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マスタベーション・オブザベーション

 人が集まる場所に訪れると、なぜ頭がめちゃくちゃに痛くなるのか。それはきっと、情報過多によっておれのこのポンコツ脳みそが悲鳴をあげているから。好奇心は猫を殺すだけじゃない。おれのシナプスも焼きつくす。ガタガタ、プスプス、煙をあげながら街を徘徊する。

 おれにとって人の群れは、街は、エチカ並みに難解で、まったく歯が立たない。それと同時に、エチカってジャパニーズアニメのヒロインの名前っぽい、みたいな表層的な軽薄さを隠そうともしない群れなのだった。

 ひとりが人混みをものすごい勢いで切り裂いた。そいつは救世主でもなんでもなく、ただの馬鹿だった。

 巻き起こる悲鳴と怒号のなかで、湧き上がる興奮を隠そうともしない連中を見て、おれ自身がそのような連中の一員であることを自覚して、目撃して、おれは心底がっかりするのだった。

 日常をぶち壊すような馬鹿騒ぎが欲しいだけ。それが叶うのなら、不幸な目に遭う人間がいたっていい。秩序のサナギの中で混沌の夢をみながら、おれはあたたかい布団にくるまって、すやすやと寝息をたてている。たまに寝言をいう。それが文章となる。

 螺旋状の少年は、なにも見逃してはくれない。ただその光景を観察している。ねじれた世界の欺瞞を愛している。


 画一化されていく街は以前よりもずっと虚構性を増している。たとえそういう世界に怒りを感じたとしたって、大多数がそういう世界を望んでいたのだ。

 法人という実体を持たない縦横無尽の巨人が個人を踏み潰す。走力Sの透明ランナー。やつを刺せるキャッチャーなど存在しない。つまりは、すべてが無存在に向かっていく。そっちがそれでくるなら、こっちは肩力Sの透明キャッチャーだ。そして、すべては無存在の方向を向く。

 消失してゆく。消失を望んでいるのだ。

 消失しつつある世界に産み落とされた人間は、最初から世界はこういうものだと信じていた。信仰とはそういうものだ。そして最終的には誰もが退屈に収束する。消失する世界を望んだ集団的無意識が人格化した人間が退屈を持て余している。そりゃそうだ。おもしろいはずがないだろう。

 神さえも消失しつつあるこの世界になにを期待しろと言うのか。


 きみは自分を慰める。大丈夫だ。誰もが自分を慰めている。自分をなぐさみものにして、それで済ませている。激しい欲望を自己に叩きつけて、それで満足だと言い聞かせている。

 非人間的ではあるが、不自然ではない。千の世界から汚物を持ち込んで浮かれ騒ぐ調和主義を、この奇妙な二重性にまつわる謎を、本気で解き明かそうとする者は例外なく狂ってしまう。世界から弾き飛ばされ、灯のない場所を彷徨うこととなる。

 そんな覚悟はするべきではない。賢者様はそう教えてくださるのだった。だが賢者様はなにか勘違いをされている。おれはそんな覚悟をしようと思ったこともない。賢者様のような巨大な知性が尻込みするものに、おれが挑もうとするわけがない。そもそも、おれがなにを書いているのか、自分でもよくわかっていないのだ。

 杭を打ち込んで遊んでいたら、杭に囲まれて身動きがとれなくなってしまった。結果として、おれはおれの牢を作っていたということになるのだが、そんなことが狙ってできるほど、おれは賢くないのだ。打球の行方は打球に聞いてくれ。そういう類いの打者だ。フォームはめちゃくちゃ、サインを覚えることもできない。それでもバットに当てる技術だけはあるのだから、厄介極まりない。計算が立たないゆえに首脳陣もおれの扱いには困っている。おれが打席に立つと、なにかを起こしてくれるような期待感がある。だから仕方なくおれを試合に出す。試合に出してもらえないと、おれは盛大にふて腐れるのだった。


 若者たちは馬鹿騒ぎにしか興味がなく、ある程度年を食った連中は馬鹿げたことに熱を上げ出して、さらに年を食うと正真正銘の馬鹿になる。それが現代の人間の一生だ。

 おれはいま馬鹿げたことに熱を上げ出している最中だ。それはもちろん言うまでもなく、文章を書くということ。言うまでもなくと書きながら、おそらく書かなければ伝わらないので、しっかりと書くのだ。あまりにも馬鹿げている。あまりにも。

 自己言及と愚痴と悪態、それ以外に書くことってあるのか? おれにはない。なくなってゆく。消失してゆく。書かれる文章の幅が、どんどん狭くなってゆく。そのことに快感を見出してしまっているのだから、あまりにも馬鹿げている。文章を書き続けるほど馬鹿げたことはないと言ってもいい。

 いく。と、ゆく。どっちがいいんだ? 最初はゆく派だったおれだが、最近は両方使っている。むしろ最近はいくの方を多用していたのだが、ここにきてまた、ゆくが盛り返してきている。言うまでもないが、こんなことだって馬鹿げたことだ。ほら、また言うまでもないことをちゃんと言っている。みっともないことこの上ない。言うまでもなく、なんていう前置きを使わなければいいと思うが、便利だし見栄えもいいから使ってしまうのだった。

 ファッション言葉。文章を書いていると、そういう言葉によく出会うよ。やつらに罪はない。無自覚に使っている人間がすべて悪い。おれは自覚的であれ無自覚的であれ、いろいろと織り交ぜるようにはしている。浮ついた言葉も、質実剛健な言葉も、間抜けな言葉も、愚鈍な言葉も。それらを使っておれがなにをしているのかというと、自己言及と愚痴と悪態。それ以外に書くことはないのだろうか?


 列車の窓から見る風景で退屈なのは田舎と都会で、おもしろいのがその中間。しかし実際に歩くとなるとまったく逆で、最高に退屈なのが田舎と都会の中間なのでした。

 田舎はなにしろ目と頭に優しい。いろいろな昆虫や野鳥もいるのでおもしろい。じっくり腰を据えて味わいたい環境だ。住むには辛いが。本当に辛いが。特に若者はさっさと抜け出すに限る。

 都会は反対に目と頭には最悪の環境だが、都会でしか手に入らないもの、都会でしか味わうことのできない刺激が確実に存在する。だが確実に酷い頭痛に見舞われる。排気ガスとかそういう大気汚染的なものも影響しているのかしら。とにかくあまり長居はしたくない。短時間で勝負を決めたい。そしてこんなことを書いていても全然おもしろくないので、これくらいにしておこう。


 もう少し、あと少し。そんな場所で停滞するのは拷問に等しい。低調な気分がさらに重く暗いものになる。こんなことを書くから余計にだ。おれはあまり辛気くさいことを書きたくないのだった。と言ってもおれはもともと明るく朗らかな人間ではないので、文章がある程度暗くなるのは仕方ない。今日の文章はまさに竜頭蛇尾といった感じで、前半部分をあまりにも丁寧に書きすぎてしまった結果、ここにきてやる気が地の底まで落ち込んでしまっている。

 また嫌になってしまうのが、丁寧に書いた文章というものは最悪なものになるという事実だ。はっきり言えば、馬鹿がばれる。やはり勢いで書き飛ばしてしまうのがいい。もともとそれくらいの知性の持ち主だ。背伸びをしたってしょうがない。パンクバンドのヴォーカルが、ミュージカルの舞台に立っていたらどう思う? どうも思わないか。確かにおれもどうも思わないだろうな。それくらいのことが起こっていたって驚くに値しないというか、別にミュージカルって高尚なものでもないよな。いまだにアニーを演っているんだぜ。あれは一体誰が観ているんだ? おれはアニーを観に行ったことのある人間と出会ったことがないが、出会った者全員に、アニーを観に行ったことある? そう質問をしたわけではないのであまりはっきり断言することはやめたほうがいいし、別にアニーを観たことのあるやつと出会ったことがなくたって不自然でもなんでもない。おまえ人間が何人いると思っているんだ。

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