55 逃げ出しましょう。
俺の言葉通り、爆発音やら地響きやらに近隣の住民達が起き出してきていた。
「ま、待て宰相殿。俺には何が何だか……」
「それは歩きながら説明しますので、ザビーネさんを運んでいただいていいですか? 私は左腕がありませんので」
勇者を排除するために殉職した左腕は、実は闇精霊を使えば三週間ほどで元通りにできるはずだからさほど気にはしていない。
なによりあの土砂で埋められても勇者が死ぬとは思えないからこの場を去るのが先決だ。そもそもまともに戦っても勝てないわけだし。
ミカエルも雪崩に巻き込まれたあと、三日掛けて出てきた。同じ事が先ほどの勇者も可能だと考えるべきだろう。勇者にとってこの程度ではただの面倒な障害でしか無いのだ。
あとのことはさておいて、俺とエイリッヒは大急ぎでその場を離れた。
俺はいったんエイリッヒとともに城に戻ると、俺がエイリッヒとともに左腕を失って帰ってきたことに驚く城の侍従にザビーネさんのことを頼み(万が一のためにちゃんと枕元にタライを用意する優しさ付きである)それから自室に向かった。
ジーメオンの部屋は華美さのかけらも無い執務用の机とベッドが置かれた寒々しい部屋だった。ベッドも木で作られたものの上に干し草をつめた敷き布団を乗せただけの質素なもので、掛け布団さえない。
だが、俺が用があるのは、ベッドでも机でも無く、部屋の奥から降りることができる物置として使っている奥に細長い小部屋だった。
ここにジーメオンの七つの肉体--『殻』が置かれているのだ。
これは実はザビーネさえ知らないジーメオンの秘事である。
ジーメオンは自身の直接的な肉体以外に『殻』を持つ。それが七つ。ジーメオンは魔術に特化した個体であるが、『殻』はそれぞれジーメオン本体では不可能な異能を持っていた。
俺はその七つあるジーメオンの肉体の一つを使って、先ほど勇者を埋めた穴を見に行こうと考えたのだった。
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