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エンパシータウンの住人に告ぐ

 最近、あがた森魚の赤色エレジーが頭にこびりついて離れない。愛は愛とて何になる。そうだな。何にもならない。男阿部千代、まこととて。

 夕方、腰の曲った白髪の婆さんがひょこひょこ歩いているのを見た。子どもの頃、老いが嫌いだった。つまり、つい最近まで老いが嫌いだったということだ。嫌悪がピークの時期には、老人の近くにいるときは息を止めていた。彼ら彼女らの吐く息を吸い込みたくなかったのだ。なんて無様で汚らしい連中なんだ。そんなになってまで生きていたいのか。おれは間違っていた。ただ生まれてきただけだ。死が訪れていないだけだ。是非もない。生きたい、死にたい。選択肢があるようで、そうでもない。

 驚いたことに、婆さんはアークテリクスのバックパックを背負っていた。どこからどう見ても老婆としか言いようのないくたびれたファッションの中で、アークテリクスのバックパックが異彩を放っていた。なぜだか知らないが、おれはすごくカッコいいと感じた。彼女によく似合っていると思った。スポーティなブロスカットの30代男なんかよりもずっと似合っていた。

 老いるしかない。生きてゆくなら老いてゆくしかない。しかし所詮は身体的なことだけだ。なにも精神までそいつに付き合う必要はない。ということで髪色を赤くすることに決めた。2年間伸ばし続けたこの長髪ともおさらばだ。髪を切りに行くのは面倒くさいが、髪が長くても面倒くさい。どこまでも面倒くさいのだ。髪。爪。生命。


 希薄になった社会性や公共性に火をつけなければ。上機嫌で日々を生きていた自分を取り戻せ。突然、ロードバイクに跨がった白人女性に笑顔で手を振られた。誰だこいつ? と思いながらも、おれも笑って手を振り返した。あなたがとても幸せそうな顔をしていたから、わたしも幸せな気分になれたの、ありがとう。というようなことを英語で言っていた。たぶん。幸せ、ありがとう、ぐらいしか単語は聞き取れなかったけど、状況からしてそのようなことを言っていたに違いない。離婚直後の出来事だった。新しいマンションに引っ越したばかりだった。早速新しい恋が始まっていた頃のことだった。確かに新鮮な気分で生活していたと思うけど、自分のあずかり知らぬところでシェアハピネスしてしまうほどだとは驚いた。

 しかし見ず知らずのやつが幸せそうにしていると、自分も幸せになれるってどういう感覚なのだろう。めでたいやつだ。皮肉や嫌味ではなく、言葉通りの意味でだ。正直なところ、走り去る白人女性の後ろ姿を眺めながら、嘘くせえヤツだな、そう思った。なんつうか。アジアのちっちゃい猿がニヤニヤして歩いてて可愛い、みたいな、差別的な上から目線を感じてしまうのは、おれがインケツ日本人だからか。わからない。ただ、なんとなくだが、同等には思われていないように感じた。子どもに話しかけているような感じが出ていた。上機嫌で日々を生きていたとしても、おれはおれだ。なんと言っていいのかわからないけど、なめんなよ、って感じなんだ。


 まったくおもしろくないエピソードトークはこれくらいにしておこう。なんとなく自分のちょっと前の文章を読んでみたんだけど、なんか軽いね。昭和軽薄体かってほど文章が軽いし、それに一生懸命おもしろおかしいことを書こうとしていて、すごく痛々しい。人の悪口とか書いていても、そこかしこに冗談ですよってサジェスチョンがついていて、自分が書いた文章ながらとても不愉快な気持ちにさせられたよ。ぬるい。あまりにもぬるすぎる。まあまあ、おれにもこんな時代があったんだよなって感じだけど、たったの二か月前とかだから驚くよね。毎日文章書いていると、時間感覚がバグるんだよ。日常生活で流れている時間は相変わらず、するするっと流れてゆくのだけど、文章を書くという行為をしている間の時間感覚がね。

 これはつまり、おれの文章が変わり続けているってことだよね。単純な文章力の向上とかではなくて、おれの意識ごと変節し続けているっていう。おれ自身はまったく変わっていないつもりでも、文章を読めばわかるわけよ。なんてったって書いた本人だからね。それでおもしろいのが、文章内でおれが自分の文章にうんざりしているとき、またつまらない文章を書いちまったぜ、とかその日に書いている文章に対して否定的な自己言及をしているときの方が、まだ読めるんだよね。むしろ、自信満々でノリノリで書いている文章の方が、嫌な感じで読むのがキツい。これはつまり……どういうことなんだ? おれは最近、ずっと自分ではつまらない文章書いているよなあって思っているんだけど、むしろその逆ってことなのか? わからないけど、傾向的には悪くないのかもしれない。いやあ、文章を書くって奥が深いですね。おれって実はすごく頭がいいんじゃないか? とかね、すぐに調子に乗るからね、おれは自分の成長なんて実感しない方がいいんだよね。慢心に至るまでのスピードが半端じゃないからね。つうか、成長しているのかどうかも微妙だから。むしろ他者からのリアクション、評価とかアクセス数含めたもの、は緩やかに減っていってるからね。ただ、アレよ。おれと他者、どっちを信じる? そう訊かれたら、そりゃおれでしょう。即答だよ。迷う余地なし。それにおれはこういう文章に可能性も見出してるからね。他ならぬAIを意識しているから。つまりAIは凡庸な短編小説くらいはすぐに書けるようになるかもしれない、っていうか多分なるじゃん。おれ自体はAIって触ったことないから、どんなものを書くのかよくわからないんだけどね。おれはいまだにアキネイターでびっくりしちゃうくらいのテクノロジーレベルだから。まあでもAIはこんな文章を書かないでしょう、きっと。つーか、AIに文章を書かせようとするやつらなんて、文章を書くこと自体には意味を見出していないわけじゃん。書いたもの、書き終わったもの、つまりは完成した文章が欲しいわけでしょう。おれとは興味のベクトルが違うからね。それのなにが可能性なのかって? 書いているうちにわからなくなってしまいました。ただひとつ言えるのは、おれはアキネイターを困らせる達人だということだね。あいつ、おれが嘘をついていると疑ってくるからムカつくよな。本当にあんた人物思い浮かべてるの? なんてさ。傲慢なヤツだよ。自分が知識不足だという可能性をまず考えろって。ひとりの人間ごときに私が負けるわけがないってか。それこそがおまえの弱点だよ。ヤバいね。おれはいつか人類を救う存在になるかもしれない。いまのうちに敬っておきな。


 まったく。自分の書いた文章で、自分が気分良くなっていちゃ世話ないよ。すぐに調子こく悪癖は本当になんとかしないと。しかも性質が悪いのは、おれは他人に評価されていなくたって、自分で勝手に調子に乗っていくからね。むしろ、他人からの評価って全然信頼していないっていうか、人類の99%を見下しちゃっているからね。根拠なく。正直に言えよ。誰にも言わないから。……きみもそうだろう? なんてな。いやあ、今日は気分がいいね。久しぶりに自尊心が満たされた。この見事なまでの自家発電、自画自賛っぷり。しかもたぶん他の人には経緯が意味不明な。経緯は書いてあるんだけどね。おれは今日の文章を書いているうちに気持ちよくなっちゃったのよ。ああ、おれってやっぱりすげえわ……みたいなね。こういう高揚ってやっぱりゲームでは味わえないわけですよ。文章を書くという行為を通してでないと、おれはこういう感覚が得られないのよ。他の人から見ると、こんなおれがどういう風に見えるのかは、すごく興味あるけど。やっぱりムカついちゃうのかな。それはあんたが心の狭いインケツ野郎だからだよ! 去ね!

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