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第五話『調和、謙虚、乙女の真心 III』

「ご馳走様でした!」


「あいよ〜、午後からのお仕事、頑張っておいで」


「━━よし」


……午後十二時四十分。


昼休憩に入ってから四十分経った現在……昼飯を食べた事で、すっかりと心体を休ませる事が出来た聡美は、食堂にて食器を下げた後にとある人物の所に向かおうとしていた……。


「……そうか、聡美ちゃんにそんな事が」


「はい……レーザーソーに対して、かなりの恐怖を感じていました」


「でもあれが使いこなせるようにならないと、次の光線銃の行程に繋げられないからな〜……どうしよっかー」


「あ、あの━━米田副隊長!」


それは同じく昼飯を食べ終わり、理奈と共に司令室に向かおうとしていたゆあの事であった。


「古川か……どうした」


「あの、この後なんですけど……分解作業の教習の、続きをしても大丈夫ですか!」


「それは構わないが……大丈夫なのか」


「はい!もう充分休んだんで大丈夫です……心配かけてすみませんでした、もう一度乗らせてください!」


「……」


そう言って聡美はゆあに頭を下げる……。


聡美は真剣だが、どこか無理をしている様子もあると感じており……ゆあは難しい表情を浮かべていた。


「━━ゆあちゃん、聡美ちゃんをトレーラーに乗らせてあげよう」


「!……隊長」


そんなゆあに、理奈は彼女の背中を撫でて安心させながら、聡美の腕にも触れて声をかけた。


「聡美ちゃん、顔を上げて?」


「……は、はい」


「ふふっ、聡美ちゃんは別に悪い事はしてないんだから、頭を下げなくても大丈夫だよ」


「すみません……」


「でも気持ちは充分に伝わった。トレーラーに乗る事を許そう」


「! ありがとうございます!」


「でも辛くなったら、すぐ正直に言ってね?……人類が地上で生活出来る事よりも、聡美ちゃんの体調の方が何億万倍も大事なんだから」


「……はい!」


「そうしたら格納庫に行って、トレーラーに乗って待機してて貰えるかな? 休憩時間はまだまだ残ってるから、すぐに向かわずゆっくりした後でも大丈夫だからね」


「ありがとうございます! 失礼します!」


そうして元気よく理奈とゆあに敬礼した後、聡美はまっすぐ格納庫へと向かって行ったのであった……。


「……隊長」


「いやぁいいね。若い子の真っ直ぐな眼差しは、心配どころか応援したくなっちゃった……折角綺麗に咲きそうなのに、その前に芽を摘み取っちゃうのは、あまりにも可哀想だ」


「……隊長も全然お若いと思いますが」


「ふふっ、ありがとう」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「━━はぁ……はぁ……っ」


……やがて、格納庫まで走ってきた聡美。


聡美は自身のピーストレーラーの前で立ち止まり、中腰で息を上げながらその方を見上げた。


「……ふぅ」


そして中に乗り込んだ所で……聡美は漸く息を整えて落ち着くのであった。


「……えっと、何て呼ぼうかな」


『……』


聡美はトレーラーに早速声をかけてみようと試みる。


だが今や全ての機械に搭載されている、イブという一般呼称で話しかけるのは何だか寂しい……このトレーラーは自分の物なのだから、自分で考えた名前で呼びたい、


折角ならそうしたいと考える聡美であったが……いざ考えてみると中々思いつかない。


「━━イブ、起きてる?」


『はい、何でしょう聡美様』


名前は時間がある時に考えればいいか……そう思いながら、結局聡美はイブで呼ぶ事にした。


トレーラー自体は動いておらず、モニターは真っ暗なのだが……そう呼ぶと、ディフォルメされたイブのアイコンが表示されて、彼女は応答した。


「さっきはごめんね、急にトレーラーから降りちゃって……」


『問題ありません。 新人である聡美様にとって、今は当機の操作で壁に突き当たるのは当然の時期でございます』


「でも私……諦めたくない! そう思って欲しくて、副隊長には乗らせてくださいってお願いして来たけど……」


『……』


「━━やっぱり、まだちょっとだけ怖いよ……」


下を俯き……ゆあや理奈の前では見せなかった弱さを、正直な気持ちを、聡美はトレーラーの前で曝け出す。


『━━心身状態、解析開始……』


「……えっ?」


『現在の聡美様からは、確かに恐怖を感じている状態ですが……当機を上手く操縦したいと思われる強いモチベーションも感じられます』


「……そっ、そうだよ!」


『私達はそのような搭乗者の気持ちを叶えるべく、サポートをする為に搭載されています……当機を動かすのは聡美様だけではありません、どうぞ私をお頼りくださいませ』


「うん、ありがとう……?」


イブからそう告げられ、お礼を返して自身を取り戻したい聡美であったが……そうなりきれない疑問が、突如彼女の中で発生した。


「……そういえばさっきさ、その……文句って訳じゃないんだけどね?」


『どうぞご発言ください』


「午前中の教習の時……イブ、殆ど話さなかったよね……?」


『午前中の聡美様は歩佳様とお話されていた為、お二人の邪魔にならないように、私は発言を控えていました』


「あっそうだったんだ。ふふっ……」


イブも気を遣う事があるんだ……。


そう思った事で、聡美は思わず笑みをこぼした……少し緊張が取れたような気もした。


「……!」


『間もなく十三時となります。隊員、職員の皆様は所定の位置につき、仕事を再開してください』


やがて基地内でイブの声でそのような放送が流れ……スクリーンの向こう側で彰子や美夜子がそれぞれのマイトレーラーに搭乗しているのが見えた。


「もう始まるね……午後からもよろしくね!」


『はい、こちらこそ宜しくお願い致します』


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


……その後、午後からの教習が開始して、トレーラーに搭乗して地上に出てきた聡美。


「……よし」


そしてゆあトレーラーと共に……聡美は再び、午前中と同じ回収地点にやって来ていた。


「古川……本当に大丈夫か」


『はい! 大丈夫です!』


「……」


先程は歩佳も乗っていたが、今はいない……つまり、万が一聡美がトレーラーを暴走させてしまった時に誰も止められる者が搭乗していない為、ゆあの心配も高まる。


「━━ベルギア」


そんなゆあは聡美との無線を一旦切り、ある者の名前を呼んだ。


『━━はい、何でしょう、ゆあ様』


ニーレンベルギア……ゆあがつけた、自身が搭乗する副隊長専用ピーストレーラーの個体名である。


「もし古川のトレーラーが暴走した場合……ハッキングして強制停止して欲しい」


『承知致しました』


「……では始めよう、古川」


『はい!』


そして聡美との無線を再接続し、そのように指示を出した。


「え、えっと……」


『レーザーソーを起動するボタンはこちらになります』


「あぁ、ありがとう」


緊張する聡美に、イブはボタンを光らせる事で補助をする。


「━━」


『レーザーソー、起動します』


イブの音声通り、ボタンを押した事で忽ち起動したレーザーソー。


「っ……」


先程はレーザーソーの光を凝視していたからパニックになってしまった。


ならばそうしなければいいのだと思い、聡美はそれから目を逸らす。


「……うぅ」


……だが目を逸らしながら、資源を切断する事は出来ない。


ならば直視しなければいいのだと思い、今度の聡美は資源の方を集中して見るようにして、歯を資源に近付かせていく。


『いいぞ、古川……その調子だ』


『お上手です。聡美様、資源に対してレーザーソーを四十五度の角度で入刃する事で、スムーズに切断させる事が可能です』


「う、うん! 分かった!」


ゆあの応援と、イブの褒め言葉とモニターに図解を表示させるサポートにより……徐々に自信を込み上げさせる聡美。


「……!?」


━━刹那、歯が資源に当たり火花が飛び散った。


それに伴う切断轟音……聡美は驚いて、すかさず資源からレーザーソーを離してしまった。


「━━!」


そのままレーザーソーを直視して、硬直してしまう聡美。


……こうなってしまってはもう駄目だ。


「はぁ、はぁ……」


自信では無く、込み上げてくるのは恐怖の方……呼吸も息苦しくなってきた。


『聡美様』


『古川! 大丈夫か!』


こんなにレーザーソーを扱いこなせていないのに、これで誰かを傷付けてしまったらどうしよう……!


「はぁ……はぁ……!」


イブやゆあの声も、もう聡美の耳には届かない。


人は急に変わる事は出来ない━━どんなにやる気があっても、自身の心の中にある深い傷がある限り、それも無効化されてしまう……。


『はぁ……ううっ━━』


「……ベルギア、準備はいいか」


『はい、いつでも侵入出来ます』


それを思い知り、聡美は涙を流し……ゆあが聡美のトレーラーに向かって手をかざそうとしていると━━


『━━聡美様』


「━━!?」


グリップを握ったまま硬直している聡美の手に重なった……何者かの白い手。


一体誰の者なのか……ゆっくりと腕を辿って、その人物を確認する……


「……!!」


黄緑色の髪、金色の瞳……どこから現れたのかが一切不明な大人の女性が宙に浮きながら、聡美の手を握り続けて彼女を見つめていた。


「えっ……あなた、誰!?」


『失礼致しました、私はこのピーストレーラーに搭載されているイブでございます。 聡美様の緊急事態により、こうして参上致しました』


「えっ……イブ!?」


イブはそこにいて口を動かしているのに、声はトレーラー内で響いている。


ふとモニターを見ると、先程まで表示されていたイブのアイコンが無くなっていた……。


その事を聡美は確認し……中で宿っていた状態から本当に外に出てきたのかと、とりあえず信じる事にしたのだった。


『レーザーソーを起動しているにも関わらず、今の聡美様のバイタルは以前よりも安定しています……しかし、少し動揺しているようにも見受けられます』


「そ、それは急にあなたが現れて、驚いてるからだよ……」


『失礼致しました。ですがこのまま分解作業を続けるには充分な精神状態です……聡美様、如何でしょうか』


「! う、うん、やってみる!」


聡美に触れている事でそう診断したイブ。


レーザーソーを起動したままでも搭乗出来ている……外から見ても分かるぐらいに、今の聡美トレーラーは落ち着いていた。


「……」


……そして、聡美とイブの会話を聞いていたゆあ。


聡美が行動を起こそうとしているのを感じて……ハッキングするのは止めて、ゆあは聡美を見守る事にしたのであった。


「んぅっ……」


『頑張ってください、聡美様』


……再度刃を資源に近付かせていく聡美━━


「━━」


そして資源に刃が当たり、再度轟音と共に火花が発生する。


すぐにでも止めさせたい程の不快な音━━しかし聡美は操作を止めず、その切断する際の副作用に耐え続けていた。


「くっ……」


『大丈夫です、聡美様。私がお傍におります』


━━それはイブが、聡美の手に触れ続けているから。


それも相まって、誰かが傍にいるという安心感で満たされる聡美の心……不快な気持ちは安心感によって軽減される事で、いつまでも歯を当て続ける事が出来ていた……。


『さぁ、後はそのままレーザーソーを降ろすだけでございます』


「うん! えいっ━━」


そうしてそのまま、イブの言われた通りにグリップを前に倒した事で━━━資源は真っ二つになったのであった。


「━━やっ、やった! やったよイブ!」


『はい、おめでとうございます。 聡美様』


喜ぶ聡美に微笑みで返すイブ。


「……」


資源の初切断を見届けたゆあも、ベルギアの中でほっと胸を撫で下ろした……。


『この調子で更に細かくしていきましょう』


「うん!」


一度切るコツを掴んでしまえば、後は何も怖くない。


火花や轟音を怖く感じるのであれば、怖く感じる前に切断してしまえばいいのだと聡美は気がついた。


「はっ、やっ……」


そしてどれくらいの時間で、歯を当てていれば資源を切断する事が出来るのか……その感覚を掴みながら━━やがて資源はすっかりと細かくなった。


『続いては融解ですね。三態変化光線銃を起動します』


「うん!」


それから聡美は光線銃で難無く資源を溶かした後……バキュームクリーナーを起動して、無事に資源を回収する事が出来たのであった……。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……」


……それから数時間後、格納庫に戻ってきた聡美。


聡美は自身が回収した資源が入ったボトルを、ちゃぷちゃぷと揺らし……その量を確認していた。


「これ……本当に私が回収したんだ」


あんなにレーザーソーの事で悩んでいたのに……まるで夢のような感覚であった。


「……よくやったな、古川」


「あっ、米田副隊長」


ボトルを見つめ続けているそんな聡美の元に、ベルギアから降りたゆあがやって来た。


「実に手際のいい回収作業であった……あのレベルであれば、明日からは私達〇五部隊に本格的に参加をして、出撃をしてもいいだろう」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「しかし、どうして急にレーザーソーを扱えるようになった……イブに補助をして貰っていたような感じではあったが……」


「はい! トレーラーに搭載されているイブの本体……? が出てきて手伝ってくれたんです! 」


「イブが出てきただと? ━━イブにそのような機能は無い筈だが」


自身のトレーラーを見上げて撫でながら説明した聡美に、ゆあはそのように言い放つ。


「……えっ?」


あれからイブと共に資源を回収した後……彼女は役目を終えたかのように、トレーラーの中で姿を消した。


その後は再びモニターにイブのアイコンが表示された為、トレーラーの中に帰ったと解釈していた聡美だったのだが……ではあの時の黄緑髪金眼の女性は何者だったのか。


「……まぁいい。お前も疲れているのだろう、その資源は全て古川の物とする」


「えっいいんですか?」


「ああ、初めての分解作業の達成祝いという奴だ」


「ありがとうございます!」


「私は今日の事を隊長に報告してくる……教習期間はまだ設けてあるが、もう出撃するかは古川の自由だ。それは明朝のミーティングまでに決めてくれればいい……資源の両替機の場所は分かるか?」


「はい、大丈夫です!」


「そうか……では私は失礼する」


「ありがとうございました!」


でも資源の回収を手伝ってくれたし、悪い人じゃなさそうだったからいっかという事で……今はゆあの言う通りに疲弊しているので、あまり深く考えない事にしてその結論に至ったのであった……。


「……」


とりあえず両替しに行くか……そう思い、聡美はミーティングルームに向かう……。


「━━と、その前に」


トレーラーの方に振り返る聡美。


聡美は再度トレーラーを撫でると、言葉を続けた。


「今日はありがとう、あなたのおかげでこれからのお仕事を続けていけそうだよ……これからもよろしくね」


『━━はい、宜しくお願い致します。聡美様』


「うわっ! 起きてたの?」


『当機は聡美様の生体認証で登録されている為、聡美様の声で起動するようにプログラムされております』


「あぁ起こしちゃった感じか、ごめんね……とにかく、これからもよろしくね!」


『はい、お疲れ様でした』


そうして急に起動したトレーラーに驚きつつ、彼女に別れを告げて、聡美は今度こそミーティングルームに向かう……。


「あっ……」


「━━ん……」


そして両替機では、先に紫苑が利用しており……財布をポケットに入れた彼女と、聡美は目を合わせた。


「紫苑ちゃん、お疲れ様!」


「お疲れ様、聡美さん……資源、回収出来たのね」


「えへへっ、出来たよ~」


紫苑と再会出来た事で満面の笑みを浮かべて、ボトルに頬を当てた聡美……その笑顔は今日の彼女の満足度を表しており、その結果を察して紫苑は微笑んだ。


「あの、そしたら早速両替してもいいかな!」


「ええどうぞ、私も丁度終わった所だから」


「じゃあ失礼して……」


両替機の前に立ち、ボトルをセットした聡美。


ボトル内の資源はゴポゴポと中へと吸い込まれていき……やがて金額が表示されて、両替機から引き出されたのであった。


「わぁ、本当にお金が出てきた……あぁえっと、財布財布……!」


「初任給獲得、おめでとう」


「えへへっ、うん! ありがとう……」


そしてそれを財布に入れた所で、聡美の両替機でのやり取りを見ないようにしていた紫苑が声をかけてきたのであった……。


「初任給は何に使うの?」


「うーん、貯金かな……そもそも今日回収した資源は、米田副隊長が見つけて初回収のお祝いに頂いた物だから、自分の為に使いたくないんだよね」


「なるほどね……てかあなた、凄い指よ」


「……あっ、ほんとだ。いやぁ~資源を回収出来た嬉しさで気が紛れてたけど、そういえば痛いかも~……えへへっ……」


ふと紫苑に指摘されて、自身の紫色の指を見つめる聡美……だが痛くても、それでも今日の仕事を成し遂げられた気持ちの方が勝って、再び笑みをこぼすのであった。


「あなたと会ったら部屋に招待しようと思ってたけど……お風呂の方が先ね」


「!……あっ、でも全然我慢できるよ~」


「駄目よ。あなたの指の方が気になって招待どころじゃないわ」


「……そうだよね、ごめん」


だが回収作業で苦戦していたのもあり、紫苑の部屋に入れて貰える事も忘れていた聡美……それだけは覚えておかなきゃ駄目だろうと自分を叱りつつ、その失態を詫びる事も含めて紫苑に謝った。


「別に謝る必要は無いけど……そういう訳だから、一緒にお風呂行く?」


「一緒に?……うん!」


そんなしょぼんとしている聡美を見兼ねて、紫苑は彼女から目を逸らしながらそう誘った事で……聡美は笑顔を取り戻したのであった。


「そしたら着替えとか取りに行きたいから、私は一旦部屋に戻るけど……あなたもそうしたいでしょうから、お風呂の前で集合にしましょう」


「わかった!」


そうして別れて、それぞれの自室に向かった聡美と紫苑。


「……」


そして一方で……壁際からその二人のやり取りを羨ましそうに覗いていた存在があった。


「……はぁ〜」


二人の時間を邪魔しないように、資源が入ったボトルを持ちながら、聡美と紫苑と仲良くしたいと思っていた……大西歩佳であった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「━━あっ、紫苑ちゃ~ん!」


「ええ……早かったわね」


「紫苑ちゃんとのお風呂が楽しみすぎて走って来ちゃった!」


「元気ね、聡美さん……一応怪我人なんだから無理しないでって言おうと思ったけど、いらない心配だったかしら」


「えへへ、ありがとっ、この後すぐに治るし大丈夫だよ〜」


それから浴場前で待機していた聡美は、後からやってきた紫苑に手を振って迎え入れつつも、共に脱衣所の中に入った。


「あぁもう、今日は色んな汗かいちゃったから気持ち悪いよ……」


「まだトレーラーに乗り始めて二日目ならそうでしょう、お疲れ様」


「……紫苑ちゃんは、乗ってる時汗かかない?」


「かかないわ。そもそもかくのが好きじゃないから……作業はいつも冷静にやるようにしているわ」


「なるほどね~」


二人はそれぞれで服を脱ぎ、籠の中に入れていく……


「なるほどね~……」


「……」


そして露わになっていく、紫苑の裸……紫苑は聡美よりも背が高く、すらっとしていてスタイルがいい……その綺麗さも合わせて、長い髪を結っている紫苑の姿に聡美は思わず見蕩れてしまう……


「━━ちょっと、どこを見ているの?」


「!? あぁ、ごめんごめん! えっと……ポニーテールの紫苑ちゃん、可愛いね!」


「……苦しくない? その逸らし方」


「えぇっ、でも、本当の事だよ……?」


「━━てか、見られているのは私だけじゃなくて、あなたも同じだって気付いてた?」


「えっ……どういう事?」


「ねぇ、朝から誰なの? 私達の事見てるの。 裸まで覗き見るなんて趣味が悪いわ、出てきなさい」


「━━あうっ!?」


「!?」


ちゃんとタオルで身体を巻いた後━━突如、柱の方を向いて言葉を投げかけた紫苑。


すると返事と共に、柱からチラッとおさげ髪が見えて……そこに人がいた事に対して、聡美は驚いた。


「━━えっと、ごめんなさい~……!」


「えっ、大西さん!?」


「……」


そして柱の影から、持参していたお風呂セットで顔を隠しながら、歩佳が出てきたのであった……。


「全然気付かなった……いつからいたの?」


「少なくとも、私達が入ってくる前からはいたでしょう……私か聡美さんに何か用?」


「ち、違うの! 覗いてたつもりなんか無くて……!午前中の教習の後の古川さんが心配で、声をかけたかったけど……金井さんと一緒にいるから、二人の邪魔をしちゃだめだなって思って……」


「午前中の教習……? 聡美さん、その時に何かあったの?」


「……あ、午前中はトレーラーの操作が上手く出来なくて……その時に大西さんが相談に乗ってくれたの」


「……そういえば午前中は、聡美さんと大西さんのペアで組まれていたわね」


「でも大丈夫だったよ、大西さん! 大西さんの言う通りに、イブといっぱいお話しながら操縦してたら上手く出来たから! 」


「あっ本当? よかった~……」


「ごめんね、心配かけちゃって……ありがとう」


「ううん、こちらこそごめんね……変な話しかけ方しちゃって……」


微笑み合う聡美と歩佳。


「……」


だが紫苑だけはその場の温かい空気に流されず……納得のいっていない様子のしかめっ面で、歩佳を見つめていた。


「本当よ。用があるなら、私に構わず聡美さんに声をかければいいのに……それとも貴女、私の事が嫌いなの?」


「!? 嫌いじゃないよ! そういうのじゃなくて、二人の邪魔をしたくなくて見ていただけで……」


「そんな気遣い、いらないから━━べっ別に、私達の事なんか気にせずに……大西さんがそうしたいなら、私達の輪に入ってくればいいじゃない」


「……えっ?」


「えっ?」


不機嫌そうに言葉を述べていた紫苑……そんな紫苑の口調が、一瞬だけだが乱れた。


その瞬間をしっかりと耳にしていた歩佳と聡美は、続けて声を漏らした……。


「私達と纏めてしまったけれど……聡美さんならそう言うと思って、代弁しただけだから……ねぇ聡美さん」


「えっ、あぁうん! 全然大丈夫だよ大西さん……午前中にお話してる時に思ったんだけど……私、大西さんとも仲良くしたい!」


「金井さん……古川さん……」


目を逸らしながら頬を染めた紫苑。


聡美の方は紫苑を見て微笑みながら、歩佳にそう告白したのであった……。


「えへへっ……この事に関しては、紫苑ちゃんも思ってる感じかな?」


「別に……仲良くする事自体は構わないわ」


「二人とも、ありがとう……!」


仕事とは別に抱えていた悩み……それを晴らせて、込み上げてくる嬉しさに歩佳は声を震わせる……


歩佳の表情はとても嬉しそうで……聡美は勿論の事、そんな歩佳を見て紫苑も微笑むのであった。


「そしたら……"歩佳ちゃん"も一緒にお風呂入る?」


「えっ! あっうん……勿論入るよ……」


「いきなり名前で呼ばれてびっくりしたでしょう、私との時もそうだったのよ」


「そうだったんだ……」


「えへへっ……駄目だったかな」


「ううん……! 全然大丈夫だよ!」


「やっぱりあなた、距離の詰め方が犬そのものよ」


「えぇそうかな~」


「ふふふっ……あっ、てか今服着てるの私だけか……ごめんね、すぐに脱ぐねっ」


「急がなくて大丈夫だよ~」


そうして服を脱いでいく歩佳……


「んしょ……」


「……」


歩佳は紫苑よりも少し背が低く、聡美よりも少し背が高い……そしてスレンダーな紫苑とは違い、歩佳の方は肉付きのある体型で胸も大きく……抱き心地がよさそうだなと思いながら、聡美は歩佳を見つめていると……


「━━スケベ」


「えっ!何が何が、何の事?」


「……?」


そう言いながら紫苑は聡美を睨みつけて……聡美は首を傾げている歩佳から、慌てて目を逸らすのであった……。


「ごめんね、お待たせ~」


「よ、よし! じゃあお風呂入ろ! 一番風呂いただき!」


「はぁ……それは譲るけど、滑って転ばないようにね」


「分かってる~!」


そうして歩佳もタオルを巻いた事で、浴場に突撃する聡美……


聡美は紫苑からの注意を受け止めつつ、洗面器で湯を掬って身体を洗った後、湯船に足を入れた……。


「「「はぁっ……」」」


だが浸かる時は皆一緒に……三人はそうして、一日の疲れを声で漏らす事で排出したのであった……。


「あぁっ、やばっ、昨日より気持ぢいい……」


「ふふっ……昨日よりも教習も大変だっただろうし、尚更そう感じるかもね」


「今日の教習、そんなに大変だったの?」


中でも首元まで浸かり、天井を見つめて昇天しかける程に頑張った聡美……紫苑の質問に答えるべく、聡美は姿勢を正すと口を開いて答え始めた。


「うん、レーザーソーの使い方でちょっとね……でも何とかなったし、もう大丈夫だよ! 回収作業も完璧で、もう皆と一緒に出撃していいかもって、米田副隊長からも言われたから」


「まだ乗り始めて二日でしょ? 凄いわね……」


「私なんて一週間以上もかかったのに……」


「いやぁ、イブのサポートに助けられてるだけだよ~」


魂消ている紫苑と、しょぼんとしている歩佳……それに対して聡美は、自身の頭を撫でながらそう述べる事で謙虚さを表す。


「そういえば……さ、聡美ちゃんは……自分のトレーラーに名前をつけた?」


「ん? 名前?」


「そうだよ……ここの隊員の人達は、皆それぞれのトレーラーに自分で名前をつけてるの」


「……ああ! 歩佳ちゃんはオリーブだっけ」


「そうそう」


「因みに私はデイジーね」


「そっか~……確かにトレーラーの事をイブって呼ぶの、なんか違う感じがあったんだよな~……」


そうして聡美は腕を組みながら目を瞑り、トレーラーの名前を考え始めた……。


考えれば考える程に、聡美の身体が沈んでいき……やがてその浸水度は口元まで達した。


「あぁっ駄目だっ……全然いいのが思いつかないや……」


そして肩まで浸かっている状態まで身体を出した聡美……考えるのに難航していた様子は体現されて既に伝わっていた為に、紫苑と歩佳はふふっと微笑んだ。


「いきなり考えようとしても無理よ。ましてや仕事終わりで疲れているのに」


「うん……ポチとかタマしか思いつかなかった……」


「あははっ、定番だね……」


「とりあえず今すぐに決めなければいけない訳でも無いし、それはゆっくり考えたら?」


「うん、そうする……」


「ごめんね聡美ちゃん、疲れる事考えさせちゃって……」


「ううん、全然! 私も決めたいと思ってた所だし大丈夫だよ……うぅ、でもいっぱい考えてたら、何だかお腹すいてきちゃった」


「そしたら晩御飯を食べたら、私の部屋に行きましょう━━あゆっ、歩佳さんも……一緒に来る?」


「……えっ?」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……ここよ、私の部屋」


「おお~」


「……」


それから風呂から上がり、パジャマ姿で食堂にて晩御飯を食べた三人は……紫苑の案内で彼女の部屋の前まで来ていた。


「えへへっ……誰かのお部屋に初めてお邪魔するのってドキドキするね、歩佳ちゃん」


「う、うん……ねぇ、本当に私もお邪魔しちゃって大丈夫なの?……紫苑ちゃん」


「ええ……別に、見られて困るような物は何も無いし大丈夫よ……それじゃあ入りましょ」


「お邪魔しま~す」


「お邪魔します……」


そしてまだ歩佳から名前で言い呼ばれ慣れてない様子の紫苑は、頬を染めながら扉を開けて……聡美と紫苑を中に入れたのだった。


「おおっ……!」


「すごい……」


紫苑の部屋━━そこは聡美や歩佳の部屋と同じ、備え付けの家具が置いてある以外に……必要最低限の生活スペース以外は、壁にかけられたり、鉢や瓶に植えられて棚に置かれたりして、全て色々な植物や花で飾り尽くされていた。


「これ、私の趣味……室内菜園」


「すごいね……これ全部紫苑ちゃんが育てたの!?」


「うん……一応そう」


「本当にすごい……紫苑ちゃんのお部屋の前を通る度に、お花屋さんみたいないい匂いがすると思ってたけど……本当にお花屋さんみたいなお部屋だったんだね……」


「……逆にお花臭くないかしら」


「ううん、全然いい匂いだから大丈夫……!」


両手を弄って、自信が無さそうに俯く紫苑……それに対して聡美はただただ魂消ており、歩佳の方はそんな紫苑に部屋の香りを褒める事で、彼女に自信をつけさせていた。


「あっ、これ……オリーブ?」


「そうよ」


「オリーブって……歩佳ちゃんのトレーラーの名前だよね!」


「うん! いいよねオリーブ……オリーブって実のイメージが強いけど、こうして綺麗な花も咲くんだよ……!」


「歩佳さん、よく知っているわね」


「うん、自分のトレーラーにつけている名前だから……詳しくなりたくて、ちょっと勉強したの……」


オリーブの木から生えた、密集した小さく白い花を見て、歩佳はやや興奮気味に聡美と紫苑に説明をした……その事に気付き、歩佳は頬を染めてもじもじとしながら冷静さを取り戻したのであった……。


「そしたら、紫苑ちゃんのデイジーもあるの?」


「ええ、あるわよ。これがそう━━」


「「おお……」」


それから紫苑に手で差された方を、聡美と歩佳は見る。


デイジーがあったのは部屋の中心……腰まで高いテーブルの上には、それと同じ大きさの花壇があり……一面に紫色のデイジーが植えられていた。


「デイジーは一番目立つ所にあるんだね! やっぱりこの中で、一番のお気に入りはデイジーって事?」


「うん、デイジーには様々な色の物があるけれど……中でもこの紫色のデイジーが一番好き」


「紫色……紫苑ちゃんの名前に入ってるぐらいだもんね!」


「うん……」


頬を染めながら慣れてない感じで説明をする紫苑と、その様子を見て微笑みながら紫苑の話を聞く聡美。


「……!」


その二人の関係性が表れている光景を見て、和んで歩佳も微笑みつつも━━彼女はある事を思い出した。


「そういえば私達って……皆トレーラーにお花の名前をつけてるんだよ」


「えっ、そうなの?」


「うん、隊長さんと星出さんと油井さんは分からないけど……私はオリーブでしょ、紫苑ちゃんはデイジーでしょ……それで副隊長は、確かニーレンベルギアだった筈だよ」


「ニーレンベルギア……これか」


「おお可愛い」


「だから聡美ちゃんも、お花の名前をつけたらいいんじゃないかな……?」


「お花の名前か……うん、いいね」


紫苑と歩佳と一緒にベルギアの花を見た後……聡美は部屋全体に咲いている花を見た。


「でも私、あんまりお花に詳しくないんだよねぇ……桜とかヒマワリぐらいしか分かんないかも……」


「じゃあこの部屋の中にある物で、聡美さんが一番綺麗だと思った花の名前にすれば?」


「直感で決めるって事か……そしたら━━」


紫苑のアドバイスを受けて、二人に見守られながら……聡美は改めて部屋内の花を見渡す。


「……」


紫苑の徹底した管理によって、どの花も綺麗に咲き誇っていた……。


「━━」


その中で一つ━━聡美からの視点で、光が差しているように見えた花が視界に映ってきた……。


もうそれにしか目が離せず、聡美はその花の元に近付いていく……。


「━━この花、凄く綺麗……」


「それは━━コスモスね」


「コスモス! 聞いた事ある! 綺麗だし、覚えやすい名前だし……気に入った! これにする!」


「コスモスは確か……隊長さんも星出さんも油井さんもつけてなかった筈だよ」


「よかった~……えへへっコスモスか、いいなぁ~……」


こうしてトレーラーの名前を決めた聡美。


出撃中に、トレーラーにコスモスと呼びかけるのを想像して……ニヤニヤが止まらないのであった。


「そしたらそろそろ水をあげる時間なんだけど……二人とも、自分達の花にあげてみる?」


「えっ、いいの?」


「ええ、よかったらだけど……」


「うん! 私水をあげてみたい!」


「私もあげていいの……?」


「うん、勿論いいわよ」


「やった……!」


それから紫苑の提案によって、水をあげていく少女達。


歩佳は慣れてない様子でジョウロを持ちつつ、嬉しそうにオリーブに水をあげている一方……聡美はこれからよろしくねという気持ちを込めながら、ゆっくりと水をあげていくのであった……。


「……」


そして紫苑は最初はデイジーに……後の花達は、毎日やっている事もあって……花によって量を調節しながら、手際よく水を与えていく……


「━━よし、水あげたよ~」


「わ、私も……」


「ありがとう二人とも、私も丁度終わった所よ」


ジョウロを紫苑に返し……三人は改めて部屋の花々を眺める。


「てか凄いね紫苑ちゃん……花にも開花時期とかあると思うけど……バラバラじゃなくて、皆一斉に綺麗に咲いてるんだね」


「土とかを特殊な物にしたり、温度を調節したりしてずらしているの……地下にいるとそういう事が出来るからいいわよね」


「紫苑ちゃん、そんな事出来るんだ……魔法使いみたいだね!」


歩佳が気付いた事に、紫苑は日頃やっている事で言い返した……何だか偏差値の高い二人の会話についていけなさそうになった聡美は、そう例えた事で歩佳にはクスッと笑わせて、紫苑には苦笑いを浮かばせた。


「本当は季節に合わせて、のびのびと育ててあげたい……でも、それが出来るのは地上でだけ……」


「だから地上で暮らせるようになったら……本物の陽の光を浴びさせながら、本物の土に植えながら……地上で花を育てるのが、私の夢の一つよ」


「「おお……」」


いつになく真剣に夢を語り切った紫苑に……その熱意を感じて、聡美と歩佳は声をあげる。


「素敵な夢だね……そうなれる為にも、私も一緒に頑張るよ!」


「わ、私も……!」


「二人とも……ありがとう」


そして聡美と歩佳の意気込みによる返事を聞いて……紫苑は微笑むのであった。


「……」


だがそこで聡美が気になったのは、紫苑の夢の一つという言葉……夢は他にもあり、それは初出撃の時に本人が話してくれた地上での探し物も含まれているのかと、聡美は考えていた。


仕事で疲れているであろう紫苑に、それを聞くのは今では無い━━探し物とは、地上にしかない何かの植物の種だったりするのかなと思う事にして、聡美は別の話題を振ろうと口を開いた……。


「あぁ~、早く私もコスモスに乗って、二人とお仕事したいよ~」


「うん……そうなれたら、よろしくね」


「わ、分からない事があったら、無線で何でも聞いて大丈夫だからね……!」


「えへへっ……紫苑ちゃん、歩佳ちゃん、ありがとう」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「━━ふぅ……」


その後━━紫苑の部屋の前で、紫苑と歩佳と別れ……自室に戻ってきて、テディベアを抱き締めながらベッドに寝転がった聡美。


パジャマ姿であるかつ、制服をハンガーにかけて、歯も磨き終わった今……後は目を瞑って眠るだけである。


「……」


室内菜園……大変だけど楽しそうだなと、聡美は思う。


聡美には趣味が無かった━━自室の花達を楽しそうに話していた紫苑を、聡美は可愛かったとも羨ましいとも思っていた。


これから働き始めて、お金も貯める事が出来るようになるし……私も何か、新しく始めてみようかな。


「……服、いる?」


聡美はふと……テディベアを抱きあげて、彼女にそう話しかけた。


そのテディベアは首元に赤いリボンがついているだけで裸であった……折角なら服を作ってあげようか。


よし……新しく始める趣味はお裁縫にしよう。


「━━ふわぁ……」


そう心に決めて、今まで趣味が無かったという悩みから解放された事で……安心した事で、聡美の中で急に眠気がこみ上げてきた。


明日、紫苑ちゃんや歩佳ちゃんと一緒に出撃させて貰えるといいな……。


その時の事を、楽しく妄想しながら……聡美は微笑みながら、夢の世界に旅立っていったのだった━━

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