61 勇者達の事情Ⅱ
あとで聞いた話である。
ラファエルの勇者ファンの攻撃が空をまっすぐ貫いた。
それを遙か彼方に点として見えていた敵の魔族がひらりと躱した。アルハヴァは目を見張った。ファンの攻撃は霊気を発射する霊砲術と呼ばれる技術で、最高レベルの攻撃だった。それを躱したとあれば、敵は強敵だった。
だが強敵であればちょうどよかった。魔族は戦闘力がすなわち地位に直結する。個人的な強さ=偉さという文化なのだ。つまり、最前線に出てきた敵の主力かつ首脳を叩くチャンスと言えた。
アルハヴァは舌なめずりをした。隠密行動が露見した段階であり、撤退も視野に入れるべきだが、そのつもりはかけらもなかった。
逃がすことのほうが問題だった。ファンが罠にはまって襲撃を失敗したことで今回の計画が頓挫しかかっていたのが、ばん回の機会を与えられたのだと思った。
ファンに協力しながらの追撃を命じようとして振り返ってまたもギョッとした。
「何をしているファン!?」
ファンが霊体術を発動していた。
アルハヴァは驚きで固まった。周囲の兵士達も突然発光を始めたファンから慌てて距離を取っていた。
霊体術は勇者の最終手段だった。霊気を常時励起状態にして、全戦闘力を大幅にアップする技術だった。言わば霊砲術で全身を覆っているような状態となる。霊気を凄まじい勢いで消費する代わりに、攻撃力も防御力も格段にアップする。それによって勇者は無類の強さを得る。勇者はこの力で魔王とさえ戦えるようになる。
だが、霊気の大量消費は生命力を削ることを意味し、結果として寿命が短くなる。ただでさえ十年くらいしか持たないといわれている勇者が勇者でいられる時間が年単位で削られると言われている。
だが、驚きながらもアルハヴァは正しい判断だと思った。
霊体術にはもう一つ顕著な変化がある。
空を飛ぶことができるようになるのだ。全身に満ちた霊気は、重力の軛から人類を解き放ってくれる。だから遠くに見える敵に追いつくには霊体術が最適だった。
なんの言葉もなく、ファンが文字通り飛び出していった。
レイピア型の聖剣ラファエルが真っ白に輝くファンの手の中でひときわ強く輝き、それがみるみる遠ざかっていった。
アルハヴァは目を細めて飛び去るファンを見た。
霊体術を励起した勇者は無敵だ。
アルハヴァを驚かせた魔族の何者かはファンによって討伐されるだろう。当然の報いだった。
そう思った瞬間、アルハヴァの背中にぞわりと違和感が走り、驚いて空を見た。
「……なんだ、これ……」
それはアルハヴァではない兵士の声だった。アルハヴァの背後に立っていた人間の兵士がやはり空を見上げて思わず漏らしたものだった。
だがそれはアルハヴァの内心そのものだった。
ゆっくりと朝焼けが始まり始めた空に異変が起きていた。
一面の空が、見渡す限り白く光っていた。
魔術という魔族の技術の中で使われる魔力圏の構築が空全域で行われた証左だった。
アルハヴァは愕然としていた。
信じられなかった。先ほどの炎の魔術も百万単位の魔力圏が構築されていた。そこから発生された高熱は大地を焼き岩を溶かす程の熱量を持っていた。だが今回はそれを遥かに超える規模だった。岩を溶かすどころの騒ぎではなかった。何が起こるのかが想像も付かなかった。
霊気で護られた勇者の肉体に魔術は効かないとされている。だが、それはあくまで常識の範囲の魔術のはずだった。これほどの強力な魔力圏から行使される魔術も同様に効果をキャンセルできる自信はまったくなかった。
思わず後ずさった。だが、逃げる場所など無かった。少なくともアルハヴァが見渡す限りの空が精霊門が開いた状態になっていた。
単位で言えば、一億、といったところか。
突然その空が、ずれた。
平面状だった魔力圏が上下にずれ、積層を構築した。
魔力圏が一気に数倍に膨れあがった。現れたのは十億規模の魔力圏だった。
アルハヴァは驚きすぎて顎が外れそうだった。
もうなんでもありだった。
この世界は狂っている、と思った。
自分たちはこっそり魔王の国--黄昏の王国に侵入し、黄昏の王国の戦力を削って、やがて来るであろう決戦の際に人類に有利な状態をもたらすことを目的としていた。だがその過程でとんでもないものと出会ってしまった。
呆然としているアルハヴァたちの見ている前で、魔力圏の精霊門が光と風に変換された。複雑なパターンのその配置が模様となって空を埋めた。
その模様がアルハヴァには美しく見えた。
次の瞬間、その魔力圏がすべて魔術となった。
雷撃が視界のすべてを埋めた。
その雷撃が踊り狂う中に、アルハヴァたちは理解してなかったが、加速する電子によってプラズマ化した空気が一瞬で沸騰し破裂した。
アルハヴァは恐怖に怯えながら慌てて霊体術を励起した。
必死だった。寿命が削れることなど考えている場合ではなかった。寿命がなくなってしまうことが怖かった。このような事を起こしえる魔族の存在が怖かった。
霊体術が何とか間に合い、だがプラズマの光熱に凄まじい勢いで削られていった。霊体術を使えない人類の兵士達が絶叫しながら立ったまま炭化していった。
その光景にアルハヴァは震え上がった。
逃げることしか考えられなかった。
いや、既に逃げ出していた。逃げることを考える前に逃げ出していた。戦っているはずのファンのことなど存在も忘れていた。
あとはこの空の果てまで自分の霊体術が持つかどうか、それだけが心配だった。
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