63 鋼族の事情。
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あとで聞いた話である。
ジーメオンと別れたあと、鋼族族長エイリッヒは夜の王都を走っていた。
エイリッヒは走りながらも動揺していた。
エイリッヒが妻に続いて自分自身がジーメオンに助けられたことに気づいていた。自分を狙ってきたという勇者という名の暗殺者は自分一人では対抗できなかったのは間違いなかった。そもそも勇者の攻撃を受け止める術さえ持ってないのだ。普段はその固い外殻で敵の攻撃を無効化しながら圧倒的な暴力で粉砕する鋼族にとって、何物をも斬り裂く聖剣を持つ勇者は天敵のようなものだった。
そしてそれを排除してくれたのはジーメオンだった。
つまり命の恩を受けた。
さらにジーメオンはまったく恩に着せることもなく、あっさりと立ち去った。
この恩をどう返せばいいのか。
動揺しながらも答えが出ていることに気づいていた。
鋼族の忠誠を宰相に捧げる。宰相はそれに足るお方だ。
そう確信しながら鋼族に与えられた宿舎に駆け込んだエイリッヒは叫んだ。
「全員集合!」
族長の突然の命令に夜番の鋼鉄のゴーレムが慌てた。
「何事ですか? 夜番以外は全員寝ていますが」
「構わぬ。叩き起こせ!」
鋼鉄のゴーレムは族長の命令を慌てて実行した。
二千人の鋼族が起床し宿舎の中庭に勢揃いすると、
「鋼族の戦士たちよ、直ちに準備を実行せよ。完全武装だ」
二百歳でエイリッヒの副官的な立ち位置にいる黒曜石の鋼族--バルバッサが驚いた顔をした。
「……王都でそのような臨戦態勢は誤解を生むのではないでしょうか?」
「王都に侵入者があったのだ! 宰相閣下は理解してくださる」
「なんと!」
「武装したら、王城に駆けつける」
「承りました」
鋼族は戦士の種族であり、上意下達が徹底している。上官の意思が決まればそれに対して全力で実現するよう動く。
鋼族がテキパキと準備する途中で、異変が起こった。西の空に凄まじい魔力圏が構築されたのだ。それは王都にいても起きてさえいれば気づくほどの規模だった。強い魔力を持つものは、その力が強ければ強いほど、ジーメオンの魔術の広大さ精緻さに圧倒された。
「こ、これは--」
西の空を見上げ慄く部下に、エイリッヒが驚きを顕しながらも、大きく頷き伝えた。
「おそらく宰相閣下の魔術であろう。ということは宰相閣下は勇者と戦っている。急ぐぞ」
ギョッとした顔で鋼族の戦士達が振り返った。
「し、信じられません……」
「彼のお方はどれほどの力をお持ちなのか……」
「こ、これでは逆らえるわけがない。では我らはこのままずっと奴隷のように--」
「しかし宰相殿だとして誰と戦っているというのだ? この魔術を使うような相手がいるのか?」
「うろたえるな!!」
エイリッヒは周囲を見回して、それから大きく頷いた。
「宰相閣下を信じよ! 彼の方は分かりにくい方ではあるが、話せばちゃんと理解してくれる。なにより魔族全体のことを考えていらっしゃる」
部下たちは不安な顔をエイリッヒに向け、自信に満ちた族長の顔にたちまち納得した。
「は!」
「我らは我らのやるべき事をやればよい」
「は!」
「我らの誇りはなんだ!」
「戦士であることです!!」
「ならばそのように振る舞え!!」
「ハッ!!!!!」
準備が終わった鋼族はエイリッヒを先頭に完全武装で王都を進み、夜明け前のその行進に気づいた者達を慄かせたあと、王城の入口で衛兵に止められた。衛兵は鬼族であったが、武器を構えて決死の形相で言った。
「何事だ! これ以上は許可なき者が進むことはならぬ! 神聖なる王城をなんだと思ってる!?」
エイリッヒは動じることなく答えた。
「宰相閣下はおられるか? エイリッヒが来たと伝えてくれればわかってくれるはずだ」
「何時だと思っている? 宰相閣下はお休みだ!」
「だから伝えろ、と言っている。お前と話をしていてもらちがあかぬ」
押し問答をしていると、宰相付きの侍女が現れた。
鬼族の衛兵がどこかほっとした顔でその侍女を通すと、侍女は折りたたんだ紙片をエイリッヒに渡した。
「こちら宰相閣下からの伝言でございます」
ほら見ろ、という顔で衛兵を見たエイリッヒは伝言が書かれた紙片を受け取った。
急ぎ目を通し、
「ふむ。バルバッサ、十人選出せよ。西の地に猫耳族がいるので、それと接触し、彼らの持つ大型の鳥の姿をした『殻』と封印された『剣』および人間を王城に持ち帰れ、とのことだ。十人は我が指揮する。残りのものは王城と王都の守護に努めよ。そちらの指揮官はバルバッサ、貴様がやれ」
バルバッサは大きく頷き、直ちに動き出した。
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