カモダデンキと始業式
カモダデンキの携帯販売コーナーにて、私は最新型と銘打たれた量産機共と睨めっこする。
インターネットがどこでもいつでも見れる新型の恐るべき性能は、私の五世代は前のカパカパ河童携帯を過去の物へと見事に置き去りにしている。
何より、携帯としての機能よりもネットとしての機能が充実しているのが素晴らしい。これなら例え電車の中だろうが布団の中だろうが土の中雲の中だろうが私の快適なネットライフを確保出来るという訳だ。
これは、買いかえるべきなのではないだろうか。私の旧型オンボロ携帯は、忌々しいことに母のお下がりで、携帯でネットを見るという機能すら装着していない万能型ならぬ無能型携帯だ。
否、いくら無能とはいえ、旧型には旧型の良いところがある。最新型とは違い、私の相棒はメール機能と電話機能に特化した一芸に秀でた頼りになる相棒なのだ。
ただ、残念なことに私の携帯に登録されている人物は父、母を除けば友人が二件しか登録されていない悲しみを背負って走り続けるメロス型携帯。走るどころかよーいどんで親友を斬り捨て夕日に向かって逃走する裏切り型メロス携帯なのだ。さらば、セリヌンティウス。
すなわち、いくら電話機能メール機能に特化しているとはいえ、その操縦者である私が使いこなせていないので、いくら自己PRを頑張っても企業は長所と認めてくれない訳である。現実は儚い。
よって、私とカパカパ携帯の相性は最悪、今すぐ母親オーナーから押し付けられた数年契約について破棄を申し出、ドラフト指名で新型大型選手をカジキマグロの如く一本釣りしたいのだけれども。
「ふ……むなしいものね、持たぬ者に吹き付ける恋の嵐は、今日も私の心の大麦小麦、ライ麦畑を容赦なく薙ぎ倒していくのね」
ゲームセンターのクレーンゲームでムキになって三千円突っ込んで獲得したマイ財布の中を眺めて失笑。私は早々に新型機に別れを告げるのだ。
私の現在の懐具合は、先日のゲームセンターでの激戦にて半壊壊滅状態、明日の昼食のパンすら困窮する有様だ。
次の仕送りの期日にはまだ一週間も残されている。早々に補給を追加して貰わなければ、成長期である私の身体が悲鳴をあげる悲しい未来となってしまう。
その旨を総司令官に旧型連絡機を通じてSOSを打ってみたものの、帰ってきた返答は『無駄遣いしたアンタが悪い。耐えろ』。現実は苛酷である。
故に、今の私は無駄遣いのムの字も出来ない。自分の明日の糧すら危ういのに、新型携帯購入など夢また夢の世界なのだ。
「仕方のない奴じゃ。母には、私の財布の孤独が分からぬ」
なんの為の家族だ。娘を守る為に行動を起こさぬかと、己の三日前のゲームセンターでの失態を棚に上げて私は心の中で正義に燃える青年のように憤怒する。
この心に燃える義憤の怒りを如何せん。胸の熱を冷ます為に、お試しコーナーのマッサージチェアに腰をかけ、少し遅めのアフタヌーン・シェスタパーティを敢行しようとしたところに、ようやく私の待ち人は姿を現した。
その少女はとてとてと小走り気味に炊飯器コーナーを駆け抜けながら、私の元へと走り寄り、手に持つ紙袋を遊園地の海賊船のように振り回しながら私に声をかけるのだった。
「ごめんねえ、美咲。どれ買うか凄く迷っちゃって。待たせちゃった?」
「里奈のせいで私は自分の懐具合という現実を容赦なく突き付けられたわ。
頑張ってショーケースに張り付いていたのだけれど、私にトランペットを買い与えてくれる足長おじ様は現れなかった。どうしてくれる」
「駄目だよ、知らない人から物を買って貰ったりしちゃ」
「来る者拒まず、去る者追わずの博愛主義なのよ、私は。人によって差別せず、全てを受け止める私はまさに聖女」
「じゃーん、ほら、見て見て。新しい香水、ちょっと奮発しちゃった」
「おお、良いじゃない。寮に帰ったら、それを水で薄めて水鉄砲に詰め込んでサバイバルゲームしましょう。寮中にフローラルな香りが広がるわ」
「や、やめてよお。折角買ったばっかりなのに、そんな使い方されたらすぐなくなっちゃう」
私から香水を守るように背中に隠す里奈。ちょっとした冗談なのに、身を構えるのは一週間前私が里奈のシャンプーで遊んだ前科があるからか。
残念な気持ちを抱えながら、私はマッサージチェアから飛び降り、傍に置かれていた使い心地アンケート用紙に『女子高生使用済・現品限り』と書置きを残しておく。
そして里奈と並んで歩きながら、次なる目的地、我らがエルドラドを探し求めて店外へと出ていくのだった。
店の外から差し込む春の陽気は心地よく、目を細める私に、里奈が横からほわほわした笑顔を浮かべて話しかけてくる。
「だいぶ温かくなったねえ。少し前まで、凄く寒かったのに」
「本当ね。春の訪れと共に、新学期も間もなく訪れようとしている。私の平穏な休息の日々は終わりを迎えようとしている。ああ、世界の終焉は間近だわ」
「美咲、学校が始まっても授業中居眠りしたり遊んだり休日と余り変わらないじゃない」
「そういう余計なことは言わなくてよろしい。いつだって人生を謳歌することを考えて私は生きてるの、人間賛歌な生き方なのよ」
「それはちょっと違うような……」
反論をシャットアウトするように、両手の親指を耳に突き刺して、耳栓をしつつ、『いないないばあ』のように芸術的な顔面花を咲かせる私。
そんな私を見て何も言わずちょこちょことチワワ犬のようについてくる里奈。突っ込みを期待していた訳ではないけれど、最近スルー力が養われてきて生意気だ。
寮に戻ったら、里奈のアセロラジュースを勝手に一気飲みしてやろうと画策しつつ、私達は寮への帰路へとつくのだった。
新学期が始まり、学年も二年生になろうという春風の吹く中、私達はどこまでもいつも通りな毎日を享受していた。平和って、素晴らしい。
私立名王学院。
私の在籍するこの学校は、名前こそ大袈裟でおぼっちゃまお嬢様が集まりそうなオーラを漂わせているが、実のところは全く微塵もそんなことはない。
学ランセーラーばっちこい、オンボロ校舎は当たり前。エアコンが導入されている点以外、何一つ誇ることが出来ない普通の私立学校である。私立のくせに金をかけてない点に気付いた鋭い私は、入学当初担任に学費の不正使用を疑い糾弾したものだ。『ほう、よくぞ気付いたな』と賞賛の言葉が返ってくるかと思ったら、私に返ってきたのは手痛い拳骨であったが。体罰反対。
ただ、造りがぼろっちい割に、なかなかの進学校で入学するのには大変苦労した。いくら頭脳明晰眉目秀麗な私でも、それこそガリ勉を重ねて入学したのは懐かしい記憶だ。
あの時は当然実家住みだった為、勉強道という奥の太道に突き進む私を父母弟は真剣に心配したものだ。勉強に興味を示さない私が机にガジガジと突如猛犬のように噛み付いたのだ、驚かない方がおかしい。ただ、『姉ちゃんが狂った!』と叫んだ弟には、罰として奴のモンスターをカプセルに入れて持ち歩くゲーム内のモンスターの名前を全て『みさきらぶ』にしておいた。ざまあみろ。
このように勉強と弟いじめの苦行を乗り越え、私ははれて私立名王学院に入学する事が出来た。入学してすぐのテストで下から六番目だったことは忘れることにする。
何故、私が身分不相応とも思えるランク上のこの学校に入学したのか、その理由は海よりも深く山よりも高い理由がある。
中学の時、私に何かと絡んできた同級生の女、奴が名王学院を目指すと私に豪語したのだ。『名王学院にいけば、アンタとの小学生からの縁も切れてせいせいするわ。アンタじゃ絶対入学できないものね』などと嫌みったらしく言ってきた。
私のことを嫌いだと小学生の頃から断言し続ける女の発言に、私は燃えに燃え上がった。すなわち、同じ学校に行けば、この女の更に嫌がる顔が見れるのだと確信したからだ。
勉強嫌いな私が、その日からエンジンに点火をして、それはもう、猛勉強に猛勉強を重ねた。積極的に先生連中を利用して、塾にまで通って。
全てはあの女の嫌がる顔がみたいから。そんな私の執念が実り、私は名王学院に入学することができたのだ。
私が合格したことは伏せ、入学式のとき、食パンを口に咥えて偶然を装ってその女にタックルして運命の再開を演出したときの女の顔が忘れられない。あの時の写メは今もまだ大事に携帯の中に残っている。
このように、艱難辛苦を乗り超え、私はこの学校に無事入学したという訳である。
様々なイベントがあったものの、私は一年間を乗り越え、今、二年目の第一歩を踏み出そうとしている。
一年経過したのに、出来た友達は二名だけなど、全然気にしてない。気にしていないったらいない。孤高の風が頬を冷たく撫でるが、気にならない。
新学年は一体どんな風に遊んで行こうか、そんな計画を練りつつ私は新しいクラスへと乗り込む。少しスキップ気味なのはご愛嬌である。
新しいクラスの扉を開き、室内を覗き込む。知った顔は五人程度、八分の一のクラス分けにしては、なかなか揃った方か。
ましてやたった二人だけの友人のうち、見事に二人と同じクラスになれたのだ。これは僥倖という他ないだろう。
私は手を振って私を呼んでいる友人二人の元へと近寄り、喜びの舞を披露する。それを見た友人Bは笑いながら私に指摘する。
「昨日の歌番組でしょ、それ」
「流石、よく見てるわ。なんか髭の生えたイケメン集団が踊ってたので、私も画面の前で練習したのよ。
あまりに夢中になり過ぎて、激しくしすぎたみたいで、隣の部屋の相川さんから苦情がきてしまったわ」
「相変わらず本当に馬鹿ねえ、美咲は」
「馬鹿とは失礼ね。ちゃんと悪かったと思ってるわよ。私の代わりに里奈がきっちり相川さんに謝ったし」
「驚いたよ。いきなり部屋に呼ばれたと思ったら、『私の代わりに謝罪してきて』なんて言われるんだもん」
ぶーぶーと抗議してくる友人Aもとい南里奈をポケットにある炭酸ジュース味キャンディーで買収し、私は事なきを得る。
山吹色のお菓子が古来より交渉に欠かせなかったと先人の言いつけを守る誇り高き日本人である私に、友人Bは笑いながら肩をばしばしと叩いてくる。気安いぞ、控えおろう。
この友人B、名前を古瀬優子という私に微塵も優しくない女子は、私の数少ない友人の一人である。
穏やかでちょこちょこと私について回る里奈とは正反対に、嫌がる私をぐいぐいと連れまわして乱暴に扱う不届き者だ。
ただ、里奈とは違い、馬鹿したいときにノリノリで付き合ってくれる違いの分かる女でもある。去年、クリスマスの日に二人でトナカイの格好をしてメタボ反対運動を街中で練り歩いて訴え続けたのは良い思い出だ。その時使用した『中年太り断固反対』『そりを引く者の立場になれ』と書かれた手作りプラカードを薪に焼き芋をしたけれど、あれは美味しかった。
「うん、あれは実に良かった。よし、今日授業が終わったら、焼き芋パーティやろう焼き芋」
「お、クリスマスの時のあれ?いいね、あれは美味しかった」
「わわわ、駄目だよ。勝手に焚火なんてしちゃ、また怒られちゃうよ」
「説教なんてもので私達の情熱は止められないわ。大体、清く正しく自主性にて行動を起こす学生を頭ごなしに怒る方がおかしいわ。
私は褒められて伸びるタイプなのよ。昔の人も言ってたでしょう。ほめてやらねば、人は動かじって」
「それだと先生が率先して焚火しないといけなくなるわね。あやちゃん、乗ってくれるかねえ」
「あれは駄目よ、私のユーモアを去年一年間一度も理解を示したことがない。
冗談が理解出来ない女はこれだから困るわ、ちょっと掃除時間にカーリングの真似して遊んでたらゴツン、よ」
「リアリティに欠けるとか言って、ワックス勝手にまいたりしたら、そりゃ怒るよ……」
先程から友人Aが私の味方をしてくれないことに腹を立てて、彼女のつむじをぐりぐりと押して腹を下すように念を込めていると、チャイムが鳴り響いた。
クラスの中であちこちで固まって雑談に興じていた生徒達は席に座り、右に倣え左の頬を引っ叩けが信条の私もみなと同じ行動をとる。
クラス全員が席について、やがて教室前方の扉が開かれ、そこから入ってくる担任の顔に私はげんなりする。
三学期に永遠の別れを告げた筈の女が、何の因果か再び教壇に立ち、私達を見下ろしてくるからだ。またこの女の暴力政治が始まるかと思うと、不幸で仕方が無い。ナショナリズムの台頭に怯える私をよそに、その女の演説は開幕のベルを告げるのだった。
「ええー、もう知ってると思うけれども、一応また自己紹介ね。
今年一年、みんなのクラスの担任を受け持つことになりました、平野綾香です。担当科目は物理、よろしくね」
壇上でこれからのことを語る平野。こいつと私は去年、学校の裏金問題を追及して拳骨を貰って以来の宿命の敵関係なのだ。
私という純真無垢な一学生が自由を謳歌して学園内で羽ばたこうとすると、必ずこの女が私に怒りの裁きを下してくる。
ある日、学校の石鹸から石鹸水をつくり、シャボン玉を飛ばして互いの命を狙いあうサバイバルゲームを校内で敢行しては拳骨。
ある日、絵画に目覚めた私が『嫁ぎ遅れの女神(29)』という題材の絵画を、音楽室のモーツァルトの横に並べ飾っては拳骨。
ある日、流しそうめんが食べたくなり、500ミリペットボトルを切りつないで竹の代わりに用いていざそうめんを流そうとして拳骨。
とにかく私が何かしようとするごとに格闘技漫画の主人公かと思うくらいに拳骨をぶっ放す女、それがこの平野綾香という悪魔なのだ。
最早、私とこの女の学校生活はやるかやられるか。どちらかが地に伏し許しを乞い這い蹲るまで戦いは終わらないのである。
新学期早々宣戦布告の意味も込めて平野をガン付けていると、急にこちらを振り向いた平野と目が合いそうになり、慌てて逸らす。だって怖いもん、この女。
私の殺意の波動をさらりと受け流し、話を終えて生徒達に始業式の場所へ向かうように指示を出す。
皆が席から立ち上がり、私もそそくさとそちらに向かおうとしたが、何故か平野が私の方へと近づいてくるではないか。
君子危うきに近寄らず。ヨーデルを歌いながら青い空を眺めつつ逃げようとしたが、私の肩をがしりと平野が掴みゲームセット。
「久川、少しお願いしたいことがあるんだけど」
「嫌です無理です無理無茶無謀、一生徒である私は忙しいんです。早くしないと始業式に遅れちゃう、待ってカボチャの馬車さんとお馬さんと小汚いババア」
「何で魔女にだけ辛辣なのよ。始業式の様子をビデオカメラで記録しなきゃいけないんだけど、人手が足りないのよね。手伝ってくれる?」
「ご冗談でしょうファインマンさん。何で私が教師の仕事など手伝わなければいけないのですか。
餅は餅屋、そういうのは内申点を欲しさに目の色変える従順な下僕どもにやらせればいいではありませんか。
私には校長の話を耳に、カモミールティーを嗜みながら夢の世界へ舞い降りる使命があるんです。さあその手を離して教師の仕事に勤しみなさい」
「他の子達はこういうの頼まれても嫌だって言えないでしょう?だから貴女に頼んでるのよ」
「私だってNOと言えない日本人ですが、心を鬼にしてNOを突きつけてるんですよ。
体育館の時計の上に燦然と輝く我が校訓を忘れたのですか。『自主性を高めよ、自立を目指せ』、良い言葉です、心が洗われるようです。
何事も自分から進んでやらねば意味が無いのです。教師から言われて動く、そのようなことに一体何の価値がありますか。セイロンティーがへそで沸騰してしまいそうです。
さあ、分かったならば一生懸命あぶらぎった校長をビデオに撮る作業に戻りなさい。いいですね、私はもう行きますからね」
「はあ……本当にこういう時に口が回る子ね。仕方ない、古瀬に頼むわ。アンタかあの子くらいしか、頼みにくいのよね」
「あ、それはいやん、先生待って、私が手伝います、はい」
ターゲットが私から優子に移りかけた為、私は慌ててお腹を見せるわんこの如く全面降伏を申し出る。
もし、私がごねたせいでとばっちりが来たと分かれば、あの女のことだ、絶対私にネチネチと虐めてくるに違いない。
あっけらかんとした優子だが、意外と根に持つタイプなので、怒らせるのは怖い。故に私は敵の悪辣非道な罠と分かっていても、身を犠牲にして飛びこむしか出来ないのだ。
ごめんなさいね、優子、里奈。無力な私を許して。悪魔嫁ぎ遅れに捕まり、友の為に粉骨砕身働く私はまさしく現世に舞い降りた天女。
両手を組んで聖女の祈りを捧げる私の襟首をつかみ、ずるずると引きずり連れ去る平野。ぐええ、首はゆるして。
あまりに酷い扱いだったので、私は渡されたビデオカメラで、始業式の間ずっとステージを映さず、望遠機能で居眠りする生徒を探して遊んでいたら、後日、映像を確認した平野に拳骨を二発もらった。理不尽だ。