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おれが見張りを見張るのか

 ちくしょう。評価されたくなってきた。基本的には他人からの評価などはどうでもいいが、たまに発作のように承認欲求が騒ぎ出す。クソ、怠け者どもめ、おれを称賛せんかい。生ぬるいシャワーのような賞賛を、遠慮なくこのおれに浴びせかけんかい。

 そのとき、群衆の中から飛び出してきた、てろてろのパーカーと薄く洗濯落ちしたジーンズを履いたムチムチの男が、おれになんらかの液体を浴びせかけた。

 ぐおおお。熱い。おれの顔が。肌が。熱いぞ。灼けるように、燃えるように! で、おれが浴びせかけられたのは硝酸でしたっていう、ただそれだけの話。顔が溶けちゃいました。まぶたも溶けてしまったので、目玉が剥き出しなので頻繁に目薬をささないと、失明してしまいますのでした。残念でなりません。


 まあ、なんだ。おれってやつは本来なら普通に暮らしているべきだったんだよね。なにしろスケールちっちゃい人間なんだ。普通に勉強して、普通にそこらへんの大学入って、普通に適当に就職して、普通に結婚して。そんな適当な日々の機微に煩悶して懊悩して。文章なんて読みもしないし、書きもしない。新人の女の子に手を出して不倫して。それがバレて妻に土下座して。しばらくは大人しくして。四十も越えて、さすがに若い女性には相手されなくなって。同窓会で久しぶりに会った同級生とW不倫して。そんな感じの人生が向いていると思うんですよ。でも向いていることと、やりたいことが必ずしも一致しているわけではないからね。そんな、本来ならこっちだったよなっていう生き方に、かすりもしないまま、こんなわけのわからない場所にきてしまったのだから、人生ってドラマチック。

 おれは運が良かったのか悪かったのか。それはわからないが、不満はないよ。おれ個人に関してはね。それ以外の、このおれを取り巻く、どこまでも取り巻いている、悪意の渦には不満どころか憎悪が湧くし、実際に憎悪をぶつけてみたりもするけれど、まあそんなあれやこれやも基本はおれなんかの手に余るものだから、こんなことしたってなにも変わらんし、ものすごく面倒くさいんだけど、もしかしたら誰かの心強さの足しになるかもしれないし、誰かが一歩を踏み出すきっかけになるかもしれないしっていう、ただそれだけだよね。

 根本にあるのは、いつだって諦めと絶望だ。手遅れだよね。どう考えても。世の中の建前部分がどれだけクレンジングされたって、本音の部分が腐り切っているものだから、本当は最初からもうどうしようもない上に、見せかけのクレンジングに対するバックラッシュも加わるものだから、むしろ本音部分は醜悪さを増していく一方なんだよな。思想も党派性も関係ないんだよ。そんなものは砂上の楼閣だ。絶望するべきところで絶望を拒む、カルト的な幸せ信仰が邪魔しているんだ。


 落ち込んでいるときにTVなんてつけたってますます暗くなるだけだ。果てしないアホどもの行列。有名無名なにも関係ない。なにも笑えることなどないし、心震えることを期待するだけ無駄だ。おれはなにも期待などしていない。治療せずに放っておかれた虫歯はいつか崩れ去る。崩れ去ったものは再生不可能。覆水は盆に返らず、腹水が溜まりだしたら最早手遅れだ。

 それでもこうして文章を書き続ける。メッセージを排除したメッセージ。わかるやつはわかるさ。そんなやつが存在するかは知らないが。きっといるでしょう。だっておれがこうして存在しているのだから。こういうところがおれは甘い。それはしょうがない。自分を追い詰めたって、出てくる言葉などたかが知れている。だが自分の中を覗き込むことはやめやしない。この世で一番見たくない場所にこそ、なにかが埋まっているはずなんだ。おれはここに当たりをつけたんだ。等身大の自分、すっぽんぽんの自分、虚飾なしの自分、そんな自分がどれだけみすぼらしいか知っているか? 目を覆わんばかりだ。病的にポジティヴなポエムなどを吐くことや、スピリチュアルに逃げる前にやることをやれ。アイデンティティを他の場所になすりつけて良い気持ちになる前にすべきことをしろ。逃げるな。目を逸らすな。耳を塞ぐな。残酷なまでに自分を解体しろ。解読しろ。それすらもできない臆病者にはお似合いの末路が待っている。こんなはずじゃなかったのにって、こんなもんじゃなかったのにって、そうわめきながら自己憐憫と後悔の中でくたばりな。


 嫌ってほど現実を見たら、非現実に旅立とう。ここだけの話、非現実だって甘くないよ。むしろ現実の方がチョロいくらいだ。現実だと信じることができるくらいの強度を持って非現実に挑んでいるやつがどれだけいるってんだ? フィクションと現実は分けて考えよう、だとよ! そんな戯言を抜かすやつが素晴らしいものを作っている例をおれは見たことがないね。突き抜けているやつは例外なく本気で夢うつつ。それがリアルってことなんだよ。わかるか自称物書きの生臭いフェイクども。フィクションと現実を混同しているのはおまえらの方だっての。だっておまえらの作るものには、穢らわしいおまえらの体液がべっとりついているじゃないか。勘弁してくれって。生臭怪人詐欺師連中にはご用心。と、どれだけ訴えても聞き入れてくれる人はいない。甘えん坊のカスばっかりだ! 知ったかぶりの賢しらぶりっこばっかりだ! トラメガ持って、血走った目をしたおれは路上で喚く。誰もがチラッとおれを横目で見るが、まっすぐに見てくるやつはいない。怖い? キモい? キモくて怖い? へっ。なんだっていいぜ。どうだっていいんだぜ。おれは延々わめき続ける。と思うと、突然気分でやめる。誰もおれを飼い慣らすことなどできない。おれですらもな。


 口は災いの元。然り。然らば、書く言葉も災いから逃れること叶いませぬな。その通り。であるならば、おれなどは災いの総合商社ってわけだ。技のデパート、舞の海秀平ってことだ。顔じゃないよ。そういうことだ。おれはどこに行ったって顔ではじかれる。逆顔パスだ。もちろん万博だって出禁だ。こんなに可愛い顔をしているのに。玉川はもうすこし可愛げを出した方が良い。たたずまいがムカつくんだ。やくみつると同じだ。可愛げって意味では、おれなんかは凄いものがある。顔を突き合せれば、なんだかんだ誰とでも仲良くなってしまう。元妻の不倫相手と音楽の趣味で意気投合して、朝まで飲み明かしたのは有名な話だ。辛気くさい話し合いをするつもりだったのが、ガレージパンクの話で盛り上がっちまった。慰謝料? ああ、そんなもんいらんいらん。社会通念上のルールなんてクソ食らえだ。おれにはおれのルールがある。ガバガバだけど芯の通った、個人だからこそ許されるルールに縛られているんだ。自由なんてあるもんか。おれは自分に厳しいんだ。他人のことは知らないよ。きっとそれぞれのルールがあるんだろう。そうは見えないやつばかりだけど、きっとそうなんだろう。そういうことにしておいてやるよ。

 桜の花って加速がすごいよね。狂い咲きという言葉がよく似合う。いきなり満開だもの。驚くよ。ヒヨドリも蜜がいっぱい吸えて嬉しそう。ヒヨドリはうるさくて、乱暴で、ワガママで、可愛げのあるやつらではないけど、そういうところがおれは好きだ。頭の毛が逆立ってパンクスみたいだしな。日本や韓国ではごく普通にそこら中で見ることのできるヒヨドリだけど、世界から見るとかなりレアな鳥で、ヒヨドリを見るために日本や韓国を訪れるバードウォッチャーもいるんだぜ。っていう一見普通の豆知識。だけど鳥を見る人からすると当たり前に知っている常識。偉そうなことを言わせてもらえば、すべてそんなもんなんだよ。

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