第三話『調和、謙虚、乙女の真心』
……翌朝。
「……」
ゆっくりと無意識の世界から現実へと戻ってきて、仰向けの状態で目を開ける聡美。
そのままごろんと横に寝転がり、傍に置いてあった携帯で現時刻を確認する。
時刻は五時半……朝礼が始まるまで、あとまだ三時間半ある。
「むにゃむにゃ……」
まだまだ寝れるじゃん。
昨日早起きしたから体がそれに馴染んでしまったのだろう。
そう思いながら聡美は携帯を置いて、反対側の方に寝返りを打って再び目をつぶろうとすると━━
「━━おはよ〜!」
……勢いのある声と共に勢いよく扉が開いて、理香が中に入ってきたのだった。
「聡美ちゃん! 起きて! もう朝だよ!」
「んぅ……!? 理香ちゃん……?」
自身が入ってきても体を起こさなかった聡美に、理香はベッドで出来ている膨らみの上に乗って聡美を起こそうとした。
「あっ、ベッドあったかい……このまま寝ちゃいそう……じゃなくて、ねぇねぇ聡美ちゃん!」
「理香ちゃん、どうしたの……?」
「聡美ちゃんのピーストレーラー! 出来たよ!」
「!!」
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「早く早く!」
「ちょ、待って……理香ちゃん」
その後、結局二度寝をせずに起きる事にした聡美は、理香に手を引かれて格納庫の方に向かおうとしていた。
「はぁ……はぁ……」
「早く早く!」
聡美が中腰で息を上げているのとは別に……エレベーターに乗っている間、到着するまで待っていられない事を体現するように、その場で足踏みをする理香。
「こっちだよ!」
「うん!」
やがて格納庫に到着して、ピーストレーラーがある場所まで走り出す二人。
「これだよ! 聡美ちゃんのピーストレーラー!」
「━━わぁ……」
……昨日、格納庫には四体のトレーラーが格納されていた。
その中で、昨日は無かったトレーラーが一台増えていた。
「これが、私の……」
全身が深緑色のピーストレーラー……出来たてほやほやの新品であるそれは、どのトレーラーよりも綺麗で、格納庫内の照明がボディに反射して煌めいており……それがまた反射して、聡美は瞳をキラキラと輝かせていた。
「凄いかっこいいよ! ありがとう理香ちゃん!」
「えへへっ、喜んでくれてよかった〜! 昨日の歓迎会が終わってから仕上げてたんだけどさ、思ったより時間がかかっちゃって……今日の朝になってやっと終わったんだよ〜!」
「今日の朝終わったって……もしかして寝てないの!?」
「そうだよ〜」
聡美がパジャマ姿である一方、理香はツナギ姿のままである……その服装でベッドに飛び込んできやがったのかという指摘は置いておきつつ、寝てない筈なのに自身よりも元気である理香に対して、聡美は思わずその場から後ずさりしていた。
「━━おーい、二人とも何してんだ〜?」
「あっ、おはよう……えっと、星出さん」
「おっ、名前を覚えてくれてて嬉しいねぇ古川さん」
すると隊服の上着を脱いだ状態の黒いタンクトップ姿である彰子が、聡美と理香に気がついて近付いてきた。
「彰子おはよう! ねぇ見て見て! 聡美ちゃんのトレーラーが出来たんだよ!」
「おぉ遂に出来たんだな! それはいいが、お前また寝てねぇだろ理香」
「えへへ、ついまた熱が入っちゃって……でも安心して聡美ちゃん、仕上がりは完璧だから!」
「う、うんありがとう……」
……次の瞬間であった。
「━━」
「理香ちゃん!?」
「っと危ねぇ」
突如電池が切れたように、ふらっと倒れそうになる理香。
そのまま倒れてしまう前に、彰子が身体を抑えた事で理香の怪我を防いだのであった。
「ぐぅ……ぐぅ……」
「大丈夫、寝てるだけだ」
「……そうなんだ、よかった」
「こいつはこいつで、古川さんのトレーラーを完成した事に安心して、急に眠くなっちまったみたいだな」
「理香ちゃん……後で何かお礼しなきゃ」
「理香の方は俺に任せろ、このままこいつの部屋まで運んどくぜ。それじゃあまた食堂でな」
「うん、ありがとう星出さん」
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「……これでよし」
……その後、パジャマから隊服に着替えた聡美。
AGPRでは朝礼が始まる前、朝食の時間として設けられている為……それを摂る為に、聡美は食堂へと向かった。
「━━わぁ……」
格納庫程では無いが、こちらもかなりの広さを有する食堂……そこではこのAGPRに属する様々な人達が、席について朝食を摂っていた。
私達隊員以外にも、沢山の業種の人達が働いているんだなと実感しながらも……聡美は朝食を受け取る為に厨房のカウンターに続いている列に並んだ。
「……あっ、おはよう! 大西さん!」
「あっ……おはよう、古川さん」
その列に並ぼうとした瞬間、聡美は歩佳と鉢合わせた。
「えっと……古川さん、お先にどうぞ」
「いやいや! 明らかに大西さんが先に並ぼうとしてたから、私は後からでいいよ」
「そう? ごめんね……ありがとう」
「いえいえ」
そうして歩佳を先に入れて、今度こそ列に並んだ聡美。
「朝ごはんも食べさせてくれるの助かるよ〜、でもお金とか払わなくてもいいのかな?」
「それは大丈夫だよ……ここのお仕事では、三食全部無料なの」
「いやほんと助かるよ〜。でもこれだけの人達の分を作るとなると、食堂の人達も大変だよね」
「うん、その人達に感謝しながら食べなきゃね……あの、今日の古川さんは何をするの?」
「私? 今日はトレーラーの教習だと思う! だからその為に、食堂の人達にありがとうって思いながら朝ごはん食べて頑張るよ!」
「そうなんだ……頑張ってね」
「でも緊張もしてるから、逆に思ったより食べれないかも……トレーラーの操作って難しい?」
「慣れれば簡単だよ、私はそうなるのに結構時間かかっちゃったけど……大丈夫、古川さんは得意そうだし、すぐに慣れるよ」
「大西さん……ふふっ、ありがとう」
列を進みながら、歩佳と会話を繰り広げる聡美。
先程の理香とはうってかわって、歩佳は大人しい性格で話していると不思議な安心感がある……そんな歩佳に励まされ、聡美は体に力が湧いてくるのを感じるのであった。
「あらあなた新人さん? これからよろしくねぇ〜、はい朝ごはん」
「ありがとうございます!」
それからカウンターで朝食を受け取った二人……
「あれー? どこも空いてないね……」
「この時間だと、殆どいっぱいになっちゃうから……」
そうして二人でキョロキョロしていると……
「━━二人とも〜、こっちよ〜!」
「「!!」」
席の端の方で……美夜子がこちらに向かって手を振っていた。
その向かいには二つ空席が残されていた。
その場所に座らせてもらい、無事に朝食の時間に入った聡美と歩佳。
「ありがとう油井さん!」
「お邪魔します……」
「ええ、おはよう古川さん、大西さん」
……そして、聡美と歩佳のお礼の言い方それぞれに性格が出ている事に微笑んだ美夜子の隣には、彰子が座っていた。
「おはよう油井さん、星出さん……」
「おっす歩佳! 古川さんとはさっき振りだな〜」
「星出さん……理香ちゃんは大丈夫だった?」
「おう安心しな、今はベッドでぐーすか寝てる頃だろうぜ」
「よかった〜……ありがとう」
ウインクしながらこちらに向けて親指を立てた彰子を見て、ほっと胸を撫で下ろす聡美……一つの不安が解消された事で段々と食欲が湧いてきて、聡美は改めていただきますをした後に箸を進めた。
「理香がどうかしたの?」
「理香のやつ、また徹夜で整備してたんだ……それはいつもの事だが、今日に関しては倒れそうになっちまってな」
「ええっ、そんな……私、昨日お礼言ったから、それで張り切りさせちゃったかな……」
「いや歩佳は悪くねぇよ。 あいつが張り切ってんのは元からだと思うぜ?」
「もういっその事、格納庫にベッド置いたらどうかしら」
「いやそれはねぇわ」
「何ですって!」
「理香ちゃん……いつも徹夜してるの?」
美夜子の提案を彰子が一蹴して、それに対して美夜子が言い返したタイミングで口を開く聡美……。
理香が倒れたのは、聡美のトレーラーを整備させたせい……聡美は再び理香の事を考えた事により、箸が止まった。
「おう、だが気にすんな。 理香をこれからどうするかは後にして、今はとりあえずこの後の仕事に集中しようぜ」
「私達が長い間トレーラーに乗ってれば、それだけ理香も喜ぶ筈よ……あんたも今日から教習で乗るんでしょ? 頑張んなさいよ」
「きょ、教習で分からない事があったら、何でも聞いてね……!」
「皆……ありがとう!」
そうして聡美は……彰子、美夜子、歩佳からそれぞれ励ましの言葉を貰った。
隊員達と徐々に親交を深められているのを感じる一方━━唯一この場にいない紫苑に対しては、今後どのように接していこうか……聡美の中で、また一つ新たな不安が生まれるのであった……。
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「━━じゃあ今日も元気にいってみよー」
「「「はい!!」」」
それから朝食も食べ終わり、朝礼も終わって聡美と役職者以外の隊員達は格納庫に向かって行った。
「……」
朝食を摂ってから、ミーティングルームに向かった後にすぐに朝礼が始まった為に、紫苑に話しかけるタイミングが無かった聡美。
こうなれば昼休憩の時に話しかけるしかないかと思いながら、席から立ち上がると……
「やぁやぁ聡美ちゃん、今日からトレーラーの教習だからね。落ち着いてゆっくり頑張ってね〜」
「……あっ、はい!」
「という訳でゆあちゃん、後は頼んだよ」
「……はい」
そうして理奈は出て行き、聡美とゆあはミーティングルームで二人きりとなった……。
「……行くぞ、着いてこい」
「はい!」
言われるがまま、聡美はゆあの後に着いていく。
「……着いたぞ」
「……えっ、もう?」
午後に紫苑と会話が出来るか、それ以前に上手にトレーラーを操作する事が出来るのか……聡美はそう考えていると、既に目的地に着いていた事に気がついた。
「……」
……二人がやって来たのは、何も無くて不安になるぐらいの真っ白な空間。
そしてその中央には、理香が夜通しで完成させた聡美のピーストレーラーが置いてあった。
「それでは、中に乗り込め」
「は、はい!」
彰子も言っていた通り、今はとりあえずトレーラーの教習に集中しよう……そう思いながら、聡美はトレーラーに搭乗した。
「……」
まだ電源が入っていないトレーラーの中は薄暗い……昨日とは違って紫苑もいないので、寂しさを感じながらも聡美はハッチを閉めた。
『……準備は出来たか』
「はい!」
『ではまず、起動の仕方だが━━』
電源が入っていなくても唯一稼働する、トレーラー内の無線を使ってゆあとやり取りをする。
そうして聡美は、昨日の紫苑の操作を思い出しながら……ゆあの指示に従って、様々なスイッチを切り替えていき、最後にSTARTのボタンを押した━━
「……!」
押した瞬間……起動音が大きくなると共に、前面で様々な大きさのウインドウが表示されて、室内が明るくなっていく……
そして昨日と同じように、最後に一番大きなウインドウに隊章が浮かび上がるオープニングが表示された後……コクピットからの視点で目の前の真っ白な景色が広く映し出された。
『━━初めまして。 ピーストレーラー、起動しました』
「おおお……」
『本ピーストレーラーは初めての起動である為、ユーザー登録を行います』
『━━承認、古川聡美隊員……これより聡美様の地上での活動をサポートさせて頂きます。 よろしくお願い致します』
「……こっ、こちらこそよろしくお願いします」
そしてイブの音声と共に、ウインドウに聡美の顔つきの隊員証が表示され、ユーザー登録が完了した。
私ってこんな顔してたんだ……そう思いつつ、このピーストレーラーは自分の物になったんだと実感しながら、聡美は操作するレバーを握り締めた。
『……ではこれより教習を開始する。まずは歩いてみろ』
「はい!」
『二つのレバーを前に倒す事で、歩行が始まります』
「……」
イブの言われた通り、レバーをゆっくりと前に倒した聡美。
「!」
するとトレーラーもゆっくりと動き出し、五歩進んだ所で聡美は操作をやめた。
『いいぞ、続いては方向転換だ』
「はい!」
『方向転換はいずれかのレバーを前に、いずれかのレバーを後ろに倒す事で可能になります』
「……」
続けてイブの言われた通り、レバーを動かして聡美はトレーラーをくるくると回させた。
そのまま急に動かして目を回してしまわないように……慎重に操作を行っている今の聡美は、適度な緊張感で落ち着いてゆあの指示に従う事が出来た。
『そしたら次は……少し待っていろ』
「?」
続けてゆあは突然走り出すと、聡美のトレーラーの前を横切って、場所を移動した。
『今私がいるここまで、トレーラーを移動させてみろ』
「はい!」
方向転換をさせつつレバーを倒して、ゆあのいる所までトレーラーを操作する聡美。
ゆあ自体、それ程トレーラーから離れていない場所をゴールに設定した為……聡美の操作がゆっくりでも、おおよそ三分程でゆあの元に辿り着く事が出来た。
「ふぅ……出来た」
『……その調子だ』
「!……ありがとうございます!」
こちらを見上げているゆあの表情は真顔のままだが、上手くやればちゃんと褒めてくれるゆあ。
それに合わせて、徐々に聡美の自信も漲ってくる。
『移動については問題無さそうだな……続いては物体の運搬だ』
「……はい」
運搬とは何なのか考えている聡美にそう指示した後、ゆあはタブレットのような物を操作し始めた。
「!」
すると突如、ゆあと聡美の横で光線が編み込まれていき……立方三メートルの正六面体が出現した。
『これを持ち上げてみろ』
「ええ……」
『腕を操作するには、レバー前面にあるアナログパッドを動かしたい方向に倒し、指を操作するにはレバー背面にあるボタンを押す事で、掴んだり離したりする動作が可能となります』
「えーっと……」
そうしてイブの説明の元、モニターにはレバーのイラストが表示され……レバーの各所にあるボタンの説明と、そのボタンを押す事でトレーラーがどのような動きをするのかが、映像でモニターに映し出された。
『しゃがんだり立ち上がったりする時は、二つのレバーその物を押し込む事で可能になります』
「……こうかな?」
そうして映像にある操作指南をある程度見た聡美は、そのまま操作を開始した。
ゆっくりとしゃがみ、ゆっくりと正六面体の下に手を入れる……。
「おおお……」
そのまま立ち上がると同時に……正六面体もゆっくりと持ち上がったのであった。
モニター端には正六面体を持ち上げている事で、イラストで表示された腕や指にどれ程の力が加わっているのかが単位で表示されていた。
『そのままホールドと言ってみろ』
「え? ほ、ホールド!」
『━━ホールド、認証。上半身の稼働状態をそのままで維持します』
「……おおっ」
「そうすれば歩行といった、下半身での操作のみに専念する事が出来るという訳だ」
「なるほど……」
なんだか思っていたより難しくない……そのように聡美は確信した。
今の所、ゆあに怒られたりもしていない……そうして聡美は良い意味で調子に乗って、午前中の教習を乗り切るのであった。
「……では続いて物体の運搬だ。今から出現させる複数の物体を、指定された場所まで運ばせてみろ」
「はい!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「━━よし、午前中はここまでだ」
「……はい、ありがとうございました」
……やがて午前中の教習が終わり、聡美はトレーラーから降りて、そう宣言したゆあに向かって頭を下げた。
「古川も初めてのトレーラーの操作で疲弊している事だろう……よって続きの教習は夕方から実施とする」
「……ありがとうございます」
そうしてゆあは退室して、トレーニングルームに一人取り残された聡美。
「━━ふえぇ……」
……途端に力が抜けて、近くにあったベンチに座って顔を伏せる。
「はぁ、はぁ……」
……そのまま自身の両手を見つめる。
操作は難しくなかったとはいえ……慣れない手や指の動作をした為に、彼女のそれらは筋肉痛を孕んでいた。
「ふぅ……」
続けて反復練習で、移動時に振動を伴うトレーラーに長時間乗っていた為に……腰を下ろすと、未だにトレーラーに乗っていた時の体が揺れている感覚が取れない。
だが操作自体は上手く出来ている……感覚や痛みについては、搭乗回数を重ねていくごとに慣れていくだろう。
……聡美はそう思いながら、片手を広げたり閉じたりした。
「……」
……今の紫苑はそれよりも、昼食を摂る為に食堂にいるであろう紫苑に声をかけたいとも思っていた。
その為に、今すぐにでも食堂に向かいたいのだが……今の聡美には立ち上がる元気も残されていなかった。
どうしようも無く、座ったままぼーっとしていると━━
「━━ちらっ……ちらっ」
「……?」
「聡美ちゃん……聡美ちゃん……?」
「り……理奈さん?」
扉の端から、そのような効果音を自分で出しながらこちらを覗いたり隠れたりしている理奈が現れた。
「お菓子あるよ……食べる?」
「あっ……いただきます」
「ふふっ、隣に座ってもいいかな?」
「大丈夫です!」
「失礼するよ」
聡美が了承した事を機に、理奈はトレーニングルームの中に入って聡美の隣に座った。
「さてと……どれ食べる?」
「!?」
そして懐から十枚程のミルク、ビター、ホワイトが入りまじる板チョコレートを出したと思ったら、それらを重ねてトランプのように扇形に開いて聡美に選ばせた。
「えっと……それじゃあホワイトをいただきます」
「おっ気が合うね〜、私もその味が一番好きなんだ」
「ありがとうございます……理奈さん、沢山チョコレート持ってるんですね……」
「地上には中々出ないとは言え、デスクワークも疲れちゃうからさ〜……糖分補給の為にいつも持ち歩いてるんだ」
ホワイトチョコをパリッと食べる、聡美と理奈……その彼女の疲労度は、聡美の隣に腰掛けた時に俯いた頭の低さで表れていた。
「それで……トレーラーの操縦はどんな感じかな?」
「えっと……意外と難しくなかったです!」
「よかったね〜、その調子でどんどん上達してくれると嬉しいな……怪我だけはしないようにね?」
「はい……あの、怪我では無いんですけど、指が痛くて……」
「あぁ筋肉痛だね、初めてトレーラーに乗った人なら誰しもが経験する事さ……後で医務室に案内するよ、そこでばっちし治して貰えるからね」
「……ありがとうございます」
「今はとりあえず応急処置として……聡美ちゃん、両手出して?」
「?……はい」
「こうしてこうやって……」
「……!」
ふと、聡美に両手を出させた理奈。
今度の理奈は懐からバンテージを取り出すと……それを聡美の両手に巻いてみせた。
「ありがとうございます……もしかして、それも普段から持ち歩いてるんですか?」
「ふふっ、隊員達の健康状態を気にするのも、隊長の仕事の一つだからね……大丈夫? このまま食堂まで行けそうかな?」
「はい、大丈夫です!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「━━よし、今日はここまでだ」
「はぁ……はぁ……」
「古川は全体として筋がいい……この調子なら、明日は地上での教習を行っても大丈夫そうだな」
「ありがとうございます!」
「という訳で明日はそういった内容とする……それまで風呂に入ったり、栄養を摂ったりしてよく休んでおくように」
「ありがとうございました!」
……時刻は十七時。
「━━ふえぇ〜……」
今日の教習は終わり、ゆあが部屋から出て気配が消えた事を確認した後、聡美は先程よりも気の抜けた声を出しながら床に寝転がった。
「……」
そのまま天井を見つめる……ここまでは昼休憩前と同じ展開だが、今回の理奈は部屋には現れなかった……。
「……よいしょと」
「……」
「……また明日ね」
このまま寝落ちする訳にはいかない……その強い意志を持ちながら、聡美は重い体を起こしてトレーラーに挨拶をした後、部屋から出た。
「……ふぅ、ふぅ」
体はボロボロ、汗もだくだく……今の聡美はそのような状態であり、晩飯を取るよりも先に風呂に入る事を決めた。
「これと、それと、あれと……」
まずは自室に戻り、パジャマや下着をカバンに入れて纏める。
自室に風呂は無く……聡美は事前に理奈から、隊員達専用の共同浴場があると聞かされていた。
「ふぅ、ふぅ……」
共同なのは嫌だが、我儘を言っている場合では無い。
少しでも元気になれるなら何でもいい……そうして重い身体を引きずりながら、浴場に向かい、扉を開けると━━
「━━ん」
「……あれ?」
……脱衣所では服を脱いでいる途中で、今まさに浴場を利用しようとしている紫苑がいたのであった。
「あっ紫苑ちゃんごめんね! 私出直すよ」
「構わないわ、ここは共同の浴場なのよ。 誰が先にいようが貴女も入っていいし……それに、そんなに疲れていそうなのに出て行って貰う方が嫌だわ」
「えっ? えへへ……そう?」
「……それとも、私と一緒に入るのは嫌?」
「!! ううん、全然嫌じゃないよ! ━━あいたっ!」
「っ……ちょっと、大丈夫?」
紫苑の中で発生しそうになっていた解釈を慌てて否定し、慌てて脱衣所の中に入った聡美……ただでさえ体が疲労しているのに、思ったように動かなくて転んでしまった。
紫苑はそんな聡美に手を差し伸べて……聡美は紫苑の手を取る事で、その場から立ち上がった。
「!……これは……」
そして手を取られた事により……紫苑は現状の聡美の手や指の状態を知る事となる。
「ごめんね……ありがとう」
「何その指……こんなになるまで放っておいたの?」
「えっ、あっ、大丈夫大丈夫! 全然痛くないから!」
真っ赤に腫れた指を見られて、後ろで手を組んで指の状態を隠した聡美。
大丈夫と言われても……紫苑は納得のいっていない表情で、聡美の手があると思われる位置を見続けていた。
「……とにかく私に構わず入ってもいいから、それじゃ」
「あっ……」
そう言うと紫苑はガラガラと浴場の扉を開けて中へと入っていった。
「……」
聡美もぱっぱと服を脱いで、浴場の中に入る━━
「……おお」
共同で利用するには充分な広さである浴場。
「……ふぅ」
壁に沿って、それぞれ八席分の洗面器やシャンプーが備えつけになっている洗い場があり……その中央の黄緑色の湯船に、紫苑は浸かっていた。
「……失礼します」
自身に湯をかけた後、聡美も湯船に浸かる。
「━━あぁっ……」
入った瞬間に、四十二度と少し熱めの湯が聡美の疲労した全身を包み込む……思わず声が漏れてしまった程の気持ちよさであった。
……だがその湯船は、ただ単に熱くて気持ちがいいだけでは無かった。
「えっ、なにこれすごい……指の痛みがどんどん取れていくんだけど……」
「……このお風呂の効能によるものよ。疲労回復、筋肉痛……色々あるらしいけど、地上に行った時に何かあっても、このお風呂に入れば大抵の怪我は治るわ」
「へぇ、凄いね……何が入ってるの?」
「私達が集めた資源が使われているわ。 あの液体、どんなものにも利用出来るから」
「そんな効果があったんだね〜、ほら見て、すっかり治ったよ! ありがとう!」
「別に私は何もしてないけど……よかったわね」
「うん!」
元通りになった両指を紫苑に見せながら喜ぶ聡美。
そんな聡美を見て、紫苑も若干口角が上がるのであった。
「でもあんなになるまでトレーラーに乗っていたなんて……教習は余程大変だったのかしら?」
「いやトレーラー自体は上手く操縦出来たんだけど……操縦するのにいっぱい指動かしたから、それで筋肉痛になっちゃったんだと思う……あんなに動かしたの初めてだったから」
「そう……操縦自体が特に問題無ければいいんじゃない? 筋肉痛の事に関してはここに来れば治せる訳だし、気にせず思うようにトレーラーを動かせばいいと思うわ」
「……紫苑ちゃんは筋肉痛にはならなかったの?」
「なったわよ。でもそれは最初だけ……何回もトレーラーに乗っていれば、その内体も慣れてくるわ」
「そっか〜……」
首を回しながら、自身の肩に当てている紫苑の手を見て、細長くて綺麗な指だなぁ……私もあの状態を保てるようになるまで頑張ろうと、聡美は思うのであった。
「……」
そして体の痛みが取れた事で……聡美は今朝から考えていた野望を叶える為に、紫苑に声をかけたのであった。
「ね……ねぇ紫苑ちゃん!」
「……何かしら、聡美さん」
「あの、夜ご飯って食べた?」
「……食べてないけど」
「じゃあ一緒に食べない!?」
「……急にどうしたの?」
「えっ、あっ、昨日のお昼ご飯さ。一緒に食べる感じの流れだったけど食べれなかったから……今日こそはどうかなって?」
「━━どういうつもり?」
「━━えっ?」
急に威圧的な返事な紫苑からの言葉が返ってきて、言葉を詰まらせる聡美……。
「……あっ、いや、怒ってる訳じゃなくて……その時の私って、急にいなくなったから……割と酷い事したのに、こんな私とどうしてご飯食べたいのかなって……思っただけ」
「……ああ」
自覚あったんだ……目を逸らしながらしょげている様子で話している紫苑を見て、聡美はそう思いながら言葉を続ける……。
「━━私は、ただ紫苑ちゃんと仲良くしたいだけだよ」
「……えっ?」
「隊の中で名前で呼び合ってるの、紫苑ちゃんとぐらいだし……あっ理香ちゃんの場合はあれだよ! お姉ちゃんの理奈さんがいるから、そう呼んでいる訳で……」
「……」
「星出さんや、油井さんや、大西さんとはまだ呼び合ってない……いきなり紫苑ちゃんの事を名前で呼んだ、私が馴れ馴れしいだけだよね……ごめんね」
「━━馴れ馴れしいだなんて思っていないわ」
「……そう?」
「……うん、仲良くしてくれるのは別に嫌じゃないし……その……」
「……?」
「━━……こんな私でよければ、これからよろしく」
「紫苑ちゃん……」
熱い風呂に入っている事も相まってか……そう言いながら目を逸らし続けている紫苑の頬が、ぽっと染まったように聡美には見えた。
「うん……こちらこそ、よろしくね」
「……!」
そんな紫苑に、綺麗になった手を差し出す聡美。
「……うんっ」
「えへへ……」
紫苑は聡美の手を握り返し、握手をした事で……二人の仲が上がったのを感じて、聡美は笑みをこぼすのであった……。
「うーん……痛みが取れたのはいいけど、今度は逆上せてきちゃいそうだよ〜」
「私ももういいかしら……体洗って出て、食堂行く?」
「そうしよっか」
それから二人の意見が一致して、湯船から出ようとしたその時━━
「━━あーよく寝た! お風呂入ってさっぱりして、今夜も整備頑張るぞ〜!」
……朝からずっと寝ていて、こちらもすっかり元気になった理香が浴場に入ってきたのであった……。
「理香ちゃん!?」
「あれ〜、聡美ちゃんと紫苑じゃん! おはよ〜」
「……こんばんは、理香」
「二人とも今から洗いっこする感じ? 理香も混ざっていい!?」
「あ、洗いっこはしないけど……じゃあピーストレーラー完成させてくれたお礼に、背中洗ってもいい?」
「ほんと!? 嬉しいなぁ〜」
「……じゃあ私は髪を洗ってあげる」
「ありがと〜」




