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雨の中で熱帯魚

 雨。普段は外の天気などいちいち文章で書いたりはしないが、雨とか雪はなぜか一言触れておきたくなる。心がざわつくなにかが天から降り注ぐものにはある。そして耳にも作用する雨という空模様。嫌いではない。室内にいる場合においては。こんな過ごしやすい気温の日の雨は特に。

 街には傘の花が咲き誇っているのだろう。こればかりはいつまで経っても変わらない風景だ。どんなにテクノロジーが進歩しても、人類は雨ひとつ制圧できないでいるのだ。雨の日は見事に客足が遠のくのだ。どれだけこまっしゃくれてみたって、おれたちは濡れることを嫌がる猿のまんまだ。

 浸透した雨水で蒸れた靴下が嫌な臭いを発している。まるで群れて粋がる臆病者の吐く息のようだ。そろそろ稲妻の季節かな。すべてを引き裂き、燃やしてくれよな。チクタクマンどもをなぎ倒す、スウィンギンマンの綴る文章。おれは胸に勲章をぶら下げるような下品な人間ではない。ずらして、焦らして、間を支配する。ほんの瞬間の隙間を彩る魔法だ、耳を澄ませな。無理にとは言わない。目の利かないやつには効き目のない魔法さ。耄碌している場合じゃないぜ。雨水で顔を洗って出直してきな。


 表通りよりは裏路地を選ぶ。単純に見るべきものがあるかないかの差だ。表通りはケバケバしく、猥雑で、あの手この手で財布の中身をスリ盗ってやろうと目論む暴力的なプロダクトが溢れ返っている。そんなものはもう見飽きてしまった。いつまで田舎者扱いをするつもりだ。裏路地には生命力が宿っている。排水の中で蠢くバクテリア。雨樋に溜まった小石たち。都市計画なんてシカトの違法建築。外付けの年代物洗濯機。煤けて汚れて錆びついている。だけど子どもたちが消えている。鼻水垂らしたクソガキどもが。碌な大人にならないであろう連中が。いずれここも、ある日突然に消えちまうだろう。更地にされて、みすぼらしくも豪華な建物が生えてくるに違いない。張り巡らされた道は消え失せ、ほんの向こう側に行くのに、回り道をする必要に迫られる。そうなってしまったら、おれがここに訪れる理由はなくなる。消失する。しかしここで生きる人々が消えるわけではない。どこかで生存しなければいけない。行方なんて誰も知らない。気にもかけやしないだろう。そしてまたひとつ、滅菌作用を施した砂漠が増えるんだ。不毛の土地が、またひとつ。


 裏通りを抜けると、一気に明るくなる。あまりの差に頭がくらくらする。振り返ってみると、裏路地への入り口、もしくは出口はもうすでに存在しなかった。白く、明るい商業ビル、一階はスタバ。上になにが入っているかなんて興味もない。どうせどこにでもあるようなものだ。ファストフード、ファストファッション、なにをそんなに急ぐことがあるんだ? せめてピッチクロックの輸入だけはやめてくれよな。間を楽しむことを知らないチクタクマンどもめ。なんでもかんでも、簡素化、単純化、合理化しちまいやがるんだ。ぶつ切りにして細切れにして、余ったものは盗んでいくんだろう? くそったれ時間泥棒どもが。モモを読め、モモを。いや、たとえ読んでいたとしたって、こういう連中が言うことは、それはそれ、これはこれ、だ。現実とフィクションはなんたらかんたら……わかった、わかった。ひとつ提案なんだが、おまえたちの人生も短縮してみたらどうだ? 無駄なことが嫌いなんだろう。ならばもう少し思考を進めてみよう。なにが一番無駄だろう? 無意味だろう? 無味乾燥で退屈なしろものだろう? 考えてみてくれ。早急に答えを出してくれ。迷っている時間はないぜ。誰かが盗んでいっちまったからな。


 ピザって十回言ってみてくれ。ピザピザピザピザ……。じゃあここは? 地獄! そのとおり。なんて陰気なことを書いていたら、昼飯にラーメン食べに行こうって友人から電話が入った。こいつはよくわかっている。おれと連絡を取るには電話がいちばん。それ以外はシカトだ。きっと仕事で車を借りたんだろう。納品帰りってところかな。彼は一流の革職人。バッグでも財布でもなんでも作っちまう。いや、一流かどうかは知らないけど。でもこの御時世に一本どっこで食ってるんだから、きっと一流なんでしょう。たまに仕事の手伝いをおれに頼んで、そのたびに二万円くれるんだ。仕事の手伝いと言ったって、ミシンを車に積んで事務所に下ろしたりするくらいのもので、ほぼドライブのお供だ。なんというか……すごくいい人。おれの心配をめちゃくちゃしてくれる。恩義はたまる一方だけど、返すあてはない。

 いつだってこんな感じだ。受け取るだけ受け取って、なにひとつ返しやしない。まるで子どもだ。支えてもらうことが当たり前。昔はいつかはおれもデッカくなって恩返し、なんて感じの野望があったけど、そんなものは消え失せた。だって無理なものは無理。向いてないものは向いてない。やりたくないことはやりたくない。おれにできるのはこんな文章を書き続けることくらい。自分を卑下しているわけではない。むしろ逆だ。おれは欲しいもの、ほぼすべてを手に入れた。この地獄のような地獄の中で、おれにしては上手くやったもんだぜ。


 そんな風に廻っている。周りを巻き込み、ハッピーなヴァイブスを発生させる。それが妖精の役目だ。おれの親父は妖怪だったが、おれは妖精なんだ。気まぐれに飛び回るのさ。インケツ野郎にはイタズラしちゃうのさ。さてさて、そろそろ慌ただしく身支度を済ませなければならない。さすがにシャワーくらい浴びないと失礼ってもんだ。自分では気づかないけど、おれだって中年独特のあの臭いを発しているはずなんだ。耳の裏なんかは特に念入りにね。嫌になってしまうよ。なにもしていないのに穢れていく自分の身体。洗っても洗ってもキリが無い。ただ生きているだけで、やらなければいけないことが山積みだ。忙しすぎるだろう。次なんてものがあるのなら、是非人間以外に生まれたいものだ。できれば宇宙の果ての果て……よくわからない生き物として生まれたいね。でも本当に次があるのなら、確率としてはそっちの方が高いだろう。地球上でも人間なんて少数派だ。植物だって虫だって、もっともっと小さい生き物だって無数にいるんだから。とにかく人間だけは勘弁だ。面倒ごとが多すぎるんだ。拷問のような生。煩悶し続ける生。難問ばかりで頭が爆発しちまいそうだ。もっと一心不乱に生きていたいよ。

 いや本当にそろそろ動かないとヤバい。時間がない。だけどまだ書き終わらない。さっきからほとんどなにも考えずにタイプしている。馬鹿みたいなことを書いているだろう? 本意じゃないんだ。まさかこんな時間が掛かるなんて思っていなかった。ちょっと余裕こきすぎた。いつものことではあるけれど、本当におれって学習しないやつだ。外はまるで嵐だ。いいね。自然が荒ぶっているのが好きさ。台風の日に荒れた海を見に行く馬鹿がおれさ。いや、マジ、そろそろ……。わかっているって。大丈夫。おれはなんとかしちまうんだから。いつだってそうだっただろう。それにいざとなったら待たせればいい。彼もおれもチクタクマンではないんだ。いつだってスウィングしているんだ。隙間と隙間の組み合わせの妙、俗世間とのズレ、決まりきったタイミングのズレ、そういったものを楽しんで欲しいんだ。だからおれはこんな文章を書いているってわけだ。わかるかい? わからなくてもいいや。おれは急いでいるんだから!

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