9 メイドさんは怒っています。
無礼を咎める言葉と同時にザビーネは右手を掲げてエイリッヒに向けていた。
こちらもまずかった。俺はエイリッヒが構えたときより慌てた。あれは魔術の発動準備だ。しかも大規模魔術である。
その証拠にザビーネの魔力が拡散し、周囲の精霊門を支配下に置いていく。半径30エルメの円状の精霊門が掌握され、そこに存在するおよそ十一万単位の精霊がザビーネの命令によって水と風のフェーズに変化した。これで魔術を発動するための魔力圏が完成したことになる。
こんなところで大規模氷魔法を行うつもりらしい。
この塔が凍り付けになるくらいではすまない。この規模の干渉は、精霊門を通じて精霊界そのものに影響を与え、おそらく塔は崩壊。周辺の建物にも影響が出る。そもそもここは城であり、政治の中枢であるから濡れて困るものも多い。
叡智族の天才児の脅威を認めたのか、エイリッヒがザビーネに向き直った。
「女子どもを傷つけるのは好みでは無いが、宰相殿の味方をするというのならやむを得ぬ。先に軽く躾けてやろう」
「黙れ下郎。貴様の言葉などなんの価値もない。その無価値にふさわしい塵に変えてやろう」
両者の殺気がビリビリと肌に痛かった。
武人として名高いエイリッヒはともかくザビーネもまったく引けを取らないくらい凄まじかった。
完全に英雄同士の一騎打ちの趣だ。
思わず見とれそうになってハッと気づいた俺は
「待った待ったちょっと待った!」
俺はそう言いながらザビーネが支配した精霊門を俺の魔力で強引に上書きした。
ザビーネは驚いた顔で俺を見た。一度掌握した精霊門は普通は簡単には奪えない。それが可能なのはこのジーメオンの桁外れの魔力とそもそもザビーネに魔術を教えたのがジーメオンだったからであった。
もっともエイリッヒはその精霊門を巡る攻防に気づかなかったようで。
「先に戦いたいのか宰相殿? 先陣は武人の誉れ。だがここは戦場では無い。順番を守られよ」
「申し訳ありませんジーメオン様。ジーメオン様を侮辱され少々頭に血が上っていたようです。氷魔法は確かに不適切。ご安心ください。腐食魔法をもって、この目障りな石ころを直ちに処分いたします」
ザビーネが再度魔力を使い精霊門を掌握しようとする。ご丁寧にも俺が奪った空域の外の精霊門だ。しかも今度は闇のフェーズに変化させた。言葉通り腐食魔法を使うつもりらしい。
ザビーネの魔術の発動を待たず、エイリッヒが動いた。
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