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第四話『調和、謙虚、乙女の真心 II』

……翌朝。


「……」


ゆっくりと無意識の世界から現実へと戻ってきて、仰向けの状態で目を開ける聡美。


そのままごろんと横に寝転がり、傍に置いてあった携帯で現時刻を確認する。


時刻は六時……朝礼が始まるまで、あとまだ三時間ある。


「むにゃむにゃ……」


まだまだ寝れるじゃん。


昨日、一昨日と早起きしたから体がそれに馴染んでしまったのだろう。


そう思いながら聡美は携帯を置いて、反対側の方に寝返りを打って再び目をつぶろうとする━━


「━━!」


ここまで、昨日と全く同じ展開━━これがその通りであるならば、次は理香が部屋に入ってくるはずだ。


そのままベッドに突撃してくる流れを恐れて……聡美は慌てて飛び起きて、扉の方に身構える。


「……ふぅ」


……だが数秒程待っても、理香が現れる事は無かった。


溜息をつき、理奈はベッドに寝転がって改めて二度寝を試みる。


「……うぅ」


……勢いよく飛び起きたせいで、すっかり目が覚めてしまった。


眠気が一切無いのであれば、これ以上ベッドで粘っていても仕方が無い。


「……」


そうして聡美はベッドから離れて、顔を洗って隊服に着替えて、この部屋から出る為の支度を整えていく……。


「……やっぱりちょっとぶかぶかだよね」


ネクタイを結んで、改めて自分の姿を見る。


━━聡美にとって、AGPRに入隊してから今日で三日目の活動が始まろうとしていた。


「……」


部屋から出る聡美。


「……おっ」


「あら……」


それと同じタイミングで、隣の部屋からは紫苑が出てきたのであった。


「おはよう紫苑ちゃん!」


「おはよう、聡美さん」


挨拶を交わす二人……彼女達はそのまま並んで、食堂の方に向かい始めた。


「紫苑ちゃん、これから朝ご飯?」


「ええ、そうよ……貴女もそうなら、一緒に食べる?」


「うん、そうしたいと思って私も聞いた! えへへ……」


「……ふふっ」


一昨日の地上のいる時とは違い……彼女達の会話の中には笑顔があった。


紫苑は、聡美のように満面な物を浮かべている訳では無いが……それでも普通に微笑んだりと、徐々に心を許し始めてくれているのを聡美は感じた。


「それにしても聡美さん、随分と早起きなのね」


「そうなんだよね〜、ほんとはもっと寝ててもいいんだけどさ……ふと目が覚めちゃって、早起きに体が慣れちゃった」


「二度寝は体に悪いし、起きた時は大抵疲れているからしない方がいいわ」


「だよね……てか紫苑ちゃんも早起きじゃない?」


「私の朝は、部屋で色々とやらなきゃいけない事があるから……その分早起きしないといけないの」


「へぇ……何してるのか聞いてもいい感じかな?」


「見せた方が早いかも……そしたら、仕事が終わったら私の部屋まで来て。そこで説明するから」


「やった! ありがとう」


そうして仕事終わりに、紫苑に部屋に入れてもらう約束を取り付けた聡美。


それだけで、この後行う研修のモチベーションも大幅に上がるというものだ。


それを体現するように、聡美は手を合わせて喜んだ。


そんな聡美を見て……紫苑は再び微笑むのであった。


「……」


そして一方で……紫苑の隣の部屋から出てきて、微笑み合う二人を羨ましそうに見ている存在があった。


「……はぁ〜」


それは新人である聡美は勿論の事、紫苑とも仲良くしたいと思っている……大西歩佳であった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「おはようございまーす! ……ってあれ、誰もいないや」


「部屋には三十分前には着くようにしているんだけど、この時間帯はいつも誰もいないわ……つまり今日も一番乗りってわけ」


「へぇ〜、そんな早くから来るなんて紫苑ちゃん偉いね」


「部屋に来る以外でやる事が無いだけよ」


その後……朝食を食べ終わった後、ミーティングルームにやって来た聡美と紫苑。


聡美は扉を開けて元気よく挨拶するも……ミーティングルームは暗く誰もいなかったので、ちょっぴり恥ずかしくなってきて頬を染めた。


「今日の聡美さんは何をするの?」


「うーん……多分今度は地上で、トレーラーの教習をすると思う!」


「そう、頑張ってね」


紫苑はいつもの様に扉から一番遠い列の一番後ろの場所にある席に座る……聡美は勿論、紫苑の隣の席に座った。


「早く完璧に操縦出来るようになりたいよ〜……そしたら一緒に仕事していい?」


「ええ勿論、隊長や副隊長の指示次第にもよると思うけど……操縦の方は殆ど出来てるんじゃないの?」


「ううん、一昨日紫苑ちゃんに見せて貰った……れーざーそー? とか光線銃とかクリーナーはまだ使ってないよ」


「それさえ使いこなせれば、どんな資源でも回収出来るようになるわ……立派なコレクターになれるように頑張ってね」


「これくたー……? 何それ?」


「トレーラーに乗って資源を回収している私達の役職名よ。回収は英語でcollectと言うでしょう?」


「なるほどね……頑張るよ!」


「……」


聡美が隣に座っても、紫苑は嫌がる事無く会話を続ける。


朝からこんなに誰かと会話をしたのは初めてなような気がする……


聡美の元気な所を見ているのも楽しい……誰かと過ごす朝も悪くないと思う、紫苑なのであった。


「……」


━━そんな二人の会話を、部屋に入る直前で外から聞いていた歩佳。


実に楽しそうな二人……私が入る事で、二人の時間を邪魔したりしないだろうか。


彰子や美夜子が来てから、部屋に来れるように出直すか……いやいや私も先輩になるのだし、人見知りもいい加減に卒業しなきゃと思いつつ、歩佳は恐る恐る扉を開けた。


「━━おはよう〜……」


「あっ、おはよう大西さん!」


「おはよう」


よし、二人に自分から挨拶をする事で、向こうからもいい感じに返してきてくれた。


その手応えを感じて、歩佳は密かに拳を握り締めて、一番前の席に座った。


「そういえば私達の隊って全員で八人だよね」


「そうね」


「……こんなに机いらなくない? 」


「それもそうだけど、私は広くて好きだわ。どこに座るかも自由に選べるし」


「そっか〜」


学校のクラス一つ分の席数があるミーティングルームを見て、そのように話し合う聡美と紫苑。


「━━元々ここは……私達だけで使う会議室じゃなくて、ここで働いてる人達皆で使う為の物なんだよ……」


「えっ、そうだったの?」


「うん、そういった会議は大変な事が起きない限り中々しないけど……この先何が起きるか分からないから、この部屋を使い続けてるみたい……」


「なるほどね〜」


「……」


二人の会話を耳と背中で聞いていた歩佳……会話が終わったタイミングで、歩佳はそのように発言した。


しっかりと頷いてリアクションを取ってくれる聡美……一方で紫苑の方は、リアクションは取らないが歩佳の方をじっと見つめて、真剣に彼女の話を聞いていた。


「……ううっ」


紫苑は本当に真剣だったのだが、それが歩佳に伝わる事は無く……その何を考えているか分からない眼差しが苦手で、歩佳はそれから逃げるように正面に向き返した。


「でも大変な事って何だろうね〜……そういうのって、今まで起きた事ある?」


「今の所は無いわ、この隊が出来てからは一度も━━そうよね、大西さん」


「!? う、うん……一度も無い、よ……?」


まさか紫苑からこちらに話を振ってくるとは思っていなかった歩佳。


不意打ちを喰らい、慌てて発言した為に……歩佳は曖昧な感じで答えてしまった。


「そうなんだ〜……満員にならないのはいい事なんだろうけど、これだけ席が余っちゃってるのも勿体無いね」


「まぁ寂しい感じはあるわよね」


「だよね━━大西さん! よかったらこっちにおいでよ!」


「えっ━━ええっ!?」


聡美と紫苑が話している間、歩佳はどうやって二人と仲良くなろうか考えていたのだが……その機会を聡美から与えて貰う事になるとは思っておらず、再び声をあげる歩佳。


「えっと……いいのかな……」


「うん! これだけ離れながらだとお話もしづらいと思うし」


「席が余っているからこそ、どこに座るかも大西さんの自由よ」


「そっか……じゃ、じゃあ……お邪魔します……」


聡美は勿論の事、紫苑も歩佳が輪に入ってくるのを受け入れるような態度で接している。


そうして歩佳は……安心して聡美の隣の席に座ったのであった。


「大丈夫? これだけ後ろだと、前が見づらかったりしないかしら」


「ううん、全然大丈夫だよ……!」


「えへへっ、後ろの席って何か落ち着くよね」


「そうだね……それは、あるかも」


「そう、だからここの席が好きなの私」


「ふふっ、いつも座ってるもんね、金井さん……」


聡美と共に部屋の後ろで漂っている雰囲気を感じたり、聡美の言葉に対して口角をあげた紫苑を見て……歩佳も徐々に笑うようになってきた。


「好きな場所が決まってるって……紫苑ちゃん、何だか猫みたいだねっ」


「あら、落ち着くって思っているなら、貴女達も同じだと思うけれど……聡美さんの場合、猫というよりは犬に近い気がするわ」


「ふふふっ……分かるかも」


「え〜そうかなー」


そして紫苑を見ていたのは、聡美も同じだった……その間に歩佳は紫苑に便乗しつつ、そうなれた機会を与えてくれた聡美を見つめて、心の中でお礼を言うのであった……。


「おはよ〜━━えっ?」


「あっ、おはよう油井さん!」


「おはよう……」


「……」


続いて入ってきたのは美夜子、いつもとは違う会議室の光景……紫苑と聡美と歩佳が並んでいるそれを見て、困惑の声を漏らす。


そして挨拶を返した聡美と歩佳……しかし紫苑だけは挨拶せずに、美夜子から目を逸らした。


「……」


それは美夜子も気がついていたが、特に紫苑に指摘する事なく……躊躇する事もなく、自然な流れで歩佳の隣に座ったのであった……。


「えっ、ゆ、油井さん?」


その突然の距離感の詰め方に、歩佳は美夜子の方を見て戸惑っている。


「他の席でもよかったけど、空気が読めない感じに思われなくなかったから座らせて貰ったわ……ご迷惑だったかしら?」


「う、ううん! 全然大丈夫だよ……!」


「いらっしゃい油井さん! もしあれだったら誘おうって思ってたぐらいだったから、寧ろ大歓迎だよ!」


「そう……ありがとう」


慌てて返事をする歩佳と、友好的な姿勢を見せる聡美……それに対して美夜子は、自身を受け入れてくれた嬉しさと、少し大胆に行動しすぎたかと恥ずかしさが相まって、ぽっと頬を染めた。


「━━ふぅ、今日は余裕で間に合ったぜ……って、何じゃこりゃ!?」


「うわっ、どうしたの皆!」


……続けて、彰子と理香も部屋に入ってきて、現状の部屋の光景を見て驚いた。


「さぁ? 私がここに来てから、こんな感じの席順だったのよ」


「おはよう! 星出さん、理香ちゃん!」


「おはよ〜! えへへっ、理香も隣に座っていい?」


「どうぞ」


「お邪魔しまーす! ほら彰子も隣座って!」


「ふっ、こういうのも偶には悪くねぇな。 んじゃまぁ失礼して……」


入室早々に驚く彰子と理香を見て、苦笑いを浮かべた歩佳。


美夜子の時から、部屋に入ってきて困惑する隊員達に挨拶をする事で、彼女達を安心させていた聡美。


机に頬杖をついて不機嫌そうにしていたが、嬉しそうに隣に座った理香を見て微笑んだ美夜子。


席の端に座って、奥までズラっと並んでいる隊員達の光景を見て、ニヤッと笑って満更でも無い反応を見せる彰子。


「……」


……そして、部屋に隊員達が増えていくごとに、影を潜めて存在感を無くしていく紫苑。


こうして隊員達が揃い……残りの役職者達を迎え入れる準備が整った。


「うぃ〜、おはよ〜……ってどうしちゃったの皆!?」


「……」


そうして部屋に入ってきた最後の隊員二人……理奈は、会議室の最後列で隊員達が横一列に並んでいる光景を見て、当然のように驚くリアクションを見せた。


「「「おはようございます!!」」」


そんな二人に、隊員達は起立していつものように挨拶を返す。


「おう、おはよう……んふっ、隊長として皆が仲良くしてくれるのは嬉しいけど、君達ちょっと遠いな……そのまま前の方まで来れるかな?」


「「「はい!」」」


それから満面の笑みを浮かべている理奈の指示に従い、最前列へと移動して着席する隊員達……。


「さて、昨日の資源収集率は……うん、いい感じだね。これからもこの調子で行こう」


「聡美ちゃんが本格的に活動するようになったら、この数値からますます増えるようになるのが楽しみだ……そんな聡美ちゃんの今日は地上での教習だね」


「早く活動に参加していっぱい資源集めなきゃとか焦らなくていいから、聡美ちゃんは聡美ちゃんのペースでトレーラーに慣れていこうね」


「は、はい! ありがとうございます!」


理奈からのお慈悲に、聡美は立ち上がって深くお辞儀した。


今の元気のいい聡美なら、トレーラーの操作に躓く事は無いだろう……そのように理奈は思いながら、聡美に期待と優しさを含んだ眼差しを向けたのであった。


「……」


……そしてそれだけは紫苑も同じであった。


「それ以外で地上を探索してて、何か気になる事があった人はいるかなー?」


「━━は……はい!」


「おっ? はい、歩佳ちゃん」


それから話題は変わり……いつものように隊員達が発言する機会を与える理奈。


このような皆が集まる場面で、歩佳が何かを言う機会は滅多に無い。


「うう……」


実際、その状況になるのは歩佳本人も好いて無く……それでも進んで発言しようとしているのは何事かと、隊員達から注目が集まる中、歩佳は重い口を開く。


「あ、あの……資源を集めようと現地に向かおうとしてた時の事だったんですけど……」


「うんうん」


「ちゃんとレーダーで位置を確認しながら移動してたんですけど……現地に着いた時、レーダーには映っていたのに……そこに資源は無かったんです」


「……ん?」


「そしたらレーダーの座標からずれている位置に、レーダーと同じ配置で資源があって……それは回収出来たんですけど……よ、要するに何が言いたいのかって言うと……」


「━━まるでレーダーで特定された位置から逃げるように、資源が移動していたんです……」


「ちょっと、怖い事言わないでよ!」


「ごめんなさい……! でも、本当の事だったから……」


「レーダーの調子が悪かっただけじゃねぇの?」


「えぇ!? 理香のトレーラーはどこも悪くないよ!」


「いやトレーラーが悪いとは言ってねぇよ」


歩佳が話を進めていく度に顔を青ざめさせていた美夜子。


頬杖をつきながら歩佳の話を聞きつつも、話に入ってきた理香の頭を撫でて宥める彰子……。


「ふむ、風で飛ばされたという訳では無いだろうしねぇ……ずれてたらずれてたで移動すればいいだけだし、私達の仕事に大した影響が無さそうなら、このまま様子を見てくれないかな?」


「わかりました……」


「では他の皆も、レーダーの位置と資源の位置を合わせてよく確認するように。 それでやっぱりずれてるって報告が何件か挙がったら、皆で対策を考えよう」


「「「了解!!」」」


そして理奈は、腕を組んで暫く考える様子を見せた後……出撃まで時間が無いのでそのように結論を出すと、隊員達を纏め上げた。


「理香、本当に歩佳ちゃんのトレーラーに異常が無いか、改めて調べてみてくれ」


「ぶーっ、分かったよ……」


「歩佳ちゃんはその間、聡美ちゃんのトレーラーに乗っていてくれないかな? 操縦で聡美ちゃんに分からない事があったら、先輩として教えてあげて」


「分かりました!」


「よろしくね、大西さん」


「う、うん!」


「それじゃあ今日も元気に行ってみよー」


「「「はい!!!」」」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


『━━ではそれぞれの場所で資源の回収を始めろ』


『『『了解!!』』』


その後地上にやってきた隊員達。


彰子と美夜子と紫苑は、ゆあの指示によって指定された回収地点へと向かって行った。


「……」


紫苑がどんどん遠ざかってしまう……。


聡美はそんな事を思いながら、どうせ後で再会出来るのだし、今は歩佳と一緒にいるのだからトレーラーの教習に集中しようとグリップを握り締めた。


「大西さん大丈夫? 中は狭くない?」


「うん、大丈夫だよ。ごめんね乗せて貰っちゃって……」


「それこそ大丈夫だよ。操縦は昨日から始めたばかりで、見られるの緊張するけど……間違った風に動かしちゃったら、ビシバシ叱ってくれて大丈夫だからね!」


「そ、そんな事出来ないよ……お手柔らかにいくね」


「ふふっ、ありがとう」


『古川、聴こえているか』


自身でそう主張しつつも……同じく寧ろそれ以上に、他所のトレーラーで緊張していそうな震え声の歩佳のそれを解そうと、会話を繰り広げる聡美……その時、ゆあから無線が入る。


「はい! 聴こえてます!」


『うむ、ではこれより二日目の教習を行う。 よろしく頼む』


「よろしくお願いします!」


そう聡美と挨拶を交わした、今回のゆあもトレーラーに乗って地上に出てきていた。


今頃はぶーぶー言いながら歩佳のトレーラーをメンテナンスしているであろう、理香がデザインを施した副隊長専用機……かっこいいという話を歩佳としようと思ったが、ゆあ本人にも無線が通じている現状の為、それはやめておいた。


『まず私達が実施する回収地点まで移動する。着いてこい』


「はい!」


そうしてトレーラーを移動させる為に、レバーを操作し始める聡美。


歩佳も同乗している手前、丁寧に丁寧に操作していく……。


「古川さん、操縦上手いね……移動している時の振動が全然無いよ」


「えへへっ、そうかな。 ありがとう」


「普通の人の乗り始めは、上手く歩けなくて振動も大きくなっちゃうものなんだけど……一日でこれだけ揺れ無しで歩けるようになるなんて、本当に凄い事だよ」


「あ、ありがとう……ふふっ、大西さんの言う通り、私トレーラーの操作得意なのかも」


「その調子で今日も頑張ろうね」


「うん!」


『着いたぞ』


やがて回収地点にやって来たゆあと聡美。


廃れたビルに囲まれた広場には、建造物に対して割かし綺麗な状態で放置されていた兵器しげんがゴロゴロと転がっていた。


『まず私が手本を行う、見ていろ』


「はい!」


そうしてレーザーソーを起動し戦車をバラバラにした後、光線銃で液体に変化させた後、クリーナーで資源を回収したゆあ。


……ここまで一分とかかっていない。


「「は、早い……」」


乱暴にやっていた訳では無いのに、手際よく終わらせたあまりの早さに、聡美と歩佳は合わせて声を漏らしてしまう程のレベルであった。


因みに聡美が一昨日に乗せて貰った時に見ていた、紫苑が行っていた分解作業の平均時間は大体五分程である。


『ここまで早くやれとは言わん。 最初はゆっくりでもいい……ただ確実に分解し、確実に溶かし、一滴も残さず確実に回収する事を意識しろ』


「はい!」


『それでは始めろ』


「えーっと……」


「ここのボタンだよ」


「あぁ、ありがとう」


それから付近にあった戦車の前に立ち、聡美は歩佳に教えて貰いながらもレーザーソーのボタンを押した。


『レーザーソー、起動します』


「おおっ……」


右腕が変形し、刃先にレーザーが纏う音に驚く聡美。


紫苑の操作を見物していた時と、自身が実際に動かそうとしている今とで……どんな物質でも切り裂くそれに対して、その脅威を感じる度合いが違ってくる。


「━━はぁっ……はぁっ……」


━━使い方を誤り、それでトレーラーがダメージを負ってしまうかもしれない。


ふと込み上げてくる過去の記憶に翻弄されて、右腕で輝く赤い光から目が離せない……!


『どうした古川、動きが止まっているぞ』


「古川さん……大丈夫?」


「何だか……怖くて━━」


『そうか……まずは落ち着け。 レーザーソーはしまえるか?』


「イブ、レーザーソーをオフにして!」


『承認。レーザーソー、格納します』


そして急に震えが止まらなくなる聡美。


ゆあは怒る事無く聡美にそのような指示を出すと、聡美の代わりに歩佳がレーザーソーをオフにさせた。


「はぁ……はぁ……ごめんなさい……」


「!? 副隊長! 古川さんの顔が真っ青です……!」


『では休憩とする。 大西、古川と操作を代われるか』


「はい、大丈夫です……古川さん、代わっても平気……?」


「ごめんなさい……」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……うぅ」


「古川さん……」


それから格納庫に戻ってきた聡美と歩佳。


聡美はトレーラーから降りて、壁際に座りながら項垂れており……歩佳はその隣でしゃがみ込み、聡美に心配の眼差しを送っていた。


「操縦はかなり上手かったから、その調子で資源の加工も出来るだろうと勝手に決めつけていた私の責任だ……古川、すまなかった」


「いえ、私も上手く出来ると思ってたんですけど……こちらこそすみませんでした」


聡美の前に立ち、頭を下げたゆあ……。


いつもであれば、謝らないでくださいと焦りながら言い返す所であったが……今の聡美に、そのような元気は残されていなかった……。


「そうか……資源の加工以外にも、教習のメニューは色々と用意してある……もしあれなら、そちらの方から先にこなしていこう」


「……すみません」


「私は一旦失礼する……大西、古川さえよければ、一緒にいてくれ」


「分かりました……」


そうして格納庫から立ち去ったゆあ。


「ふわぁ〜っ……」


ゆあがいた手間、しっかりしなきゃと気を引き締めていたが……その必要も無くなった今、聡美は人形のように全身の力を抜かせると共に、壁に寄りかかった。


「古川さん……大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ……ふぅ、だんだん落ち着いてきた……」


「本当? よかった……」


「ごめんね、心配かけて……あと中止にさせたのもごめん……折角一緒に乗ってくれたのに」


「ううん、私の方こそごめん……寧ろ私が一緒に乗ってたから、緊張させちゃったんだよね……」


「いや全然! 普通に楽しかったし、大西さんは関係ないよ……ただ、あの時は━━」


「……?」


……今までは忘れていたのに、レーザーソーを見た事で思い出した聡美の記憶。


昨日から順調であった筈の、聡美の教習を妨害したその内容は━━


「……私ね、小さい頃はヒーローごっこが好きだったの」


「……うん、何となく想像出来るかも」


少しでも楽になろうと、聡美は歩佳に昔話を始める。


歩佳は勝手に、半袖短パンで鼻に絆創膏を貼りながら木の棒を振り回している、幼少期の聡美を思い描いていた。


「それで剣とか銃とか、ヒーローが使う武器も大好きで……それらのおもちゃも、お母さんにいっぱい買って貰ってた」


「そんな時、家の台所に……それもお母さんが買ってきた、京極刀デザインの新品の包丁が置いてあったの……」


「凄いかっこよかった……しかもおもちゃとは違う本物の刃だから、持ってみたら凄い強くなれた気がして……お母さんがいない間に、振り回して遊んでたの……」


「それで……手が滑って━━」


「……そうだったんだ」


「あはは、ただの危ないヤバい奴だよね……でも子供の時の話だから! 勿論今は違うからね?」


「大丈夫、分かってるよ」


歩佳の反応を確かめず、つい事細かく説明しすぎてしまった。


慌てて自虐を挟むも……歩佳は優しい表情で話を聞き続けてくれており、全然引いたりしていなかった事を聡美は知る。


「そう、今は違うの……私、今は寧ろ武器が苦手になっちゃって……」


「ヒーローが使う物であっても、相手がどんなに悪い奴でも、傷付けてる事に変わりは無い……包丁で怪我した時は自業自得で済んだけど、これでもし他に人がいてその人を怪我させちゃってたらと思うと━━もう怖くて怖くて……」


「使い方を間違ってただけで、そもそも包丁は武器じゃないのにね……変だよね」


自身が味わった時でさえ、凄い痛くて怖かったのに……これを他人に与えた場合、その者をどれだけ傷付けてしまう事になるのかを恐れている聡美。


……それが長い間、苦手認定した武器と関わらず生きてきた聡美の中で眠っていた、幼き頃の記憶トラウマであった。


「ううん……武器っていうよりは、刃物が苦手みたいな感じ……?」


「そうそう、だから包丁だけじゃなくてハサミとかも苦手で……今まで使った事が無かった」


「はぁ……トレーラーの操作は得意だったけど、思いもよらない所でつまづいちゃった……これからどうしよう」


「……」


遠くを見つめて、途方に暮れる聡美。


そんな聡美に、歩佳はそっと声をかける……。


「私もね……古川さんみたいな時があったんだよ」


「……えっ? 大西さんもヒーローごっこが好きだったの?」


「!? 違う違う! 嫌いじゃないけど……ここに入りたての頃、私の方はトレーラーの操作が全然出来なくて……」


「皆はどんどん上手くなっていくのに、私だけがそうなれなくて……もう二度と乗りたくないって思っちゃうぐらいに、私もかなり落ち込んだ時があったの……」


「そんな事が……」


並んで体育座りになる二人……今度は歩佳が、下を俯きながら昔話を始めた。


聡美とは違い……歩佳にとってのそれは最近の出来事である。


「じゃあその後、私はどうしたのかって言うと━━トレーラーを、信じる事にしたの」


「トレーラーを……信じる……」


「ほら、トレーラーってイブが搭載されてるからお話出来るでしょ?……だから乗ってる時に、操作が上手く出来ないとかの悩み事を全部お話ししたの……」


「そしたらすっきりして、緊張も取れて……少しずつだけど、操作が出来るようになっていったの……そんな私にとって、トレーラーも今ではオリーブっていう名前をつけるぐらいに、大事なお友達だよ」


「……」


「だから古川さんも、誰かを頼ればいいと思う……というか私にお話してくれてる時点でそうしてるのか……ありがとう」


「えへへっ、そうだね……でもトレーラーとお話か、それは考えた事無かったかも」


「結構愛着も湧くよ」


教習中はこれから隊の一員として、上手くトレーラーを操作出来るようにしなければいけない使命感を思い続けていた為、トレーラーと話している余裕など無かった。


トレーラーを信じる……元々誰かと会話するのは聡美の好きな事なので、休憩が終わったら早速試してみようと思うのだった……。


「━━あっ、歩佳ちゃん! ここにいたんだ!」


「あっ……理香ちゃん、お疲れ様」


「トレーラーのメンテ終わったよ! やっぱりね〜どこも異常無かった!」


「そっか……ごめん、ありがとう! これで午後からは乗れそうかな……古川さん、一人になっちゃうけど大丈夫そう……?」


「━━うん、大丈夫……やってみるよ」

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