とても美しい日曜日でした
ニンニキニキニキ日曜日。なぜかはしらない。いつかは日曜日にこの書き出しでいこうと決めていた。だが曜日感覚の希薄なおれは、毎日曜日にそのことを忘れてしまっていて、後から気づいて、しまった! そう悔しがるのだった。
そんなわけで念願叶ったわけだけど、気分はどう? 微妙。ただ、ひとつの気がかりを解消したというスッキリ感はあるかもしれない。それしかない。そう言えるかもしれない。しかしそこまで拘るほどのことだったのだろうか。それはわからない。実際に冒頭で、なぜかはしらない、そう書いてあるだろう。とにかくまあ、今日は、ニンニキニキニキ日曜日。でもおれにとっては、毎日が日曜、もしくは幻想。終わらない戦争、憎しみの変奏。昨夜の残像、視界の隅に惨状。前だけは隠そう? 知るかボケ、クソ!
おれにだって安息は必要だ。今日ばっかりは真っ昼間からどこかに出掛けるような真似はしたくない。かてて加えて日曜日だ。ゆったりくつろげる自分の家があるというのに、日曜日の昼間からいそいそとよそ行きの服に着替える必要がどこにあるというんだ。教えてくれよ、ベイビー。いや、やっぱり教えてくれなくて結構だ。どんな理屈を突きつけられたって、おれは納得できる気がしない。
今日のおれのモチベーションは著しく低い。墜落寸前、メーデーメーデー。もうええて。それな。
それな。って言われると、若干イラッとするのはなぜだろう。同調すらもコスト軽減の時代か。雑にいなされているようで寂しくなってしまうのだが。こういうことをぼやき出したら立派なウザオヤジだ。だが、同年代のやつも気兼ねなく言ってくるんだ。それな。ああ、それだ。それなんだよな、やっぱり。ゆうて。もういい。もう勘弁してくれ。おまえらと話しているとこっちまで頭にヘリウムガスが詰まっているような気分になっちまう。雰囲気をふいんきと発音するところまでだ。おれが譲歩できるのは。おれはちゃんと声に出して言うがな。ふんいき、と。
だが全年代を問わず、すでに雰囲気はふいんきで固まりつつある。譲歩できると言いつつ、結局おれは一歩も動いていないのだった。だって日曜日だし。今日ばっかりは一歩も動く気にならない。
家人は一昨日の夜から仙台のロックフェスに出掛けているのだった。出演陣をざっと眺めてみたが、おれが観たいかも、そう思えるのはイースタンユースくらいのものだった。と言うか、ほとんど知らない人たちだった。おれはもうあらゆるシーンをフォローしていない。しかし、いままでほぼすべてのシーンを追いかけたことがないのだった。唯一、コンシューマゲームシーンくらいのものか。それもいまや最前線は遙か遠く。だが! サガ・エメラルドビヨンドはめちゃくちゃおもしろい。とんでもない傑作だ。びっくりした。タイトルはちょっと、いやかなりダサいと思う。
やっぱりニンニキニキニキは止しておいた方がよかったかもしれない。書き出しがあれでは、文章を書くにあたって緊張感もクソもない。ゆるゆるだ。弛緩の極みだ。全身が日曜日だ。それでも前進しなければならない。それがおれのサガだ。下手くそ。それな。
しかし、どうしておれの気は滅入るんだ。このビューティフルサンデーに。陽気で素直な少年のようなおれがメイルシュトルムに吸い込まれてしまって、泉の女神が現れてこう言う。あなたが落としたのは、陰気な中年ですか、天邪鬼な中年ですか、斜に構えた中年ですか、塞ぎ込む中年ですか。
ぜんぶ違うよ! おれの宝物を返しておくれよ! 女神は面倒くさそうに軽く舌打ちして、腐れ中年どもを乱暴に投げてよこして、そのまま書き置きも残さず蒸発しやがった。きっとあの男のところだ。ちくしょうふざけやがって、あの野郎共々ぶっ殺してやる!
火山のように憤るおれを、腐れ中年四人がじぃっと嫌な目つきで見ていた。な、なんだよ、気持ち悪いな、言いたいことがあるなら言えよ。しかし連中はなにも言わないのだった。ただ、おれをじぃっと見てくるのだった。
こんなことがあったら、誰だって気が滅入る。もちろん実際にこんなことがおれの身に降りかかったわけではないが、いや、降りかかったのかもしれない。だっておれの隣で体育座りでこっちを見つめているコイツらは一体誰なんだ!
「申し遅れました。田中せいぢと申します」
中年のひとりがやおら立ち上がり、名刺を差し出してきた。ギャグマンガ日和に出てくる湿ったオッサンのようなやつだ。と言うかもうノリがギャグマンガ日和だ。おれはなにを書いているんだ。なにって小説だ。螺旋状の少年だ。
「素晴らしい日曜日に、誰かがぼくを待っている気がするのです」
今度はおれが黙ってじぃっと見つめる番だった。
「手をとり出掛けましょう。太陽を見つけましょう」
「さわやかな日曜です。出掛けましょう彼方へ」
「歌いましょう。高らかに」
中年どもは全員立ち上がり、おれににじり寄ってくるのだった。おれはバインド状態で身動きがとれなくなっていた。これが異常事態による精神的な状態異常なのか、さっき飲んだコーヒーに毒でも盛られていたのか、そのあたりの判断はつきかねる。
「きょうは、すば、すば、すばすば、すばらしい日曜日です」
「はぁはぁはぁ、美しい日曜日です」
「きっと、だ、だだだ、誰かが」
「お、お、お、ままま、お、お、待っています」
いまや中年どもの息づかいが聞こえるほど、鼻の頭の毛穴の開きをしっかり確認できるほど、意外なほど長いまつげに気づいてしまうほど、おれの目の前まで連中は近づいてきている。おれはなにをされるのだろうか? まったく想像もつかないところが逆に恐ろしかった。ああっ女神さまっ……! おれは祈った。ただ祈ったのだった。
信じてもらえないかもしれないが、今日のおれは気が滅入っている。そしておれの書いている文章が、そんな気分に拍車をかけてくるものだから、もう本当に参ってしまう。おれはこういう類いのナンセンスが好きではない。結構なレベルで嫌いだ。なんか、ザ・ネットの文章! という感じがして非常に嫌な気分になる。自分で勝手に書いておいて、どの口が言っておられるのかと思うかもしれないが、これは始末書みたいなものですので。気にせんとってください。
最悪だ。どうしてこんなことになってしまったのか。おれだって時にはそれなりに頭を使って文章を書いてきた。その結果がこれか。それな。てめえは黙ってろ。二度と口を開くな。いま、マジでキレそうになった。おれの頭はすこしいかれはじめているのかもしれない。
でもとにかくずいぶんとひどい世の中だし、すこしくらい頭がいかれた方が生きやすくなるのかもしれない。陽気で素直な少年は、こんな時代じゃとても長生きできまい。一瞬、そう一瞬の間に、陰気な目つきで呪詛を振りまくクソ野郎に変わってしまうだろう。そういう時代だ。いや、時代は関係ない。そういうものなんだ。昔っからずっと。うんざりしてくる。アホらしくなる。
これが現実のはずがない、とおれは思った。物事がこんなふうに進むはずがない。だってこれじゃあまりにも酷すぎる。いくらなんでも救いがなさすぎる。違う。断じてこんなのは間違っている。
泉に浮かぶ、陽気で素直な少年の白い背中。あまりにも白く、青いと言ってもいいほどだった。
もう一度。これが現実のはずがない。おれはそう思った。なにかが、せり上がってきた。そしておれは胃の中のものをすべて吐き出したのだった。胃の中のものがなくなった後も、ずっと吐き続けるのだった。




