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ダス・ゲマイネよりのがれまほし

 自由気ままに振る舞う花粉にやられて、ちりつく目、痙攣する鼻孔、焼けつく肌、そして眠気。眠気、眠気、眠気。劇甚の眠気が襲いくる。いくら眠っても眠りたりない。いまこのときも、ついさっきまでうとうとしていた眠気の残滓にまとわりつかれて文章執筆への集中が妨げられている。脱出経路が寸断されている。この場所からの脱出。その希望を捨てたら、とても生きていられない。そして脳に電流がはしり、また薬を飲み忘れていることを思い出した。くそったれ脳みそめ。とっととセロトニンを出しやがれ。悪態をつきながらマッドカプセルを飲み下した。瞬間、ストーンとストーンド・ストーンド。身体が浮き上がり、うねる天井に吸い込まれながら、マンチー状態の口からとろけたチョコレートが溢れ出そうなほどのフレッシュな甘味の洪水の中、時の流れは極めて緩やかにたゆたい、自分自身が宇宙の一部というよりも宇宙そのものであるという事実が確かな揺るぎない現実として実感を持つに至り、ふいに誰かに呼ばれた気がして、振り返れば、そこはいつもの家の中とは違う場所にいながら、でもいつもの家の中なので見た目としてはなにも変わりがない異様にゴキゲンな風景の中で、螺旋状の少年がけん玉でフリップトリックをきめながら叫ぶのだった。


「サンキュー! サンキューソーマッチ! ミスタ・タロウ・タナーカ!」


 真っ赤な嘘と私信を織り交ぜながら螺旋状の少年は進む。だって誰が本当のことしか書いてはいけないと言った? おれだ。嘘は嫌いだと、どこかで書いていた気がする。それはそれ、これはこれ。そういう意味ではないんだ。嘘といっても文章表現の中での嘘であり、飾り付け用の嘘とは違うのだよ。自分自身を大きく見せようとする嘘、虚飾としての嘘、そういったものがおれは嫌いだという話だ。照れた素振りや露悪的な言動に惑わされないで。素顔の阿部千代は正直者のナイスガイだ。このような自己申告を信じるか信じないかはあなた次第……ではない。おれがそうだと言えばそうなんだ。そこにあなたの判断を挟みこむ余地はない。信じるとかそういう問題ではないということだ。もしおれが気に喰わなければいますぐ消えろ、もしくは掛かってこい。そういうことなんだ。

 なにがそういうことなのかさっぱりわからない。つまりはこういうことだ。おれの中の防衛機構が反応したんだ。ここであなたがた読者に甘い顔をするということは、おれ自身に甘い顔をすることと同義だということ。おれは偶像化されるわけにはいかないからして、気合いを入れ直したというだけのことだ。まったく自意識過剰で自分勝手な防衛機構さ。だから、おれは気まぐれだとよく言われる。しかしそれは表層的におれという人間を評しているに過ぎない。おれのなかでは理屈が通っている。それをいちいち説明するのが面倒なだけだ。いや、面倒というよりも到底理解しきれるわけがないだろうという、諦め。おれの中の意識の流れを説明したって、それは野放図でルールレスのように思われてしまうのだが、違う違う。他の連中が無意識的にショートカットして切り捨てている部分を、おれは意識的に丁寧に辿って拾い集めているだけだ。

 そんなこととはまったく関係なく、読者の皆様にはサンキュー! サンキューソーマッチ! これは単純な感謝だ。おれはあなたがたの方を向いて文章を書いているわけではないが、あなた方の存在がおれに勇気や安心をくれるという事実は厳然としてここにある。そう言って、おれは偉そうな顔をしながら親指で胸をとんとんと軽く叩いた。お付き合いいただきありがとう。このままおれが自分勝手に踊り狂う様を観察し続けてくれ。それがほんの少しでもあなたの魂のライヴ活動の一助となることができればこれ幸いだ。


 おれは人間が怖い。姿格好がビッとしていて物腰も柔らかなのに、口を開けば女性の悪口や韓国人の悪口ばかり言うようなやつが実際にいたりする。みんなが心の底で思っていることをぼくはズバリ言っちゃう正直者ですから、みたいな顔をしていたりするんだ。そういうのを見ると意味がわからない。愕然とする。こいつはおれと同じ種で、女性とも韓国人とも同じ種であるのに、まるで違う種であるように振る舞っている。こんなにビッとしていて優秀そうな見た目をしているのに、芯から狂ってやがる。どれだけのキチガイがこの人の群れの中に紛れ込んでいるんだ。どれだけのやつが普通の顔をして狂気を内に潜めているんだ。頼むから見た目でわかるようにしてくれ。そうすれば、こいつはもしかしてキチガイなのだろうか、なんて疑わずに済む。安芸高田のあの市長みたいに自己顕示欲が超強ければ速攻で、ああこいつは触っちゃいけないやつだ、そう判断できるからいいのだけれど。そういう観点からであれば、あの市長はまだ好ましい。もし目の前にいたら、人差し指と中指で鼻を思い切り捻り上げて涙目にしてやるところだが。

 つまりはどこに化物が潜んでいるのかわからない、この人間社会ってやつがおれは恐ろしくてたまらないわけだ。普段から態度が悪かったり刺青だらけだったりする連中の方がまだ話が通じる気がする。ありふれた格好で人畜無害なふりをしながら悪意と憎悪に満ちた潜在的な害獣たちから、この身と精神を守るにはどうすればいいのだろうか。結局は内面にシェルターを作ってそこに引きこもるしかない。人間からの干渉を最大限に避けて生きるしかない。だがここで生活という問題が。面倒くさい。最強に面倒くさい。ライフスタイルなどはどうでもいいが、食い物がなければ飢えて死ぬ。壁と屋根がなければ凍えて死ぬ。クソッタレ、生命を人質に取られてしまっているんだ。どうしてもおれと他人を接触させたいシステムが作動しているらしい。連中だけで勝手にやってくれよ、おれを巻き込むなよ、そうは言ってもおれには金がない。

 結局のところ金がすべての起点となり、金を稼ぐやつが無条件でもてはやされ、金に繋がる精神が美徳とされる。まったく生臭いね。しかしどうしたものか。金か。結論はひとつだけだが、その結論を下すことをなるべく引き延ばしていたい。労働をすることは嫌じゃない。労働で関わる人間どもが嫌なんだ。連中と関わると、なぜ生きているのか、どうして生きていなければいけないのか、おれの生きる動機が希薄になってゆく。そしてキチガイハラッサーが現れ、おれはそいつと敵対する。説得される。固持する。面倒なやつ。繰り返す。場所を変え、組織を変え、繰り返す。そこに終点はない。


 脱出することだ。この場所から。それが唯一の希望、そいつを失ってしまえば生きていられない。文章を書き続ける覚悟はあるか。たとえ疲れ果てても、すべてが嫌になっても、それでも文章を書き続ける覚悟はあるか。

 ああ。なんだか最近のおれは覚悟が決まったような気がするよ。これが最後の脱出経路だ。この頼りない手堀のトンネルが塞がれてしまえば、もう逃げ道はない。だから奥へと進むだけだ。落盤を恐れてなどいられない。そんなものより恐ろしい連中がウヨウヨしているから。進むだけだ。ただひたすら文章を書き進めるだけだ。上等じゃねえよ。おもしれえじゃねえよ。やってやろうじゃねえよ。リメンバー・狂い咲きサンダーロード。電光石火に銀の靴。これがきみへのプレゼントだぜ。地獄まで咲け、鋼鉄の夢。ブレーキはもう効かない。やってやろうじゃねえよ。

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