはありません」
「そうか、ではロベカル、タマに言葉を教えてやってくれっ!」
「かしこまりました、陛下」
タマは我輩の事をどう思っているのだろうか。きっと我輩に忠誠を誓い、片時も離れたくないと思っているに違いない。
『*******?』
「ん?タマどうかしたか?」
不安そうに見上げてくるタマの頭を撫でてやる。そうやってやると、タマは気持ち良さそうに目を細める事が分かった。フッ、我輩のナデナデで散々気持ち良くなるがいい!
「そうだ、タマにこれをやろう」
我輩が取り出したのは、城のシェフが作った焼き菓子だ。我輩は甘党である。血糖値はまだ低いが。机の上にあったその焼き菓子を口に突っ込んでやると、タマは美味しそうに頬張った。
『******!』
タマが、口回りに食べかすをつけたまま、笑った。
我輩が見る、初めての笑顔だった。
「ッ……!!
フッ、そんなに食べたくば食べればいい!そしてもっと笑顔になれ!タマ!」
我輩はまたタマの口に菓子を突っ込んだ。
これからは菓子を持ち歩こうと心に誓った。
△月×日
問題が発生した。
タマの着替えがない。
今頃気がつくのもどうかと思ったが、やはりタマの着替えは必要だろう。今日、タマが自身の服にジュースを溢して気がついた。
ジュースを溢してしまい、しょんぼりとするタマを、ちょいちょいと手招きする。
我輩は魔王であるが、寛大で広い心を持つ魔王である。しょげるタマを盛大にナデナデしてやった。タマの顔も汚れていたので綺麗にしてやりながら、我輩はルーベルトを呼びつけた。
やってきたルーベルトは要件を聞いてから、タマの汚れた服を見た。
「タマ様の服、ですか……」
「ああ。あった方がよかろう」
タマの汚れた服を見て、ルーベルトもふむ、と思案した。
「そうですね。では、陛下御用達の仕立て屋をお呼びいたします」
「ああ、頼むぞ」
我輩はタマの服を乾かしてやりつつ頷いた。
我輩御用達の仕立て屋の主人、スフィカが来たのは、それから30分程だった。
仕立て屋の店主であるスフィカは、アラクネという上半身は人間で、下半身は蜘蛛の魔物である。オレンジ色のショートヘアーの彼女はノースリーブのドレスを着ていて、下半身もすっぽりとドレスに包まれている。はたから見れば、下半身に何か入れているただの人間にしか見えない。
「ごきげんよう陛下。早速なんですが、この子の服でいいんですの?」
と、スフィカは我輩の足元にいるタマを見た。タマといえば、スフィカが着ているドレスに興味津々のようで、キラキラとした瞳でスフィカを見つめていた。
『*****?』
「タマ、今からサイズ測るから脱げ」
グイーっとタマの服を引っ張ると、タマがイヤイヤをする。見兼ねたスフィカが、
「服の上からでも測れるので大丈夫です」
と助言をしてくれた。危うくタマが我輩の事を嫌いになるところだった。
タマの腕や足の長さを、スフィカはチャッチャと測っていく。その度にドレスの裾が揺れて、タマはそのドレスを羨ましそうに見つめていた。
「フフ、人間の子供って言われたからびっくりしましたけど、可愛いもんですねぇ。暴言も吐かないし、私の事嫌な目で見ませんし」
「何を当たり前の事を。タマは我輩のペットだからな。賢くて当たり前だ」
ふと、タマが我慢しきれなくなったのか、スフィカのドレスを触り始めた。スフィカも笑いながらそのまま触らせていたのだが、ふとタマがスフィカの足元に目を向けた。
そこには、黒い毛がびっしりと生えた、巨大な蜘蛛の足が。
『********~~!?』
何事かを叫んでタマは我輩の足にしがみついた。ギャン泣きリターンズである。目に涙を溜めて、ひっしとしがみつくその姿に、思わず『はうっ』と溜め息が出る。かわゆい奴め。
「あらら……。やっぱ人間の子供ですね。私の足が、怖かったみたいです……」
慣れているとはいえ、流石にさっきまでなついていたタマに怖がられるのはショックだったのだろう。スフィカは寂しげな笑みを浮かべていた。
『*****……?』
「ん?どうしたタマ。スフィカが恐ろしいとは、随分と怖がりだな」
涙目でフルフルと震えるタマを回収する。アラクネを怖がり魔王は怖がらぬとは、小心なのか図太いのかよく分からぬ奴だ。
「でも、採寸も終わりましたし、今日の所は帰らせていただきます」
「ああ、頼んだぞスフィカ」
ペコリとお辞儀をして、スフィカが部屋を出る。タマが我輩にしがみつく力が緩んだ。
「タマ、まだ怖いのか?」
『******?』
不安そうに我輩を見つめるタマを撫でてやる。
だが、魔界はスフィカのような異形の者がひしめく世界。我輩やルーベルト、ロベカルなどはまだ人間の姿に近いが……。タマが異形の者たちを怖がってしまうのでは、少々魔界では生きにくいのかも知れぬ。
「……ん?そうしたら、タマは我輩から離れることが無くなるな」
それはそれで天国だ。
やはり慣れんでも良いかもしれぬ。