力子と鈴子
〈風呂嫌ひ初湯に賭けると云ひ譯す 涙次〉
【ⅰ】
さて、今年も大詰めだ。大晦日だと云ふのに、木嶋美奈美は忙しく立ち働いてゐた。テオ・谷澤景六の畢生の長篇小説『或る回心』に次ぐ仕事は、漫画の原作だと云ふ。『着物の星』の大当たりで、少年漫画誌からお聲が掛かつたのだ。谷澤・* タイムボム荒磯の黄金コンビよもう一度、と云ふ譯である。今回は谷澤の原作は書き下ろし。野球漫画、所謂「球漫」である。題して『リトルリーグ血風録!!』。普通球漫と云へば、一人の人物の野球を通じたビルドゥングスロマンと相場が決まつてゐるが、この漫画は、野球をグループ同士の抗爭と見たもの(球漫に「戦國武將もの」の要素を盛り込んだ)。抗爭、と云ふと剣呑だが、漫画界では(學園抗爭ものゝやうに)人間のグループ單位での闘爭本能を描く事は常套手段である。舊い話になるが、田河水泡は子供の好きなもの=動物と戦爭ごつこ、と「讀み」、あの國民的漫画『のらくろ』シリーズを産み出したさうである(田河と『のらくろ』を知る者にとつては、有名な逸話)。これは別に、叛戦左翼を標榜する、私(作者)のコードには抵触はしまい。
* 前シリーズ第55話參照。
【ⅱ】
「その後だうだい、力子ちやんは?」-カンテラ。「まあすくすく育つてますよ。幼稚園でも皆と仲良くやつてるやうで」-力子と云ふのは、* 肝戸平治の遺子、一粒胤である。肝戸は理由あり** カンテラが斬つたのだが、遺された力子には罪はない。で、里親を募つたところ、一味にとつて身近な存在である(子供好きの -彼はカミさんは要らないけれど、子供は慾しい、と常々云つてゐた-)荒磯が名乘りを上げ、彼に力子の養育は託された。「だけどね- 一つ氣になる事が」-荒磯。カン「そりや何だい? 遠慮せず俺に相談してくれ」-と云ひつゝも、大晦日だつてのに、仕事の臭ひか、とカンテラ思つた。荒磯「家にゐる時、何やら架空の友逹を相手に、遊んでゐるやうなんです」-カン「架空の友逹?」-荒「さう、傍目には見えない子供、のやうなんですが...」
* 前シリーズ第21話參照。
** 前シリーズ第69話參照。
【ⅲ】
(こりや本格的に仕事らしくなつて來たぞ)-カンテラ、年中無休の我が身を呪つた。「それで、【魔】の疑ひがある、と?」-「えゝ、僕自身魔界を離れて大分經ちますんで... たゞの勘繰りかだうかは、定かならぬところなんですが」。因みに、荒磯は魔界の出身者である。
※※※※
〈畸怪なるものを見る目で俺を見る友と云ふには縁遠き人 平手みき〉
【ⅳ】
カンテラ、せめてこれが仕事納めになるやうに、との願ひを(じろさんは既にオフを取つてゐた)込めて、即坐に動いた。荒磯のマンションへ-「力子ちやんコンチハ」-「カンテラをぢさん、こんにちは」-「いゝ返事だ。いゝ子だね(とまあ、カンテラ子供あしらひは、有り躰に云つて余り得意な方ではない・笑)。ところでお友逹は? をぢさんには見えないんだけど」-「鈴子ちやんはわたしにしか見えないの」-カン(「友逹」が不可視である事の自覺はあるやうだ)
【ⅴ】
「力子ちやん、ちよつとご免ね」。カンテラ拔刀した。その儘、傳・鉄燦を力子の額に突き付ける- びつくりして動けない力子。と、その「鈴子」とやらは姿を現した。見れば、力子と同い年ぐらゐの「女児の【魔】」が- これは! カンテラ驚いた事に、かつて* 力子に憑依し、「おイタ」を働いた「子供【魔】」ではないか。だうやら魔界勢力の衰微と共に、彼女の「意地惡」ごゝろも消え、今では力子の良き遊び相手になつてゐるやうだつた。
* 前シリーズ第70話參照。
【ⅵ】
荒磯は鈴子に對して怒るどころか、娘が二人になつた、と大喜び。カンテラに謝禮金を渡すと、「この子も僕の養子にして、差し支へありませんよね?」
【ⅶ】
「美談よねえ、今どきのご時世に、荒磯さんのその篤志は」-悦美、カンテラが事務所に帰つてその話をすると、さう答へた。のちの話になるが、鈴子は「荒磯鈴子」として、力子と同じ幼稚園に通ふやうになつた、と云ふ。今頃、他の友逹を交へて、元氣に遊び、人間としてのマナーを學んでゐる事だらう。
※※※※
〈猫の目の置炬燵の中光るなり 涙次〉
【ⅷ】
鈴子自身のお蔭で、事態は好轉した。で、人の行動の原動力となつてゐるのは、「淋しさ」だらう、とカンテラ、痛感した。それは【魔】とて同じ事である。鈴子も一人ぼつちの魔界を捨て去り、荒磯の養女となつた事を、將來懐かしく思ひ返す事であらう。さあ、2児の親替はりとなつた荒磯、頑張つて働かねば・笑。その為には(冒頭の)漫画、『リトルリーグ血風録!!』の成功は不可欠である。仕事に一層熱が籠つた。と、云ふ、カンテラ周邊の年の暮れであつた。お仕舞ひ。
良いお年を。來年もカンテラ一味を宜しく!!




