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きみを叩き起こしにゆくよ

 誤解を恐れずに言えば、おれは誤解を恐れてはいない。文章を書く。その文章を誰かが読む。結果、どう伝わったかは、おれのあずかり知るところではない。まあ当たり前の話だ。改めて書くほどのことではないね。それでもなぜこんなことを書いたのかと言えば、なにも考えていないからに他ならず、おれの気分が盛り上がればいいなと期待して書き出してみたはいいけれど、まったくおれが乗ってこなかったものだから、この話はこれでおしまい。


 まずはこの眠気だ。ねっとりと絡みついてくるような眠気。完全に文章を書き出すタイミングを間違えてしまったらしい。そしていやらしい眠気のせいなのか、この気分の落ち着き具合といったらどうだ。ええ? どうなんだい? すこしくらいは昂ぶってくれないと、おれも困ってしまうよ。嫌になっちゃうね。フィジカルとメンタルががっちり手を組んで、おれの邪魔をしてきやがる。最近は結構すらすら書けていた日が多かったから、まあちょっと眠いけどいまのおれならなんだかんだで書き出したら書けてしまうのでしょう、なんて感じで油断していたね。だからなんだよ、思わずそう言ってしまいたくなるような文章を書いているけど、もうそういう日だから、今日は。書いているだけ偉いと思って欲しい。でも皆さんがそんなに甘くないことは承知している。昨日、活気のない文章は嫌いだなんて書いておきながら、これだからね。ただそうは見えないかもしれないけど、悪あがきはしているんだ。のらりくらりとクリンチで逃げながら、消極的な姿勢に対するブーイングを背中に受けながら、それでもちゃんと勝機は伺っているんだ。カーン。どこにも活路が見出せないまま前半3Rが終了。フムン。


 もちろんこのままでは終われないわけですよ。価値観が相対化されまくっている現代において、個人の文章に対するフェティシズムだけを武器に喧嘩を売っているおれがこんな腑抜けた態度でいいのだろうか。よくない。いいわけがない。しかしながら、眠く、重く、気怠い夜は、暖房が吐くゴーッという音だけが、眠たく、重たく、気怠く響いているのであった。流れというものが確かにある。アナリストには決して知覚することのできない、流れとしか言いようのないものが。基本的に普通の人間は流れに逆らうことはできない。うねり、巻き、根こそぎすべてを持っていってしまうような、場の流れ。渦に飲み込まれ、攪拌され、信じられないようなミスを犯す。更に浮き足立ち、緊張感がだらしなく緩み、照れ隠しでにやにや笑ってみたりする。弛緩した雰囲気の拡散力は凄まじく、個々人の意思とは関係なく、ただただ腐り果てていく。

 いったいなにを書いているのか。単調な文章だよ。わけのわからないまま、流れに流されてゆくおれ自身を表現しようとして、失敗したというわけだ。なんか書いている途中に色々と分岐を思いついてしまうものだから、その全ての分岐に色目を使っていたら、どこにも合流できなかった無様な文章。やっぱり脇目も振らずに突き進まなければダメだということが実感できたね。そういう意味では収穫ですよ。今日の文章だって決して無駄ではないんだよね。書いているおれはそれでいいのかもしれないけど、こんなものを読まされる人間の気持ちになってみても、まあそれはそれで楽しいんじゃないかな? これくらい我慢してくれよって気持ちもある。正直に言うと、こういう調子の出ない時ほど、頑張って書いているからね。頑張ったから偉いってわけでもないけどさ。こういう歪な文章を読むのだって、たまにはいいものですよ。均整がとれているものだけが賞賛されるような世の中、あんただって嫌だろう。とにかく、おれはいま窮地に陥りながら、苦慮に苦慮を重ねてこの文章をかいているってこと。それはあなたにはまったく関係のないことではあるけれど、知っていてもらいたい。あなたにだけはそれを知っていてもらいたい。だからおれはみっともないことをわざわざ書いたんだ。頑張って書いているって。


 でもどうなんだろう。おれは自分がみっともないことを書いたなんて微塵も思っていないんだ。だから本当は頑張っていないのかもしれない。どっちでもいいことだよ。書いてしまえばなんとかなるんだから。書き終わってみれば、苦労して書いた文章も、ノリで楽しく書いた文章も、違いなんてないんだから。結局のところは、おれの書いた文章っていうところに落ち着いていくんだ。これは決して良いことではないんだけど、しょうがないことではある。おれはおれから逃げられないのさ。振り切ろうったって無駄なのさ。影はどこまでもついてくる。そうだよ。たまにおれはおれの文章からの脱出を試みる。そしてその試みは大抵失敗に終わるんだ。けれどその挑戦は無残な形にはならない。だって、おれがその失敗を利用して、おれの文章に仕立て上げてしまうからね。それはおれにとって安心できる部分でもあるんだけど、どうもスッキリしない部分でもある。挑戦が挑戦ではなくなり、失敗が失敗でなくなり、いつものやつ、そんなものにいつの間にかすり替わっているのは、おれの限界を見せられているようで、すこし悲しくはあるね。なんてことを、今日初めて思ってるんだけどさ。こういうのって悩みって言うのかな。文章書く人間にとってはよくあること? それとも相当レベルの高いところで悩んじゃってるのかな? いや別に悩んでるってわけじゃないんだけど。悩んでいるってより、気づいちゃったって感じかな。ここから悩むかもしれない。でもおそらく悩まないだろう。それならそれで。そう言いそうだ、おれは。いつものようにね。


 だから結局はなんのために文章を書いているのかってことになっていくんだよね。わからないんだよ、それが。まったくもってわからんね。自己実現とか金とかのために文章を書いているわけではないのは確かなんだけど。そりゃそうだろう。おれだって、文章で身を立て名を上げようと思ったら、それ相応の文章を書こうとするはずだって。かと言って、文章を書くのが大好きって感じでもない。文章を書くことさえできれば、それだけでいい、それだけのために生きているってわけでもないからね。飢えたらそりゃ稼ぎに出ますよ。稼ぎに出て、疲れ果てちまったら文章なんて書けないよ。生きることと文章を書くことは別問題だから。わからないね。ただ単に現実から目を逸らしているだけだったり。逃避行動。でも逃避の方法なんていくらでも知ってるしな。なんで眠い目こすって逃避しなければいけないんだ。眠るのが一番の逃避じゃないか。とかなんとか書きながら、実はなんでおれが文章を書くのか、おれにはわかっているんだけどね。いいんだよ。なんだって。そんなことを書いたってつまらんだけさ。今日のおれじゃあ、なにを書いたってつまらんだけさ。それでも結局はいつものおれの文章になっているはずさ。いつもそうだったから。おれの気分の問題だから。おれがただ今日は自分の文章に退屈しているってだけの話だから。


 そしてまた風が強く吹きはじめた。いいね。すべてを吹き飛ばしてやってくれ。今日のおれはなんだかビッとしていないんだ。金属的な何かがカラカラと音を立てている。街路樹がざわめいている。いいぞ、いいぞ。ようやく元気が出てきたぞ。だらしない文章に容赦なく風を打ちつけてくれ。強烈な向かい風を食らわせてやってくれ。叩き起こしてやってくれ。目を覚ましな寝ぼすけ。さあ、出掛けるぜ。

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