二.
逃げる私を、彼は追いかけた。男とは到底思えない走り方と喋り方で。笑いながら追いかけてくる彼が、私には途轍もない恐怖だった。
彼には直ぐに追いつかれた。そして彼は言った。
「僕はへもというんだ。よかったら僕と一緒に穿かないかい?」
私の背筋は凍りついた。へもといえば、大昔の旧友である。あのへもが、こんなに変わっているとは。あのときは、こんなに顔が綺麗ではなかった。
彼は摩訶不思議な言葉を唱える。
「男子校いいよね。穿きたいふりしなくても穿かせてくれるもん」
ここは男子校ではない。男子の割合は幾分多かったが、私立でも新学校でもないただの公立中学校である。
そのまま私は女子便所に連れ込まれ、女子制服に着替えさせられた。彼は全身鏡の前に私を立たせ、満足したような表情でこちらを見る。
「うん、僕より似合ってる」
この気狂いに散々弄ばれた私が教室に戻った頃には、もう二コマ目の授業が始まっていた。勿論、皆の注目は私に集まり、無駄な質問攻めを受ける羽目になった。
親友だと思っていたへもも、今やただの私の人生の妨げ手。一切絶交してやろう。私はそう強く決心し、携帯電話を弄る隣の座席の女の横を静かに通り過ぎていった。無論教師はこちらに注意を投げかけてくるが、私は一切無視し、そのまま便所へ向かった。
先程の感覚が忘れられなかった。
私はそのまま自分で自分を辱め、他人には絶対に見せられない行為を犯していた。
それをへもが観ていた。私は驚いた。彼がそこにいるなど全くわからなかった。
「みちゃった……。やっぱり一度やるとくせになるよね。僕も最初はそうだった。うんうん、いい兆しだ」
私は顔を真っ赤に染めて彼の顔を見た。彼の微笑みが不気味だった。私は顔を手で覆い隠した。
「顔隠さないで。知っているのは僕だけだから。大丈夫、きっちり僕は僕で使わさせてもらうけれど、周りには言いふらさないから。僕もそんな経験があった」
私は手を退けた。彼は未だに不気味な微笑みを浮かべている。
「これは、僕たちだけの秘密だ。生涯守っていこう。これは、僕たちの約束だ」
「……君が根本の原因なんだからな」
「そんなことを言う君を見ると、僕は興奮してしまう。やめてくれ、こんなところでばれたら恥ずかしい」
恥ずかしいのは私だった。彼に私の汚れたところを全て見られてしまった。私に激しい後悔が訪れた。