もう普通の人生求めます
ある日の夕方。
夕日を背にオレこと宮崎翔平はわずかばかりの教科書が入ったカバンを持ちながら歩いていた。
ちなみに、財布はない。
学校の不良に取られたのだ。
殴らない代わりの代金二千円は予想外に高かった。
「マジ何なの?なんでオレばっかヤな目に会わなきゃなんないの?」
(みんな、死んじゃえばいいのに)
どうしようもなくイライラしている。
(嫌だ、嫌だ。不良も、助けてくれない周りも嫌いだ)
世の中全部オレの敵ばっか。
恐喝する不良もいなくならないし、他のヤツはみんな見てるだけ。
そしてオレも声を上げる勇気がないし。
「世の中全員死ねーーー!」
「おや、私を呼びましたね?」
「うおっ!」
「世間の荒波に揉まれ、世の非情さに嘆く青年ーーー。何とも美しい....!」
「え、変態?!オレ男だけど!」
「この高尚な考えを変態の一言で片付けるな!そして、美しさに男女の差などない!その物が持つ雰囲気が価値を決めるのだ!」
「はい?!」
「貴殿は私の美しさにぴったりの鬱憤を持っていらっしゃる!」
「はいぃぃ?」
「私に是非、それを下されーー!」
「ストップ!おじさん、なんなの!?何が目的?!」
「申し遅れた。私はデューデンヴィッヒ。稀代の魔法使いだ」
「ま、魔法使い?」
「私の目的はただ一つ。あなたのその感情だ!怒っているが当たり所がなく、己の内にしまっておくことしかできない鬱憤。ああ、貴殿のそれは誰よりもおいしそうだっ」
「ごめん、意味わかんない!オレ、国語は自信あるんだけど!」
久しぶりに力いっぱい叫んだ!
このおじさん誰なワケ!?
長い髪が鬱陶しいけどなんかオシャレな人だし!
フツーに見てる分にはクラスの女子に囲まれそうな感じだけど、言ってることおかしいし!
「け、警察っ」
「そんなものを呼ぶなっ。そうだな、私に貴殿の鬱憤をくれたら特別なカードを上げよう」
「今時幼稚園児 でもそんな話に乗んないよ!」
「ええい、煩い、煩い!お前に幸運をもたらそうと良い話をしてやろうとしているのに!」
「イキナリ上から目線?!いや、別に怪しい商法に関わりたくないし!」
「す!な!お!に!聞けっ」
「だから、聞きたくないって....!」
「聞きたいと?ならば聞かせてやろう!」
「この人無理やり話を繋げたよ....!」
「貴殿は今、とても悩んでいることがあるな?」
「まあ、そりゃね。オレだけじゃなくて、全員持ってるだろ?」
「あああああ!!それだっ!一般の者はストレスを発散を何らかの形でするが、権力ピラミッドの最下層の貴殿は虐げられるのみで晴らす方法も場所も友だちも女もいない!そんな貴殿の鬱憤が欲しい!」
「今貶されたよね?貴殿だの何だの行ってるけど尊敬してる要素ってないよね?」
「その最高の鬱憤を下されば、幸運を前倒しして使えるカードをあげよう」
「え、それって意味なくない?!」
「貴殿の幸運など金属バットで100回殴られて一回生き残れる程度のものだろう。それが、今100回とも生き残れるのだ!」
お得じゃん、と一瞬考えたオレがバカだった。
「いや、死ぬ気ねェからな?!物騒な例えすんな!」
「いちいち煩い男だ!騙されたと思って承諾すれば良いものを」
「コレ結構重要なコトじゃね?!」
「まあ良い。渡しておしてやるから使え。期日は一週間。カードに強く願えば使える」
「いらねー!」
「この私が一週間も待つと言ったこと、その重みをしかと考えよ」
「いやいやいや」
「それではさらばだ!一週間後に!!」
「え、また来んの?!」
はーっはは、はーっははは、とラスボスのように男は去っていった。
(えっ、何だったんだ、あの人。変態....?露出狂でもなかったけど。新手のヤツかな....。つか、名前何だっけ?でゅー....、デュー....、デューデッヘンさん??いや、もうちょっと長かったような)
翔平は手に持たされたしっかりとした造りの真っ黒のカードを見る。
表には《Do you have the courage being acceleration of your future?》と書かれていた。
「あーなーたは、持っていますか?えと、コォレイジ?勇気だっけ?未来....は、わかるけど、あくせりれーちょんってなんだ?」
オレってバカだと改めて思った。
「お願い、ねぇ。あー、何?いざ聞かれると特にないけど。晩飯はエビフライがいいな、とか?」
さっきまで世の中全員死ねとか言ってたクセに随分と規模が小さくなったなと笑ってしまった。
そりゃそうだろ。
変態に会った後だし!
あんな不審者に出会うなんて多分一生に一度の経験で良い!
あれ以上濃いモノなんてないわ!!
「神さま仏さまカードさま。今日の晩飯はエビフライがいいです」
この年になって神さまにお願いするとか思わなかった!
「ただいまー」
玄関で靴を脱ぐ。
「ん?いい匂い。母さん!何作ってんの?」
「あら、翔平。お帰りなさい。今日の晩御飯、気になるの?気になるわよねえ!」
「いや、うん、き、気になるよ....?」
「ふっふー。驚かないでね?今日は、エビフライよ!」
「はっーーー?」
「熱海の叔父さんがね、送ってきたの!とってもプリプリでおいしそうなのよお!」
オレはさっき適当に尻のポケットに突っ込んだカードの硬さを意識し始めた。
(え?え?オレ、さっき、....、え?)
オレは母さんを押しのけて階段を駆け上がり、自分の部屋に入って思いっきりドアを閉めた。
「翔平?!どーしたのよー!」
母さんは驚いていたが、エビフライの存在を思い出し台所へと行く音がした。
「オレ、エビフライ食べたいって言ったよな....?いや、でも単なる偶然っていう可能性も....。偶然、ぐーぜん。そう!偶然なんだっ!」
そういう結論に至り、もう一度カードを見る。
そうすると、どうしようもない不安が一気に押し寄せた。
「も、もう一回、いや二回。お願いが叶ったら、信じてやらんことも....ない」
そう言って納得する事にした。
「神さま仏さまカードさま!今日オレを恐喝したヤツラが学校に来なくなりますように!あと、財布が戻ってきますように!」
いっそのこと、「世界征服!」とか言えよ!と自分の肝の小ささを呪う。
まあ、オレチキンだしね!
翌朝。
昨日のことは夢なんじゃね?ってくらいぐっすりと寝たオレは今日も学校へと向かう。
教室に入って自分の席に座る。
と、友だちがいないワケじゃないよ?!
他クラスとか他校とかにいるよ!
ただ、クラスにいないだけで....っ。
「おおい!ビッグニュース!!田嶋と大西と成田が退学するらしい!」
「マジ?!」
「なんで今更?」
「東高のヤツラと派手に喧嘩したらしい。しかも、結構な流血沙汰になったとかで」
「それ、LINEで回ってきた!」
「大西君たちだったんだ」
この噂は瞬く間に学校中の知るところとなった。
放課後帰り道。
相変わらず夕日を背に歩いていた。
(エビフライも、不良の退学も叶って、しかも、財布も戻ってきた)
財布は成田の親がお詫びだと言って五万円を入れて返してくれた。
....きっと口止め料だね!
コレって、このカードの威力?
オレってスゲェもの貰ったの?
え、じゃあもっとお願いしてみよ。
「神さま仏さまカードさま!超美人の彼女下さいー!!」
もうそこからは、なんつーの?オレサマフィーバー的な?
何でも手に入ったし、不自由のない暮らしだった。
「翔平!今日、プリ撮ろ?」
「ごめん!今日、美夏と映画見に行く!」
「ええー!しょうがないなあ、また誘って?じゃあ、またね!」
ボブヘアの女は麻紀。
今までギャルっぽくて苦手だったけどいざ言い寄られてみると、まあ悪い気はしない。
あの化粧臭いのはやめて欲しいけど。
「随分楽しんで居られるようで」
「おわっ?!あ、あんた....」
「デューデンヴィッヒでございます。約束の一週間が来ましたね」
「お、おお!そーだったな....。........忘れてた....」
「使い心地はいかがでしょう?」
「満足も何も!これ、譲ってくれ!オレの鬱憤でも何でもやるから!」
流石に腎臓だの心臓だのは無理だけど、こんな良いものか手に入るんだったら、何でもくれてやる!
「....おや、随分と使い込んでいるようで。そんなにお気に召したのですか?」
「おう!」
「ふむ、困りましたね」
「え?!」
「貴殿には最早鬱憤など存在しないようだ。私が貴殿に構う理由がない」
「はあ?」
「それでは、それを返してもらおう」
ちょちょ、ちょっと待て!
それは約束が違う!!
「約束?ふむ、そんなものしていない」
「え?心読んだ?!いや、それより、あんたが!」
「私に逆らうな!ただの人間如きが!」
デューデンヴィッヒさんは無造作に指を動かした。
「うわ?!カードがっ....!」
カバンに入れてたカードが出てきた!?
「さらば人間!時が来たらまた会おう!」
「はあああ?」
マジ待てって!
(何だあのおっさん!あのカード、取り戻さないと....!)
取りあえずあのおっさん追いかけなきゃ!
どこ行ったんだ?あのおっさん。
「あ、麻紀じゃん」
さっき放課後別れたばっかだし、友だちと遊んでる?
「え、アンタ宮崎に呼び捨てされてんの?」
「ええー?そんなワケないじゃーん。そんなコトされたらぁ、彼氏に言うしー」
麻紀達はオレの前を甲高い声で通り抜けた。
(え?え?)
いや、お前さっき「プリ撮ろ」とか言ってたじゃん!
語尾にハート付けてたじゃん!
変化早っ!
他に何か言うことあるじゃん!
「お!宮崎クンじゃーん」
あああ!もう!
声をかけられるなら女の子が良かったっ!!
読了ありがとうございます。
テーマは《プリペイドカード》です。
書いているとテンションにムラが出てしまいました....。
英語の表記が間違っていました。
お恥ずかしい限りです。