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行間からはみ出る記憶

 ミクロの幸せ、マクロの不幸せ。おれは巡ってくる春に希望を繋いで生きているわけだ。だから、おれにはがっくりくる理由なんてなにもない。雨風を凌げる部屋はあるし、今日だって食い物にありつけた。頭痛は常駐しているし、馬鹿げた文章だって書くけど、それは承知の上だから、自信を失う必要なんてまったくないってことなんだ。自信って意味だとこいつは最悪の時代だぞ。偽物の自信、借り物の自信、根拠なき自信、逆説的な自信、そんなようなものがそこらじゅうで溢れていて、目に余るほどだ。だけどここが辛抱のしどころさ。とりあえず文章を書き続けてさえいれば、なんとかしのぎきれるかもしれない。いまが勝負どきってわけだ。生きることに疲れている場合じゃない。そういう気分になるべくならないように気をつけるんだ。ああ、今日はもう大丈夫。お腹もまずまずいっぱいだ。心地よい感じの眠気もあるし、今夜の文章は明るくてとてもいいものになるんじゃないかなとね。


 偉大な思い出がなんとも色あせてしまった。まあ、それはそうともいえるし、そうでもないよ。もともと色あせていたのかもしれないし、思い出だって年を取るからね。問題は思い出に取って換わるものがいまだ出てきていないってことなんだ。


 即興でこしらえる文章にも影が差す。サイクルとパターンに支配されつつあるという事実におののく。頻発するクリシェ。引き延ばされ続けるプロセス。まるで、ノンステアのオン・ザ・ロック。まるで。こう書いておけば、例えその言葉がまったくなにも喩えていないとしても比喩として成立しうる。大抵の人間は深く考えて文章を読んでいない。まるで、を置いておけば直喩だと勝手に考えてくれるだろう。仮に考えて文章を読んでいたとしても、どこがどう比喩なのか、なにに掛かった比喩なのか、理解できない自分の知識が不足しているのだと思ってしまう。文章にはそんな魔力がある。なにも喩えていない直喩。文章として明らかに成立していないのに、書いてしまうことはできる。堂々と目の前で行われるいんちき。おれは文章のそんなところが好きなんだ。もちろんこんな不誠実なことはするべきじゃない。だからこそ、おれもすぐさまネタばらしをした。だが、どうだろう。おれがこんなことを書いたことによって、おれの文章は途端に油断ならないものになった。頭から信じられるものではなくなった。どこかでイカサマをはたらいているのではないか。はじめに言葉ありき。きみは背筋を伸ばし、気合いを入れ直した。


 安心してほしい。きみの気合いと反比例して、おれの文学的野心は急激に冷めはじめている。どうか肩の力を抜いてくれ。激烈バカを読むような心持ちでおれの文章を読んでほしい。板橋区のひとみちゃんに根性焼きを入れるような気持ちで……。

 なんにしたって、この世界に現存する文章の中、読む価値のある文章などはほんの一握りである。書店に並ぶ書物にしたってそれは同じこと。そのくせ最近の本はアホみたいに高い。おれが直近で買ったハードカバーなど税別で3600円もしやがった。文庫本で1000円を超えているものだって普通にある。あ、テッド・チャンの新しい短編集だ、買わなきゃ。そう思って1900円と消費税を払って、家に帰って読んでいたらどうにも内容に既視感がある。真相はもちろんあなたの予想通りだ。同じ本を2冊買ってしまったというわけだ。しかもかなり短いスパンでだ。なにしろ初版本と2刷本の両方が手元にあるのだから。確かにおれはテッド・チャンの本を買ったことを忘れていた。読んだことすら忘れていた。それは認める。しかしこの場合は、本のデザインの地味さにもあるだろうと言える。こんなデザインの本が記憶に残るか。テッド・チャンの息吹という本だ。是非ともググって見てほしい。正直なところ、早川よくもやってくれやがったなって感じだ。もっとカラフルで印象に残るデザインだったら、同じ本を買うなんてありがちなミスをこのおれが犯すわけがない。最近の早川はディックの新装デザインといい、ラファティの短編集シリーズといい、装丁の色遣いを抑えすぎじゃないか。予算の問題か。苦肉の策か。紙の本は売れないんすよ、そういうことなのか。それなら仕方ないか。書店に行くと、まずハヤカワ文庫の棚に行くおれだ。早川には頑張ってほしい。


 つまりまあ、そういうことだ。ありがちな、本当にありがちな、読書エッセイめいた話をおれはこの場において書いてしまったわけだが、どうだろうか。こんな文章に読む価値があると思うか。おれがおれではないとして、こんな文章に出会ったとしたらこう思う。どうでもいいよ。本当にどうでもいい。こいつが同じ本を2冊買おうが3冊買おうが心の底からどうでもいいし、テッド・チャン読んでいるんです、本をたくさん買うんです、早川書房好きなんですアピールが超絶うざったいし、読書好きあるあるですよねこれって、みたいな感じが最高にキモい。この共感を求めている感じが腹立つんだよ。おれがエッセイと呼ばれている文章が好きじゃない理由、おわかりいただけるだろうか。それともおれがただ単に捻くれているだけだとでも?

 違うね。おれは捻くれているんじゃない。見えてしまうんだ。書かれた文章からその人間の真意みたいなものが。こういう文章を書くやつの欲望は、文章によってなにかを表現したい表出させたい、とかそういうものじゃない。こんなオチャッピーなわたしをどう思いますか? 教えてください。そしてあわよくば好きになってください。そういうね、汚らしい欲望をだだ漏れさせるんじゃないよ! そんな下品なものは完全に隠すか、すべてを曝け出すか、どっちかだろう。その上で嫌ったらしく仕上げない。文学ってそういうもんだろう。……なんてな。まるで頑固オヤジだ。もしくは青臭いガキだ。文学だってよ。笑えるぜ。そんなもん、とっくに死んでるっつうの。なあ?


 さて。そんなわけで、読者プレゼントだ。テッド・チャンの息吹をただでやる。2冊持っていてもしょうがないからね。先着1名に普通にやるから、もし欲しいヤツがいたら言ってくれ。条件は浦和近辺に来られるヤツ、いや近辺じゃないな。浦和しか許さん。あと非武装の人な。武器の持ち込みは遠慮してほしい。浦和駅前はちゃんと交番があるからな。なにかあったらすぐにパクられるからな。顔とか見られたくなかったら目出し帽でも被ってこい。おれも本を渡したらすぐ帰るからね。ああ、でも無用なトラブルを避けるために、未成年者は勘弁な。ううん、なんだか嫌な予感がしてきたな。直接会わずに渡すいい方法があるならそれでもいいよ。ただ配達とかには出したくないよ。面倒だから。住所なんかも知りたくないし。

 まあこんなこと書いても誰もなにも言ってこないだろうけどさ、こういう予想外の行動に出るのが好きなんだよな。一応いま規約をざっと見たから、たぶん規約違反ではないと思うけど、もし規約違反だったらこっそり教えて。速攻消すから。そんな感じですよ。しかし、本をあげるよーっていうただそれだけのことで、色々と気にしなきゃいけないの、面倒くさい世の中だよな。まあここで面倒くさいっつって適当にやっちゃうと、お互いにどんなトラブルに巻き込まれるか本気でわかったもんじゃないからね。なんて書いてると、ちょっと怖くなってきちゃったから、適当な部分も必要だよね。それじゃ寝ますよ。

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