おれはなにより退屈が怖いよ
大抵のことは言語で表現できない領域に属している。いったい、いつになったらおれは文章を書かなくて済むようになるのだろう。言葉を尽くしたって愛想を尽かした恋人の心を惹き戻すことなどできるわけがないのに。おれはラヴレターを書かないことで有名だ。なぜかって、そりゃおれがラヴレターなんて書き始めた日には、いつになったって書き終わりやしないからだよ。どれだけの熱を言葉に込めれば、平熱気分のあのこに熱が伝わるって言うんだ? おれという人間すら言葉では語り尽くせないよ。こんなに空っぽの人間のはずなのに。その空っぽがミソなんだ。空っぽこそがおれの本体。空っぽを表現するには、なにもしないのが一番だ。つまりは、MUGO・ん…色っぽいってことだね。なにも言わずに突然、キッスをするのが在りし日のおれの女性を落とすテクニックだったわけだけど、いまじゃとてもとても。ふたりっきりになるのだってラクじゃないんだぜ。あらゆる策を弄して、夜の街に女性を導き出すのに血道をあげたものだけど、いまとなっては女性とふたりっきりになったらこっちが警戒しちまうよ。だっておれは女性を不幸にしたくない。おれは女性がとっても好きなんだ。おれが原因で素敵な女性が嫌な気分になるなんてこと、おれが耐えられるわけがない。だからもう諦めたんだ。なにごとも諦めが肝心だぜ。なんて、そんなことはこれっぽっちも思っちゃいないけれど、可愛いあのこに素敵な恋人ができますように。みんなに素敵な恋人ができますように。そして、二度とおれが女性に恋をしませんように。
気を抜くと、すぐに恋をしちまうおれなんだよ。またひとつ、外に出たくない理由ができたってわけ。片想いで恋を終わらせるなんてこと、できるわけがないだろう。蓋をして抑えつけようにもドロッとマグマが溢れ出てきてしまう。鳴かぬホタルは身を焦がすけど、シャウトするセミだっていつかは燃え尽きるんだ。後に残るのは真っ白な灰だけ……そうなれたらどんなに幸せか。実際はばっくり裂けそうな心臓を押さえながら、澄ました顔で日常を装う地獄で生き続けなければならない。
で、なんで突然おれは恋についての文章を書いているの。わからないよ。全然わからない。おれは恋をしたいのかも。そりゃもちろんいつだって恋はしたいさ。おれが何人もいればいいのにね。だけど哀しいかなおれはひとりっきり。いまのおれは恋をできる身分じゃないんだよ。わかってくれよ、ベイビーちゃんたち。つれない男だと思わないで欲しいけど、思ってくれ。つまらない男だと思わないで欲しいけど、思ってくれ。はあ。男はつらいよ。
軌道修正しようとしても、まだ恋について書き続けるおれ。いいかげんしつこいっての。まあたまにはいいじゃない。おれだって硬派一徹ってわけじゃないってことをちゃんと教えてあげないとさ。恋に恋する乙女心はスクーターズですよってことをね。でも本当のところは、恋なんてもうどうでもいいのさ。傷つきたくない中学生男子の言い訳みたいなものではないよ。いまは女性に恋人として好きになってもらうよりも、人間として好きになってもらいたいからね。おれの人生に欠けていたのはそこだと思うんだ。エロースの恩寵はじゅうぶん授けてもらったから。もういいです。結構です。
仕切り直す。だって本当はこんなこと書きたくないんだもん。で、段落空けるじゃん? 全然別のことを書こうとするじゃん? なんにも出てこないの。軌道修正しようとしてもできなかったのは、なにもおれがしつこいわけではなかったんだ。書くことがなかっただけなんだ。また出た、書くことがない、が。そう思う人もいるかもしれない。おれだってそうさ。そのひとりだよ。自分から勝手に文章を書いているくせに、書くことがない、なんて書くのは、あまりにもふざけた態度だよ。承知しておりますとも。でも停滞するよりはマシなんだ。手を止めて、ウンウン唸っているよりも、なんでもいいから書き進める方がまだ希望があるっていうおれの判断は間違っているだろうか。間違っていたとして、誰がおれを止めることができようか。ここはおれの領域だぜ。なんぴとたりとも、おれを止めることなんてできやしないんだ。ああ、もちろん全責任はおれにある。だからなんだってんだ。良いことも悪いことも起こりやしないさ。評価されたりされなかったり。それがどうした。こちとら嬉しくも悲しくもないんだよ。夜尿症の少年は10万字を超えたってゼロポイントのままだった。螺旋状の少年はその記録を超えるかどうかが、おれの唯一の関心事なんだ。ごめんね。嘘をついたよ。本当はそんなこともどうだっていいのさ。マジでもうどうでもいいよ。一応、ちょっと前まではポイントとかアクセス数とか、そういうのが気になってはいたんだけど、なんかもう全部どうでもよくなっちゃったよ。
ただね。おれの凄いところは、それでも文章を書き続けるところだよ。いったいなにをモチベーションにして文章を書いているのか。もうおれにすら理由がわからない領域におれは入っちまっているんだ。文章を書いていたって楽しくもないし退屈しているってわけでもないんだよ。かといって、素晴らしい文章を書いているってわけでもないでしょう。もうなにがしたいのかもわからない。なにが欲しいのかもわからない。それでも文章を書き続けるおれって凄いよな。凄みのない凄さがあるよ。おれってもしかして変人なのか? 変人というか一種の変態ではあるだろうな。嬉しくも悲しくもないね。だからなにって感じ。変態だの変人だの言われて喜んでいる凡人とは一線を画す存在なんだよおれは。どう評されようと、どう称されようと、どこまでいってもおれはおれだ。ちょっと周りと違うからって、安易に変人とか変態とかわかった風なことを言って欲しくないね。あんたの理解できる範囲でおれをカテゴライズしないでくれ。あんたって誰よ? ええと、おれ。
まあでも実際に言われるんだよ。嘘くさく思われるかもしれないけど、結構言われちゃうの。変人とか天才とか。言われるんだからしょうがないじゃん。おれのせいじゃねえから。でもね、そんなことを言う連中だってなにも本気でそんなことを言っているわけじゃないんだよ。そういう風に言えばおれが喜ぶと思ってるんだよね。それがわかるから、おれはそういうことを言われるとイラッとするんだよ。舐めやがって。そう思うわけですよ。おれをそこらの凡人と一緒にするんじゃねえって思うんだよ。おれを褒めるんなら、ちゃんと心を込めて褒めなさいよ。褒めるところが見つからないなら、無理して褒めんでもいいっつうの。おまえが本当はおれを馬鹿にしてることくらい、おれにはわかっているんだよ。心の底では、おれのことを舐め腐っていることくらい。まあでもこれはおれとおまえら、どっちもどっちだよな。おれだっておまえらのこと、めちゃくちゃ舐めてるからね。だってクソつまらないんだもん。どうしてそんなに人間つまらなく成長できるのって疑問に思うよ。馬鹿ってわけではないんだよね。ただただ、つまらねえの。可哀想なくらい。つまらない連中と会話するほど虚しいことはないね。ひとりでカルタでもしてた方がマシだって。ポカリの成分表でも眺めていた方がマシだって。通りの歩行者の数でも数えていた方がマシだって。こんな文章でも書いていた方がまだマシなんだって。