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65 恥ずかしながら戻って参りました。


      @


 俺は息を吐き、頭を振った。


 ベルフェゴールが機能停止した瞬間、俺の意識は王城内の自室で立ち尽くしていたジーメオンの中に戻っていた。

 独特の『酔い』が俺をふらつかせ、俺は壁に手を当ててなんとか倒れ込むのを阻止した。

 実際倒れ込みたい気分だった。


 『殻』を破壊されたことが俺に衝撃を与えていた。


 『殻』はジーメオンが創造したものではなかった。もっと上位の存在から貸し与えられて(・・・・・・・)いたものだった。そのため、修理をすることは出来ないし、現在ある七体以外に代替品もなかった。


 それほど貴重であり、言わば魔族の切り札で、加えて『殻』には創造以来の膨大な魔力が蓄えられていて、それを使い尽くしてなお一対一で勇者を倒しきることができなかったのだ。

 魔族統一戦では一回も使わずに勝てたにもかかわらず、である。


 由々しき事態だった。


 『みかこん』によると聖剣は七本あるが、失われても再生が可能なのだった。実際、ミカエルも魔王ハインリーケとイチャイチャしている間に聖剣を盗まれて、天使庁から文句を言われながらも再度発行してもらうということがあったはずだ。つまり、今回勇者を一人捕らえ聖剣を一本封印したが、天使庁としては聖剣を再発行し、その聖剣をそれなりに素養のある人間に渡すと新たな勇者が誕生する可能性が高かった。


 勇者と戦うと『殻』は失われる。

 一方、勇者はお代わりが可能。


 どう考えても敗北フラグだった。追跡にベルフェゴールを使用したことが悔やまれた。ベルフェゴールを使ってなければ追いつけなかっただろうし、失われることもなかっただろう。

 だがもうどうしようも無いのも間違いなかった。


 『殻』以外になにか勇者に対抗できる手段はあるのだろうか。

 魔術で対抗するには『殻』でも足りないくらいであったわけで、物理手段の準備をした方がいいと思われた。つまり体術や武芸である。それを叩き込むことができれば例えば相手の剣を躱しながら拳や蹴りを叩き込むことができはしないか。リー・リンチェイとかならできそうな気がする。

 だがここにはリー・リンチェイもジャッキー・チェンもサモ・ハン・キンポーもいなかった。


 寝床に潜り込んでさめざめと泣きたいところだったが、俺にはその前にやらなければならないことがあった。

 一角族への対応だった。


 しかもこれに軍を動かすと、めんどくさいことになるだろうと想像できた。

 ベルフェゴール越しに見た感じ集まっていたのは三百人程度。それ以外にどれほどの一角族が協力しているかわからないが、おおっぴらに討伐すると王都への波及が大きすぎた。何しろ王都で最大の人口を誇るのは一角族なのだ。彼らが団結して動き出したら、王都は大混乱となるだろう。


 つまり秘密裏に俺が一人で動いて、こっそり始末するのが最適だった。

 三百人程度の一角族ならジーメオンの身体で問題なく倒せるだろう。


 俺はもう一度ため息をついたあと、アバガン公爵邸に向かうために立ち上がった。

 

 事情を知っているエイリッヒに対し勇者と聖剣の回収をお願いする伝令を出し、それから俺はひとり王城を抜けだした。アバガン公爵邸に向かう。


 なんだか人生がむなしくなってきて、このままどこかに出奔したい気分だった。


 それでも俺はサラリーマン時代と同じように義務感だけに背中を押され、重たいため息を何度もつきながら、夜明けの道を歩き、アバガン公爵邸に到着した。


 面倒を減らすために、正面からではなく、壁を乗り越えて前庭に入った。


 入ると同時に魔術を展開。この前庭全体の精霊門を掌握し、魔力圏を構築する。これで発動速度で負けることはないはずだった。


 安心して前庭に踏み出し、そこで目を見張った。


 広大なアバガン公爵邸の前庭に、まるで海原の波頭のように、平伏する一角族の若者が並んでいたのだ。


 何が何だかわからず俺が戸惑いながら見回していると、誰かが両手両膝を地に着けたまま顔だけを上げた。俺はその時は知らなかったが彼は一角族のマルチガという青年だった。


 マルチガは熱っぽい視線を俺に向けた。その視線は恐怖に満ちていたが同時に陶酔感が混じっており、俺はなんだか怖くなって思わず後ずさった。身を守るものが欲しかった。これだけの人数だと刀とかでは足りなかった。散弾銃とかそういう感じのマンストッピングパワーが必要だった。


「やはり宰相閣下でいらっしゃいましたか……」


 マルチガの言葉と同時に全員が一斉に顔を上げた。恐怖と陶酔が混じった熱っぽい視線が俺に向けられた。

 四方八方から告白されそうな気配で俺の背筋に怖気が走った。散弾銃では足りなかった。機関銃が欲しかった。


「……ま、まぁそうですね」

「我々は間違っておりました!」


 マルチガの言葉と同時に、全員が一斉に頭を下げた。


 なんと答えていいのかわからなかったが、とりあえずカクカクと頷くしかなかった。確かに間違っている。こんな朝っぱらから大声を出すのもよくない。近所迷惑だ。


「この罪はいかようにも償います。死ねと言われれば死にましょう。ただもしこの命を使っていただけるのであれば幸甚の極み」


 マルチガ達は陶酔の声音でそう言った。


「……は?」


 俺の当惑は一切無視された。


「宰相閣下の御心の従います! どうか我らの忠誠を受け入れていただけないでしょうか!?」


 俺は助けを求めて周囲を見回した。

 誰も助けてくれなかった。

 だがふと思いついていた。


 --銃って対勇者で使えるんじゃね?


読んでいただいてありがとうございました。今回が第一部完、といった感じで、次回は第一部のエピローグ的なものであり、「人類の事情」になります。よろしければ評価をぜひお願いします。

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