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おれのコブラは機嫌が悪いぜ

 ほー、いいじゃないか。こういうのでいいんだよ、こういうので。へえ、そうなんだ。そんなもんで満足なんだ。稚拙で貧弱だな、なにもかもが。そういうのでは満足できない人間の行き場は失われてゆく一方だ。

 勘違いしないでもらいたいが、こういうのでいいんだよの生みの親である久住昌之は漫画原作者として、信頼の置ける仕事をしている人だ。特に泉晴紀と組んで泉昌之名義で発表したマンガ作品はとてもおもしろい。満足できます。

 おれが嫌なのは、ミーム化した「こういうのでいいんだよ」を使い倒す連中のセンスの無さだ。よくねえんだよ、そんなんじゃあよ。やつらには慎みという概念がないのだろうか。誰かの言ったことに追随して、無邪気にキャッキャとはしゃぐのが許された期間はとうに過ぎているということに、いつ気づいてくれるんだ。目障りだ。繋がるな。肥大するな。増長するな。うっとうしいんだ、雑魚どもが。


 荒れてるね。いや、そこまででもないんだ。これくらいは通常営業だ。しかしおれは本当に文章が上手くなった。いきなりどうしたってんだ。まあまあ、落ち着いて。

 ちょっと螺旋状の少年を読み返してみたんだ。いや、おもしろいよ、これ。自分でも言うのもなんだが、って言うか、なんでほとんど誰も言ってくれないの? 竹規さんくらいだろう。でもあの人は時々わけわからないからな。油断はできない。

 それはまあ、いいとして。おれの文章力の上達具合には目を見張るものがあった。そりゃ細かい粗はたくさんあったさ。目障りでしょうがない粗もちらほらあった。ああ、ここはもっと素敵に書けるのに勿体ないって部分もね。それでも、こんなに読める文章をよくもまあ毎日毎日書けるもんだ。そう感心してしまったってわけだ。

 ふうん、なかなかやるじゃん。なんていう人なの? 阿部千代さんね、お気に入りに登録しよっと……って、おれじゃん! ズコーッ。なんて小芝居を打ってしまうほどだよ。

 こういう茶番を演じてみたって、おれはまったく恥ずかしくない。こう書くと、まるで本当は恥ずかしいのに、恥ずかしくないという強がりも含めて冗談としてやっている、みたいな雰囲気が出てしまうけど、そんなことはぜんぜんなくって、マジで恥ずかしくないから困ったもんだ。

 もしかしたら、おれは自分が思っているより、ずっともの凄いやつなのかもしれない。おれの自己評価はかなり高い方だと自負していたのだが、そんな評価すら軽く凌駕してくるのだから、底知れぬスケールを持つ男よ、阿部千代というやつは。まったく末恐ろしい42歳もいたものだ。世界は広い。

 だがそんなおれの自己評価を担保してくれているのが、たったの4、5人という事実。おれはこの数字をどう受け止めればいいのだろうか。

 まあつまりは、こういうことだ。世界は広い。だがほとんどすべての人間の心は狭い。

 おれはなにも阿部千代を評価せよ、そう主張したいわけではない。ただ、螺旋状の少年に目を通した方の中には、ご自分も文章を書いているという方も中にはいらっしゃろう。そんなあなたに問いたいが、あなたの書く文章と、阿部千代の書く文章を比べてみて、どう思われますか。

 ご自分の方が優れていると考えるのであれば、それも結構。それがあなたの偽らざる本心であるなら、あなたは素晴らしいし、あなたは正しい。しかし、阿部千代にはとても敵わない、でも黙っていればなにもわかるまい、そう思っているそこのあなた!

 見えているぜ。阿部千代はなんだってお見通しなんだ。薄汚い魂で綴る文章は美味いかい? おれは優しいから率直に言ってやるが、あんた、表現にまったく向いてないよ。さっさと尻尾を巻いて逃げ出しな、雑魚が。


 自画自賛。みなするべきだもっと。本当に自信があるのであれば、自身から溢れ出す言葉に宿る魔力を感じているのであれば、それは決して醜いものにはならないだろう。いまのおれは醜いか? おれはそうは思わない。仮にそう見られていたとしても、おれはなにも気にしない。そんなものを気にする余裕もない。おれは螺旋状の少年を超えていかなければならないんだ。いつかおれ自身を納得させなければならないんだ。それが一番大変なことなんだよ。

 ただ同時に、できるだけ客観的に阿部千代を評価しようとすると、今日のような文章を書かざるを得ないってことだ。不満があるわけではない。打ち負かしたいわけでもない。おれは公平なだけだ。だってあり得ないんだよ。あってはならないんだよ。おれを評価する人間がたったの4、5人だなんてことは。人間がそこまで馬鹿だとは、さすがのおれも思っちゃいない。

 なにかが阻んでいるんだ。なにかが働いているんだ。その薄汚れたなにかが、おれは大嫌いなんだ。そいつをぶっ飛ばしてやりたい。それだけのこと。たったそれだけのことが、こんな文章をおれに書かせるんだ。


 臆病な卑怯者を文章でボコす。更生を促すが、どうせやつらはまたちょろまかす。そのうち勝手に壊れて行方をくらます。自分を騙くらかして、どこまでも誤魔化す。でも自分自身は見ているんだろう? 一部始終を。わかっているんだろう? 軋む理由を。地獄に突っ込んでるぜ、両足をずっぽし。自らで突っつくもんだぜ、痛すぎる図星。傷だらけで歩け、昼夜ぶっ通し。繰り返し、繰り返し、ぶっ壊し、ぶっ壊し、それでマシなもんになる、ほんの少し。獲物を待ち構える言語都市。螺旋状の流れ星、一瞬の輝き。かすめて震えた一夜の幻。

 それでもおれは見逃さなかった。今度こそしっかりと捕まえて離さなかった。螺旋状の少年、討ち取ったり!

 雄々しく叫んだ。虚しく響いた。それでわかった。また化かされた。何度こんなことを繰り返せばいいのかな。さあな。抜け出そうにも抜け出せやしない。抜きん出るものすらなにもない。おれの手にはなにも残っちゃいない。だがおれはまだ死んじゃいない。日に日に朽ちていってるだけだ。それはもうしょうがないんだ。おれの身体的なピークはとっくの昔だ。

 と言うわけで、またしても気が滅入ってきた。情緒の忙しい男だ。けどまあ、ちょっと文章上の演出が入っている。だって今日はもう最初からそんな気分だったからな。うんざりした気分なんてそう簡単に晴れるものじゃない。おれの文章がおもしろかったって? だからどうした! それくらいのことは、はじめっからわかっているんだよ。まあまあおもしろいレベルでいいのなら、いつだって披露できるくらいの腕前があることくらい知ってるんだ。それがなんだと言うんだ。なべて世はこともなし。


 半端者はきっと一生こんな文章を書き続ける。こんな文章。その言葉の中で複雑に絡み合う誇りと諦め。どっちも信用できやしない。信用などできるわけがない。どっちを信じたってどうせ痛い目をみるだけだ。もう痛い目にはじゅうぶん遭ってきた。それでもまだ足りないっていうのか?

 痛みと苦しみって連中は満ち足りるということを知らない。貪欲な化物どもめ。どうにでもなっちまえ。半分本気、もう半分はよくわからない。わからないことだらけで頭がどうにかなりそうだ。でもおれの文章は本当に上手くなった。なんというか……上手くは言えんが……気品のようなものが出てきた。

 おれは予定よりも長く生き過ぎているが、まあ少なくともひとつはその恩恵があったってことだ。少々割に合わない気もするけど、贅沢ばっかり言っていられない。たったひとつでもあるだけマシってもんさ。連中を眺めていると、心の底からそう思えるぜ。

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