兵庫県政、副知事禅譲の歴史
大阪毎日新聞記者や関西学院大学講師等の職を経験した後、プロレタリア文学作家となった坂本勝は、1951年、日本社会党の公認を受けて尼崎市長選で当選した。
3年後の知事選で、現職知事岸田幸雄と副知事吉川覚が共に立候補して保守分裂する中、坂本勝は、革新系候補として漁夫の利を得て当選し、兵庫県知事となった。1962年、坂本勝は、3期以上勤めない米国大統領の例に倣って不出馬を表明し、副知事の金井元彦が立候補して当選した。金井元彦は、内務官僚経験者である。
1970年、金井元彦は、坂本勝の例に倣って不出馬を表明し、副知事の坂井時忠を後継に指名した。坂井時忠も、内務官僚経験者である。
坂井時忠は、1986年まで知事職を4期務めたが健康上の不安から立候補せず、副知事の貝原俊民を後継に指名した。貝原俊民は、旧自治官僚経験者である。
2001年、貝原俊民が県知事を辞職し、副知事の井戸敏三が立候補して当選した。井戸敏三も、旧自治官僚経験者である。5選目となる2017年の知事選で、井戸敏三は、51選挙区で最多得票を獲得したが、残りの1選挙区尼崎市では勝谷誠彦候補の得票を下回った。2021年、井戸敏三は、不出馬を表明し、副知事の金澤和夫を後継に指名した。金澤和夫も、旧自治官僚経験者である。金澤和夫は落選し、兵庫県政に於ける副知事禅譲の歴史は途絶えた。
2026年7月19日、〔ゆずさくら@yuzukaoru38〕垢が呟いた、
…土木系の県職員OBが暗躍してるのはこれか…と。
添付画像の〔週刊現代〕記事は、次のような内容を記載するものだった。
〖齋藤元彦・前兵庫県知事をたたき潰した「兵庫政界の闇」とは…「裏の絶対権力者」たちが作り上げた「タブー」と「天下り構造」の全貌をスクープする〔週刊現代〕〗
パワハラや贈答品の「おねだり」に関する内部告発で失職した、齋藤元彦前兵庫県知事(46歳)。
「職員を自殺に追い込んだ」と非難されても仏頂面を貫き、11月17日の出直し選に再出馬を表明している。「鋼のメンタル」と揶揄され、今や「全国民の敵」と言っても過言ではない扱いだ。
だがここにきて、ハラスメントの証拠が乏しいことや、齋藤氏の前に5期20年の長きにわたって県知事を務めた井戸敏三氏(79歳)との対立などの論点が浮上し、空気が変わりつつある。
〖なぜ齋藤氏は「あきらめようとしない」のか〗
そして、齋藤騒動の本質とは何なのか?現在発売中の「週刊現代」が報じたスクープ記事を特別に全文公開する
〖始まりは「自民党の内部抗争」〗
「ぜひ次の兵庫県知事選に立候補してください」。2020年11月、大阪市内の某会議室。県知事選を翌年7月に控えたベテラン自民党県議数人が、当時、大阪府財政課長だった齋藤氏に直談判した。
自民党兵庫県議団は分裂していた。井戸元知事の後継候補である、金沢和夫副知事の擁立をめぐって割れていたのだ。この県議らは、井戸路線との決別を唱える「改革派」だった。
「井戸さんが自ら『金沢でまとめてくれ』と自民党県議団に指示し、多数決で強引に決めようとした。これに反発した党内の有志が、水面下で齋藤擁立に動いた」(ベテラン自民党県議)
〖維新が乗って「流れが変わった」〗
齋藤氏は、東京大学経済学部卒業後、2002年に総務省に入省。2018年に大阪府へ出向し、出世ポストの財政課長を務めていた。
「齋藤さんはもともと、政界進出を考えていたようだ。自民の有志と会ううちに、『自民党内では(改革派は)少数派でも、そこまで言ってくれるのなら』とその気になっていった」(兵庫県庁幹部)。
齋藤擁立の動きを知った井戸氏と自民党県連幹部は、2020年12月、井戸氏の引退表明にあわせて金沢支持を大々的に表明した。
流れが変わったのは、齋藤支持派の自民党有志に大阪維新の会が乗ったのが契機だった。
「当時は維新も対抗馬擁立を模索しており、齋藤さんも候補の一人だった。そんな中、齋藤さんが松井(一郎・前大阪府知事)さん、吉村(洋文・大阪府知事)さんに『自民党から出馬の打診を受けた』と報告したのです。
齋藤さんは、吉村さんのお気に入りで、通例2年で総務省へ帰さなければならないところを、引き止めて出向3年目に入っていた。
吉村さんにも齋藤さんを応援する強い意向があった」(前出の県議)
そもそも齋藤氏は、こうした自民党内の井戸派と反井戸派の分裂抗争を背景に知事の座に就いたことを、まず押さえておく必要がある。
〖「公然の秘密」に手をつけた〗
齋藤氏は県知事選で金沢氏に25万票あまりの大差をつけて当選した。
しかし、就任早々に「井戸路線との決別」を推し進めたために、県庁職員や県関係者の反感を次々と買うことになった。
まず着手したのが、地域整備事業と分収造林事業による、合計約1500億円規模の「井戸時代の隠れ負債」の返済だ。
地域整備事業とは、民間の乱開発を防ぐため、県が先回りして土地を買い取り開発した事業のことで、バブル崩壊後の地価下落で負債となっていた。
分収造林事業は、かつて木材需要が高かった時代に県がヒノキや杉を植え売却益を土地の所有者と折半していた事業で、これも木材が売れなくなるにつれて負債が拡大した。
県の財政事情に詳しいベテラン職員が話す。
「これらの事業で取得した土地や資材の簿価と実勢価格が大きく違うことは、井戸県政最大のタブーとなっていました。
もし露見すれば、20年にわたり『兵庫の殿様』として絶対的地位を築いていた井戸さんのメンツを潰すことになる。井戸さんと近い多くの県議も触れない『公然の秘密』だったわけです」。
そのタブーに、齋藤氏はいきなり「返済開始」を宣言したのだ。
「正論ではありますが、急に寝た子を起こされた財政系の職員・OBは、自分たちの長年の恥部を指摘されたような気持ちになった。
OBの中には、県庁にやって来て『あいつ何やねん、余計なことしやがって』と、現役職員に不満をぶちまける人もいた」(同前)。
〖「天下り」にもメスを入れた〗
さらに齋藤氏は、県の外郭団体役員に対して、定年規定を「厳正適用」し始めた。
本来、県の内規では65歳定年のところ、井戸体制下でなし崩し的に、70歳以上まで延長されていた慣行に、メスを入れたのだ。
外郭団体役員は県庁幹部の天下りポストであり、さらに「多くの団体役員が、井戸氏の後援会『新生兵庫をつくる会』の幹部を兼任していた」(県幹部)という。
この幹部が続ける。
「齋藤さんは『脱・井戸県政』がテーマでしたから、外郭団体役員に就いた県職員OBとの飲み会には一切出なかった。コミュニケーションがないところに、急に定年規定の話が出てきたわけです。
彼らからすれば、老後の年収300万円以上が消えるわけですから、まさに死活問題です」
取材に応じた兵庫県庁職員・関係者の多くが、齋藤氏の性格について「正論で押し通そうとする人」と語った。
その片鱗は今回の騒動でも窺えたが、地方の役所で避けて通れない「地元有力者との飲みニケーション」も、齋藤氏は大いに苦手としていたようだ。
〖自民党を怒らせた「大学無償化」〗
彼が踏んだ「虎の尾」はこれだけではなかった。
国政自民党の怒りを買ったのが、昨年8月に表明した県立大学の無償化だ。教育無償化は大阪での維新の目玉政策で、齋藤氏も踏襲した。これに自民党文教族の重鎮国会議員が猛反発したという。「その重鎮にとって、高等教育の無償化は自分が成し遂げられなかった悲願。それをポッと出の40代の若造が、根回しもなく進めようとした。
『俺を差し置いてどういう了見だ。やっぱり維新絡みの知事は信用できない』と怒り、それ以来、反齋藤の急先鋒となった」(前出と別の県幹部)。
この重鎮を含む兵庫県選出の自民党国会議員は、県知事選では全員が齋藤支持だったが、この件を機に離反が相次いだ。
維新と近い当時の菅義偉総理の意を受けて、齋藤支持の流れを作った西村康稔衆院議員が裏金問題で党員資格停止となり「地元の国会議員の抑えが利かなくなった」(同)ことも影響した。
さらに齋藤氏に対して、県庁職員からも反発が強まっていく。あげくのはてに起きたのが、今年3月の西播磨県民局長による告発だった。
兵庫県庁の職員の間で「反齋藤」の気運が高まった背景には、2021年12月、齋藤氏が兵庫県庁舎の建て直し中止を表明したことがあった。
齋藤氏は建て直し中止で「千億円の予算削減」を行い、前編記事でも解説した「井戸県政の隠れ負債」返済に充てることを狙った。
だが、コンパクトな庁舎に計画を変更し、在宅勤務普及の流れに合わせて、コスト削減を目指したところ、「リモートワークを職員定数の削減につなげるつもりか」と兵庫県職員労組が反発。さらに、土木系のOB職員の天下りを受け入れているゼネコンも、「巨額の庁舎建設が凍結されてしまうなら、何のために県庁OBを受け入れてきたのか」と不満を募らせた。
齋藤氏が進めようとした改革は、方針としては井戸県政の既得権益にメスを入れるものであり、多くの県民の意に沿っていたと言えるだろう。
ただ、保守的風土の兵庫県で20年かけて築かれた権益に切り込むには、「権力基盤が固まっていない一期目なのに、改革のスピード、量ともにあまりに性急すぎた」(前出の県幹部)印象が否めない。
〖「西播磨県民局長」告発の深層〗
今回、一気に齋藤氏への逆風が強まったのは、西播磨県民局長だった県庁幹部のA氏が2024年7月7日に自殺したことがきっかけだ。
そもそも一連の騒動の発端は今年3月、このA氏が告発文をメディアや県議に送付したことだった。
問題の深層を知るには、A氏の人物像、そしてなぜ告発、自殺に至ったのかにも目を向ける必要がある。
京都大学を1987年に卒業したA氏は、エリートコースとされる人事部門で順調に出世していった。
井戸氏からの信頼は厚く、2021年7月の兵庫県知事選の直前、同年3月の人事では、県の人事政策トップの管理局長として采配を振った。
その年の4月に西播磨県民局長に異動したのも、「大仕事を成し遂げて、井戸さんからの『お礼』的な人事」(県職員)だったという。
井戸県政においては、西播磨県民局長は井戸氏の出身地たつの市を管轄する重要ポストだった。
「A氏は定年までに県庁に戻って特別職の人事委員長に就き、キャリアを終えるつもりでいたようだ」(前出の県職員)という。
しかし程なく、「栄転」のはずの県民局長就任が、A氏にとって「左遷」に変わる。齋藤氏が当選したのだ。
「井戸さんの後継である金沢候補が勝つ前提でいたA氏にとっては、驚天動地の事態だったのではないか。
なにしろ管理局長として仕切った人事も、井戸さんに『金沢が仕事をしやすい配置にしてくれ』と、お願いされてやったものだったから」(同前齋藤前知事とA氏の関係者)
県庁職員などの証言を総合すると、A氏と齋藤氏の関係は決して悪くはなかった。
「知事と人事系職員の会食にも出席していたし、携帯電話の番号も交換するような間柄でした」(別の県職員)。
とはいえ、前知事の井戸氏の意向を色濃く反映した人事政策を実施した身としては、肩身が狭かったはずだ。
さらに、齋藤県政ではA氏自身の先行きが不透明になっていった。
齋藤氏は就任後、自身に近い改革派の幹部職員を集めて「新県政推進室」を発足させた。
A氏もじきに本庁へ呼び戻され、これに加わるとみられていたが、大方の予想に反して西播磨県民局長に残留することになったのである。A氏は定年を間近に控えていた。前出の県職員はこう話す。
「定年時の人事が決まる昨年後半以降、Aさんから人事課に『自分の人事はどうなりそうか』と、問い合わせが来ていたようです。
人事畑のエースを自任していた彼からすれば、定年時には本庁で勤務したいと考えていたようですが、県民局長として県庁生活を終えることになった。
彼はしばしば『今の人事を仕切っている奴らは低学歴集団だ』といった不満を漏らすようになりました。
A氏が告発文を各所に送ったのは今年3月、県民局長として定年を迎えると決まった直後のことだった。
当初、文書には送り主が書かれていなかった。調査を経て、それがA氏だと特定されると、A氏は4月4日に公益通報窓口に届け出て、この問題が広く世間に知られることになった。
その後、A氏は今年7月、県の百条委員会に証人として喚問される直前に自殺し、帰らぬ人となった。
もうひとつ、世間でほとんど報じられていないのが、この百条委員会とA氏の自殺との関連についてである。
〖拙速すぎた「百条委員会」〗
A氏は勤め先で使用していた業務用パソコンで告発文を作成したことが明らかになっている。
じつはその中には、A氏の私的な「倫理上問題のある記録」のデータも保存されており、百条委員会からパソコンの提出を求められたA氏は、そのデータの公開を避けて欲しいと委員会側に嘆願していたという。
[A氏の私的な「倫理上問題のある記録」とは、つまり倫理上問題のある事=不倫です。実は、A氏は同じ県庁職員の女性と不倫関係にありました。その証拠となる画像などの記録がパソコン内から見つかりました。]
A氏の真意はわからないにしても、こうした経緯が強いストレスになっていたことは間違いなさそうだ。
そもそも、今回の百条委員会の設置については、県議会でも一部議員から「拙速ではないか」と批判が上がっていた。
あるベテラン県議が言う。
「告発文の中身や事実関係を精査する第三者委員会の調査結果が出る前に、百条委員会が設置された。
議論の土台がなく、『ゴールポスト(議論の落としどころ)が動く』ような状態になってしまった」。
実際、百条委員会では当初、齋藤氏のパワハラ疑惑を調査することが目的とされていたが、職員アンケートの結果は伝聞が大半を占め、証拠として弱かった。
その後、論点は齋藤氏の資質や、公益通報への初動対応の問題に二転三転している。
「もし弁護士による第三者委員会で事実関係が冷静に精査されていれば、A氏の死は避けられた可能性が高い」(同前)。
〖「齋藤辞職」のシナリオ〗
A氏の告発をめぐっては、単なる一県職員の内部告発とは異なる政治力学が動いていた形跡もある。
県関係者への取材によると、A氏が公益通報を行った4月4日から間もない4月上旬兵庫県総合庁舎内の一室に、A氏と反齋藤派の自民党県議、井戸派の県OBらが集まった。
その席でA氏は「この件は早く終わらせたい」と訴えたが、自民党県議と県OBが「何を言うとるんや。齋藤をとことん追い詰めるチャンスやないか」などとすごんだというのだ。
ある県OBは、こうも指摘する。
「Aさんは不遇な人事をきっかけに告発文を書いたが、それを利用して、反齋藤の『ヒーロー』に仕立て上げ、不信任案提出、さらには齋藤知事の辞職までつなげるシナリオを描いた勢力がいるのではないか」。
〖「再選」はあり得るのか〗
齋藤氏の失職に伴い、10月31日告示、11月17日投開票で実施される兵庫県知事選は7人もの候補者が現れる混戦となっている。実質的には、齋藤前知事、稲村和美前尼崎市長、維新を離党し無所属で出馬した元アナウンサーの清水貴之参議院議員の三つ巴の情勢だ。
選挙事情に詳しい地元関係者が解説する。
「齋藤前知事は県内の若手経営者が主な支持層で、抜群の知名度もあり、今回の騒動を経ても一定の支持を集めている。
稲村氏は、泉房穂前明石市長が応援の構えを見せているが、左派の『緑の党』と関係が深く、支持が限定される可能性が高い。
維新を離れた清水氏は、自民党支持者を取り込めるかが勝負。菅義偉元総理の弟が役員を務めていた神戸の外車ディーラー『ジーライオン』グループ創業者の娘と結婚しているため、資金力も潤沢で経済界の受けはいい。
一方、齋藤氏の失職後も、自民党は候補者を一本化できずにいる。擁立を断念すれば、自主投票となる自民票と公明票の行方が最大の焦点となる。
〖「政治ショー」がもたらしたもの〗
この騒動で、兵庫県政は半年にわたって機能停止した。齋藤氏によるハラスメントの事実関係については、9月に設置された第三者委員会の報告を待つ必要がある。
齋藤氏に「改革」を進めるうえで不可欠な、部下・各関係先への配慮が足りなかったことは、事実だろう。
また少なからぬ県関係者が、齋藤氏の「ハラスメント気質」を指摘していることも事実だ。
その一方で、齋藤氏が、これほど大掛かりな「政治ショー」の末に権力の座を追われる必要があったのかという点には、少なからず疑問も残る。
兵庫県民は3年前、「井戸県政からの脱却」を望んで齋藤氏を選んだ。
地方政治改革の流れに、本件はどう影を落とすのか。来月の県民の判断が注目される。
「週刊現代」2024年10月26日・11月2日合併号より




