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第四幕 伝説の猫

 ギンとカイジはキッチンにいた。

 リンたちに襲われかけ塀の穴に逃げ込んだ。

 塀の一角にある穴は猫用の通路になっていて、開閉が出来るようになっていたのだ。

 それを内側から開けて救ってくれた者の家、そのキッチンに二匹はいた。

「いやぁ〜、それにしても塀の穴を閉めるときに見たリンってやつ顔、ありゃ愉快でしたね。ポカーンと口を開けて間抜面してましたよ」

 カイジが肩を揺らして笑う。

 リンたちに襲われかけたとき、慌ててギンの後ろに隠れたとは思えない言いっぷりだった。

 カイジがそんなことを言っているとテーブルの上から一匹の三毛猫が下りてきた。細身でしなやかな身体をしている。

「さぁ、どうぞ。つまらないものだけど」

 そう言って三毛猫はテーブルの上から取ってきたであろうマグロの刺身を数切れ差し出した。

「いやぁ、助けてもらった上にご馳走にまでなっちゃって申し訳ないッスね」

 そう言うとカイジは口の周りを一舐めしてさっそく喰らいつく。

「あれぇ、ギンの兄貴はいただかないッスか?」

 口を付けないギンを見てカイジは怪訝そうにするが、ギンはその三毛猫から視線を動かさなかった。

 ギンは元野良のせいか、生まれたときから飼い猫のカイジより遥かに警戒心が強い。

「あらヤダぁ。あなたみたいな素敵な若者にそんなに見つめられたらお姉さん照れちゃうわ。ウフン」

 そう言って身体をクネクネ揺らす。

 ギンはそんな三毛猫の態度もまったく気にしない。

「なんで助けてくれたんだ?ここに住んでるならこの街を仕切ってるリンたちの前で、俺たちに手を貸すのは得策じゃないぜ。余計な恨みを買うかもな」

 その言葉にクネクネがピタリと止まる。

「疑い深いのねぇ……。野良育ちでしょ?」

「……」

 ギンが無言でいると三毛猫は一度フゥーっと深いため息を付いた。

「あなたち隣の設計事務所を見てたでしょ?で、リンたちとの会話を聞いてたらタマの名が出たから」

「それでなぜ?」

「あなたたちタマに設計依頼の話を聞いてきたんでしょ。タマにその話を教えて上げたのがあたしなの。どう?信用した?」

「タマキが言ってた旧友ってのがあんたか?」

「うぃ!」

 ギンの問いかけに身体をそらせて目をつぶり頷く。

「……タマキの旧友とやらは設計事務所で世話になってるって聞いたぜ。設計事務所の隣の家じゃない」

 ギンは隣の家という部分を強調して言った。

「本当に疑り深いわねぇ……いい、あなたも言ったように隣は設計事務所なの。家じゃないの。っていうことは設計事務所の持ち主が住んでる場所は他にあるわけ。それがこの家。どう?お分かり?」

 少々イライラしながら言ってくる。

「……」

 ギンはもう一度相手を凝視するが、どうやら嘘を付いてる感じではない。

「分かったらそれ食べておとなしく帰りなさい。どうせこの街にはタマに言わずに来たんでしょ?ここはあなたたちの街より危険なの。余所者が二匹でブラブラしてたらまたさっきのような目に会うわよ」

 すでに自分の分をたいらげたカイジが不安そうな目をギンに向ける。

「残念だけど、危険な目に会ったからこそ手ぶらじゃ帰れない」

 ギンのその言葉に三毛猫は深いため息をつき首を何度か左右に振ると、意を決したようにギンを見つめ返す。

「分かったわ。じゃあ一つ情報をあげる。そのかわり……」

 三毛猫がギンに持ちかけた話は次のものだった。

 まず、設計事務所はあくまで依頼を受けただけであって、マンション建設を止めたいなら依頼主をどうにかするべきだということ。そしてその依頼主の家を三毛猫が知っていること。その家に今から案内するかわり、今日のところはおとなしく帰ること。

「分かった」

 ギンがその持ちかけに応じたのを確認すると、三毛猫はもう一度深いため息を吐いた。

 しかしギンたちを交互に見ると諦めたように向きを変える。

「じゃあ行きましょ」

 そう言って三毛猫がキッチンを出ようとするとき、ギンはまだその三毛猫の名前すら聞いていないことを思い出した。

「そういえば世話になって名前すら聞いてなかったな。俺はギン。こっちはカイジだ」

 ギンがカイジに顔を向けるとカイジはペコリと頭を下げる。三毛猫は振り返り二匹を交互に見て目を細めた。

「キョン。あたしの名前はキョンよ。よろしく」

 その名前を耳にした瞬間、カイジの身体がビクリと跳ねた。

「キョン?タマの親分の知り合いでキョンて……『サバ缶のキョン』ッスか!?」

「あら、ずいぶん古いこと言うわねぇ」とキョンが嫌な言葉を聞いたような表情をする。

『サバ缶のキョン』その名はギンも何度か聞いたことがあった。

 ギンが街に来る前、まだタマキが今の地位に着いたばかりの頃に、決して群れることがない一匹猫がいたらしい。

 その猫の名が確か『キョン』だ。

 猫望の厚さはタマキが上だったが、実力だけならキョンが上だったと言う者もいる。

 キョンの武勇伝は星の数ほどあり、得意とする強烈な猫パンチはサバの缶詰を一撃で粉砕したらしい…

 そこから付いた通り名が『サバ缶のキョン』。

 しかしある出来事をきっかけにタマキたちの街から去って行った。

 半ば伝説と化している猫が目の前にいる。

 ギンはその話を耳にするたびに、筋肉質な巨躯の猫を想像したものだが、実際目の前にいるのは……

「まぁ昔の話よ。今は『麗しのキョン』とでも呼んでちょうだい」

 そう流し目で言って、スタスタとリビングを出ていく。

 伝説の名の効果は絶大だったようで、ギンとカイジも母猫の後を追う子猫のように、慌ててキョンの後を追ってリビングを出た。







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