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レッド・リング・オブ・デス

 そりゃまあ、おれも大したことを考えているわけではないのは、螺旋状の少年を読んでおられる読者諸兄にはお見通しではあると思う。いい加減にしろよ。そんな風に苛立ちながらも、なぜかおれの書く文章から目を離すことのできないそこのあなた。あなた、鬱屈に支配されているわよ。あなたの抱える鬱屈は、こんな文章を読むことで解消されるようなものでは決してないの。まずは、なぜいま、あなたが生きていられるのかをじっくり考えてみなさい。なぜ? どうして? そう、ご先祖様よ。ご先祖様がおられたからこそ、いまのあなたが、そこにいるの。お墓参りはしているかしら? 先祖代々のお墓は綺麗にしているかしら? 感謝の気持ちを持って、ちゃんと手を合わせているかしら? やることは山積みよ。そして、停滞している場合ではないわ。いますぐに行動に移しなさい。講堂でありがたい説法を傾聴しなさい。耳を傾けなさい。耳を貸すべき。耳を貸すべき。言動、衝動、チェックしとくべき。耳を貸すべき。耳を貸すべき。誰よりも功徳を積んどくべき。


 しかしおれには、両親ともに2人ずついるのだった。つまりは実の父と母、育ての父と母、この4名がシャッフルされて、おれの人生に関わっているのだけど、こういう場合に重視するのは血脈ですか? それとも戸籍上のアレですか? もしかして全員ですか? だとするとおれは最大で4つの先祖を辿らなければいけないわけで、でもアレじゃないですか。4つも必然的に8つに別れるじゃないですか。祖父母の代で。ご先祖様って永遠に別れ続けるじゃないですか。それ全部に感謝するってのはちょっと。おれもそこまで暇じゃないっていうか、それらを追っかけているだけで人生終わっちゃいますよね。ご先祖様厨ってその辺りはどうやって折り合いをつけているんですかね。ご先祖様を引き合いにだして、罪の意識とか恐怖を煽ってくる連中って、やっぱりどう考えても頭おかしいですよね。じゃあ親が誰かもわからない人たちは、もうそれだけで手詰まりだって言うんですかね。はっきり言って、田舎モンの考えですよね。本家とかがはっきりとわかってる連中の。

 でもクソ田舎にだって、妾の子とかいますからね。おれの育ったチーバくんの股間あたりだって、部落から相手にされなくてシンナー中毒になっていたカンちゃんって人がいましたからね。土地持ちの農家の浮気相手の子でしたよ。彼は素潜りで、魚やサザエとかをとって、それをドライブインのお土産屋とかに卸して、それでなんとか糊口凌いでいましたよね。またおれの親父とそのカンちゃんは、はぐれ者同士で仲良くてね。おれの親父も村八分だったから。まあ彼にはおれも可愛がられたもんですけど、怖いところもあって、彼はだいたい家でシンナーを吸っているんですけど、ハイになるとたまに外に出てきちゃうんですね。言葉にならない叫びを上げながら、おれんちの庭に入ってきて、いままで見たこともないような動き? 踊り? をしている彼の顔つきは、当時小学生だったおれからしたら恐怖以外のなにものでもないんですけど、それでも目を離せないんですね。息を呑んで窓から覗くわけです。で、親父に、カンちゃんが庭で変なことしてるよ、って伝えるんですけど、親父は言うわけですよ、あいつはいっつも悲しいんだよ……って。もうよくわからないじゃないですか。にたにたヘラヘラしながら野獣のような叫びを上げて、ぐにゃぐにゃと蠢く人が、悲しいってどういうこと? って感じじゃないですか。悲しけりゃ人は泣くのではないのですか。塞ぎ込むのではないですか。それでもまあ、大人ってやべえな、とは感じますよね。もう悲しさのレベルが極まってるだろうって。

 それもこれも、ご先祖様がどうこうのせいだって言われちまったら、まあカチンときますよね。だってカンちゃんの親父はド近所のデカい家でのうのうと暮らしているわけですから。カンちゃん家なんてクソボロ屋ですよ。いつの時代のものかもわからない、錆び付いた車が止まっているような。窓ガラスがところどころ破れているような。彼がシンナーに逃げざるを得なかったことも、ご先祖様のご機嫌のせいだって言うんですかね。なんでこんなことをいきなりおれが書いているかっていうと、細木数子のことを思い出して、ムカついたからですね。まあ彼女はとっくにくたばってますけど、彼女のようなあからさまなインチキを持ち上げていたTVってやっぱりクソだよな。


 レディ・オブ・デス。死の貴婦人は、とても理不尽だ。だけど、いい身体をしていた。笑うと、とても痛そうだった。なにもかもが、ぎくしゃくしていた。だけど、やっぱりいい身体をしていて、おれは目を逸らすことができなかった。貴婦人の履いているテカテカしたヒール。ざっくりと開いた胸もと。真っ白く稠密な肌。目のやり場には困らない。どこに目をやったって、たまらない気分になる。おれは主にヘソのあたりに目付をして、そこから四方八方に視線を飛ばすのだった。舌を出して欲しいな。ほんの少しだけ。それだけでイッちまいそうだ。エレガントかつラフにアップした髪は複雑な色合いで輝いていた。光が滑っていた。おれは手を伸ばしたい衝動に駆られたが、おれ如きにそんなことが許されるなんて信じられるわけがない。おれ如きが。おれだってそんな風に思い知らされることもある。でも、おれだからここにいられるんじゃないか。レディ・オブ・デスの目の前で、足を組んで煙草を吸っていられるんじゃないか。おれだってそこまで捨てたもんじゃない。勝者なんていない。敗者なんていない。そんなふうに見えるやつがいるだけだ。生き残っているだけで、大したもんだぜ。でも、それだけじゃなにかが足りない気がする。その足りないものは、いったいなんなのか。そんなもんわかりっこない。探すつもりもないよ。いまはただ、これからどうしよう、そういうことを考えているだけだよ。あらゆる意味で。あらゆる意味においてね。


 レディはお帰りになられた。危ないところだった。もうすこしで死ぬところだった。朝から雨が降り続けていた。風も少し出ていた。でもそこまで寒くはなかった。最近はもう、みんなすっかり貧乏になっちまって、気軽に傘すらパクれやしない。買い物に行こうと、傘を開いたら、開いた途端にバラバラに壊れた。驚いた。

 たくさんあった傘は、外に出るたびどこかに忘れられて、そして最後の1本が、いま目の前でぶっ壊れた。傘がない。傘を買う金はあるが、傘がない。井上さんがこんな歌を歌っていた気がする。確かに傘がないのは問題だ。歌にする価値があるくらいの問題だ。都会だけじゃなく、いまではクソ田舎にだって自殺者は増えている。むしろ、おれの体感では田舎の方が自殺者が多いのだが、けれどもおれの問題は、傘がないことだ。井上さんなら、濡れながら行くだろう。きみの住む街にいくだろう。きみのスーサイドを止めに? それとも、それはそれとして置いておいて、とりあえず傘がない?

 おれは、外に出るのを止めにした。雨が止むまでは。なにしろ傘がない。ポンチョならあるけど、そいつは真っ赤で、でっかくCarpって書いてある。広島市街なら、これでも問題ないだろう。だけどさすがに。シーズンオフの浦和で、カープのポンチョを着て買い物に行く勇気がおれにはない。それに傘もない。今日の夕飯もなくなるかもしれない。それもこれも、傘がない、ただそれだけの理由で。

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