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貴族な私、マリー・アンコワネット






「体育の日、すなわち身体を育む日があるのなら、身体を休める体休の日があってもいいのではないか。

私が日本国総理大臣になった暁には、体休の日を制定し、祝日を増やす所存。どう思う?」

「ううん、ちょっと言い難いかなあ……たいきゅーのひ、たいきゅーのひ」


 放課後を迎え、帰寮準備を進めながら、里奈と雑談に興じながら鞄に教科書を詰めていく。

 無論詰めているのは里奈だけだ。私は教科書と思い出と宵越しの銭は持ち帰らない主義なのだ。さっぱり系女子は人気と聞く、これで私の女子力も上がり調子インフレ待ったなしというものだ。

 ただ、宿題を忘れ過ぎると先生達の戦闘力のインフレも止まらなくなるので、宿題だけはちゃんと持ち帰る。

 拳骨に教科書叩き、三角定規で尻叩き等、今日も沢山の教師とのコミュニケーションを交わした私だが、これ以上は身体が悲鳴をあげそうなのでそろそろ真面目に宿題をやらねばなるまい。

 私も里奈も部活動なるものに所属しておらず、授業が終われば遊びの時間なのだ。遊びとは心を満たす為の人間の文化の象徴である。娯楽なくして文化無し。優子の奴も帰宅部なのだけれど、コンサートのチケットがどうこう言って先に帰ってしまった。破門である。


「という訳で今日は何をして遊ぼうかしら。またカモダデンキのロデオマシンの上で正座する?」

「しないよ……というか、今日は私の買い物に付き合ってくれるんでしょ」

「買い物って言っても、どうせ里奈見て回るだけじゃない。

購入の伴わない買い物なんて空しいだけよ、私のようにカモダデンキのお試しコーナーで遊ぶような価値ある時間を過ごしなさいよ。

ほら、今日はパソコンコーナーに展示されているパソコンのテキストファイル開いて、ネットショップでの販売価格を書き込んで放置する作業に没頭しましょう」

「営業妨害も甚だし過ぎるよ……」


 嫌々と首を振る里奈中将の許可を得られず、カモダデンキへの出撃はまたの機会に持ち越されることになる。

 大体、ハンドポーチなんて似たようなの何個も持ってるくせに、更に買おうという里奈の気持ちが微塵も理解出来ない私。

 そもそもハンドポーチって何だ。携帯と財布がポケットに入ればそれでいいじゃないかと思う訳で。

 里奈が店内でハンドポーチと睨めっこしている間、私は長い時間暇を潰さなければならないのだ。この前はサングラスコーナー千円均一の商品を全て逆さにして展示し直す作業に没頭していたが、今日はどうやって過ごせばいいのか。

 面白きことも無き世を面白く。前人未踏の世界を往くマゼラン艦隊の如く、私は新しき遊びを考えながら、里奈に連れられてファンシーショップへと入店する、後ろ歩きで。


「何で、背中を向けて入店するの?」

「前人未踏に挑みたくて。私は一夜で積もった未踏の新雪を踏み抜いていく女なの。

ちなみに、私と同じように新雪を踏もうとする小学生の子供達には、我先に踏み抜いて現実の厳しさを教えてあげました。高校生の脚力を舐めるなよ、小僧ども」

「おとなげないどころじゃないよ。恥ずかしいよ」

「さーて、何して遊ぼうかしら。買い物終わったら教えてね、そのへんブラブラしてるから」


 店内で里奈と別れ、私は新たな楽しみを求めて店内をうろうろと徘徊する。

 コロンブスの目の前でゆで卵につまようじを刺して立てるような、そんな刺激的な出会いはないだろうか。

 パーティーグッズコーナーで物色しながら、私は心の渇きを満たしてくれる、そんなモノを探していた。直訳、面白いモンないかしら。

 とりあえずお約束の鼻眼鏡を見つけたので早速装着して鏡を確認。格式美とは実に美しい、千利休が茶の間の作りに拘ったというのも頷ける話である。

 日本のわびさびみやびを感じつつ、他に何かないか更に物色開始。次に見つけたのはKASEDAと書かれた野球ユニフォーム型シャツ。

 これも一時代のムーブメントを築き上げた近代日本の歴史的逸品。羽織ってみると、鏡に映る姿はまさに覇王、マスコミも茶の間のおばさま方も魅了されること間違いなし。

 本来なら野球帽の一つでも被りたいところだけれど、一つの主義に偏り過ぎるのは中道の精神のもと宜しくない。右の翼、左の翼、両の翼で鳥は大空を羽ばたくのだから。

 熱に浮かされた私の貝塚発掘の時間は続く。まるで邪馬台国の証拠を探す考古学者のように100円均一コーナーを漁り、素晴らしき歴史の遺物達を掘り起こしていく。

 必、黒丸、勝と書かれた鉢巻きを頭に巻き、手には世界大会に参加できるような立派なYOH-YOHを持ち、全身を歴史的価値で埋め尽くした私はまごうこと無き歴史女子、レキジョだ。

 今の私ならば雑誌インタビューでレキジョとして取り上げられても、笑顔で新田義貞や楠木正成の生涯を語って一世を風靡出来るかもしれない。

 そんなことを考えていると、キョロキョロと私の姿を探している里奈を発見。レキジョの頂点にたった私は、悠然と里奈の傍へ歩み寄り、彼女に話しかける。


「さあ里奈、今の私は古来日本の探究心に溢れているわ。太平記の内容でも何でも訊いて頂戴」

「うん、とりあえずその品物全部もとの場所に戻してこようね」


 里奈の冷たい反応に、私は指に糸を通したヨーヨーを回転させて応答する。

 あんまりな対応に異議を申し立てようとしたけれど、ふと鏡を見て自分がどれだけ間抜けな格好をしているのか理解し、素直に歴史のゴミを処分品コーナーへ投げていく。

 私の中で目覚めた臆病な自尊心と尊大な羞恥心が暴れる前に、里奈と共にファンシーショップから出ていく。里奈の腕の中には、買ったばかりのポーチの入った紙袋がある。どうやら目的のモノは無事購入できたらしい。

 私の世界歴史発見の時間は無駄ではなかったことを誇っていると、ふと眼前に鯛焼き屋が見えた。

 お世辞にも大きなとは言えないが、なかなかにずっしり中身が詰まってそうな鯛焼きだ。私はこう見えて甘物が嫌いではない。スパイスの時代は終わり、時代はまさに大好甘時代を迎えている。

 そそくさと道を外れ、私は屋台のおじさんに銀貨一枚取り出して注文する。銀貨一枚、幻想中世の世界ならば平民何日分の稼ぎになるだろう、貴族でセレブな私はまさにお姫様。


「これ、爺。私に最高級のフィッシュ・マドレーヌを。ほほほ、よしなに」

「お嬢ちゃん、値段ちゃんと見てくれよ。鯛焼き一個80円、50円じゃ足りないよ」


 恥をかいた。どうやら節約を訴える私の財布が、百円を出し惜しみするあまり、五十円を渡してしまったらしい。

 渋々銅貨三枚を渡し、出来たての鯛焼きを一つ貰う。そして、私は半分に割ったそれを里奈へと押し付ける。


「え、いいの?」

「一個食べたら夕飯が入んないでしょ。ほほほ、ノブレス・オブ・リーシュ、私は平民にも優しい貴族の女、旦那は王位継承権を持つ美男子の王子以外認めないけれど」

「ありがとう、美咲。でも、半分くれるのは嬉しいんだけど、何で縦に割ったの?」

「この死んだ魚のような目をした生意気な顔が気に入らぬ。ほほほ、たかが平民の分際で貴族である私の気分を害した罰よ、股裂きの形に処す」

「ノブレス・オブ・リーシュは何処にいったの……でも甘くておいしい」

「うわ、あんこが手に付いた。誰よ、こんなアホみたいな分け方したのは。食べにくいことこの上ないじゃない」

「美咲だよ……」


 はみ出るあんこに下鼓を打ちながら、里奈と二人で帰り道をいく。

 高級レストランで魚料理と称して、鯛焼きが出てきた場合、ナイフフォークを使って食べるべきか否か、そんな話題に花を咲かせながら私達は放課後の時間を楽しんでいた。







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