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第七話『平和、安らぎ、知恵、勝利 II』

『━━おっけ~、申請書の提出、確かに確認したよ』


「ありがとうございます……」


その後、三人は外泊申請をスマホから理奈に提出して……歩佳はその事を確認する為に、理奈にオリーブから通信を入れていた。


『それにしても女の子二人を家に連れ込むなんて……歩佳ちゃんも隅に置けないね~』


「!? 別に私はそんなつもりじゃ……!」


『ふふっ、うそうそ。 最近の歩佳ちゃん、聡美ちゃんと紫苑ちゃんと仲良しだもんね〜……隊員同士で友好関係を築いてくれるのは、隊長の私にとってとても嬉しい事だよ』


「……ありがとうございます」


『じゃあお泊まり会、楽しんでね。でも楽しみすぎて明日のミーティングに遅刻しないようにね。 それじゃ』


「はい分かりました、失礼します」


そうして歩佳は理奈との通信を切り、オリーブから降りた。


「どうだった?」


オリーブの傍で待っていた聡美は、紫苑と共に歩佳に近付いて声をかける。


「大丈夫だって……でも、明日のミーティングには遅刻しないようにって言われた」


「それは大丈夫ね、いつもミーティングが始まる二時間前ぐらいから起きてるし」


早起きのプロである紫苑の余裕を感じるその言葉に、納得するように聡美と歩佳は頷く。


折角なら起こして貰おうかなと思いつつ……それを紫苑が了承する訳も無いだろうと思い、聡美は自分だけの力で起きようと決意するのであった。


「それで……ここが歩佳ちゃんのお家?」


そして実は……三人は既に大西家前まで、それぞれのトレーラーを走らせて到着していた。


聡美は"大西"の表札を確認した後に、改めて大西家を見上げた。


「うん、さっきの依頼人さんのお家程大きくはないけど……二人が寝れるスペースは用意出来る筈だよ」


「でもお庭は広いわね……お家には今、誰かいらっしゃるのかしら」


「妹達がいるかな……お母さんは単身赴任中だから、中々こっちには帰ってこれないの」


「じゃあ殆ど妹ちゃん達だけで暮らしてるって事!?」


「そうだよ」


歩佳に質問をして、大西家の事情を何となく理解した紫苑と聡美はお互いに見つめ合う。


そんな二人を見てハッとした歩佳は、慌てて言葉を続ける。


「でっ、でも大丈夫だよ! 私も心配で週に一回のペースで手紙を送るんだけど……家の事を任せてる、すぐ下の妹から大丈夫だって怒られながらいつも言われてるから……もうしつこいって言われてるぐらいだから!

全然気にしないで!」


「貴女がそう言うなら、そうさせて貰うけど……」


「その妹ちゃんは、私達が泊まる事を許してくれるのかな……」


「あっ、何も言わずに来ちゃったんだよね……また怒られちゃう、ちょっと待ってて!」


「う、うん」


「ただいま~!」


聡美が口にした不安に気が付き、大西家に駆け込んで行った歩佳。


一分……三分……五分と経過していくが、歩佳が外に出てくる様子は無い。


「……大分交渉に苦戦しているようね」


「あははっ、いきなりお邪魔しちゃったからね……大丈夫かな、歩佳ちゃん……」


ガミガミとまだ見ぬ大西家次女から怒られて、ペコペコと謝っている歩佳を想像しながら……紫苑に苦笑いを向ける聡美。


「……いきなりその妹ちゃんが出てきて、私達が怒鳴られるって事は無いかな」


「それは無いでしょう……まぁそれだけ迷惑なら、私達は帰るだけよ」


「そうだよね……」


「━━ごめ~ん! お待たせ~!」


「「!」」


聡美と紫苑の間で、基地に戻る空気になりかけていたその時……歩佳が扉を開けて、外に出て来た。


「━━ようこそいらっしゃいました!」


「「!?」」


……そして続けて家から出てきたのは、歩佳よりも少し小さい、サイドテールでエプロン姿の少女。


彼女は歩佳よりも先に、聡美と紫苑の元に駆け寄ると……二人に深々と頭を下げた。


ここまでの勢いに、二人は思わずその場から一歩後退りをした。


「こ、こんにちは……」


「こんにちは」


そのようになりつつも、聡美と紫苑は一応少女に挨拶をした。


「はいこんにちは〜……もう! ダメでしょお姉ちゃん! お客さんを外でお待たせしたら!」


「だ、だって、何も言わずに、ここまで連れて来ちゃったから……いきなり家にあげたら、怒られると思って……」


「だっても何も無い! お客さんを放ったらかしにする方がダメでしょ!……どうぞゆっくりして行ってくださいね~」


「あはは……」


歩佳に対しては怒りながら話しているが、聡美や紫苑と話す時は満面の笑顔で対応をするエプロン少女。


そんな少女に、歩佳は完全に姉としての威厳を失っており……長女でありながら、主導権を握らせてしまっている次女との関係を一目で見て理解し、聡美は再び苦笑いを浮かべる。


「トレーラーはあそこに停めておいて大丈夫かしら」


「あっ、庭の中に入れちゃって大丈夫です~」


それから紫苑の質問に少女が答えた事により、聡美達はトレーラーを庭の中に入れたのだった。


「━━わー!かっこいー!」


「ほんものだー!」


「でかーい!」


……その時、家の中から次々と小さな妹達が出てきた。


妹達は一斉に、一般人では滅多にお目にかかれないトレーラーに走って近付こうとする。


「駄目よ皆……おもちゃじゃないの、危ないから近付かないで」


「「「はーい」」」


そんな妹達を歩佳は止めて、漸く長女らしさを発揮した歩佳。


妹達は歩佳の言う事を素直に聞きつつも、コスモスとデイジーとオリーブの三機を、キラキラとした瞳で見上げていた……。


「別に触ったりしても大丈夫だけど」


「えへへ……何なら乗せてあげてみる?」


そんな妹達を見て、紫苑と聡美はトレーラーと触れ合わせる事に満更でも無い反応を見せた。


「いやいや! お気持ちはありがたいんですけど、何か壊しちゃってからじゃ遅いので……こら! お家の中で待ってなさいって言ったでしょ!」


「ごめんなさーい」


「だってぴーすとれーらーをみてみたかったんだもん!」


トレーラーまで流れようとしていた、妹達の激流を塞き止めるのにはエプロン少女も参加しており……聡美と紫苑にそう言うと、妹達に向かってそのように叱った。


「あっ……聡美ちゃん、紫苑ちゃん、この子達が私の妹だよ」


そして親を除いた大西家全員が揃った事により……歩佳は妹達の紹介を始めた。


「まず、この子が歩未……私のすぐ下の妹で、十四歳で……さっきも言った通り、家の事を任せてくれているよ」


「いつもお姉ちゃんがお世話になってます!」


「いえ、こちらこそいつも仲良くしていただいて……」


歩佳に紹介をされて、聡美と紫苑に再度深々と頭を下げる歩未……その礼儀正しさに釣られて、聡美はそう言いながら頭を下げ返しつつ、紫苑も無言でペコッと会釈をした。


「それで三女の歩夢と……四女の歩芽あゆめと……五女の歩葉あゆはだよ」


「「「こんにちはー!」」」


歩夢、歩芽、歩葉……三人はそれぞれ未就学児でありつつも、歩未の礼儀正しさに感化されているのか、聡美と紫苑に元気よく挨拶をした。


「はい、こんにちは~」


可愛い。


そう思いつつ、小さな妹達に笑顔で手を振る聡美。


「……」


……一方、紫苑の方はとある重大な悩みを抱えていた。


━━今まで関わった事が無いので、小さな子との接し方が分からない。


「……こんにちは」


とりあえず聡美の真似をして、手を振りながら妹達に挨拶を返す紫苑なのであった。


「それで皆? この人達がいつも私と一緒に仕事をしている友達の、古川聡美ちゃんと金井紫苑ちゃんだよ」


「皆よろしくね~」


「……よろしく」


「わーっ!」


「「!?」」


歩佳に紹介をされて挨拶をする聡美と紫苑……次の瞬間、妹達は二人に抱き着いた。


「ちょっとやめなさい! いきなり抱き着くなんて失礼でしょう!」


「二人とも大丈夫?」


「全然大丈夫だよ! いや本当に可愛いなぁ」


妹達を叱る歩未と、妹達に抱き着かれた二人を心配する歩佳……聡美の方は一切嫌な気持ちをせずに、歩芽と歩葉と抱き合っていた。


「……」


「えへへ……」


一方で紫苑は……本当は嫌だが突き放す訳にもいかないので、とりあえず歩夢の頭を撫でてみると……歩夢は満面の浮かべた事により、紫苑は口角をあげながら頬を染めるのであった。


「そしたら……とりあえずお風呂から入る?」


「あぁうん! そうさせてもらおうかな」


「歩未達の方はお風呂入った?」


「ううんまだ、丁度ご飯を作ろうと思ってた所だったし、でもお風呂は湧いてるよ」


「そっか……そしたら聡美ちゃんか紫苑ちゃん、先にお風呂に入っていいよ!」


「えっいいの? ありがとう!」


そうして歩佳の提案と承諾により、一番風呂に入れさせて貰えそうになった聡美と紫苑。


「さとみおねえちゃん、いっしょにはいろ~」


「はいろ~」


そんな中で、聡美に抱き着いたままの歩芽と歩葉にそのようにお願いをされた。


「うん! 全然いいよ! 何なら紫苑ちゃんと歩夢ちゃんも一緒に入る?」


これを断る聡美では無い。


更には歩夢に抱き着かれたままの紫苑にも、そのように誘ってみせた。


「はいるはいるー!」


「そうね、順番で分けるよりも纏めて入った方が楽だろうし……構わないわ」


「よし決まりっ!」


そして口では効率的な理由を述べたが……本当は歩夢に懐かれて嬉しい気持ちの方が大きかった紫苑は、歩夢と共に了承の返事をしたのだった。


「ごめんね……妹達を任せちゃって大丈夫?」


「うんっ、全然大丈夫だよ!」


「すみません……妹達をよろしくお願いします」


「そしたら私は晩御飯を作るのを手伝うよ」


「それはありがとうだけど……大丈夫お姉ちゃん、疲れてない?」


「大丈夫だよ。久しぶりに皆の為にご飯を作れるから、寧ろ頑張りたいの……一番上のお姉ちゃんとして、格好つけさせて」


そう歩未に言いながら、制服の袖を捲る歩佳……怒りモードの歩未には怯えていたが、長女として譲れない物もあるのだろう。


「おねえちゃん、わたしもだっこして~」


「わたしも~」


「えっと、うん……順番にね」


既に歩夢に抱かれている状態で、歩芽と歩葉からの要望に困っている紫苑とは一方で……いつになく自信満々な歩佳を見て、聡美は微笑みながら羨ましいとも思うのであった……。


「……あっ! そういえば着替えはどうしよう」


「あっ、えっとね……トレーラーの中に、服が入ってるケースが格納されてる筈だから、それを使えば大丈夫だよ」


「えぇ凄いね……何でそんな物が格納されてるの?」


「遠征で帰れなくなった時に、出先で着替える為の物よ……普通に帰ってこれたから出番も無いと思いきや、まさかこういう形で使う事になるとは思っていなかったわ」


「ふふっ、よかったね紫苑ちゃん」


「ええ……まぁ、そうね」


「おねえちゃんだっこ~」


「あぁ、はいはい」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「失礼しま~す━━おっ」


それから大西家に上がらせて貰った聡美と紫苑……更に二人は妹達を連れて風呂場までやって来て、聡美が扉を開けて最初に脱衣所へと入った。


「凄い、私ん家のお風呂場より全然広いよ! 流石は大家族のお家だね」


聡美も魂消たその脱衣所の広さは、五人で入っても窮屈に感じない程の物であった。


「ねぇ、ぬがせて~」


「ぬがせて~」


「あぁうん、分かったよ」


その事について紫苑と話す暇も無く、聡美は歩芽と歩葉からそのように頼まれた。


「わたしもぬがせて~」


「こっちは私に任せて」


「うんお願い」


そして歩夢を脱がす役目は紫苑が引き受けて……妹達三人は裸になって、風呂に入る準備を完了させた。


「そしたら私達も……んしょっと」


「……」


続けて服を脱いで、裸になっていく聡美と紫苑……


「お待たせ~、じゃあ入ろっか」


「うんっ!」


そうして二人も準備が整い、元気に返事した妹達と共に浴室に入るのであった……。


「……おおっ」


脱衣所も広ければ、浴室も広い大西家のお風呂場に聡美は再び声を漏らす。


浴室には大西家の人数分の、風呂椅子の洗面器が置かれており……姉妹によって大きさも分かれており、未就学児の三姉妹用の小さなお風呂セットを見て、可愛いと思う聡美なのであった。


「湯船に五人で浸かるのは、流石に狭くなっちゃうね」


「そしたら貴女は先にお風呂に入っていいわ。 私は身体を洗わせて貰うから」


「おっけー分かった、それじゃあ……先にお風呂に入りたい人!」


「「はーい!!」」


「おっいい返事だ、そしたら聡美お姉ちゃんと一緒に入ろうねぇ」


そうして聡美は、歩芽と歩葉と一緒に湯船に浸かり……その間に、紫苑は歩夢と共に身体を洗う事になった。


「かみのけあらって~」


「はいはい」


続けて歩夢からそのようにリクエストされて……シャンプーハットをつけさせて、特に断る事も無く、紫苑は歩夢の髪を洗い始める。


「……」


まだ幼い歩夢の髪の毛は、一本一本が繊細だ……その事を確認した後、紫苑は本人が痛がらないように、優しく優しく洗っていく……


「大丈夫? 痛くない?」


「いたくな~い」


「……痒い所も無い?」


「だいじょーぶ」


不快な素振りを見せる事も無く、歩夢は大人しく紫苑に髪を洗われ続けている。


この調子で続けていけば大丈夫。


そう確信して、紫苑は自信をつけると共に歩夢の髪を泡立て続けるのであった。


「ふふっ、今の紫苑ちゃん、美容師みたいだよ」


「そうかしら……上手く洗えているといいけど」


「……紫苑ちゃんには、妹いる?」


「いないわ……姉さんがいる」


「へぇっ……! 紫苑ちゃんって、妹ちゃんだったんだ……何か可愛いね」


「何それ……よく分かんないけど」


「えへへっ……」


可愛いと聡美から言われて、頬を染めながら歩夢の洗髪に集中し直す紫苑。


紫苑ちゃんの事は普段から、綺麗でかっこいい人だと思っているが……お姉さんの前では、可愛い妹にがらりと性格が変わったりするのだろうか。


そもそも紫苑ちゃんのお姉さんとはどのような人なのか……聡美はそれらを想像しながら、歩夢の髪に対して真剣な紫苑を見て微笑むのであった……。


「さとみちゃんは、いもうといるのー?」


「私? 私はねぇ、いないんだよ~。だから皆が羨ましいな」


「……お姉さんもいないの?」


「いないよー、一人っ子」


「……」


そして歩芽や紫苑からの質問に答えた聡美……その言葉は儚げに笑いながら繰り出された物であり、そんな聡美の表情を見て紫苑は真顔になる。


「……でも今は寂しくないよ! 皆でこうしてお風呂に入ったりしてるし……今は紫苑ちゃんと一緒に暮らしてるようなものだしね!」


「そう……そう思っているのなら、よかったわ」


「なーにー紫苑ちゃん、もしかして私の事心配してくれたのー?」


「別に、そんなんじゃないけど……今に満足をしているのなら、さっきみたいな感じは出さないでくれない?」


「えへへっ……ごめーん」


妹達を差し置いてイチャイチャする、聡美と紫苑。


妹達はそんな二人をじーっと見ており……これ以上放ったらかしにさせない為に、聡美は慌てて話を振る。


「えっと……皆はいつも一緒にお風呂に入ってるの?」


「はいってるよー、あゆみおねえちゃんもいれて、いつもよにんではいってるー!」


「おぉいいねぇ、毎日楽しいだろうなぁ」


「……喧嘩とかにはならない?」


「ならないよー、みんななかよしだもん! ねーっ!」


「ねーっ!」


放置してしまっていた事には紫苑も気がついていたが……質問で良い物が思いつかず、考えて振り絞った結果そのように聞いた事により……歩夢は歩芽と一緒に答えて、二人は微笑み合った。


「そう……」


……そして、そのような歩夢と歩芽に対して、今度は紫苑が儚げな感じで声を漏らした。


「……」


更にそのような紫苑に注目をしていた聡美。


「━━ん?」


紫苑に声をかけようとしたその時……聡美はある身体の違和感に気がつく。


「……」


妹達の中では一番小さい歩葉を、抱っこしながら入っていた聡美。


その歩葉が……小さな手で、無垢なる瞳で見つめながら━━聡美の胸をぽよんぽよんと触っていたのだ。


「もちもちしてるー」


「歩葉ちゃん? えへへっ……何してるのかな?」


「やわらかーい」


「それはそうだけど、それはおもちゃじゃないし……っ、ちょっと擽ったいからやめよっか」


「えーっ」


悪意や下心は一切無いとは言え……歩葉を抱き直した事で、聡美は歩葉からのパイタッチを中止させた。


「……」


一方で紫苑はそんな二人のやり取りを、歩夢と背中の洗いっこをしながら注目をしていた。


「……紫苑ちゃん?」


「……聡美さんって結構、着痩せするタイプよね」


「紫苑ちゃん!?」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「気持ちよかった~、お風呂上がったよ~」


「おかえりなさい〜、ご飯出来てるよ」


「……おおっ!」


それからコスモスの中に格納されていた、AGPR仕様のジャージ姿になった聡美と紫苑は、パジャマ姿の妹達を連れてリビングにやって来た。


リビングでは既に、歩佳と歩未で作り上げた七人分の定食が用意されており……そのスケールに聡美は声を上げた。


「凄い……これ全部歩佳ちゃんと歩未ちゃんで作ったの!?」


「ふふふっ……私、料理だけには自信があるから……いつも料理を作ってくれてる歩未と手を組めばざっとこんなものだよ~」


「お口に合えばいいのですが……」


腕を組みながらドヤ顔を浮かべる自信満々な歩佳と、逆に自信が無さそうな歩未。


「「「いただきまーす!」」」


それから全員が食卓につき……皆で一緒に手を合わせて号令した事により、皆で晩御飯を食べ始めるのであった……。


「……いただきます」


しかし、大きな声を出すのは嫌なので……紫苑だけは皆と合わせず、後からそう呟いた後に箸を握った。


「……!」


そして、何も考えずにそのまま一口……紫苑が想定していた物よりも美味しくて、彼女は頬を染めるのであった。


「あぁっ、美味しいぃ~……仕事終わりだからっていうのもあると思うけど、皆で食べてるからっていうのもあるのかな……なんか、あったかい━━あっ、涙出てきた」


「!? 聡美ちゃん大丈夫!?」


「うん、大丈夫だよ……えへへっ、家族でご飯を食べるのって美味しいね」


「私達はこの家の家族じゃないけれど……それは認めるわ」


歩佳に心配されつつも、聡美は半泣きになりながら紫苑と晩御飯についての感想を語り合う。


「美味しかったならよかったです……ほっ」


「ほんと、上手になったよね……いつも皆の為にご飯を作ってくれてるからだよね、ありがとね歩未」


「っ……別に、当たり前でしょ。逆に毎日作ってるんだから上達してくれなきゃ困るもん!」


「ふふふっ……」


一方で歩佳に褒められて、顔を赤くさせながらも、素直にありがとうと言えなかった歩未。


そんな姉妹のやり取りを見て、聡美と紫苑は微笑みながらも……聡美の方では、尊い気持ちと同時に羨望の気持ちも大きくなるのであった。


「いいなぁ、毎日こんな気持ちになりながら、皆でご飯を食べられるんでしょ……いいよねぇ……」


「皆で食べているのは、最近基地でそうし始めたじゃない」


「それはそうだけど、友達と食べてる時と家族で食べてる時は違うっていうか……いいなぁ……」


「私もここで皆で食べたい時もあるけど……AGPRは寮制だから、毎日家に帰る事は出来ないんだよね……」


「さとみちゃーん」


「んー?」


その気持ちを紫苑に話しつつも、AGPRのルールに従うしかないと我慢していそうな歩佳からの説明を聞いて……私もそうならないといけないんだろうなと、仕方なさそうに笑って俯く聡美━━そんな聡美に歩芽が声をかけた。


「さとみちゃんは、ここでごはんをたべたいの?」


「食べたいけど、私はここのお家の子じゃないからねぇ……迷惑になっちゃうから、それは出来ないよ。ごめんね、ありがとね」


「そしたら、さとみちゃんもわたしたちとかぞくになれば、ここでごはんをたべられるよ!━━だからさとみちゃん、あゆかおねえちゃんとけっこんすればいいんだよ!」


「け、結婚!?」


「ちょ、ちょっと歩芽! 何言ってるの!?」


━━凍りつく場の空気。


聡美と歩芽の会話を静かに聞きつつも……急な展開に箸と茶碗を置き、歩佳は慌てて歩芽の元に駆け寄って彼女の肩を抑えた。


「ご、ごめんね聡美ちゃん!急に変な事言って……歩芽も冗談でも、そんな事言わないの……!」


「え~っ、でもそしたらさとみちゃんもいっしょにごはんをたべられるようになるよ?」


「ふふっ、結婚か~……なら私は歩芽ちゃんのママになるね!」


「うんっ!」


「でも、今の私の稼ぎだと歩佳ちゃんを幸せには出来ないし……歩佳ちゃんには歩佳ちゃんの気持ちもあるし……まずはお友達からって感じかな……ふふっ」


「聡美ちゃん……」


一瞬戸惑うも、聡美は嫌そうな気持ちを一切見せず……寧ろ嬉しそうに、歩佳が傷つかないような言葉で、そのように纏めてみせた。


落ち着きを取り戻しつつも、そんな聡美に見蕩れる歩佳……。


「……」


……下手をすれば、この先本当に二人は結婚をしてしまうかもしれない。


だが紫苑はその事に一切興味は無く、何だかいい感じの聡美と歩佳を見ながら、真顔でぱくぱくと箸を進めていたのであった……。


「こんな言い方するのもあれだけど━━お姉ちゃんは結婚しなくても大丈夫だよ」


「……ええっ!?」


ふと歩未は、真っ直ぐに歩佳の方を見つめてそのように伝えた。


しっかりと言葉を受け止めた歩佳は二秒程フリーズした後……驚きの声をあげた。


「だって結婚しなくても、既に私一人だけで家の事は出来てるし……お姉ちゃんが仕事に出ている間、私に家の事を任せてるような物だし……今のままでいいんじゃないかって事」


「……それは、そうだけど」


「それともお姉ちゃん……誰か好きな人でもいるの?」


「ええっ! ううっ……今の所は、いっいないけど……」


「じゃあ今のままで大丈夫じゃない。てかお姉ちゃんが誰かと結婚しても、家の事は私がやり続けるつもりだし……とにかく私に任せておいてよ」


「歩未……」


歩未の言葉を聞いて……何だか無理をしているような、そんな感じが否めなくなっている歩佳。


「歩未はそれで大丈夫なの……? 歩未の方こそ好きな人がいて、この家から出て行きたいとか思ってない?」


「思ってないよ、別に好きな人もいないし……この子達の面倒も見なきゃいけないから、そんな余裕も無いよ」


「あゆみおねえちゃん……いなくなっちゃうの?」


「ううん、どこにも行かないから安心して」


否定をし続ける歩未の方を、目を潤わせながら見つめていた歩葉……それに気がついて、歩未は歩葉の頭を撫でた。


私が家を出てショックを受けていた時期もあっただろうに、妹達がいる今の場でするような話では無かった━━その反省も含めて、歩未の本当に気持ちが分からないまま、歩佳は俯くのであった……。


「……」


沈黙する大西家の食卓。


「……!」


その雰囲気に耐えられず、聡美は皆が既に食事を完食している事に気がついて、言葉を続けた。


「ご馳走様! ご飯美味しかったよ!」


「……私もご馳走様」


聡美に続き、紫苑もそのように便乗した。


「あっ、うん! お粗末さまでした……皆も残さず食べれたね」


そして歩佳も二人にそう伝えて、空の食器しかない現状に気が付く。


「そしたらお片付けしなきゃね、お皿洗い手伝うよ!」


「……私も手伝う」


「えぇそんな、お二人はお客さんだから大丈夫ですよ?」


「ううん歩未ちゃん、ご飯をご馳走して貰ったからこそ手伝わせて?」


「……右に同じく」


「聡美さん、紫苑さん……ありがとうございます」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「ふぅ……」


その後……晩御飯の時間も終わり、歩佳と歩未の皿洗いに聡美と紫苑が手伝った後……


「おかえり~」


「おかえりなさい」


「二人とも……ふふっ、ただいま」


歩佳は漸くお風呂に入り、髪をおろした状態で……すっかりと綺麗になったリビングのテーブルで待っていた、聡美と紫苑の元にやってきた。


「……歩未は?」


「寝室に妹ちゃん達を寝かせに行くって~」


「そう……さっきはごめんね、急に家族だけでのお話になっちゃって」


「別に平気よ。自分達の家にいる以上、そういう話になってしまうのは仕方の無い事よ」


「ありがとう……聡美ちゃんもありがとね」


「いやいや! 私はただ、ご馳走様って言っただけだよ」


「━━ふぅ……」


溜息をつく歩佳。


風呂に入って一日の疲れは取れたとは言え━━歩佳の中で、先程の無理をしていた様子の歩未に対しての悩みまでは、疲れと一緒にシャワーで洗い流せずにいたのだった……。


「あぁ、ごめんね溜息ついて……」


「ううん! 私も今日は疲れたし、そうなっちゃうのも仕方ないよねぇ……ふぅ」


「私達に気を遣わなくても大丈夫よ、そんな調子で行くと疲れが取れないと思うから」


「……うんっ、ありがとう二人とも」


「そう言う紫苑ちゃんは、全然疲れてるように見えないのは気のせい?」


「疲れてはいるけど、それを表には出していないからよ……今は二人といるし、だらしの無い姿は見せたくないわ」


「えぇ〜、ゆっくりしようよ~、何なら私の膝の上で寝てもいいよ?」


「絶対嫌」


「えぇ~」


「ふふふっ……」


だが聡美と紫苑と一緒にいる事で、今の歩佳はその悩みも気を紛らわせる事が出来る……。


そう、今は二人と一緒にいるお泊まり会中なのだ……悩みなんて後でいくらでも悩めるし、今は二人とのお喋りを楽しもうと思う歩佳なのであった。


「━━ふぅ」


「あっ、歩未ちゃんおかえり」


「あぁ、ただいまです」


……それから二階から階段を降りて、リビングに歩未が戻ってきた。


聡美に声をかけられ、歩未も皆のいるテーブルの席に腰を下ろした。


「……歩夢達はどう?」


「もう皆寝たよ。ちゃんと寝る前にトイレにも行かせたし、明日の朝まで起きる事は無さそう」


「そっか、よかった~……ありがとね」


「……別に、いつもやってる事だし」


口では歩夢達と言ったが、顔では歩未の事も心配している様子で話す歩佳。


その事に気付いているのかは分からないが……疲れている様子も見せず、歩佳に普通に返答をする歩未。


「……!」


普段妹達の面倒を見ている歩未にとって、歳上達に囲まれるという状況は中々遭遇しない事だろう……それが理由で、歩未が緊張しているようにも見える。


家族の話題に、部外者である聡美と紫苑が会話に入りづらくなっている現在……そんな歩未に気がついた聡美は言葉を続けた。


「歩未ちゃん!」


「は、はい……何でしょうか」


「歩佳お姉ちゃんがね━━歩未ちゃんに膝枕させてあげるって!」


「ええっ!?」


「お姉ちゃん……?」


「言ってない言ってない!」


そう、勿論嘘である。


嘘なので歩佳は驚きの声をあげて……引き気味で見てきている歩未に対して、歩佳は慌てて否定をした。


「……」


「あいたっ!」


そんな皆の会話の輪で混乱を招いた聡美に対して……紫苑は無言で手刀を喰らわせた。


そして歩未が何だか緊張している様子なのは……紫苑も気がついていた。


なんでぶったの?と言っているような涙目で聡美から見つめられる中……紫苑も口を開く。


「えっと、これは貴女のお姉さんにも言った事なのだけど……自分の家にいるんだし、私達に気を使わずに緊張もしなくていいから、ゆっくりして?」


「そうだよ! 何なら私が膝枕しよっか? 抱っこでも大丈夫だよ?」


「あはは……大丈夫です、ありがとうございます」


当然そのまま受け入れる事は無く、聡美の誘いを遠慮した歩未……歩佳の歩未に対しての心配の気持ちも大きくなる。


「歩未……私が家を出て行ってから、何か困った事は無い?」


「何も無いよ。お姉ちゃんからの仕送りのおかげで、毎日ちゃんと生活出来てるよ」


「そう……学校の方はどう? 家事に集中しすぎて、成績とか落とさせてない?」


「大丈夫だよ。ちゃんと宿題もテストも出来てるし、両立出来てるよ」


「そう……歩夢達はどう? 最近風邪とか病気とかなってない?」


「……大丈夫だよ」


「そう……歩未自身は大丈夫? 風邪とか、怪我とか━━」


「━━大丈夫って言ってるじゃん!」


「!……歩未」


歩佳から質問をされる度に機嫌が悪くなっていく様子だった歩未……その我慢は限界に達して、歩未は両手にテーブルを叩きつけながら、その場から立ち上がった。


「なに? いつもいつも大丈夫だって答えてるのに……いい加減しつこい! 私の事、そんなに信じられない?」


「そういうつもりじゃ……私はただ、歩未の事が心配で……」


「━━そんなに心配なら、最初から家から出て行かなければよかったじゃん!!」


「!……歩未!」


それから歩未はリビングから出て、玄関の扉をバタンと閉めてこちらまで聞こえるぐらいに響かせた後、どこかへ行ってしまったのだった……。


「……なによ、もう」


……歩佳は、ただ歩未が出て行った扉を見つめる事しか出来ずにいた。


「えぇちょっと……追いかけなくて大丈夫なの!?」


「もう知らない、歩未なんて……私は本当に心配してるだけなのに……」


突如殺伐とした空気になってから数秒後、声を上げる聡美……だが歩佳には追いかける気力が無く、俯いて歩未の文句を言い続けるだけであった。


「はぁ……仕方ない━━なら私が追いかけてあげる」


ここで名乗りを上げたのは意外にも紫苑であった。


「えっ、紫苑ちゃんが行ってくれるの?」


そうしてくれるとは思っておらず、心配そうに歩佳の背中に手を添えながら、聡美は立ち上がった紫苑の事を見つめた。


「えぇ……妹同士でしか出来ない話もあると思うし」


「ごめんね、お願いします」


「……」


二人が行動しようとしてくれている中……歩佳は俯いて沈黙したままである。


「歩佳さん、貴女疲れているのよ……だから私が歩未さんを連れてくる間に、頭を冷やしておいて」


「……うん、ごめんね」


「でも疲れているのは分かっているけど、それは私も同じなの━━心配なら心配で、すぐに歩未さんを追いかけないのはどうかと思うけどね」


「……!」


そう言い残し、紫苑は外へと出て行った。


ただでさえ傷心状態の現歩佳に……その紫苑の冷たい言葉はそれはそれは深く突き刺さった。


「……歩佳ちゃん、大丈夫?」


「━━ううっ、ううっ……!」


「!?」


聡美から呼びかけられて、顔をあげた時には━━歩佳の顔は涙まみれのしわくちゃになっていた。


「ううっ、うぅううっ……!」


一度泣き始めたら止められず、ただ泣き続けるしかない歩佳。


「……」


紫苑は歩佳に指摘をしたが……誰が悪いとか、こうしたから悪かったとか、そんな事は聡美は一切考えていなかった。


ただ今は、目の前で凄く悲しんでいる人がいる……その理由だけで、聡美が行動しようと思うには充分な原動力であった。


「……」


「っ……!」


「……」


「うわあああっ……!」


聡美が取った行動……それは何も言わずに、歩佳の事を抱き締める事である。


歩佳は一瞬戸惑ったが……聡美の優しさ、紫苑に迷惑にかけてしまった事、真っ先に歩未を追いかけなかった後悔など━━色々な気持ちがぐちゃぐちゃになりながら、聡美に抱き返して泣き続けるのであった……。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……ふぅ」


一方、大西家から外に出てきた紫苑。


「……」


いざ出てきたはいいものの、折角風呂にも入ったのに、只管に走り回る事で汗をかく事を避けたい紫苑は、どうやって歩未を探そうか考えていた。


「……デイジー、起きてる?」


『はい、紫苑様』


「大西歩未さんがここから出て行ってからの予測ルートを教えて」


『畏まりました。予測ルートを、紫苑様の携帯端末に転送します』


「ありがとう」


それからデイジーは眠りにつき、紫苑はスマートフォンを開いた。


そこに表示されていたルートはたった一本━━歩未がトレーラー達の前を通る際に、焦燥していた彼女から排出された汗や吐息から検出された物であった。


そのルートを元に……彼女に追いつく為に、紫苑は走り出す。


「はっ、はっ……」


結局走り出した事により、紫苑は汗をかき、再度風呂に入らなければいけない事になってしまった。


「もうっ……」


私……なんでこんな事やってるんだろう。


以前の紫苑であれば、他人の為に汗を流してでも行動する事など無かった。


「……」


……これも聡美や歩佳と、行動を共にするようになった事による影響なのだろうか。


その心境の変化を確信して頬を染めながらも……私が追いかけると二人に言い切った事実を糧に、速度を落とさずに追跡を続ける……。


「はぁ……はぁ……」


……やがて、予測ルートを辿り切り、やって来た先は公園であった。


「……」


その公園の中にある、ブランコに座りながら……こちらに背中を向けている歩未はいた。


気持ち悪いと思われないように汗を拭って、呼吸を整えてから……紫苑は歩未に近付く。


「ここにいたのね」


「━━えっ、どうしてここが……!?」


「企業秘密よ……どう? 少しは落ち着いた?」


「はい……ですが、家にはまだ帰りたくありません」


「そう、好きにしなさい」


「……私を連れ戻しに来たんじゃないんですか?」


「そうだけど貴女、帰る気が無いんでしょ?……無理矢理連れて帰るのは疲れるし嫌だもの」


「そうですか……」


「だから好きなだけここにいて、ゆっくり考えなさい……もう夜も遅いし、一人にはさせておけないから、一緒にいさせては貰うけど」


「……分かりました」


「隣、座ってもいいかしら」


「はい、大丈夫です……」


それから歩未の了承を得て、紫苑は歩未の隣のブランコに座る。


紫苑と歩未以外誰もいない、夜の公園……この場所に対して、妙な居心地のよさを感じながらも……これから家に帰らなければいけない元気は残しておかなければならないので、紫苑は気を引き締めて歩未の方を見る。


「……お姉ちゃんは怒ってましたか?」


「怒ってた……というよりは、がっかりしていたかしら」


「がっかりですか……はぁ……」


「━━"お姉ちゃん"って、勝手よね」


「……えっ?」


「歳がそんなに離れていない癖に、自分よりも弱い存在だって勝手に決めつけて色々と言ってくるの……こっちだって、一生懸命に頑張っているのに」


「……」


紫苑はブランコを微かに漕ぎながら、愚痴を零すように語る……歩未はいつの間にか俯くのやめて、紫苑の方を見つめて彼女の話を聞き入っていた。


「……私もね、お姉さんがいるの」


「!……そうだったんですか?」


「ええ、五つ上のね……私に何か悪い所があればすぐに指摘をしてくる、厳しい人だった」


「……」


「でも、あの人はあの人なりに、私の事を心配していたんだと思う……姉さんのいない基地で暮らすようになってからは、五月蝿く言われる事は無くなったけれど……それはそれで寂しいものよ」


「━━だから……心配してくれるって事は、普通に有り難い事なのよ」


「……」


話の中で垣間見える紫苑の過去を感じながら、歩未は彼女の話を聞き続ける……。


紫苑は紫苑で、怒られていると感じさせないように、説教されていると感じさせないように話を優しく続ける……。


「貴女もいつか、お姉さんがいなくなった時……きっと寂しいと思う筈」


「だからお姉さんに心配されている、今の時間を大切にした方がいいと……私は思うわ」


「……」


「……心配されすぎるのも、ウザいけどね」


「いえ━━あ、あの……!」


「……何かしら」


「……お家に、帰ろうと思います」


「!」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


……一方、大西家。


「……」


「……」


あれから歩佳は聡美の胸で泣き続け……涙を流し尽くした歩佳は、俯いたまま沈黙をしていた。


そして聡美は歩佳に声をかける事は無く……歩佳と共に、夜の静寂な時間を過ごしていた……。


「━━急に泣き出して……ごめんね……」


「!」


あまりにも静寂すぎて、聡美の瞼が重くなっていたその時……歩佳が口を開いた。


「ううん、全然そんな事ないよ!……すっきりした?」


「うん……すっきりした……」


「ふふっ、歩佳ちゃん泣き過ぎて目が赤いよ」


「そうかな……ごめん」


「いや、謝って欲しくて言ったつもりじゃ……」


「ごめん……」


「……」


散々泣いた後だが、歩佳の精神はまだまだ安定する傾向は見られない……これまでにやった事はただ泣いただけで、現状は何も変わっていないからだ。


「歩未を……迎えに行かなきゃ……」


「おっ?」


「でも、今は何か疲れちゃって……一歩も動けない……ごめんね……」


「……」


次にやらなければいけない事……それは歩佳自身も理解しており、気力の方はあった……


ならば早速行動するべきなのだが……今の泣き疲れた歩佳に、そのような体力は残されていなかった……。


そんな歩佳を咎める事なく……聡美は口を開く……。


「歩佳ちゃん、偉いね」


「……えっ?」


「いつも家族の為に働いてて……それだけで疲れちゃうと思うんだけど、家族の心配も出来ちゃうなんて……」


「私の場合、お姉ちゃんも妹もいないからさっ……誰かの為じゃなくて自分の為に働いてるから……誰かの為に頑張れてる歩佳ちゃんって、物凄くかっこいいと思うよ」


「そんな……私は別に、大した事はしてないよ」


咎める所か歩佳のいい所を熱弁する聡美……歩佳は恥ずかしそうに頬を染めながら俯く……


「実は私もさ、トネリコの依頼が終わってお金を受け取った後……歩佳ちゃんの真似をして、お母さんのいる家にお金を送ろうとしたの」


「……そしたら?」


「いらないって言われた……聡美が自分で稼いだお金なんだから、自分だけで使いなさいって」


「私も誰かの為に頑張って、かっこつけたかったのに……あっごめん! 歩未ちゃんの場合はそうじゃないよね」


「ふふふっ……聡美ちゃんのお母さんはお母さんで、聡美ちゃんの事を心配してるのかもね……」


「ほんと一円もいらないって言われた……なんか悔しいんだよね〜」


基地暮らしをする事で独り立ちした気分になっていた聡美は、母親に対しての気持ちを言葉にしたが……今はそれよりも、久しぶりに見た歩佳の笑顔に嬉しさを感じていた。


「だから……私の場合は断られちゃったけど、歩佳ちゃんの場合は普通に甘えられるというか……なんて言うんだろう、優しさの出し方が上手いんだよ!」


「う、うん……ありがとう……でも今回は……その優しさを出し過ぎたせいで、歩未には怒られちゃった訳で……」


「そこが難しい問題だよね……でも、歩未ちゃんを全く信じてない訳では無いんでしょ?」


「うん、それは勿論……あの子、もう私と同じくらいに料理も家事も上手だし……」


「それでも……どうしても心配なの━━というより、心配しなくちゃいけないの……」


「……?」


「━━心配しなくなったら、しなくなったで……別の所で暮らしている事で、私が歩未達の事を嫌いになったと思われそうなのが嫌なの……」


「━━あー……」


大丈夫と言われているのに、歩佳が歩未達を心配し続ける本当の理由……俯いて前髪で目を隠しながら告白した、歩佳の言葉を聞いて聡美は理解をする。


「既にお母さんが家を出て行ってるのに……続けて私も家を出て行かれた事で、歩未達はかなり寂しい想いをしている筈なの」


「お母さんが出て行った時、私は寂しかった……だから、私と同じ想いをあの子達にして欲しくないの……」


「……」


「……お節介すぎるかな」


少し自分の気持ちを出し過ぎたと思い、ふと歩佳は聡美の方を見た。


聡美は特に引いている様子も無く……歩佳の話を真剣に聞き続けていた……。


「あの……単純な疑問なんだけどさ」


「……うん?」


「どうして歩佳ちゃんは……AGPRに入ろうと思ったの?」


「━━えっ」


「……話せない理由だったら、全然大丈夫だよ!」


「……」


聡美から質問をされて、暫く考え込んでいた歩佳……。


即答はしなかったが、その表情は別に嫌そうでは無く……やがて心の準備が出来たのか、歩佳はゆっくりと口を開いた……。


「━━私……実はスカウトをされて、AGPRに入ったの」


「……スカウト?」


「うん……私のお母さんの知り合いで、AGPRの本部で働いてる人がいて……」


「その時の〇五部隊は作られたばかりで人がいなくて……それでお母さんが、私を本部の人に紹介したらしいの……」


「なるほど……AGPRには、入りたくて入った訳じゃ無かったんだね」


「……全く入りたく無かった訳でも無かったの」


「?」


「私、本当にお料理が好きで、それぐらいしか得意な事が無くて……それを家とは違う場所で発揮出来たらどうなるんだろうって、興味を持つようになって……」


「でも勿論、歩未達の事を心配な気持ちも大きかった……それをお母さんに話したら、お母さんもなるべく家に帰るようにはするから心配しないでって言われたから……それでAGPRに入るって決めたの」


「……AGPRに入ろうと思った事は、歩未ちゃんには相談しなかったの?」


「相談したよ。お姉ちゃんがそうしたいんなら、別にいいんじゃないかって……私がそうする事に、興味が無い感じだった」


「それで私の中で……AGPRで私のやりたい事をやりつつ、歩未達の事も気にかければいいかってなったの……」


「でも結局入隊してからは、料理を全くしないコレクターになっちゃったけどね」


「……そうなって、歩佳ちゃんは嫌じゃなかったの?」


「うん、最初は食堂で働くつもりで、入隊する前にお母さんと一緒に隊長さんに会いに行ったんだけど……そこでコレクターになるよう、隊長さんから猛アタックされちゃって……」


「……何となく想像出来るね」


「ふふふっ……私も押しに弱いから、オーケーしちゃった」


歩佳の言う、理奈の猛アタックとやらを思い浮かべる聡美……匠な言葉の数々で責めていく理奈と、それに戸惑う歩佳の姿が容易に想像出来る……。


「私の得意じゃない事で、仕事をするようになってからは本当に大変だった……ピーストレーラーの操縦が、全然上達しなかったの……」


「そんな……基地から依頼人さんの家に向かう時も、トネリコを探していた時も……普通に操縦上手だったけどな」


「そうなれるまで、本当に沢山練習したからだよ……それで、オリーブっていう名前もつけるぐらいに、トレーラーの操縦が楽しいと思えるようになって来て……」


「それでも、歩未達を心配する私の気持ちは変わらない━━それが今の私だよ」


「……なるほど」


「━━ふぅ……」


ここまでの自身の過去を、聡美に伝えられた事に安心した様子で……歩佳は溜め息をつく。


「なんて言うか、中途半端だよね……本当なら、どっちかに集中するべきだと思うし……」


「そんな事無いよ。もし私にも歩夢ちゃん達みたいな妹がいたら……私だって心配しちゃうよ!」


「ありがとう……」


「うーん……歩佳ちゃんがここから通えるようにして貰うのが、一番手っ取り早いよね」


「うん……」


「━━興味が無いって何?」


「「!?」」


歩佳は今後どうするべきなのか、聡美も一緒になって考えていると……唐突に扉を開けた歩未に声をかけられて、二人はその方に振り返った。


「歩未……いつからいたの?」


「……お姉ちゃんがスカウトされたって所から」


「……そう」


歩佳は席から立ち、歩未と対面し合う……歩未の後ろには、続けて部屋に入ってきた紫苑がおり……扉を閉めた後、これから決着をつけようとしている歩未を見守っていた……。


「興味が無い事なんて無かったんだけど……勝手に決めないでくれない?」


「……じゃああの時の歩未は何て思ってたの? 言葉にしてくれないと、分からないよ」


「━━頑張れって思ってたよ!」


「!」


「AGPRって、今は知らない人がいないくらいに有名だから……それにお姉ちゃんが入るって知って、頑張れって思ったよ……」


「毎週のように届いてくる手紙を読んで、そこでお姉ちゃんが何をしているのかを知って……最初はあのロボットの操縦が全然出来なくて……もう辞めたいって思った時があっても、いっぱいいっぱい練習して……漸く仕事が出来るようになるくらいには上達したって知った時には、私も物凄く嬉しかったよ!」


「私達家族だけじゃなくて、この地下に住んでる人達皆が暮らせるように毎日頑張ってるなんて……本当にかっこいい、自慢のお姉ちゃんだよっ!!」


「歩未っ……」


自分の本当の気持ちを話していく度に、声のボルテージをあげていく歩未……歩佳は彼女の話を聞いて、自然と涙を零していた。


「ううっ……」


そして聡美は聡美で、歩佳の事を見守っており……温かく見守る筈だったのだが、顔をしわくちゃにさせて、目をうるうるとさせていたのであった……。


「もしかして私だけじゃなくて━━歩夢達も、お姉ちゃんがやってる事に興味が無いと思ってる……?」


「……えっ?」


「いい機会だから見せるよ……ほらっ━━」


「!━━」


それから歩未は……家に着いて、扉の向こうで紫苑と一緒に歩佳達の話を聞いてから……聞いた上で歩夢達が寝ている部屋から持ってきた、とある物を歩佳に見せた……。


それはクレヨンで書かれた絵であり……そこには歩佳がメインで描かれており、母親と歩未から歩葉までの四人姉妹と……ピーストレーラーも一緒に並んでおり、"かっこいいあゆかおねえちゃん、いつもありがとう"という言葉が書かれていた。


「それ、歩葉が幼稚園で描いた絵……興味が無いどころか、お姉ちゃんが思ってる以上に……私達、お姉ちゃんの事を誇りに思ってるからね!?」


「ううっ……ううう〜━━」


その事実を知った歩佳は一溜りも無く、その絵を大事そうに抱えながら、その場で崩れ落ちたのだった……。


「……」


再び泣き始めた歩佳に……聡美は歩佳のそばに寄って、何も言わずに彼女の背中に手を当てた。


そして今度の歩佳は、ただ泣くだけでは無く━━これからどうしていくのか、泣いている中で考え方を変えるのであった……。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


━━翌朝。


「さとみちゃん! またあそびにきてね!」


「ぜったいだよ!」


「ううっ、ぐすっ……勿論! 皆さえよければ、またお邪魔するよ〜」


大西家の妹達に見送られる中で……聡美と紫苑と歩佳は、AGPRの基地に戻ろうとしていた……。


「しおんおねえちゃん……」


「泣かないの、貴女にはお姉さんや妹達がいるんだから寂しくないでしょ」


「うん……」


「……また来るから」


聡美は泣きながら歩芽と歩葉と……紫苑は微笑みながら歩夢と、それぞれで別れの挨拶を交わしていく……。


「歩未、私決めたよ━━皆の事を心配するよりも……皆が喜んでくれるなら、お姉ちゃんにそうであって欲しいと望んでくれるなら……お姉ちゃん、もっともっとお仕事を頑張ろうと思う」


「うん……それでいいんじゃない。でも頑張りすぎて、今度は私達の方から心配されるなんて事は無いようにね」


「分かってる」


「あゆかおねえちゃん!あゆはがかいたえ、みてくれたの!?」


「うん、ありがとう……これ、お姉ちゃんが貰ってもいい?」


「いいよ!」


「ありがとう……大切にするね……」


「えへへ……」


一方で歩佳は歩未と話し……歩葉にはそう許可を取った後に、お礼も合わせて歩葉の頬にキスをしたのであった……。


この光景を見て、歩芽と歩夢が放っておく筈が無い。


「あーずるーい! あゆむにもちゅーしてー!」


「わたしにもー!」


「ふふふっ……そしたら、二人も絵を描いて私にプレゼントしてくれたらちゅーするよ」


「わかったー、かくー!」


「かくー!」


「ふふふっ……」


そうして約束を交わし合う、歩佳と妹達。


歩葉が描いた物だけで無く、歩夢と歩芽が描いた物も入れるように、額縁を三つ用意しておこう……そう思いながら、歩佳は基地のある方角に振り向いた。


「歩佳さん、そろそろ行かないと遅刻するわ」


「うん分かった。そしたらまたね、皆」


「ばいばーい!」


「ううっ、ばいばーい!」


そうして妹達に別れを告げて……三人はトレーラーに乗って、基地を目指すのであった……。


『ううっ、ぐすっ……』


『聡美さん……貴女まだ泣いていたの……?』


『ううっ、だって……歩佳ちゃんのお家、思ってたよりもずっと温かくて……ううん、でもごめん、私には私の居場所があるもんね……今日もお仕事頑張るよ!』


『……そうね、私もそう思う事にするわ』


「ふふっ……」


オリーブを操縦している、今の歩佳の表情には……心配とか不安とかを感じさせる要素は一切無く……安心して落ち着いている物になっていた。


モニターの端には、歩葉の絵が飾られており……そこに描かれている歩佳の表情は満面の笑顔であり……歩葉が思い描いているお姉ちゃんになれるように、歩佳は頑張ろうと思うのだった……。


「聡美ちゃん、紫苑ちゃん……皆で一緒に、頑張ろうね」


『うんうん! 私達は私達で家族みたいなものだもんね!』


『何それ、恥ずかしいんだけど……まぁ嫌では無いけど、そういう考え方……』


『そしたら……歩佳ちゃんが私のお姉ちゃんで、紫苑ちゃんは私の妹ね!』


『いや、それは無いでしょ……この中だと貴女が一番の末っ子よ』


『ええ〜っ……』


「ふふふっ……」

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