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コガネムシとカナブンとハナムグリ

 ねえ、なんだか目が冴えて眠れないの。なにかお話をしてくださらない? いやダメだ。おまえに聞かせる話などない。眠れ。眠るんだ。いますぐにだ。おれに構うな。あと一言でも言葉を発してみろ。ひどい目にあわせてやる。そんな目をしたからってなんだ。自惚れるな。おれは懐柔などされんぞ。おれを信じるな。おれに期待をするな。まったく迷惑だ。さっさと眠ってくれ。


 文章を書くことよりも、書かないことの方が気力を消耗するようになってしまった。おれは脅され、小突かれ、おれの意思などは関係なしに、またこの場所に来てしまった。しかし、もう……どうすればいいのやら。断片的なものを、適当に書いて貼って、それでノルマをクリアといきたいね、と考えたのだけど、それはそれでおれの自尊心が傷つくことが判明したので、やはり自意識に戻らざるを得ないのであった。

 目標のない行為、どういった意味を持っているのかわからない行為というものは、拷問になりうる。しかし人によっては拷問もご褒美になってしまうし、拷問をする方だって時には心を痛めたりだってするだろう。おれが死刑に反対なのは、つまりはそっち側、殺す側の方の心の問題だ。ダミーのスイッチを用意して複数人で刑を執行したとしたって、執行される側の人間がたとえどれだけ酷いことをやらかした外道だとしたって、人間を殺したという事実からそう都合良く逃れることができるだろうか。死刑が執行されたその日、業務を終えて家路につく死刑執行人たちは、なにを考え、なにを思うだろうか。業務として人間を殺す。そんな仕事があっていいのだろうか。ダミーのスイッチを用意している時点で、おれにはすでに答えが出ているような気がするのだが。そういう意味で、おれは死刑に反対なのだ。それでもすごく悪いことをしたやつは死ななくちゃいけないんだ! 悪いやつを食わすにも税金がかかっているんだ! はいはい、直線の思考回路しか持っていないお子ちゃまたちはもう眠る時間だよ。まったく迷惑だ。さっさと眠ってくれ。


 行方不明になってしまった、最初におれが書こうとした文章の捜索願いは出さない。やつならきっと元気でやっているさ。そのうちひょっこり帰ってきたりな。心配するだけ無駄ってものだ。それよりおれの方が心配だ。なんと言いますか、心がざらついていますな。文章を書くということに対して、なにか恐怖のような感情まで。これだけ書いても、まだこれなのか。いったいどういうことなんだね。説明したまえ。なぜ文章を書くことに、こんなにマジにならなきゃならんのだ。もうそろそろラクになったっていいはずじゃないか、ええ? もっとこう、力を抜いて、ナチュラルに、鼻歌気分で、横ノリな感じで身体を揺らしながら、チルな気分で文章を書けるようになっていたって不思議ではないと思うのだけど、いまだに文章を書くことに気合いが必要だっていう事実に震えるね。妖怪ぶるぶる、あいつのあの目、あの唇、あの歯。ぶるぶるなんだから、線を震えさせてしまえっていう水木しげるの単純明快さってやっぱり凄いね。でも、まんまな元ネタがあったりする場合もあるから、すべてが水木サンのオリジナルとは言い切れないところが手放しで褒め称えることを難しくしている。水木サンはパクる時はもう大胆にパクるから。がしゃどくろの絵とかそのまんまだもんね。まあでも妖怪自体が伝承であって、水木サンのオリジナルとは言えないし、著作権なんてクソみたいな概念のない時代のものをパクっているんだからそれはそれでいいんだよ。水木サンの素晴らしいところは、妖怪の口からミサイルを出してしまったりするような感性だもんね。しかし、おれって人を褒めるのも下手過ぎるよな。


 このまま進むべきか引き返すべきか、すこし悩んでみたが、正解がわからなくなってしまったので立ち止まってみた。おそらくこれが最悪の選択なのだろうが、山で遭難してしまった場合ならば最悪な判断とは言えない。山で遭難してしまった時、なにより最悪なのは沢沿いに下りることだ。それに比べればその場で待機するという判断をしたおれの勇気には敬服するが、おれは山で遭難しているわけではない。なんというか、脳内で遭難してしまったという感じだ。日常の中で遭難、なんて書くとちょっと格好いいかもしれない、と書いてはみたが、改めて思う。ぜんぜん格好よくない。格好いいかもしれない、という結論ありきで文章を書くからこういうことが起こるのだった。

 おれが遭難してしまうのは、おれが触れようと望んでいるのが表現不可能な領域であるからだ。そんな領域で呼吸できるのは天才だけだというのに。そんな領域の欠片にも触れたこともないのに。もうやめちゃおっかな。諦めてレスキュー呼ぼうかな。評価ポイントを求めて、ランキングレースに参戦しちゃおうかな。でも、ああいうものを書くのにも、資質とスキルが必要なのだ。おれに問う。おまえに現在人気のあるコンテンツを進んで摂取することができるのか。小説家になろうのランキング上位の小説を読み通すことができるのか。そういうのを参考にして、なにがウケているのか、これからなにがウケるのか、そういったことについて考えを巡らすことができるのか。


 そんな問いは無視して、ペルソナ4とかペルソナ5とかのジュブナイルな感じ? 九龍妖魔學園紀とかさ。ああいうのって凄く魅力的だと思うね。でも考えてみれば螺旋状の少年だって、タイトルに少年ってついているのだから、実はジュブナイルなんだと主張してもよかろう。遅れてきた思春期……というより居残っている思春期って感じだろうか。でもそれだとジュブナイルではない。やはり少年少女なんだ。みんな少年少女に憧れている。老いも若きも。おれもあなたも。あいつもこいつも。どっちもどっち論はもう聞き飽きたぜ。いい加減、はっきり白黒つけようじゃねえか。いや、やっぱりやめよう。そんなことをしてしまったら、絶対におれが見たくない結果を見せつけられる。おれが死ぬまでは、どっちもどっちで喧々諤々やっていてくれ。その喧噪からそっと抜けだし、おれは森の隅っこの方でこんな文章を書いて、リスや小鳥たちを相手に読み聞かせ会でも開催しているよ。幻覚性物質たっぷりのキノコを食べて、森の主であるセコイア爺さんのうろの中で眠るよ。新世紀が到来したら起こしてくれ。それまでは放っておいてくれ。


 冷笑的な合理主義者たちにはフェティシズムなどは理解できないだろう。幼児的なエモーションの発露であるこういう文章だって、連中にかかってしまえば意味不明の一言でばっさりやられてしまうだろう。そんなもんは承知の上で、こっちは文章書いてるんだよバカヤロウ。おまえたちはチンケなメロドラマでぐっすん……およよ、と涙を流していればいい。棲み分けは必要だ。しかしおれたちの縄張りがどんどん狭まってきている気がするのだが、そのあたりのことについての大臣の見解を伺いたいのですが。いえ、一般論ではなく、大臣の考えをお聞きしたいのですが。いえ、恐縮するくらいでしたら繰り返しは結構ですので、しっかりと質問に答えていただきたいのですが。


 さすがにこの時間になると、暖房なしでは肌寒くなるのだが、せっかく暖房なしでここまできたので、根性でなんとかするというか、もうそろそろこの文章も書き終わるのだから、さっさと布団に潜り込むのが正解だ。いつまでも遭難している場合ではない。少年よ、我に返れ。

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