壱話 平女のキリ
王宮の廊下には中庭に面した部分があって、飾り細工された欄干は朱塗りだ。
王宮に仕えることになって間もない美女、『希李:キリ』。
彼女の位はその時『平女:ひらめ』であり、平女は王の女達と言う枠になる。
かと言って、王の姿を拝見する機会があるかどうかも分からない立場。
特に、誰とも結婚しないことを前提に家から出された、なかなかの器量よしたち。
内実、そんな都合で集められた雑務係で、希李は料理を司る役職にいる。
幼少の頃、一時期の間、母親が料理のできない状態になった。
それをきっかけに近所の婆たちの集まりに混じって笑いをとっては料理を習った。
その経験を一般家庭の彼女が王宮で活かすことになったのは、彼女の容姿。
彼女を見捉えはっと息を呑んだまま、半刻も動けなくなった男もいた。
彼女の恋人を名乗って、周りから固めて手玉に取ろうとした女も、いた。
そんな中、王宮にいる親戚がそれを知って口利きをしてくれたのである。
口利きをしてくれたのは『由杏:ユアン』と言う中年の女。
ユアンは王の側女の世話係をしていて、側女が普段使う廊下を指定してキリを呼んだ。
何の用事なのかと不思議な心地のキリの目前に、側女とユアンが通る。
頭を下げて通り過ぎるのを待っていると、「話があるのだろう?」と側女様。
ユアンがキリに「側女様が懐妊したやもしれぬから、特別な食材を頼むよ」と言う。
指定された食材は見知らぬもので、考え事をすると歩を止めてしまう癖が出た。
もう役割のことで頭がいっぱいのキリは、ユアンが立ち去ったあともその場にいた。
料理人として、食材調達の役割と関係しているからだ。
そんな時見つけたのは、廊下に落ちている簪で、それは側女のものだと思われた。
穂に緑を含む鼈甲の簪には、精緻な柄が彫ってある。
今先ほどユアンが担当している側女様は「青の君」。
そして「青の君」が落としたと思われるこの簪は、「緑の君」のもの・・・
慎重に清潔な手拭いでその簪を拾って、ますます困惑しだすキリ。
「緑の君」は現在、病床にあられる筈・・・
「青の君」が立ち去ったと思われる辺りを見つめ、キリはしばらく推測に歩を留めた。