64 一角族の事情。
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あとで聞いた話である。
マルチガは絶望の表情で空を見上げた。
「なんだ……あれ……」
マルチガの額には一本の角が生えていた。マルチガは大戦後に生まれた一角族の若い戦士だった。マルチガの周囲の同じような若者達も空を見上げていた。
彼らはアルバン侯爵邸の前庭に集まっていた。理由は内乱を起こすためだった。今日この日、一角族を抑圧している悪の宰相--ジーメオンを襲撃し、弑逆することで一角族を解放するつもりだったのだ。
だが、今呆然と空を見上げる彼らの視線の先には空を埋め尽くす精霊門が広がっていた。
「お、おおおおお」という呻くような声が聞こえマルチガはそこで我に返って声の方を見た。アルバン公爵邸から寝間着姿の初老の男がよろよろと飛び出してきたところだった。
初老の男は空を見上げながら、
「お、おおおお、ついに始められたのか……」
マルチガはその初老の男の額の角が捻れていることことを見て、初老の男がこの邸宅の主であるアルバン公爵であると気づいた。アルバン公爵は大戦時にすでに一角族の将の一人として戦争に参加した古老だった。確か三年前から病のためにほとんど動くことができなかったはずの公爵がこの異変にたまらず起き出してきたと言うことなのだろう。
今回の壮挙は若者のみで立案され実行されており、アルバン公爵は関係していなかった。そもそも一定以上の年齢の一角族は宰相のことを無意味に畏れており、宰相に対して反乱を起こすなどと言っただけで大騒ぎになることは確実であったので、完全に蚊帳の外に置いていた。
そんなアルバン公爵の前庭が壮挙の集合場所に使われたのは、王城との距離と広さと、あと壮挙のリーダーの一人にアルバン公爵の五男--エスプリがいたことだった。
目配せの後、エスプリがアルバン公爵に近づいた。
「父さん、寝てないとダメじゃないか」
アルバン公爵がよろよろとエスプリの方を向いた。
「……エスプリ?」
「そうだよ。貴方の子供だ。さぁ、寝室に戻ろう。看護人は何をしているんだろうね。罰を与えないと」
「いや、待て。戦争だ、戦争だぞ。寝ている場合ではない」
「戦争なんて起こってないよ」
アルバン公爵がいやいやをするように首を振った。
「ジーメオン様が!」
「ジーメオン?」
「ジーメオン様が戦っておられる! 我らも参戦せねばならぬ! それが我らの契約!!」
「……な、何を言っているんだい? ジーメオンなどいないじゃないか」
「わからぬのか! この魔力圏を!! これほどの魔力圏構成はジーメオン様にしかできぬ!! ええい、放せ! 儂は戦う! 一角族の栄光のために! ジーメオン様のために!」
暴れるアルバン公爵をエスプリが押さえ込んだまま公爵邸内に連れ戻した。
それをマルチガは今すぐアルバン公爵に詰め寄って問いただしたいという衝動を必死に抑えながら見送った。
マルチガはもう一度空を見た。精霊門は消えていた。既に精霊に変換され、魔術を放出し終わっていた。
にもかかわらず先ほどの魔力圏の偉容は、マルチガの脳裏に明確に残っていた。
目をつぶれば残像のように、複雑に組み合わされた精霊門の姿を見ることができた。思い出しただけでマルチガは昂揚を感じた。
魔族は力ある者を絶対の上位者として扱う。それは本能に近い。強さと関わらず精霊王とその眷属である白狼に対しては例外的に神格化されているが、それ以外はやはり強さなのだ。
強さこそが魔族の権威なのだ。
あの魔力圏の構成主が宰相だとするならば。
あれほどの絶対的な力を宰相が持っているとするならば。
「……我らは何か絶望的な勘違いをしていたのではないか?」
マルチガの言葉には自分でも気づくほどの熱狂が篭もっていて、そのことにマルチガは不思議な陶酔を感じた。
その熱狂はマルチガの言葉に頷く皆の顔にもあった。
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