とりあえずファック
重苦しい雰囲気。これはもう駄目だ。手後れと不手際をミルフィーユ状に重ねて、目を覆いたくなるような地獄絵図が出来上がった。デマゴーグをむさぼり食い、エコーチェンバー内で育つ赤ん坊。耳触りの気持ちいいストーリー以外は拒むきかん坊。本当はそこでなにが起こっているのか、昨日そこでなにが起こっていたのか、そんなことには誰も興味など持たない。事実はいつも都合が悪く、そしてとても退屈だから。それよりも、劣情を煽る扇情、純情すぎる自称天上人たちのニーズに応えて、現状をねじ曲げ炎上する戦場に変えて献上。当落線上はとっくに越えて、どこまでも転がり落ち続ける。
――どうしてこうなった? 知らないよ。ただもしかしたらおれのせいかもしれない。おれが遊びほうけていたから。なにも見ず、なにも知らず、なにも考えず……。ただただ己の快楽を求めて。それが生きるということだと思っていた。それこそが。おれのような無学で不真面目な人間よりも、学があって真面目な連中に面倒なことを任せていれば大丈夫。勝手にやればいい。おれは遊ぶ。遊び続ける。酒を飲んで煙を吸って女とやる。歌って踊って揉めごとを起こす。笑って叫んでタクシーを強引に止める。そんな夜を繰り返して、繰り返して……そのうち勝手に死が訪れるだろう、と。
電気蜘蛛の巣に絡め取られて、連中は考える頭を失ってしまった。誰かが悪意を解き放った。電気蜘蛛の巣の糸を伝い、空っぽの頭に、自尊心をなくした魂に、悪意が注ぎ込まれた。滋養に富んだ悪意。元気になれる悪意。剥き出しの悪意は驚くほどに極彩色だった。まるでサイケデリックス。とても気持ちよくって、なんだか強く賢くなってゆく気がする。そうなのです。わたしは世界の真ん中ジャパニーズ。選ばれた民ジャパニーズ。ジャパニーズはこんな残酷なことはしません。ジャパニーズはこんな主張はしません。ジャパニーズはいつだって公平で、いつだって正しくて、いつだって慈愛に満ちていて、礼儀を重んじ謙虚で誠実、ですからですね、我々日本民族は森羅万象においてですね、明確な立場というものをですね、示さなければいけないわけでありまして、その中においてですね、繰り返しになりますがですね、こんな人たちに負けるわけにはいかないのであります!
――あの野郎は死んだよ。考えうる最悪な形で死んじまった。おれはあの瞬間に、すべての底が抜けたと思ったね。なにもかもが修復不可能、もう駄目だ。排外主義とテロリズム。もう駄目だ。なにもかもがめちゃくちゃになってしまった。悪意と無関心が淫らな行為に耽っている。増殖している。インヴィジブルな種子がばら撒かれる。発芽している。増殖している。増殖し続けている……。
素敵な夜がもたらしてくれたのは、ときめきの夢、深い眠り、幻想とディープキッス。静寂の朝に訪れたのは、果てしない渇き、下った腹、倦怠感、強烈な空きっ腹。
ベッドの中でもぞもぞ動く。不快だ。すべてが不快だ。意識はバラバラに引き裂かれ、状況を整理する方法を失ってしまった。なぜここにいるのか。それもわからなかった。唇に残るキッスの感触。夢の乙女はなんて言ってくれたんだっけ? でも選んでくれた。あなたが好きよ、一番好きよ。そう言ってくれたんじゃなかったっけ? なぜか哀しい雨の朝、ベッドの中でもぞもぞ動いていた。髪の毛が口の中に侵入してくる。不快だ。すべてが不快だ。それでも救いはある。だって想い姫は選んでくれた。あなたが好きよ、一番好きよ――。
3、2、1、0。パチン。
はい、覚醒しました。完全で完璧です。おはようございます。阿部千代です。とても素敵な気分です。お父さんとお母さんに感謝です。ご先祖様に感謝です。英霊たちにも感謝です。阿部千代思えらく阿部千代は悪い病気に掛かっていた模様です。特亜の手先に誑かされていた模様です。しかし皆様。阿部千代ここに覚醒いたしました。完全で完璧です。ややこしく複雑に絡み合った問題を単純化した図式の中で踊っている阿呆などは相手せず、要素を分析してひとつひとつ厳正に精査した結果、不法滞在の外国人は犯罪者で違法な存在であり、かわいそうなどという情緒的な問題にひとくくりにしている単純阿呆どもの存在自体が憂うべき事態であり、乱暴狼藉を働く違法外国人どもを庇い立てる言説に社会が惑わされているというたいへん危惧すべき状況であるにも関わらず、国益を見ようともしない阿呆どもには完全で完璧な日本人の目指すヴィジョンを理解する頭がないのであり、国益こそがすべての法治国家に生まれてきた幸せを享受しておきながら、完全で完璧な国益を最優先する日本人の言うこと為すことに文句をつけるだけの輩はさっさとこの完全で完璧な日本から退場していただくことがお互いの幸福の為にも最善の策だと意見しましたところですね、阿呆はなにかよくわからないことを言ってくるわけですね、そもそも人権などという形のないものは国益よりも優先されるべきものなのでしょうか、そういったことももう一度考え直すべきではないかという意見も多くの識者から出ているわけでありまして、そういった状況においてですね、森羅万象を代表して述べさせていただきますればですね、こんな人たちに負けるわけにはいかないのであります!
大人になりきれない幼稚な連中。やつらに話が通じるなんて思っちゃいないさ。聞いたことには答えてくれず、論点はずらされまくる。こっちは情緒の話なんてしていない。単純な話だ。悪意のデマに基づく特定民族への憎悪を煽るヘイトスピーチをやめろ。これだけのことだ。おれはクルド人が可哀想だなんて言っちゃいない。クルド人に関して否定的な情報の殆どが事実ではない。そう言っているんだ。中将さんよ。あんたはファクトチェックのやり方も知らず、デマを頭から信じ込んでいるポンコツ安楽椅子探偵だ。なにが複雑な問題が絡み合っているだ。図式を単純化しているだ。それって差別扇動だよという指摘を、意見の違いとかいう言葉で相対化しようとしているのはあんたなんだよ、中将さん。現地を知る人間から、事実と違うと指摘されたって、結論ありきだから耳を貸しやしない。差別煽るなよ、迷惑なんだよっつってんの、こっちは。蕨、川口のクルド人の話を、単純化して移民政策とごちゃ混ぜにしているのは、あんたなんだよ中将さん。
「日本文化を受け入れてくだされば外国人は全く問題ないと思っています」
これが典型的な差別発言だという考えに至れない、あんたは立派な外国人排斥主義者であり、差別主義者だよ。恥ずかしいぜ、中将さん。あんたはアイデンティティを捨てろって言ってるんだよ。そんな権利を持つ人間はこの国には存在するはずがないんだけどな。日本国憲法って知ってるかい? そういうレベルの単純な話のわけでさ、複雑な問題が絡み合ったり、外国人かわいそうなんていう情緒的な話だったりもしないんだよね。
でもしょうがないんだ。アイヌの権利をこれ以上認めてしまうとロシアが北海道に攻めてくるっていう、クエスチョンマークが頭の上に何個も浮かんでしまうような主張をされる方だから。杉田水脈は言い方は悪いけど、主張自体はまっとうだって思っている方だから。
おれだって馬鹿らしいけどよ、中将さん。おれはあんたを見張り続けるよ。おれがうっとうしかったら、おれが反応しそうな話題は避けるこったな。おれは別にあんたを説き伏せようなんて思っちゃいない。あんたのような人間を中心としたエコーチェンバーが生成されるのを少しでも食い止めたいだけだよ。
それじゃ、また遊ぼうぜ、中将さん。




