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グラス一杯の冗談をくれ

 まったくもう冗談じゃない。だけど冗談なしでは生きてはいけない。大上段でふんぞり返った醜い脂肪のかたまりを返り討ちにしてやることが生きがい。やつらは面倒くさそうなやつには手を出さない。おれは面倒くさいやつ日本代表、オーバーエイジのストライカー。個人的なストライキを決行中、ただいま767日目。組織が送り込んだネゴシエーターとは個人的な友人関係にあります。たまに飲みに行っては、二日酔い状態で書いているのが、今日のような書き出しになる。ゆらゆら揺れながら前後不覚の言語中枢に針を一刺し、気合いを注入、ひとつ聞きたいんだけど、おれの口座に金を入れたのは誰だ? 知らない間に金が増えている。そこまでして、おれを働かせたくないのか。おもしろい。乗ってやろうじゃないか。端金でいけるとこまで生きてみようか。でもきっと計算を間違えて泡食う未来を予知。泡じゃ腹は膨れやしない。それでも新しいゲームソフトを買おうと企んでいるおれに金を持たせたのがそもそもの間違いだったな。こんな感じで生きてきたんだずっと。正直に白状すれば、昔は金がなくなったら盗めばいいと思っていたよ。いまは違う。貧乏人から奪う気にはならない。まったくもう本当に冗談じゃない。気軽に犯罪者にもなれない時代。痛いくらいの苦味で笑おう。ここいらじゃそんなおまえを誰も嗤いはしないさ。嗤うやつには唾を吐きかけろ。ケツを蹴り飛ばしてやれ。ミドルの蹴り方くらいなら、おれが教えてやれる。唾の吐き方もな。


 遠慮なく話しかけてくれ。おれは人類は嫌いだが、人間が嫌いなわけではない。RPGでは誰彼構わず話かけるのだろう? でも現代日本で通りすがりと会話をすることはまずない。みんな他人に興味がない。いきなり話かけたって、キョドるだけだろう。同じ場所に突っ立っているやつもいない。いるとしても、社会からこぼれ落ちた存在として、誰にも見えていないという体の無存在だ。皆、急いでどこかから来て、急いでどこかへ去ってゆく。他人のことは障害物としてしか認識していない。

 女に対して進んでぶつかりにいく男がいるらしい。きっと寂しいのだろう。理解できる行動ではないが、想像はできる。おそらく動機は非常に単純だ。身体と身体がぶつかる瞬間にすべてを懸けているんだ。欠けたものを埋めにいっているんだ。悲しいやつ。おれでよかったら話相手くらいにはなってやるのに。でもおれ相手じゃ埋まらない穴なのだろうな。あまりにも悲しく、虚しい話だ。あまりにも情けなく、弱いやつだ。でも、おれやあなたとそいつ、そこまでの違いがあるか? 形は違えども、きっと似たようなことをしているだろう。悲しく虚しく情けなく弱い生き物。自分はそうではないと、言い切れる自信があなたにはあるかい?


 おれの出す答えはそのときの気分で違うものになるだろう。気分と書くと、なんだか適当なやつみたいだけど、精神状態と書けばなんとなく理解してもらえそうだ。そうでもないか? まあ適当なやつで間違いはないので。適当というか自分から出てくる感情をあまり信じていないので。信じられない感情から出てくる言葉なんてものはもっと信じられないので。だから結局自分をルールで縛るしかなくなるので。そんなわけでおれに自由なんて上等なものは存在しないのであった。おれがおれに縛られて繋がれて、どこにも行けずに、恨めしそうな目でこちらを見ている。昔はこんな目をした飼い犬がよくいた。散歩にも滅多に連れていってもらえず、糞の掃除もあまりしてもらえず、ストレスを溜めまくって破裂寸前、チャンスがあれば誰でもいいから噛みついてやろうとしているやつが。いまの飼い犬はみんな幸せそうだ。それはもちろん悪いことではない。しかしなにかが狂っているような気がする。おれの気のせいならいいのだが。

 おれも単純に生きてみたいもんだ。スポーツのようなセックスをして、スポーツのように仕事をして、スポーツのように他人と自分を比べる。もちろん自分にはたっぷり下駄を履かせて。

 そんな冗談みたいなやつが本当にいるのか? 実際にいるんだからしょうがない。困ったことに、いつだって悪い冗談には事欠かないんだ。そういうやつの放つ冗談は、あまりにも笑えないので、そいつが冗談を言ったということに気づくのに時間が掛かる。少し考えないと冗談だとわからない、とても高等な冗談の使い手たち。冗談のような人生を大真面目に生きる連中。そういうの、おれの中にある辞書を引くと、退屈って書いてあるんだけど、きっとおれの辞書が不良品なんだ。多数決の論理でそう決まっている。

 やれやれ! 嫌味ったらしく辛気くさい文章を書くのをいますぐやめろ。言いたいことがあるならはっきり言え。いや、いつもはっきり言っているからな。たまにはチクチク言葉もいいじゃないですか。よくない。書いているおれの精神的負担も考えてくれ。どんどん気が滅入ってくるぜ。


 つまりは今日のおれはそういう精神状態ってことだ。二日酔いなもので。頭が痛いし、身体は怠いし。酒なんて碌なものではない。でも目の前にあると迷わず飲む。酒は飲むためにあるものだから。不愉快なしっぺ返しは身体の悲鳴。わかってる。そんな大声で喚かなくたって聞こえているって。身体ってのは不便なもんだ。警告をしてくれるのはありがたいけれど、もう少し平和的な方法はないものかね。痛みやら吐き気やら、まったくハッピーじゃないぜ。でも、おれと飲んでいたやつは今日も仕事に出ている。頭が下がるね。そのまま、よだれを垂らして眠っちまいそうだ。待て待て。あいつも頑張っている。おれも頑張って文章を書かないと。なんたっておれの仕事はこれだから。なにも金銭が発生するものだけが仕事ではない。こんなこと、前にも書いた気がする。きっと書いたのでしょう。でも大事なことは何度書いたっていい。それがおれの本気の証明にもなる。しかし、おれの本気の証明をして、それがなんになる? なんにもなりゃしないが、おれの気が済んだりするでしょうよ。こいつはおれのために書かれた文章、かつてはおれだった螺旋状の少年のために書かれた文章、おれを慰める鎮魂歌。そしてこれを読んでいるあなたもきっと、螺旋状の少年だったんだろう? いつかのあなたのために、今日もおれは文章を書き続けているんだよ。なんにもなりゃしないが、それでもなにかはどこかにあるさ。そうとも。


 ほとんどの言葉が無駄に費やされる。おれの書く文章も、ほかの連中が書く文章と同じように、無意味と無駄の周辺を延々さまよっている。一瞬だけ輝くことができればそれでいい。一瞬すらも輝こうともしない志の低い文章がどれだけ多いことか。もちろん志だけで文章が書ければ苦労はない。だが志は大事だ。なにより大事なものだとも言える。結局のところ、最後の最後で一線を画すのは、志の差なんだ。そして、志ってのは持とうと決めたら持てるものではない。どう生きてきたのか。なにを目指してきたのか。なにを見ようとしてきたのか。その結果、いま、なにを書こうとしているのか。

 とは言っても、そんなガッチガチになって全速力で走り続けられる人間なんていない。立ち止まることもあれば、逆に戻ったりもする。そして前に進むためには、冗談が必要不可欠だ。笑おうとすれば、なんだって笑い飛ばせるさ。醜い連中のように無理やり歪んだ笑い顔を作る必要はない。ただ笑い飛ばしちまえ。自然に。健やかに。目の前のことから目を逸らさずに。

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