凸!凸!凸!
結論として、おとぼけビ~バ~は最高だ。聴いていると元気が出てくる。自律神経に絡んでくる花粉が及ぼす、この強烈な眠気を覚ますのは、やはりパンクロックだったということだ。余った血は燃やさなければならない。なにをするにしたって、最低限の情熱は必要だということを思い出させてくれる。枯れている場合ではない。おれに言っているのか? いつおれが枯れたと? では問うが、咲いていると言えるのか? 咲き誇っていると、狂い咲いていると、そう言い張れるのか?
一方的に電話が切られた。図星を突かれると、速攻で逃げる。ごちゃごちゃと言い訳を並べないのはそれなりに好感が持てる。しかし、おれを甘く見ないことだ。おれは余裕で凸る。お散歩気分で凸る。もともと電話なんていう回りくどい手段は嫌いなんだ。手紙や電子メールのやりとり、SNSでのやりとりなどはもっと嫌いだ。まだテレパシーの方がマシってもんだ。矢文なんて問題外。というか、それは手紙だ。
鍵の掛かっているドアを開けるにはどうすればいいのだろうか。鍵は無いものとする。バイオハザード、あるいはレジデントイーヴィルなら、周囲のどこかに必ず鍵がある。抜け目なく探すことだ。鍵の掛かったドアは必ず開く。むしろ、開けなければ先へと進めない。だけど先へ進む必要がどこにあるのかはわからない。ここならなぜかゾンビ―が絶対に入ってこないのだから、ここで助けを待てばいいと思う。それでも先へと進まなければ終わらないんだ。終わらせなければならない、こんな悪夢は。弾薬とインクリボンを絶やさぬことだ。犬にはご用心。ちなみに、おれはバイオハザードをプレイしたことはない。拾い集めた情報だけで、文章を書いている。
そんなのはいつものことだ。すべてがそう。木製のドアでさえ、律儀に鍵を用いて開けようとする。そこらへんの消化器とかでぶち破ればいいじゃないか。そう思うだろう? だがその律儀さが、日本人にとっては重要なことなのであった。なにしろ、ありがとうの国だ。ありがとうと言えないやつは、たとえ障がい者であろうと、容赦はしない。そんなのは当たり前のことだ。健全な精神の持ち主は、日々すべてのことにありがとうの気持ちを持って生きている。感謝の念のないやつはクソ以下だ。ありがとうと言えないやつなど、ガイジ呼ばわりされても文句は言えない。らしい。
たった一言でいいんだ、ありがとうございます、そう言えばいいのだ。大変ありがたく思っております。こんなわたしのような者が生きていける世の中には感謝の気持ちしかございません。ありがとうございます、ありがとうございます。皆さまの足を引っ張って申しわけありません、本当にありがとうございます。
これなら満足なのか? クソ野郎ども。
いつまでも開かないドアの前で立ち往生しているわけにもいかない。おれはドアの向こうで息を潜めているやつに、ひとこと言ってやらんと気が済まん。しかし、実際にやつと相対したならば、ひとことでは済まないだろう。徹底的に追い詰めて、生まれたことすら後悔させてやらないと。そこまでする必要がどこにあるのかって? それはいい質問だね。とても鋭い指摘だ。詩的ですらある。うん、きみの言いたいことはわかる。痛いほどよくわかる。しかし、なんでもかんでも疑問を持てばいいというものではない、ぼくはそう思う。時には、淑女のように。また時には売春婦のように。レノアを使って洗濯したバスタオルを重ねて、その上に生卵を落としてごらん。ほら、割れない。つまりは柔軟にことに当たれってことさ。ことと状況によって、人間は仮面を付け替える。いまのぼくは借金取りの仮面をつけているんだ。ここでぼくが引いたら、他の者に示しがつかんだろう。だからとことんまで追い込んでやるのさ。おれだってこんなことはやりたくないよ。誰が好きでやるもんか。キリトリもラクじゃないよ。本当にラクじゃないんだよ。どうしようもない連中を脅してすかして、時には飴をやって、時には……ね? わかるだろう? きみにはわかってほしいんだ。きみにだけは。あ、もう20時だ。ここを出よう。20時以降はちょっとまずいんだよ。通報されたら、こっちが負けちゃうんでね。やつだってそれはわかってる。だから外で張るんだ。オイ、車のエンジン回しとけ。出てきたら、ガラさらうぞ。
で、そこまでする必要がどこにあるのか、だっけ。そうだね、おれたちは舐められたら終わりなんだ。詰めると決めたら、きっちり詰めないといけないんだ。絶対になあなあで済ませないって知らしめてやらないと。かと言って、やり過ぎてもいけないよね。結局バランスなんだよ、仕事って。まず鍛えるべきはバランス感覚だな。それもギリギリのね。リスクに近づけば近づくほど、最大限のリターンを得ることができる。一線を越えれば、下手打ち決定だ。そしたら、地獄を見るのはおれたちだよ。命張ってるんだよ、こっちだって。
こいつ、すっかりウシジマくん気分になってやがる……! おれは戦慄した。こんなやつとつるんでいたら馬鹿を見る。だってこいつはただ単に説教がしたいだけなのだから。柔和な話しっぷりが、加速した狂気を演出する。だけど、こいつは演じているだけだ。狂ったフリをしているだけだ。でも実行に移している時点でフリもクソもない。冗談でしたで済む話ではない。おれは逃げなければ、そう思った。しかし、どこへ? いままでずっと逃げて逃げて逃げ回ってきた。もう逃げ場なんて……。
サディズムの権化みたいなやつと行動を共にしていた時期がある。やつは気分で、あるいは意識的に、おれたち手下に嫌な暴力を振るった。耳ホチキス、ぬぷぬぷ、ギョク、プスプス、ヘル・レイザー。どうしてこんなことができるのか、する必要があるのか、考えてもまったく理解できない私刑の数々。
やつが背中を見せる度に、おれは考えたものだ。いまがチャンスじゃないか。やれよ。やっちまえよ。大丈夫。こいつは口だけのハッタリ野郎だ。根性なんてありゃしない。いいからやれって。やっちまえって。
だが、私刑によって蓄積された、痛みや屈辱、そして恐怖。それらがおれの身体を固めてしまうのだった。実行に移す勇気がどうしても出ないのだった。もし、襲撃に失敗したら、なにをされるか……。考えるだけで恐ろしい。でもこのままこんなやつに従っているのも嫌だ。嫌すぎる。世界はこんなにキラキラしているのに。おれの周りは暗黒だ。暴力で支配されている、おれの精神。もうウンザリだ。もうごめんだ。もう屈服したくない。これ以上は、もう。
逃げることに成功して、せっかく自由の身になったおれなのに、また似たようなやつと一緒にいるおれがいるのだった。これがまた、おれはこういう変態になぜか好かれるんだよ。なぜかはわからないよ。いつの間にかそうなっちまうんだ。内心はとんでもないクソ野郎だな、そう思いながらも、適当に上っ面で返事をしていると、それがなぜか変態サディストのツボを突いてしまうんだ。
いまわかった。おれは、はっきりと拒絶をするべきだったんだ。はっきりと拒絶をしないから、クソ変態野郎は自分に都合良くなぜか受け容れられたと勘違いしちまう。なんだかどこかで聞いた話だぜ。そうだ。こういう関係は男と女、性交渉の有無だけに限らない。暴力なんだ。問題は。
絶対にあいつは出てくるから。阿部ちゃんは上手いこと言って、こっちに連れてきてよ。そうしたら車に乗せちゃうから。楽しいドライブだよ。ね、お願い、阿部ちゃん。
嫌なこった。おれは別にあいつに恨みなんてないし、やりたきゃおまえが勝手にやれよ。おれ、関係ないから。帰るぜ、じゃあな。二度とおまえとは関わりたくねえな。
言ってやった。ちゃんと言ってやった。声も足も震えていたけれど、それでも言ってやった。なんだよ、簡単じゃねえか。こんなに簡単――
には、いかなかった。その後のことは思い出したくもない。




