諦念観念定点観測
一点に留まりながら少しずつ移動してゆく。昨日いた場所とはおそらく違う場所。見慣れた風景の代わり映えのなさに騙されてはいけない。普通ってなんだわかれよ人間。おれにはなにもわからない。わからないことだけがわかり、わかっていたはずのことまでわからなくなってきたものだから、信用に値するものはなにもないということだ。哀れなわめき屋よ。きみは現実に立ち向かっているのか。おれは現実になど立ち向かいたくはない。しかし誰が立ち向かいたがっているというのだ? 体制の中に丸め込まれて、そこから抜け出せなくなって、にっちもさっちもいかなくなった連中に現実を見ることのできる目があると? やつらが現実を見たら、目が潰れてしまうに違いない。連中のできることといったら、自分たちを保護してくれる安全な繭の中から悪意をぶつけるのが精一杯のものだ。だがそのやつらの精一杯のなけなしの悪意がなかなか効くものだから、厄介極まりない。もうそういうことをするのはやめてほしいんだ。おれはもうじゅうぶん喰らったし、無力感もたっぷり味わった。おれの反撃がわめき屋どものうるさい喉を切り裂くことはないし、むしろ逆にやつらの元気の素になっているのだから、そろそろ打つ手は暴力しか残っていない。これ以上、意地悪をすることはやめてほしい。
一点に留まっているようで、少しずつ後退している。昨日いた場所より、少しずつ、少しずつ、追いやられてゆく。金儲け大好きなウヨったクソ野郎に成り下がったおれの先輩が得意げに言っていた。現状維持などというものはないと。あんたの言うとおりだった。まったくそのとおりだった。おれはもう少し、その言葉の意味を考えるべきだった。クソ野郎どもの欲望に果てはない。まったくそのとおりだったよ。おれの打つ手はもう数えるほどしかなくなった。おれは現実になど立ち向かいたくはない。だけどあんたらの靴を舐めるのは、もっとごめんだね。
あんたは変わってしまった。頭がとうとう狂っちまった。少なくともおれにはそう見える。色々な話がおれのもとに舞い込んでくるよ。信じられないような、信じたくないような、耳を塞ぎたくなるような話が。それはまるで、おれたちが憎んで憎んで憎み尽くした、あの男の生き写し。おれたちふたりのあらゆる部分をボキボキ折りまくってくれやがった、あの男の。
先輩よ。おれがあんたの特別だってこと、おれは理解している。みんな理解している。そしておれの見えないところで、あんたがなにをやってきたのか、おれは理解してしまった。おれが裏切ったと、そう思うかい? 違うんだ。違うんだよ。あんたがおれを裏切ったんだ。最初からあんたはおれを裏切っていたんだ。あんたはあまりにも多くの人間を辛い目に遭わせてしまった。これからを楽しみにしているんだな。なめんなよ、ヨロシク。
金に惚けて色に惚けると、人は簡単にクソ野郎に成り下がる。例外はない。あるなら教えてほしい。本当にもう……どうでもよくなってしまう。生きることは不条理だとか言うけれど、それだけじゃない、掛け値なしの重労働だ。削られて、先細って、やつれ果てて、ぽきんと折れて。おれは自分の家のベッドで眠れるだけラッキーなんだ。路上で寝ているやつだっていっぱいいる。連中が全員、おれよりも怠け者だなんて信じられるわけがない。やつらはなにかが噛み合わなかった。時代のメカニズムに寄せられなかった。二転三転する時代の要請に応えることができなかった。そんなときにちょうど、頼れるやつがまわりにいなかったというだけだ。それだけだけど、たったそれだけのことで通りで眠らなければならないなんて、酷な話に違いない。おれは運がいいんだ。運がよすぎたのかもしれない。そのツキがいつまでも続くはずがない。でもおれはツキに頼る以外の生き方を知らない。ツキが尽きてしまったとき、そのときおれは路上で眠れるか? うーん。一晩二晩の話ならば余裕だ。経験もある。しかしそれが延々と続くとなると……うーん、うーん。
路上で眠る人、全員馬鹿です。喫煙をする人、例外なく馬鹿です。文章を書く人、ひとり残らず馬鹿です。はいはい。頭の良いぼくちゃんはあっちの方、山の向こうのそのまた向こうで遊んでいなさい。カードダスの数字の大小で勝負でもしてなさい。二度と大人の話に顔を突っ込んでこないように。横断歩道は手を上げて渡るんだよ。トカゲやオタマジャクシをいじめてはだめですよ。ミミズにオシッコをかけてはいけません。弱いことは恥ずかしいことではありません。なぜならあなたも弱いのですから。そういうところから始めましょうね。そんな簡単なことさえわからないようですから。
わたしはきみが絶対に正しいと思う。わたしはだれもが絶対に正しいと思う。だから、われわれはまさにこれからなにかをしようとしている。しかし、なにかが達成されることは決してないのだ。みんな絶対に正しいのだから。正義と正しいは違う。まったく異質なものだ。正義は人を生かそうとするが、正しいは人を殺す。殺される人はたくさんいる。そんなにたくさん殺して、どうして疲れないのか? 正しさはどうして疲れ知らずなのか? なぜここらでちょっと一休みしてみようとならないのか?
昼時に昼メシを食うやつらはみんな馬鹿だ。なぜメシ屋が混み合っている時に昼メシを食う? それはその時間しか昼メシを食うことを許されていないからですよ。それってどうにも馬鹿じゃないか? そうかもしれないけれど、そんなことを馬鹿にしていたら世の中が回りません。そんなことはたくさんあります。ありふれたことです。馬鹿が普通で、普通が正しさなんです。馬鹿はそこのところがわかっていないのです。馬鹿げたことでいちいち笑い転げていたら、腹筋がもちません。テレビショウを観て笑っているくらいがちょうどいいのです。わたしたちの活動から心地よくズレた笑いが心地よいのです。あんまり大きくズレたものを観させられても笑うことはできません。それはわたしたちのカリカチュアそのものだからです。わたしたちそのものを笑う見世物だからです。そんな前時代的で野蛮な見世物は滅びるべきです。わたしたちがわたしたちを疑うことは罪です。明記されてはいませんが、そうなっているのです。だから普通ではない連中は馬鹿なんです。全員馬鹿なんです。
彼の真っ直ぐで有無を言わせない視線におれはたじろいだ。なにを言っても無駄だという気合いが伝わってきた。おれはペコッと申しわけ程度に頭を下げて、その場を後にした。
それで、いまここにいる。じっと座って、空を眺めている。菜の花の香りが充満している小川のほとり、そこかしこでモンシロチョウが悦びに溢れた飛翔を見せている。水の流れる音、遠くで飛行機が飛んでいる音、ヒバリのさえずり、それでおれもようやく踏ん切りがついた。
穏やかに過ぎる春の一日、その昼下がり、ひとりの暗殺者がここに誕生した。教師とか政治家とか、インフルエンサーとか作家とか、とにかく気に入らないやつらを殺しまくってやろうと考えた。人を殺すのはもちろん良くないこと。人を殺したところで根本的な解決にはなりはしない。しかしおれの気持ちはスッとするに違いない。スカッと爽やか、夜もよく眠れるようになるだろう。ラディカルに行こう。実験的に生きよう。とりあえずでやってみよう。一匹のモンシロチョウがおれの右手にとまった。こいつにはわかるんだ。おれが安全なやつだって。危害をおよぼすようなやつではないって。なにしろおれの心は穏やかだった。むせかえるような菜の花の香りが充満している小川のほとりと完全に同化していた。いまのおれに光学迷彩スーツなどいらない。この身ひとつで完全なステルス・キルが実行可能なことを、この小さい命が証明してくれた。みるみるうちに、やる気が高まった。やっぱり人生はこうでなくっちゃいけない。




