第五幕 炸裂!再起不能…
タマキは焦っていた。
ギンとカイジが隣街へ行って半日以上が過ぎた。まだ二匹が戻ったという情報はない。
「遅い。遅すぎる……」
タマキが低く唸る。
「本当にどうしちまったんだ」
隣のタスケも頭を抱える。
設計事務所の前で二匹が隣街のリンに襲われたという情報は掴んだ。
しかしそれ以降は……。
この街一番と言われるタスケの情報網を持ってしても足取りを掴むことは出来なかった。
「でも、おいらの耳にも情報が入らないってことは、リンのやつらも足取りは追えてないってことですよ」
タスケが遠慮がちにオズオズと言う。
「だと良いが……」
タマキがため息まじりに答えた。
「お兄ちゃん。聞いてるの?」
女の声がする。
「あぁ、聞いてるよ。でも今さら何なんだ?」
男の声が返事をする。
「お母さんが怒るわ」
「はん!バカなことを。あの世で怒ったからってなんになるって言うんだ」
「あの土地はお母さんが大事にしてたのに」
「大事にしてた?あんな草だらけでか?おまけに野良猫ばかりだったじゃないか」
「お母さんは猫好きだったから……」
「お袋は猫相手に土地を貸してたって言うのか?猫が土地代を払うか?バカバカしい。使わない土地ならさっさと売るか、使えるようにするかをすれば良かったんだ」
「だからってあたしに黙って勝手にマンションを建てるなんて」
「おまえも賛成したじゃないか」
「それは別の土地だと思ったからよ」
二人が睨み合いを続けている。
その部屋の奥、窓の外に小さな頭が三つ並ぶ。
「ううぅ…ギンの兄貴ぃ…この体勢はつらいッス」
「黙ってろ」
「本当に根性ないわねぇ」
ギン、カイジ、キョンの三匹だ。
三匹は窓枠に前足をかけて、アゴを乗せてぶら下がっている。
キョンの案内でマンション設計の依頼主の家に来たときに、この部屋から声が聞こえたのだ。
そうして現在の格好に至る。
「くッ…兄妹みたい…ッスね」
カイジがぷるぷるしながら言ってくる。
「ああ、兄貴の方が依頼主みたいだな」
ギンが涼しい顔で答えた。
「ほら、妹が出て行ったわよ」
そのキョンの言葉で、三匹が一斉に窓枠から降りる。
ギンとキョンは壁を迂回し、急いで玄関に向かった。
ヅカヅカヅカ!バン!ブロロロ!ブーン!車で妹は走り去って行ったようだ。
「いちいち行動に怒りが滲み出てるわね」
キョンが呆れたように肩をすくめて言う。
二匹で妹が去るのを見送ると、カイジが送れて二匹のもとにやって来た。
「これから…どうしますか?」
「猫がなんて格好してるんだ」
ギンはカイジを見て呆れる。
カイジは前脚がしびれているらしく、二足歩行でヨタヨタしながら寄って来たのだ。
「あなたたち約束よ。今日はもう帰りなさい。」
ギンも今回はキョンの言葉に素直に頷いた。
依頼主の顔は覚えた。家も分かった。
現状でこれ以上ギンたちに出来ることは無い。
帰ってタマキたちと策を練るつもりだ。
「じゃあまた危険な目に合う前にとっとと帰りましょう」
カイジの言葉にギンが苦笑いをしたそのとき……
「み〜つけた」背後から聞き覚えのある声を掛けられた。
ギンとカイジが声をそろえる。
『リン!!』
「よう、やっと見つけたぜ」
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべると背後に合図を送る。
その合図と同時に周囲からぞろぞろとリンの子分たちが集まってきた。
その数は前回囲まれた数の比ではなかった。
ギン、キョン、カイジの三匹が身構える。
「絶対絶命みたいね」
キョンの軽口に返事をする余裕がギンにもない。
「おまえたちが何をしてるか知らないが、そんなことはどうでもいい。おれたちの街で勝手をするやつは見逃せねぇ」
ジリジリと間合いを詰めてくる。
ギンは『ヤるしかない』と覚悟を決めて、ちらりとカイジとキョンを見た。
怯えるカイジ。何を考えているか分からないキョン…
「本当に伝説の猫なのか?」
キョンを見て小さくため息を付く。
次の瞬間…
一斉にリンたちが襲い掛かってきた。
一匹目の猫パンチを後ろに飛び退いてかわし、すかさずカウンターの猫パンチを叩き込む。
反撃もつかの間、後ろから違う一匹に飛び付かれる。
他の二匹を気にする余裕はすでにない。
一瞬、カイジは無事か気になったが見ることさえ出来ない。
だが偶然リンの姿がギンの目に飛び込んで来た。
リンの子分が、背後からキョンに襲い掛かろうとしている。
それを頭で理解するより先にギンは走り出していた。
リンの前脚がキョンの背後から振り下ろされる直前、ギンはキョンに覆い被さるようになっていた。
「ぐっ!」
ギンの背中に激痛が走る。
周囲の時間が止まりキョンの声だけが響く。
「ギンちゃーーん!!」
バタリとその場にギンが倒れた。
そしてそれを見下ろすリン。
「けっ、バカなやつだ」
慌ててキョンとカイジがギンに駆け寄る。
「兄貴ぃ!兄貴ぃ!しっかり」
カイジの呼びかけにも痛みで返事が出来ない。
キョンはわなわなと身体を震わせている。
その震える背中にリンが言葉を投げかけた。
「なんだ?ビビって震えてるのか?」
そう言ったリンの表情が、キョンが振り返ると同時に凍りつく。
「ブッ殺すっ!!」
キョンの顔は怒りに歪んでいた。
「ななな…何だよ!」
悲鳴に近い声を上げながら、後ずさりをするリン。
キョンが間合いを詰めたそのとき…
「っ!!ギャフン……」
それがリンの出した声だった。
リンの身体は、三回転半しながらきれいな弧を描き地面に落下した。
誰もが目の前で起きたことが理解出来ずに呆然とする。
ただカイジの声だけが響く。
「でででで出たぁー!サバ缶すら粉砕する伝説の再起不能パンチ!!」
仁王立ちのキョン。
その前方でリンは白目をむいてピクピクしていた……
ううぅ…初めてご意見いただきました!
ありがとう!
最高にハッピーな気分です!!